chap.7 ネクロダンサーズ
すっかり体調を崩したカノンを見送った二人は、他の遺体を調べるため第7区画の警察署へと来ていた。
広い庭園を持つ大きな病院に隣接しており、業務内容に似合わず雰囲気は平和そのものと言ったところか。
周囲の景観に合わせてか、建物は石造りの古風なデザインであり、所々に装飾さえ彫られている。
「久し振りに来たけどやっぱここ変ね」
「ガーゴイルがいるとは思わなかったな」
「あのガーゴイル、実は警備ロボットで動くらしいよ」
「そいつはいいな」
「冗談よ。バカなの? 死ぬの?」
「ノッてやったんだよ感謝しろゲロ爆弾魔」
「仲間外れは嫌でしょ? あんたも吐かせてあげよーか?」
リサが拳を握り手に打ち付け始める。対してナギは、やれるもんならと言わんばかりに指を鳴らし始めた。
両者の目線はビームとなって火花を散らし、なにやらゴゴゴゴゴとよくわからない効果音を発し始める。
そんな様子を冷めた目で見ていた刑事が、二人の肩を掴んで署へと引っ張る。
「おら、さっさと行くぞ。まったくお前ら何しに来たんだ。イチャつくなら他所でやってくれ」
「「刑事さんCBバグってんじゃないですか」」
「バグってんのはお前らだよ」
入り口前の大きな噴水のある広場を歩いていると、二人にコルネから通信が入る。
CBを使ったフリーハンドの通信を使うのだが空気と話しているように見えると変質者にしか見えないため、右手の人差し指と中指を耳に当てる。
『ナギさんから頂いたケージのこと、だいたいわかりましたよ』
『簡易のデータですまない。どうだった』
『起動した時間はゾンビ事件の時間と合致してますね。死体の体内のナノマシンを連鎖的に再起動させて簡単な命令を流したんでしょう。ただ……』
『ただ?』
『違法プログラムですので、そんな簡単にできることじゃありません。非合法の脱獄ナノマシンを入手できても死んだマシンを再起動させてクラッキングとかそうできませんよ。ちょっとキナ臭いです。気をつけてください』
『そうね。わかった、気をつけとく。サンキュー。まあでも警察署で何かあるとも思えないケドね』
リサが理解半分に軽い口調で言葉を返す。
ナギは"キナ臭い"の中身について考えつつ、ナノマシンのことを頭の隅に置いて議題を切り替えた。
『コルネは犯人をどう考えてるんだ?』
『状況から見て、墓荒らしをピンポイントで狙ってますよね』
『ゾンビ化させても埋まってちゃ意味ないし。完全に地雷ね』
『犯人は墓荒らしの被害にあった遺体の関係者ってとこか』
『それと、死体にある程度触れる役職の人。更に言うと医療関係ね。コルネ、ゾンビ化した人の遺体に関わった人調べられる?』
『ちょっと時間かかるかなぁ。グレンさんに協力してもらいます』
『面倒くさいとこはグレンにぶん投げちゃえ』
コルネがLINKで協力を仰ぐと、彼女は「うわぁ……」と言いつつとても残念そうな表情になる。
『もっと見下すように! 女王様っぽく! って来たんですが』
『いいからやれ下等生物……っと。うわぁレス早!』
<Yes,Your Majesty! 流石ナチュラルサディストリサ様はわかってらっしゃる。この私、一命を賭す覚悟で……>
と、そこまで読んだところでリサはトークボードを閉じ、即座に履歴を削除した。
『誰がサディストだ! これで有能だからこいつはまったく。ボスとヴァルターには……ログが行ってるか』
署の正面玄関に着き、中に入る。中は吹き抜けになっており、各階の廊下が正面玄関の空間を囲うように配置されている。建物の外見に合わせてか、内装も大理石の白を基調とした重苦しい、古くからある裁判所を思わせるような雰囲気である。
「ねぇ。バイオラ無印の館ってこんな感じじゃなかった?」
「確かに似てなくもないな。……どうしたビビってんのか?」
「ワクワクしてんの」
「声が震えてんぞ」
「む、ムシャブルイをご存知でない?」
「大して変わんねェだろ。アレだったら死体とのご挨拶は俺一人でも……」
「うわああ!」と左側の通路の先から声が聞こえ、発砲音が数発分続く。そして、通路の先から血相を変えた数人の男が必死の様相でエントランスに逃げ出してきた。
「ゾンビだ! 死体が動きやがった!」
「お出迎えしてくれるみたいだけど!?」
数にして7。人間の形をした肉袋が、人間とは思えない四肢を地につけた獣のような動きで通路から飛び出して来た。
筋肉はリミッターを破壊され、人の限界を超えた力を発揮している。
眼球は明後日の方向を向き、口はだらしなく開いていた。
果敢にも拳銃を抜き応戦しようとした警官に、その一体が襲いかかる。放たれた銃弾は頬を抉ったが、死体はものともせず飛びかかった。
警官の頭に喰らい付く直前、リサが動く。
「そーれェ!」
スパァン! と爽快な音を立て鞭のような回し蹴りが炸裂し、死体は頭を派手に蹴り飛ばされた。
死体もそうだが、リサの動きもまた常人のソレではない。
「リサ、まさかお前」
「当たり前でしょ!? 機械混じってないとこんな仕事やってらんねーっての!」
リサの斜め後ろから死体が飛びかかる。風を切るような瞬発力で直線的に動き、その速さは常人の反応速度では追いきれない。
銃声が二発。ナギの二連射は正確にゾンビの頭を捉え、銃弾は脳を徹底的に破壊する。通常ならば体を狙うが、CBで暴走している者は話が別である。
「確かにそうだな」
「やっぱあんたもか」
二人はニヤリと悪い笑みを浮かべると、残ったゾンビの相手にまわる。
被害が広がる前に脅威を鎮圧・排除するのが彼らの使命である。故に、戦闘行為や発砲に許可は要らず、いつでも最善の対応が可能とされている。
だが、報告義務がないわけではない。
リサがゾンビの腹にねじり込むような飛び蹴りをいれつつ、片側だけやけに長いスカートの内側から、銃身の短いショットガンを取り出す。地に伏したゾンビの頭に銃口をあてると、容赦なく頭を粉砕した。他のゾンビに銃を向けると同時に、通信を始める。
『ボス! ゾンビ共が暴れ始めた! 場所はわかるよね!?』
『ああ。遺体に罪はないが構うな。全て破壊しろ』
『オーケー!』
格闘を交えつつアクロバティックな戦闘を繰り広げるリサとは対照的に、ナギは的確に攻撃を回避しつつ脳幹を必中の精度で破壊し続ける。
吹き抜けを囲う廊下を利用し飛び上がり、ゾンビがナギの背後上方から迫る。
が、飛ぶ鳥を落とすように、まるで見えていたかのように弾丸が頭部を突き抜けた。
「肉片でなきゃだめなんじゃなかったのか?」
「襲ってくるヤツは別! オラそこォ!」
落下した死体の影から飛び出るようにゾンビがナギに襲いかかる。リサはショットガンを投げ飛ばし、衝撃で勢いを殺す。その隙にリサに迫ったゾンビもまた、ナギの射撃によって勢いを殺された。二人はゾンビの腕を掴んで投げ飛ばし、空中で衝突させる。
リサが懐からメジャーのようなものを取り出し投げる。投げたものからは小さな球が数珠つなぎに繋がったボールチェーンのようなものが伸びており、ゾンビに巻き付くと連鎖するように爆発した。死体は胴体を吹き飛ばされ、床にべしゃりと落ちる。
「なにその……なに?」
「スマート・チェーン・マイン。サイッコーにCOOLでしょ!」
『お二人! 死体の動きが的確過ぎます! 犯人が近くに!』
「ッ!! そこか!」
三階の廊下で傍観していた中年の男が、焦ったように表情を変えて奥に逃げようとする。ナギは一瞬にして柵の硝子ごと脚を撃ち抜き、リサが即座に飛び上がり確保に向かう。
男はリサに組み伏せられて関節をキメられ、数秒遅れてきたナギに銃を向けられた。
詰みである。
「お前らが! お前らがァ! このクソ野郎共ォ!!」
「うるせェ、大人しくそのウイルスをどっから手に入れたか白状して……リサ!」
「わぁッ!?」
廊下の先、入口側の窓の外から狙撃を受け、派手に大きな窓ガラスが砕け散る。弾丸は犯人の男の頭を破壊し、さらに数発胴体にも打ち込まれた。
ナギは寸手の所で脅威を知覚し、リサの襟を引っ張って投げ飛ばすことで彼女を助けていた。
「畜生が!」
リサは反射的に窓から外へ飛び出し、狙撃手を追う。
狙撃手は浮遊機関を積んだバックパックで飛行していた。彼女のショットガンは手元になく、SCMは届かない。
狙撃を躱しながら、飛ぶように庭園を駆け狙撃手を追う。
割れた窓から拳銃で狙撃するナギの弾丸を受け、狙撃手はバランスを崩す。よろめき高度を落とすと、機を見たリサが跳躍。
「ラァッ!!」
全身を使う豪快なかかと落としで頭から直下に蹴り墜とした。墜落し派手に損壊した体から、白い液体が流れ出る。
「!? アンドロイド!?」
墜落した狙撃手の頭を踏みつけていたリサが後方に飛び退いたその瞬間、下手人は自爆し粉々に砕け散る。
七色の花弁が爆風に舞い上がり、事件の虚しい結末を慰めるかのように彩った。




