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chap.8 その不快感に祝福を

 事後処理を第7区警に任せ、ナギとリサは本部に帰投していた。二人とも戦闘が原因の疲労から、ソファに深く座りぐったりとしている。その横ではカノンもまた、回復しかけのままソファに横たわっていた。


 既にEOWの環境照明は夜を指し示し、辺りはすっかり暗くなっている。とはいえ、建物から洩れ出る光によって、地上はかなり明るくはある。


 死屍累々といった惨状のラウンジに、ノウェムとコルネが入ってきた。コルネはリサを押し退けつつソファに座り、ノートパソコンを広げる。


「二人共、ご苦労だった。今一釈然としないがこの一件は解決だ」


 ぷうと頬を膨らませたリサが、重い体を起こした。


「ほんと、サッパリスッキリしないってのがなぁ。で、なんかわかったの?」

「ああ。ほとんど、な。コルネ、最小限を簡潔に」

「あいさー」


 コルネがラウンジを囲む大窓をディスプレイにし、そこに一人の男の情報を映し出した。


「死亡したこのゾンビ事件の主犯、ライオネル・パイルです。医師にして、第7区警の検死官。今回ゾンビ化したのはいずれも彼が関わった遺体でした」


 続けて表示したのは、一人の男児の情報であった。


「彼の息子である、ジム・パイル君です。既に死亡しています。この子もまた墓荒らしの被害にあっていまして、それがこの事件を起こした動機かと思われます」

「でもそれじゃ、なんで警察署で死体を暴れさせたの?」

「実は墓荒らしと警官の癒着の噂が流れていまして。見逃すからといって”チップ”を受け取っていた、とかなんとか。あれだけやられていまだに被害があることは事実ですので……否定もできませんね」

「で、復讐か」

「そうですね。しかし、恐らくは」


 ナギがゆっくりと体を起こし、コルネの台詞に言葉を繋ぐ。


「背後に何者かがいた、か」

「パイル氏にCBハックに関する知識があったとは考えにくいです。第一、脱獄ナノマシンなんてのは裏に繋がってないと手に入りません。さらには、例のアンドロイド」

「俺達に潰されるとこまで読んでたとはな。ナニモンだ?」

「DENIONインダストリ製人型汎用アンドロイドG・Mシリーズtype14β。管理者(マスター)情報はありませんでした。洗浄(ロンダリング)済みのようで、入手経路の痕跡すら。尻尾の先の毛すら掴めません」


 情報をを改めて聞きつつ、こめかみに人差し指を当て推理をこねくり回していたノウェムは、そこまで聞くとパンと手を叩いた。


「まぁ、今のところはそれで打ち止めだ。行くぞ」

「どこへ?」

「決まってるだろ?」




   †




 本日の『ぐすたふ』のテーブルには、マルゲリータ・ピッツァ、チーズ盛り合わせ、サーモンのカルパッチョ、カプレーゼ、シーザーサラダ……といったラインナップが乗っている。

 五人は背の高い丸のテーブルを囲い立ったまま食事を楽しんでいた。


 リサは、今回の事件で溜まった鬱憤を酒と共に飲み干す。


「っぷはー!! あーったくほんと死ぬとこだったなぁもー! この仕事やめよっかなぁ!!」

「あぁ……リサさんのスイッチが……」

「なぁーんてやめるわけないじゃん! 爆発は芸術だァー!!」


 そう叫びながらリサはカノンの髪をぐしゃぐしゃとかきまわした。カノンが反撃にリサの脇腹をくすぐりだすと、「あっひゃっひゃ」と恥ずかしげもなく爆笑し始める。


「ボス、なんでこいつと組ませたんだ?」

「合いそうだったからに決まっているじゃないか」

「厄介払いの間違いじゃないのか」

「なんつってナギさんなんだかんだリサさんといいコンビプレーしてたじゃないですか」


「「それはねェ!」」


 コルネは監視カメラ越しに見た警察署での戦闘を思い出す。初めてのチームとは思えないあまりに見事な連携をしているので、ノウェムでさえ目を疑っていたことを覚えている。コルネはこの何とも言えない噛み合い方に目を細めた。


「ふふ、やはり私の見立ては間違っていなかったな。まぁ飲め飲め」


 上司に勧められ、ナギも酒を喉に流し込む。


「クソ、犯罪的だ(ギルティ)……キンッキンに冷えてやがる(クーレスト)

「なぁにがギルティだこんにゃろー!! やっぱり現実(リアル)でも爆発が最強だったじゃん!」

「あんだとォ!? あのアンドロイド落としたのは俺のスナイプだったよなァ!?」

「いーえ! あたしの華麗なサマーソルトだからね! ……まぁ助けてくれたのには感謝すっけど」

「俺も助かったのは事実だ。そこは礼を言っとく」


「「だが決着はまだだ」」


 ゴンと額を突き合わせ、またも目線で火花を散らせる。


「帰ったらバイオラでタイマンじゃおのれァ!」

「その前に飲み比べじゃおのれァ!」

「また吐くんじゃねーぞオルァ!」


 水か何かのように、競う勢いでアルコールをゴッキュゴッキュと腹に送り込んでいく。酒に全く強くないことをすっかり失念していた二人は、その後数分で口を抑えながら同時に路地裏に駆け込んだ。


「ボス、これからも?」

「私はカクテルが好きなんだ。お気に入りは何度も頼んでしまうタイプでね」


 ノウェムはカラリとグラスを傾けた。




   †




 Aegis本部、暗くなったラウンジからは、遠方に見える繁華街の色鮮やかな光が空には見えない星空のように見える。そんな華やかな光景は、暗く静かな軍事関連施設の白く連なる建物によって、別世界のように切り離されていた。


 そんな光景を、一人、カノンは見つめていた。


 何も言わず、表情一つ変えず、ただ、じっと。

 当然、AIからしてみれば無駄極まりない意味不明な行動である。しかし、人ではない彼女は確かに、こうして夜景をじっと見つめている。


 ぽつり、独り言を放つ。


「なんで私は、気持ち悪くなったんだろ」


 墓地で見た首の潰れた死体を見て、彼女は気分を悪くした。


「命がないのは私もいっしょ、なのに」


 死体との差は、動いているか、いないかのみ。

 その死体すら、傀儡となっていたとはいえ動いていた。


「私、変なのかな」

「ああ変だよ」


 後ろに、ナギの姿があった。


「だが、悪いことじゃない。いいからお前も寝ろ。きっと必要なことだ」

「いたの? へんたい」

「リサめ吹き込んだな」

「おれのうしろにおともたてずにたつようなまねをするな」

「それを狙撃手に向かって言うか」

「ねぇ、ナギ」

「なんだ」


「私、人間を知りたい……かも? よくわかんない」

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