40 それぞれの夜
1
空はもうすっかり暗くなった。本格的に夜がきている。
力仕事で消費した体力は大凡回復しただろうか。うん、もう疲れは残っていない。
「……俺は、無力だ」
あの男は、まだ項垂れている。
文字通り椅子に座ったまま頭を垂れて、ずっとあの調子だ。
近くに居たおさげの少女、天条千草が立ち上がって、その男の元へと向かっていく。
「そんなこと、な――」
「ふ、それは慰めか? だったら、俺の目の間で死んだ彼女のことはどう説明する? 見もしていないのにそんな上辺だけの言葉などいらん!!」
やめておけばいいのに、と思ったが遅かった。男の咆哮を受けて、千草は返事も出来ずに後ずさった。同じ室内に居た少年、十河蒼空も驚いてそちらを見つめている。
「言い過ぎですよ」
私は小さく呟いたが、それは聞こえていなかったらしい。再び場を静寂が包む。
ここは小学校の一室、パソコンが立ち並ぶ情報室。
そこで壁に向かって項垂れているのは来栖慎一郎。
先程、妖怪少年の討伐のための偵察に出た。私と蒼空くんは何も見つけられなかったけれど、彼は違った。聞くところによると四人の人間と出会い、その内一人は自分のせいで死んでしまったと言う。間接的に手を下してしまった、とも。
だが彼はその後、亡くなった女性を学校まで運び、砂場の近くに簡易だが墓を立てた。だから殺意あっての結果ではないのだろうし、それにこの男の性質は私にはずっと見えている。『精一杯の正義感』と。
私の能力【十人十色の専売特許】によって読み取った彼の性質は、どう見ても人に害をなすものではない。
なのに彼は自分を責める。目の前の人間を助けられなかった不甲斐なさで自分を攻める。一度は立ち直ったかと思ったが、夜が近づくにつれ口数が減り、今はもう見ての通りだった。
彼にも考えたい事はあるのだろう。視線が気になるのかもしれない。
その整理がつくまでは、あまり見ないようにしよう。
きっと、恐らく、彼をどうにかする言葉は、今の私の中にはない。
No.20 遠江和穂 17歳
【能力名】十人十色の専売特許
【能力】 対象の最も強い性質が頭上に見える能力。
【タイプ】パッシブ
【系列】 情報系
2
来栖サンは、おかしくなっている。たぶん、あの時のオレのように。
妖怪少年、他人を溶かす能力を持って殺人を繰り返している少年。
オレはそれの討伐協力をこの人に頼んだ。そして、紆余曲折を経てOKを貰った。
でも今は、それどころじゃないのだろう。
目の前で誰かが死んだらどうなるかは、オレが一番よく知っている。
だが、だったら余計におかしい。
どうしてあの人は、能力を使わないのだろう。
あの人の能力【零】は、精神状態のリセットだったはずだ。落ち込んでいるというのなら、無力を噛み締めているというのなら、それを自分に使えばいいのではないのか。
「あの人の考えている事は、よくわからないな……」
追い返されて泣きそうな顔で戻ってきた千草サンにだけ聞こえるくらいの声で、オレは呟いた。
きっとあの人にはあの人なりの考えがあるのだろう。
あまり急かすのもよくないと思う。あの溶かされてしまった名前も知らないお兄さんの荷物にあった、パンフレットでも読んでおこう。
No.15 十河蒼空 15歳
【能力名】天狗の翼
【能力】 飛翔能力のある翼を自分の体の一部として使役できる能力。
【タイプ】パッシブ
【系列】 身体変化系
悲しい。私では、彼の力になれない。それどころか、誰の役にも立てそうもない。
偵察の時だって、危険だからという理由で学校に残された。
同じ女の子の和穗ちゃんや、年下の蒼空くんは外に出ていったのに。
「もう一人の私のほうが……」
近くの蒼空くんにすら聞こえない声で、私は小さく呟いた。
私は寝てみようかと思って、目を閉じた。だがしばらくは眠れそうにない。
No.19 天条千草 17歳
【能力名】自縄自縛の二律背反
【能力】 二重人格。睡眠をきっかけとして入れ替わり、片方が眠っている間もう片方の人格が身体を操作する。その人格は、対象者の普段の人格と真逆に形成される。ただし「???」
【タイプ】パッシブ
【系列】 規格外
3
部屋の雰囲気は最悪に近い。それは勿論俺のせいで、あの女が死んだのも俺のせいだ。新田豪生とかいったか。ヤツの殺人鬼としての本性に気付かず、間接的に手を貸した。
実際には退路を塞いだだけの話だが、それでも罪は重い。
その証拠に、あの女は最後に俺へと恨み言を投げてきた。「お前さえいなければ」と。それが未だに頭に残っている。恐らくこれは、一生消えないだろう。
かつて、世の中全ての人間を救いたいと思った。
幼心に正義感という物を抱いて、今に至るまで貫徹した。
だが現実はどうだ、目も当てられないじゃないか。
「なあ、貴様ら……」
声を出しかけてやめた。あげかけた腰も、また椅子に戻した。
遠江和穂も、天条千草も、十河蒼空も、もう既に俺の方を見ては居なかった。それは彼らなりの気遣いだろうか、それとも。
思わず右手を見る。【零】、精神状態のリセット。だがこれは使わないと決めた。あの女の死は自分の行動の結果だから、忘れずに生きていこうと決めた。
十河蒼空の願いも聞いてやらなければならない。妖怪少年の討伐。
天条千草には謝らなければならない。怒鳴ってすまない。
遠江和穂には、お礼を言おう。なんだかんだで彼女には助けられている。
そして俺には――
「……断罪が必要だな」
とある決心を固めて、来栖慎一郎は腕を組んで目を閉じた。
No.8 来栖慎一郎 18歳
【能力名】零
【能力】 対象の心を沈静化させる能力。
【タイプ】アクティブ
【系列】 精神変化系




