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chap.12 仁義なき課金

 Aegis本部ラウンジ中央のテーブルに、四人の姿はあった。

 初めはグレンが奢りを賭けてヴァルターに勝負を挑んだことが始まりであった。とはいえ、二人でポーカーをしてもそれほど面白くないというもの。偶々訪れ興味を示したカノン、そして場の流れに引きずり込まれる形でナギが参戦。

 ビギナーがいるということで、比較的単純なドローポーカーで勝負をつけることとなる。

 しかし結果は――


「まぁた負けだ! 旦那、本当にイカサマしてないですよね?」


「あぁ、もちのろんサ」


 ヴァルターはニヤリと嗤いつつ両の手のひらを宙へ向ける。


「グレン、14連敗」

「カノンちゃん、結構素質あるよね」

「何のですか……」


 何故か宝石の原石を見つけたかのように目を煌めかせるグレンに、ナギは若干引き、口角を引き攣らせる。


「グレン君、さて、"トータルで勝つ"にはあと何戦すればいいのかネ?」

「投了! サレンダー! まったく、勝てる気がしねぇ」

「ハハハ、よろしい。まぁなんだ、私の余興に付き合ってくれた礼に一杯くらい奢ってやろうじゃないか」

「お! 本当ですか旦那! ってよく考えたら野郎二人で飲みに行くってのもなぁ」

「安心したまえグレン君! キャバクラならノープロブレム! めんこいチャンネーとイチャイチャできるゼ?」

「さすが旦那ァ! わかってるゥ!」


 盛り上がる大の大人二人に若干呆れつつ、ナギは頭に浮かんだ疑問を率直にぶつけた。


「若い女とならしょっちゅうぐすたふで飲み食いしてるじゃないですか」


 ピュアな新入りの祝福すべき無知を二人は鼻で笑うと、声を揃えて回答した。


「「ゴリラはガールにカウントしない」」

「だァれがゴリラですってェ!!?」

「しまったコルネ!?」


 ラウンジに入りかけていたコルネが二人の発言をしっかりと耳にし、眉間に皺をよせてズンガズンガと迫り寄る。


「グレンさん! 統治局直轄の調査チームから協力要請です! ほら遊んでないで行きますよ!」


 コルネはグレンの耳を掴み、ラウンジから引きずるように引っ張り出していった。

 グレンは慣れた様子で、若干快感を覚えながらも口の動きで「ほぉらゴリラだろ」とナギへ伝えながら引っ張られて行く。


 コルネが去った後、いつの間にやらバーカウンターへと退避し、ついでにコーヒーを淹れて舞い戻ったヴァルターがソファに腰を投げると、ナギへと唐突に問いかけた。


「ところでナギ君。アーロンの件なんだが……」

「ああ、気にしないでください。言ったとおり、ニ、三度同じ隊にいたくらいですし」


 ナギは本心から、表情ひとつ変えずにそう答えた。


「それに……」

「それに?」

「二度目の時点で、俺の知ってるあいつは死んでいましたから」

「……そうか。なるほど、ありがとうネ」


 ヴァルターが優しく微笑む。

 その会話に挟まれたカノンは、首を傾げた。


「ナギ。ターゲット:アーロンはヴァルターが処理するまで、生命活動を維持していた。CBにはぞんび事件の時のように操られた痕跡も無い。死んでいたって、どういうこと?」


 ナギは困ったようにこめかみの辺りを指で掻くと、しばらくして端的に答えた。


「ヤツは殺されたんだ。ヤツ自身に。おそらく、ヤツのために」

「うーん?」

「まぁ、そういうこともあるんだよ」


 カノンは諦めたように大きく息を吐くと、アイスココアに突き刺されたストローを唇の間に挟んだ。



   †



「ちょっとナギ! カノンちゃんに服も何も買ってあげてないってどういうこと!?」

「は? ……あっ」

「あっじゃないでしょ! ったく!」

「リサさん、仕方ないですよこういうのは。ナギさんカノンちゃん借りてきますよ?」

「そういうことだから!」

「お、おおう? なんだ、まぁ頼む」

「別に頼まれなくったって! ま、任せておきなさい! あたしとコルネでパーフェクトにしたげるから!」


 そう言い捨てると、リサはラウンジのソファでうとうととしていたカノンを引っ張り、外へと出ていった。


「ナギさん、お覚悟を。うへへへへへ」


 と言い残し、コルネもあとへ続く。


「嫌な予感が……」


 ナギは静かに戦慄したが、彼に成す術は残されていなかった。



   †



 EOW第一層第6区画:第ニ商業区域。宇宙中の高級ブランドがシノギを削り、製造業の一流企業ばかりが軒を連ねる値札の数字の桁の常識が他とはかけ離れた区域の一角。

 女性向けブランドばかりが集まった、通称クイーンズ・ロードと呼ばれる通りにリサ達三人の姿はあった。


 小柄なカノンに合わせ、上流階級の子女向けのショップにターゲットを絞る。そして、カノンを着せ替え人形のようにして片っ端から衣服のコーディネートのパターンを試していく。

 Aegisの給金は決して少ないわけではなくそれなりの手持ちもある彼女らだが、何しろ桁と言う名の世界が違うため、普段はここに来ることはない。

 それ故、れっきとした"お客様"としてショッピングのできるこの機会を好機とばかりに全力で楽しんでいた。


「うーん、さすがモデルがいいだけあって色々合うなぁいゃっほい」

「そうですねぇ悩みますねぇ。等身大ドールの着せ替えみたいで最高ですぞうぇひひひひ」


 リサはゴシック系やパンク系。コルネはコスプレ等オタクファッション。もしくは白衣、作業服。

 自らの趣味の偏りを自覚している二人は、世間の依然として続く作られたムーブメントという悪しき慣習をネットより齧り、それでもなお曲げられぬ自身の性癖を殺すことなく。

 普段は全力で客に絡む店員を謎の覇気でもってシャットアウト。

 いつもなら一つ買うのも躊躇うような値段のものをポンポンと購入し、容赦なく袋に詰め込んでゆく。


「まぁこんなモンでしょー。とりあえずは」

「ですね。さてと、次は下着ですね。フフフ、サイズのデータはバッチリです!」


 リサが腕を組み胸を張りながら選別の成果を見下ろし、コルネが眼鏡をクイと持ち上げ光らせる。

 呆然としたまま着せ替え人形に徹していたカノンは、現在進行形で価値観を崩壊させていた。

 彼女にとっては高級品も安物も同等の目的を満たすものであれば同程度のものであったため、理解不能な領域の大胆過ぎる金銭の消費に、目をぐるぐると回している始末だ。


 困惑する店員のテンプレート的台詞を背後に、次の戦場(ショップ)へ、また次の戦場へと三人は歩を進めた。


「やー、普段こんなとこで買わないからなぁ。ちょっと緊張してます」

「そうねぇ。ほんっとバカみたいに高いんだから」

「……!!?」


 およそファッションというものに縁の無かったカノンは、混乱したまま引きずられるように店舗を連れ回された。


 帽子、靴、アクセサリー等々に始まり、眼鏡(伊達)、サングラス、化粧品、果ては何故かぬいぐるみまで。

 EOWの空が夕暮れ時を示した頃、金の飛び交う愉快な戦争は終わりを告げた。


「んー、買った買った! 帰ったら色々教えたげるからねー」

「今日だけでいくら飛んだんですかね、コレ。ま、その分モノはいいですし……。超精工(スーパー)オートマタカノンちゃんには相応しいですよね!」


 多少なりとも大散財に気の引けていたコルネも、ものの数秒で開き直る。

 片手に袋を下げもう片手には熊のぬいぐるみを抱き、不安から青ざめた顔をずれたサングラスから覗かせるカノンは、今更と考えながらもずっと抱いていた疑問をぶつけた。


「あの、その。感謝している、けど。お金、どこから出てるの?」


 リサが振り返り、ニッコリと笑って答えた。


「ナギからに決まってるじゃない☆」




   †




 ナギのスマートデバイスに届く、無慈悲な請求書の波。

 彼は、堪らず悲痛な叫びを上げた。


「なんじゃこりゃああああああああ!!?」


 その声を聞いて向かいのソファに座っていたノウェムがほくそ笑む。

 ナギは即座に主犯であるリサに音声回線を開く。


『テメェ何てこと、何してくれちゃってんの!?』

『管理者の責務を果たさないからこーなんの! D(どかんと)O(おくる)S(せいきゅうしょ)アタックだこんにゃろ! いやぁ、お陰様でめっちゃ楽しかった』

『こんな血も涙もないDoSアタック聞いたことねぇよ!? もっと少ない金額でどうにかなったろ!?』

『どーせロクでもないことでガッツリ稼いでたんでしょー? ギャンブルにスッたわけじゃないんだからいいじゃない!』

『クーリングオフとかできない?』

『無理☆』


 ナギは通話を切ると、ガンと音をたてテーブルに勢い良く頭を落とす。

 ノウェムは彼の様子を見て、慰めるような口調で声をかけた。


「悪いな、提案者は私なんだ。こういう買い物は君には難しいだろうから、と声をかけたんだが……どれ、請求書を見せてみろ」


 ナギは突っ伏したまま、スマートデバイスを滑らせて渡す。画面には請求金額の合計が表示されていた。ノウェムはふむふむどれどれとそれを見る。


「ぶっふぉ!!?」


 結果、盛大に噴き出した。

 デバイスを持って立ち上がり、ナギの肩に手を置く。


「そ、その、なんだ。流石にこれは予想外だった……。私も支援しよう、すまない」

「……コフッ」

「吐血!?」

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