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chap.9 あたりは特別賞

 EOW第1層第13区画:第四商業区域。通称、ネオベガス。

 数多のカジノやホテルが乱立し、ネオンライクライトの優しくも刺すような光が虹色に染めるこの街の、光の届かぬ路地裏。


 スキンヘッドに引き締まった肉体の屈強そうな男が、通りから漏れる光に淡く照らされフラフラと歩いている。荷物は持たず、あるのはポケットのすっかり薄くなってしまった長財布くらいのものである。


「チ――ふざけやがって! イカサマだイカサマ! クソ!」


 憂さ晴らしに買った発泡酒はすっかりぬるくなり、すでに本来の価値はない。

 この日自らの愚かさのあまり失ったものが頭のなかで渦巻き、後悔と自己嫌悪、そしてどうにもゆく宛のない怒りから、レンガ調に装飾された薄汚い壁に当たり散らす。


「やっぱ俺は、ルーレットより的の方が当たるな、へへ」


 路地の先、明るい大通りに向け、手で模った銃を撃つ。


「ばきゅーん、ってな! ……んん?」


 ふらつく照準の先、影の裂け目に、空虚な引き金を引く前はなかった人影がある。

 その人影は男に向かい、のそり、のそりと、しかしブレない姿勢でもって、近づいてくる。逆光のせいで、見分けがつくのは影の形程度である。


「おいお前! いいか!? 俺様はなぁ! こと(こいつ)に関しちゃなァ! って何言ってんだ、知ったこっちゃねェよな」


「いいや、知ってるさ」


 人影は長いミリタリージャケットを着た黒ずくめの男であり、目深に被ったフードが歪んだ笑みをうかべる口を切り取るように浮かび上がらせた。


「知ってるってお前ェ……ッ!?」


 ズブリ、と何かが腹の皮を突き破る。体内への侵入に、少しの抵抗もありはしなかった。侵入路から液体が溢れ出し、たちまち路地に溜まりをつくる。


「オイオイ、まさかカジノの外で"あたり"を引くたぁ……」


 次の瞬間、彼の視界は左右に割れた。




   †




 システムが不調を起こしてしまいダウンしたカノンを抱え、ヴァルターが本部に帰ってきた。ラウンジへ入ると、コルネとグレンはそれぞれ情報と格闘しているため姿が見えず、ノウェムだけが反応し「ご苦労」と言った。

 一方でアゲハは熱いお茶を「ほぅ……」と声を漏らしつつすすり、一人の世界に浸っている。


「どこまで話した?」

「惨殺死体が見つかった。犯人は正体不明だが、死体は皮膚が剥がされ、左右に真二つに裂かれ、さらには解体されていた……というところまでですかナ?」

「よろしい」

「二人をあちらへ向かわせたのはこちらのお嬢さんを遠ざけるため」

「そこは貴様の想像に任せよう。だが、こっちの方がキツいことは確かだ」


 ノウェムはコルネがまとめたゾンビ事件の被疑者リストに目を通しつつ、ジェスチャーでカノンを部屋に送るように指示する。

 ヴァルターは通信回線を開きつつ、カノンを抱えなおしてラウンジを出ていった。


『さて、残留組諸君。君たちにはこの猟奇殺人犯(イカレザル)を"処理"してもらう。カワを剥いで素っ裸のまま血祭りにあげろ』


 目を細めて完全にリラックスしていたアゲハが目を見開き、茶をぐいと飲み干し立ち上がる。

 そして、キリっとした表情で言葉を放った。


「私お団子が食べたいです」

「さては何も聞いてなかったな?」




   †




 アゲハは団子の串をくわえながら、ヴァルターとともに事件現場を訪れていた。

 口についたずんだ餡をペロりと舐めとりつつ、乾いてこびりついた黒い血の跡を見る。凄惨さから既に遺体は運び出され、影も形もありはしない。


「一応来てはみたけれど……片されてしまっていたか」

「そりゃそうでしょうナ。さぁてどうしたものか。グレン君」

『了解です、VRで現場再現データ送りますぜ』


 その言葉に反応し、アゲハは眼鏡を、ヴァルターはモノクルを装着する。それらには現場が発見された際にスキャンされた立体データが流され、レンズを通すことでバーチャルに再現された当初の事件現場を見ることができるようになっている。


「むう、リサの肉片の基準はどの程度なのだろうか」

「たぶん、サイコロステーキくらいではないかナ?」

「ならこれはダメでしょうね。こっちに来ていたら吐いていた」

「うーん、あっちでも大して変わらなかったようだヨ」

「ははは、ザマ無いわ」


 ヴァルターは高精度で再現された死体の観察を始める。3Dモデルを操作し、人体の一部であったものを次々と動かしつつ、一つ一つ丁寧に情報を見てまわる。


「どうしたかネ、アゲハちゃん。君ももっと近づいて見ればいい」

「ああいや、私などよりあなたが見たほうが」

「刃物に関しては君に劣るのだがネ? ふむ、リサちゃんのことを笑ってもいられないナ」

「そ、そそ、そうではなくて! うぅう……わかった」


 肉体の部位ごとに完全に切り離された人間は、彼女にとっても忌避せざるをえないビジュアルである。アゲハは嫌な汗をかきながら、ふるふると震えつつ調査を始めた。


「じ、人体を斬る、というのは、そう簡単ではない……背骨ごと真二つに裂かれている……普通の刃物ではない」


 思考回路が刃物と傷に関する情報に集中するようになり、徐々に思考が冷静になっていく。


「ところでアゲハちゃん、君なら、こう切り刻むことはできるかネ?」

「私に人体解体の知識はない。まして、そんな奇怪な趣味もない。できるのは肉体を両断することくらいね。背骨ごと一太刀で両断、しかも頭からではなく腹から。間違いなく、私の高周波ブレードと同じ類の……」

「つまりは軍用の近接兵装、ということだネ」

「そうなる。ッぷは! ああもういいでしょう!? こう無駄な切り傷だらけだと虫唾が走って仕方がない! 斬り方が美しくないんだ、ったく!」


 我に返ったアゲハは、飛び退くように死体の再現から離れた。


「え、あ、そこなノ? 君も君でズレてるよネ……」


 グロテスクさには関係なく、その殺し方の無駄さのみに激しすぎる嫌悪感を抱くアゲハに若干困惑しつつ、ヴァルターはグレン経由で刑事部から流れてきた被害者の情報に目を通す。

 そこには彼の氏名や年齢に始まり、交友関係や略歴から事件前数日間の行動までが詳細に記述されている。


『被害者の名前はダン・トレイラー。イースタシア連邦の軍人で、EOWの支部工廠にて火器の動作テスト等を行っていた男です。以前の戦争で、一部界隈で話題になった射撃の名手だとか』

『グレン君は聞いたことはあるかネ?』

『無いですね。旦那は?』

『無いな。戦場の星が違えばそんなもんサ』

『まぁ、知り合いだったとしても……。アゲハさん、犯人については警察側(むこうさん)もからっきしのようなんだ。どう思う?』


 アゲハが遠目に、振り向くように遺体の再現を見る。その目は悲しみと怒りがうっすらと混じった、真摯な目をしていた。


『ヤツは間違いなく刃物(こいつ)の扱いに長けている。だが、今の時代戦場において白兵戦となることはまず無い。ヤツはおそらくメインがこちらなのでしょう』

『つまり、犯人も軍関係者であると?』

『一概にそうは言えない。だけれど、高周波ブレードの類は一般には出回っていないし、工作機械用のものでは切断面はこうはならない。仮に入手できても、ここまでの扱いにはかなりの知識と経験が必要ね』

『了解した。その線であたってみよう。旦那とアゲハさんは……そうだな、なんでダン・トレイラー(この男)がこうなっちまったか、について調べていただきたい』

『了解した』

『アゲハさん、何か元気になる一言を』

『と言うと?』

『ほら、リサ様のアレのような』


 アゲハはリサの言動に思考を巡らせ、赤面し混乱する。

 普段は侮蔑するような言葉は使わないため、脳内辞書を必死にめくり言葉を探し文を組み立てるが、推敲するような余裕はない。

 よく考えれば特に努力してまで言う必要はないということに彼女はうっすらと気づき、投げやり気味に言葉を発した。


『せ、せいぜぃ頑張るンだな! このブ、ブタやろー!』

『22点! いや待てよ、これはこれでアリ……』


 ヴァルターが瞬きをする合間に、アゲハは素を通り越し完全に冷めた表情になる。


『斬り殺されたいのか?』

『100点!!』


 ブツリと一方的に通信を切ると、二人は目にかけていたものを外し、路地を去る。

 スプラッタ映画も真っ青の惨状を見たあとだというのに、ヴァルターの足取りは来る前より遥かに軽い。


「どうしたヴァルター殿。浮き足立っているようだが」

「はっはっは、気のせいだヨ。何、仕事で賭場に出向けると知って心がタップダンスをしているだけサ」

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