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オリジナル・バトルロワイアル  作者: 八緒藤凛
一日目
42/54

39 扇動の償いは

1


「自分も物好きやなあ」


 隣の中年男性はそう言ってくるけども、俺はそうしたいんだもの。


「まあ、別に止めはせんで。暗い方が逆に動きやすかったりするかもやしな」


 なんだかんだで優しいんだよな、この人は。


「大丈夫ですよ、無理に来てもらわなくたって。晋作さんって絶対面倒くさがりでしょ、だから――」

「お前一人であいつにでおて、どないすんねん。殺してまうんちゃうんか」

「ですよねー」


 こういう返事は知ってた。彼は気だるそうに見えて、筋の通った話をする。


 俺――歌川静空うたがわ・しずく――は今から救助隊員になろうとしている。

 救助対象は、先程この家で出会った赤い髪のお姉さん、百瀬凛月華ももせ・りつか


「んでも、見つかるかな。どう思います? 晋作さん」

「いや、知らんわ」


 隊員ナンバー2の隣の男、矢矧晋作やはぎ・しんさくは半開きの目をこすりながら正論を吐いた。そうだ、今ここで見つかるかどうかを議論したところで意味がない。



 百瀬凛月華は、殺人扇動者だった。

 静空の能力【回想衝動】で、彼女がこの場に来てからの事を読み取ったのがつい二時間ほど前になる。その時は感情に任せて暴言と冷たい態度を取ってしまった。だが、よくよく思い返せば、流れ込んできた感情の中には後悔もあった。


 つまり彼女は不運なだけだ。

 【災禍のパンデミック】という他人に殺意を植え付けてしまう能力を得た彼女はにはあの立ち回りしかなかったのだ。と、静空は結論付けた。


 この二時間、静空は様々な事を考えていた。

 凛月華の行動を読み取った事による心の痛みと頭の酔いが思考を邪魔したが、晋作との会話を並行することによってそれはだいぶ軽減されていた。


 その時に晋作の能力も教えてもらった。

 晋作の能力は【明鏡止水】。自分とその周囲へのパッシブスキルの無効化。凛月華の能力が自分達に作用していなかったのはそのおかげらしい。


「面倒やなあ……ほんま。こんだけ時間経っとったら探すんも一苦労やで」

「まあまあ、何とかなるでしょ。大体こう言うのってすぐ見つかるんですよねー」

「なんか、お前が羨ましいわ」

「何がですか」

「いや、ええわ」


 一先ずこの家を拠点と定め、必要な荷物は晋作のリュックに纏めた。


「では、百瀬さん捜索隊! 出発しまーす」

「へーい」


 気のない返事を耳に入れながら、静空は家のドアを開けた。



2


「ふぅー……大丈夫大丈夫、3/42だよねえ、簡単簡単!」


 血塗れの部屋を後にして、凛月華は病院の待合室で身体を休めていた。

 この病院の最奥には、凛月華が間接的に殺した三人の遺体がある。

 それをもう一度網膜に焼き付ける事によって、己の決意を固めた。


「千星くんには悪い事したかなあ……?」


 先程ここで出会った烏丸千星からすま・ちほの事は忘れようとしても出来なかった。あんな明朗快活な人間を忘れようという方が無理だ。ここが殺し合いの場だという事を考えると、それは余計に脳裏に蓄積する。


 彼がせっかくこの場所を私に見せないようにと気を使ってくれたのに。

 でもごめんね、これは私の仕業なんだ。ごめん、本当に……。


「ああ、駄目だよ、私。もう千星くんの事は忘れよっ! ああ、あの二人の事も忘れなきゃね……、全部他人で知らない人! そう! 私は、死にたくない!」


 自らの決意を言葉に出す。

 民家で接触した男の子と中年男性には厳しい言葉を吐かれた。

 だがそれがどうした。例え悪評を広められようが、生き残ってしまえば関係ない。家に帰れるのなら関係ない。そもそもこの会場の全員が敵に回ったところで、隠密行動に徹してさえいれば自分の能力で殺し合いは促進可能だ。だから何も、関係ない。



 百瀬凛月華という人間は、元々楽観主義者でもなかった。

 どちらかと言えば、理詰めで物事を考えるタイプだ。

 

 まず根底にある感情は“死にたくない”

 それには、残りの39人を切り捨てる必要がある。

 その為には殺し合いの推進が不可欠。そして、それを成すにおあつらえ向きの能力は私の身体に備わっている。何も問題はない。


 そこまで再確認して、疲れた。

 これ以上何も考えたくはない。しばらく休憩しよう。


 

 彼女は、狂ってしまえるほど弱くもなかった。

 烏丸千星の様な太陽の様な暖かさが今、死ぬほど恋しい。

 誰かに助けてほしい。どうにかして欲しい。


 体育館で説明を聞いていた時は、誰かと協力してこの殺し合いを生き延びていく事だって考えていた。仲間を増やして何らかの打開策を考える、そんな平和主義者でいたかった。


 全ては、能力を見てからおかしくなった。



3


「あ、誰か来ますよ」

「めっちゃ走っとるやん」


 静空と晋作は道の端で立ち止まった。

 静空の持つ懐中電灯が照らす前方から、誰かが走ってくるのが見える。


「敵ですかね?」

「いや、ほんま知らんて。お前わしがお前と同じ状況ってこと忘れてへん?」

「いやー、年上だし、天才的な頭脳を持つ晋作さんなら分かるかなーって。敵ですかね?」

「そんなんでノるかアホ」

「手厳しー」


 そうこうしている内に、その誰かは顔が見える距離まで近づいてきていた。

 静空に負けず劣らず、整った顔立ちの好青年だ。


「おーい!」

「声かけてきよったで。随分と無警戒なやっちゃなあ……」


 走ってきた青年は二人の前で立ち止まると、膝に手をおいて息を整え始めた。頭は息を吐くために完全に下を向いており、晋作の言うように随分と無警戒だ。


「えーっと……あなたは、殺し合いやってます?」

「なんだよ、唐突だな! やってるよ! いや、やらされてるの方が正しいか?」

「あはは、一緒ですね。晋作さんと凛月華さんが頭おかしいって説、なかったみたいで残念――」


 ばしっ。と、晋作が静空の頭を叩く。

 同じツッコミは二度しないということらしい。


「いたた……。で……ちょっと聞きたいんですけど、髪の赤い女の子見ませんでした?」

「赤い髪……? もしかして凛月華ちゃんか?」

「え? 知ってるんですか? 彼女は今何処に」


 余り期待を込めずに聞いた質問。

 だが意外にも、目の前の好青年には心当たりがあるらしかった。


「うーん。俺が最後に会ったのはあっちにある病院だけど、それも結構前だからな。今何処に居るのかは知らないな」

「そうですか……、落ち込んでませんでした?」

「そうか? 明るくていい子だったと思うな」


 隣で晋作が吹き出す。だがそうだ、二人は凛月華の本性を知っているが、何も知らない人間からすれば彼女はただの“明るくていい子”なのかもしれない。


「兄ちゃんは、殺そうとは思わんかったんやなあ」


 晋作が何気なく呟いた一言。これも、静空を通じて凛月華の能力を聞いていた故に出る純粋な疑問だ。だが特に解決したい訳でもなく、ただ単に降って湧いた言葉を口に出しただけだった。


「それは……どういう意味なんだ?」


 だが、目の前の青年は違った。


 謎の殺傷騒動に悩まされ続けた青年には、何気ない一言が深く突き刺さった。



4


 青年、烏丸千星からすま・ちほはこの会場で目覚めて以来、何度か謎の殺傷騒動に襲われた。


 一度目は廃墟。眼鏡の青年との会話中。

 二度目は病院。赤髪の少女、百瀬凛月華を認識した時。


 だからこれは、自らの身に纏わされた能力の代償のようなものかと思っていた。

 だが先程、中折れ帽の男と対峙した際や、ゴーレムを連れた少女との対話中にはその衝動は一切なかった。もしかしたら昼間だけ顕現される衝動かとも思った。その証拠に、今こうして二人の人物と話している間もその類のものは一切ない。


 この二人も特に敵意はないようで、先程出会った百瀬凛月華を探しているという。

 だから居場所を教え、自分も妹の事を聞いて立ち去ろうと思っていた。


 だが二人の内の一人、無気力そうな男性が何気なくつぶやいた一言に反応してしまった。


「殺そうと思わなかったって、どういう事なんだ?」

「あ? その通りの意味や。あいつ前にして殺したくならんかったんか?」

「要領を得ないな……。そんなむかつく子だったか?」

「いいや、そんなん関係ないねん。もうええわ」


 心の底から面倒だ、とでも言いたげにその男性は口を閉ざした。

 その隣のイケメン少年は困ったような顔で佇んでいる。


「まあ、事情があるんだな。深くは聞かないよ。で、俺も一つ聞きたいんだけどな」

「なんです?」

「この子、知らない?」


 いつものように胸ポケットから写真を取り出して二人に見せる。

 少年が懐中電灯でそれを照らしてくれたが、沈黙を見るに知らなそうだ。


「うーん、すみません。僕らここに来てから出会った人がそこまで多くなくてですね……。ちょっと力になれそうもないです」

「そうかそうか! じゃあもし見つけたら助けてやってくれよな! 臆病な奴だから、きっとどこかで震えてるんじゃないかって心配でな!」

「わかりましたー。名前とかって、知ってたり?」

「ああ、自己紹介がまだだったな。俺は烏丸千星! 女みたいな名前だけど、見ての通り男だからな! あと、こいつは烏丸千尋。妹だ」


 その言葉に、二人は少し気の毒そうな顔を見せた。


「そうだったんですね」

「兄妹で巻き込まれたんか、難儀やなあ」

「ははは。まあ俺が助ければいい話だからな! それに、俺が出会った人達を見るに、みんなそこまで乗り気じゃない気がするんだよな……」



5


 先程の発言は事実だ。

 廃墟で出会った男性、病院で出会った百瀬凛月華、中折れ帽、あどけない少女、青髪の少年。そして目の前の二人。一体何処で誰が殺し合いをしているのか、本当にここは殺し合いの場なのかと疑うほどに平和だ。


 だがこの身に何度か宿った殺傷騒動。

 かつて経験したことのないどす黒い感情が、ここが尋常の場ではない事を表すただ一つの要因になっている。


 この衝動について、今しがた別れた二人組は何かを知っているようだった。

 だが深く聞ける感じではなかったので、名前だけを聞いて別れた。


 歌川静空と矢矧晋作。荷物の中にあった、欄だけが区切られた白紙の名簿にあとで追加しておくかと考えて、また千星は走り出した。


 捜索方法は自分の足しか無い。だがそれだけあれば十分だ。

 妹を探す、そして助ける。何となく、何度か危険に晒されたであろう予感もする。

 善性を信仰する人間に保護されていますようにと願いながら、烏丸千星は暗闇の中を駆けていった。



No.8 烏丸千星からすま・ちほ 18歳

【能力名】インビジブルヒーロー

【能力】 任意のタイミングで、全身を他者から見えなくする能力。各種制限有り。

【タイプ】アクティブ

【系列】 身体変化系



6


「死んでんちゃうか」

「え?」


 先程別れた好青年、烏丸千星に教えてもらった方角へと歩を進めながら、矢矧晋作はボソリと呟いた。


「いや、さっきの兄ちゃんの妹な。めっちゃ弱そうやったやん」

「ああ」

「んで、あの兄ちゃんもあの性格やろ? どっかで騙されてやられててもおかしないもんなあ」


 夜道を歩きながら、晋作は普通に物騒な事を言う。

 本人の前で口にしないだけマシだろうか。


「そうですかねえ……」


 歌川静空はあくまでも前を見ながら気のない返事を返す。

 それについてはあまり考えたくない。自分が死にたいとは思わないが、あの兄妹にも死んでほしくないと思った。それは隣にいる晋作についてもそうだし、今から助けにいく凛月華についてもそうだ。

 出来る事なら、何事もなく終わってはくれないだろうか。


 だがそれは絶望的な願いだと、理解していた。


 夢ではない事はもう分かっている。これだけリアルな感覚が何時間も続けば、流石に区別がつく。昨日までただの高校生だったはずなのに、今日起きたらあの体育館だ。行われた殺人劇も、支給された能力も本物。そして夢ではない。


 絶望の欠片が一つずつ、静空の脳内で埋まっていった。


「お、あれちゃう?」


 角を曲がると、晋作が顎で示す先に小さな光が見えた。

 病院というには少し小さな、町外れにある診療所。


「そうみたいですね。まだいるかな」

「電気点いとうし、誰かおるんは確定やろ。てか無警戒な奴ばっかやなあほんま」


 確かに、この暗さの中ではひどく目立っていた。

 ここに人が居ますよと言わんばかりだ。だがそんな余裕も無いのかもしれない。静空が読み取った凛月華の心の中は、例えるなら断崖絶壁で強風に吹かれているような、一度気を緩めたら全てが落ちてしまうような、そんな危うさを纏っていた。


 静空達が辿り着く前に病院のドアが空いた。


「あ……」


 扉を握ったまま驚愕に目を見開いてこちらを見据えるその人影、赤い髪が夜風になびくその人影は、紛れもなく彼女だ。静空が助けてあげたいと切に願った少女、百瀬凛月華がそこにいた。



7


 何故彼らがここに居るのか。


 百瀬凛月華の脳内は混乱で埋め尽くされていた。

 一瞬でいくつもの可能性が浮かぶ。


 私を粛清しにきたのか。

 能力を見られた口封じにきたのか。

 あの無気力そうな男の計画的犯行に巻き込まれるのだろうか。

 それともただの偶然なのか。


「あ……」


 まとまらない脳が辛うじて口から押し出したのは、ただの母音の一文字だった。


「凛月華さん」


 少年に名前を呼ばれる。

 私はさっき、あの子の能力で名前も能力もここに来てからの行動も思考も全て読まれた。

 だからこそあの時あの子はあんなに怒ったのだし、隣の男性は軽蔑するように私をからかった。


 私は軽蔑されるべき存在だと、そんなことは分かっている。

 分かった上でやっている。分かった上で、この殺し合いをさっさと終わらせようと行動した。何故なら、自分が死にたくないからだ。


 だからそれを今更とやかく言われたくはない。

 正義ぶって、上から目線で、曇りのない善性も、打算の中の偽善も振りかざされたくはない。


 私が悪い。そんなことは私が一番良く分かっている。

 でも、無差別に殺傷騒動を振り撒くというこの能力を与えられてしまった平和主義者は一体どうすればよかったのか。


「また会っちゃったねえ。なにかなあ?」


 元の世界に戻ると誓った。

 あの日常に戻りたいと願った。

 そのために強く生きると志した。


「もしかして私を探してたとか? あはっ、惚れられちゃったかなあ!」


 全てを割り切ると決意して、全てを切り捨てると決断した。

 

「でもごめんねえ。私は君達に興味ないんだあ! ほら、早く別の人に殺意をプレゼントしにいかなくちゃだからさっ!」


 そう言って、二人とは逆方向に歩き始める。

 もう彼らとは会いたくはない。このまま成り行きで穏便に別れることは出来ないだろうか。


「待てや」



8


 剣呑な声が凛月華の歩みを止める。

 矢矧晋作から放たれたその一声は、彼女の顔を振り向かせた。


「何? いい加減に――」

「あのなあ。こいつがお前を探しとったんやで? こんな暗いのに。話くらい聞いたれや」

「は……? なんで? 君さっき怒ってたよねえ、まだ何か言い足りなかったのかなあ?」

「いえ、そういうわけでは……」

「たじたじやん」


 明らかな喧嘩腰で静空を睨む凛月華は、苛々を隠しきれないのか地団駄を踏む。


「凛月華さん」

「何?」

「あの……えっと、そうですね。うーん」


 誰かの舌打ちが響く。

 それは晋作のものなのか凛月華のものなのか分からなかった。

 何故なら両者共に同じような心境だったからだ。


 早く言え、と。


「いや、ほんとに何? もういいかなあ?」

「嬢ちゃんの言う通りやで、ほんま」

「だよねぇ! って、さらっとこっち側にこないでくれるかなあ!」

「なんやねん、心ちっこいな」


 静空はこれでも迷っていた。


 どの言葉を吐けば、どんな風に喋れば、彼女はその敵意を振り払ってくれるのだろう。チクチクと刺さる険しい視線と、今にも立ち去りそうな彼女の足が静空を急かす。


 だが静空は知っている。彼女がどれだけ悩んだのかを。

 行動だけを読み取って怒った自分にも非がある。

 心境を理解する前に非難した自分にも問題がある。だから。


「ごめんなさい」

「は?」

「いや、すみません。いろいろ考えたんですけど、思いつかなくてですね。だから」

「言いたいことまとめーや」


 しどろもどろになる静空に、晋作はまた同じように苛ついた。

 あれだけ凛月華を探すと意気込んでいた割には、出会ってからの言葉を考えてなかったのか。


 だが晋作と同じ感情を抱いていた筈の凛月華の胸中はまた違った。

 只々困惑。“ごめんなさい”の意味が分からない。


 彼は何らかの能力で自分の行いを知ったはずだ。

 ここに来てから振りまいた殺意の結果を知っているはずだ。


 なのに謝罪される意味が分からない。頭を下げられる意味が分からない。

 それをするべきは自分だというのに。


「……なんで君が謝るのかなあ?」

「それは、まあ、ひどいことを言ってしまったので……」

「でも君はさ、私のしたこと知ってるよねえ? なのに? なんで?」

「ええ、勿論。凛月華さんがそうするしか無かったこと、知ってます」

「……!」



9


 あの時と同じように、静かで空虚な静空の喋り方。

 時折見せる氷のような冷静さを、晋作は感心しながら見ていた。

 先程までの彼とは思えない。微かに抱いていた苛立ちも収まりつつある。


 そしてその言葉は、凛月華の胸に優しく響いた。


「へえ、そんな事まで分かっちゃうんだねえ。すごいね。でもさ、別にそうするしか無かったって訳じゃないよね? 誰にも会わないように行動するとか、色々あったよ。なのになんでそうなるのかなあ?」

「死にたくないでしょ、普通」


 凛月華の疑問は最もだ。彼女が殺し合いを促進するという選択を取ったのは自分が死にたくないからで、それはどこまでも自分本位なものだ。


 だが、さも当然かのように静空は言い放つ。


「ソレに関しては僕だってそうだ。死にたいわけないじゃないですか。凛月華さん、僕らと一緒に来ませんか。根底にある想いは同じ、だったら僕らは仲良く出来ると思いませんか」

「それは……」


 暴論だ。凛月華は思う。

 “死にたくない”だなんて、この場にいる誰もが思っているはずだ。その上でどう行動するかの個人差こそがスタンスの違いになる。静空の理論なら殺し合いなんて起きないはずだ。“死にたくないから人を殺す”という人間の存在が、彼の中で度外視されている。


「ねえ、ここって、殺し合いが起きてるんだよ?」

「知ってますよ。言ってたじゃないですか、体育館で女の人が」

「それは聞いただけだよね。君達ってさ、実際に誰かが死んでるところとか見たのかなあ?」

「いえ、まだですけど……」

「そう、じゃあ見せてあげる。ついてきて」


 そう言って凛月華は診療所の入り口まで戻ると、扉を開けて二人を手招きした。

 静空は一瞬晋作へと視線を投げたが、彼はこの場を自分に任すと決めたらしい。退屈そうに欠伸をしていた。


「その中に、一体何が」

「来ればわかるよ」


 凛月華の言葉が冷えていくのを感じる。

 初見の時にあった彼女特有の語尾が上がる喋り方や、底抜けの明るさは既に無い。


 静空は、凛月華の後について院内へと入った。



10


「これは……う、おえ……」


 院内の最奥に位置する部屋。元々は入院施設だろうか。いくつかのベッドと見慣れぬ医療機器が置いてあるその部屋は、赤黒い視界と鼻をつく異臭に塗れていた。


 その原因は明らかだ。

 部屋に転がる人間三人分の遺体が、それらを撒き散らしていた。


 胴体と首が離れた不和雄大ふわ・ゆうだいの遺体。

 胸部に穴を開けた久内秋穂ひさうち・あきほの遺体。

 全身が左右に別れた大神徹心おおがみ・てっしんの遺体。


「どう?」

「どうって、そんな」

「だよねえ、無理だよねえ。ねえこれ誰がやったと思う? 直接殺し合ったのはこの人達だけど、原因作ったのは私なんだよ? ねえ、どう? ねえ」


 静空について入っていた晋作は、凛月華の言動に危険な匂いを感じ取った。

 明らかに今までの彼女とは異質、冷淡さと悦楽さが入り交じった声と態度。


「でも、それは……」

「そうするしか無かったから? まだそう言ってくれるのかなあ? そうだよ、私はこうするしかないし、これからもこうするつもりだよ。なのに仲良くしたいって、笑っちゃうよねえ! あははっ!」


 赤い髪を振り乱して凛月華は笑う。


 彼女は狂ってしまえる程弱くはない。

 善と悪の間で揺れることしか出来ない。


 ピンと張り詰めた理性が切れてしまわないように、耐え忍ぶことしか出来ない。


「……笑えないですよ」


 その静空の返答も、選んだ答えではない。

 単純にそれしか言うことが出来なかったのだ。


「まあ、そういうことだからさ。じゃあねっ」


 最後に、言葉で静空を突き放す。

 凛月華は静空を押しのけ部屋を出ながら、そのまま視線を晋作に移した。


「お兄さんの殺意は、いつ顕現するのかなあ?」


 凛月華は、晋作が計画的犯行を企んでいると思っている。それに付随する殺意が、この二人に自分の能力が作用しない原因だと考えていた。


「あ? 勘違いしとるんお前だけやぞ」

「ははっ、必死だよねえ。まあ、そりゃそっかあ」


 だから、今の文言すらも誤魔化しに過ぎないと軽く捉えていた。

 だがどうでもいい。たかが少年一人がこの男に殺されようが自分には関係ない。むしろ人数が減るのなら好都合だ。


 だから特に足も止めず、凛月華はその場を後にした。



11


「行ってもうたで」


 晋作は未だ部屋の中で呆然とする静空に声をかけた。

 顔を伏せ、立ち尽くしたまま動こうとしない。


「おい、あんまこんなとこ居りたないんやけど」


 血の匂い。肉の匂い。飛び散った血痕と散乱した遺体。


 よくもこの悍ましい場所を前にして、あの少女は笑えたものだ。……いや、だからこそか。


 静空から聞いた彼女の能力と大まかな心境。

 究極の選択を強いられた、一人の少女の苦渋の決断。

 おかしくなりかけて当然かもしれない。


「晋作さん……」

「なんや」

「僕には、あの子を助けられないんでしょうか」

「知らんて」


 たった四文字のその言葉に、静空はまた押し黙る。


「いや、まあ、助けられん事はないんちゃう? 思てたより人間やったで、あの嬢ちゃん」

「それは、どういう……」

「自分で考えーや」

「……はい」


 どうして彼は、そこまであの子を助けたがるのだろうか。

 それは、全ての心境を読み取った静空にしか分からないことなのかもしれない。


 自分には分からない。

 ゲームマスターとやらに生殺与奪を握られたこの状況で、他人の心まで救おうとする行動原理が。


「まあ、出よや。こいつらも気の毒やけど、わしらにはどうも出来んからな」

「そう、ですね」


 足取りの重い静空の背中を押して部屋を出る。廊下の窓から見える夜空には、もう月が上っていた。



No.3 歌川静空うたがわ・しずく 16歳

【能力名】回想衝動

【能力】 他人の背に触れる事によってその過去を読み取ることが出来る。ただし「読み取れるのは試合開始からのもののみ」

【タイプ】アクティブ

【系列】 情報系



No.36 矢矧晋作やはぎ・しんさく 24歳

【能力名】明鏡止水

【能力】 自分とその周囲を対象としたパッシブスキルを無効化する能力。

【タイプ】パッシブ

【系列】 能力操作系



12


「ああああもうっ! 知らない知らない」


 百瀬凛月華は“惜しいことをした”


 矢矧晋作に与えられた能力【明鏡止水】は、他者のパッシブスキルの無効化。

 だから真に凛月華が自分の能力を行使したくないというのなら、晋作の周囲にいれば良い話だ。


 だが、圧倒的な対話不足。半ば自棄になって静空を突き放した。それさえなければ、晋作の能力を知る会話にまで展開されたかもしれない。


 だがそれも全ては結果論だ。

 そもそも彼女からすれば、そんな能力があるという想像すらつかない。

 【災禍のパンデミック】を与えられた時点で、平和主義者として生きるのは諦めているのだから。


 能力が他人に看破されてから、極端に視野が狭まっている事を本人は気づいていない。心のどこかに生まれた焦燥感が凛月華を急かす。自分の情報が出回って、例え全員が敵になっても問題はないはずなのに。


 それほどまでに、民家で静空に向けられた敵意が凛月華の心を抉っていた。

 他者に向けられる負の感情は、こうまで心に響くのか。


 端的に言えば不慣れ。凛月華は他者から攻撃されることに慣れていない。

 それは平和主義者として立ち回ってきた人生の結果だ。

 だから、これ以上傷つく前に突き放した。自分は何一つ悪くない。


「こんなのさえ……なければさあ……!」


 心底恨む。ゲームマスターは、どうしてよりにもよって私にこな能力を与えたのか。


 頭が痛い。心も、痛い。



No.35 百瀬凛月華ももせ・りつか 18歳

【能力名】災禍のパンデミック

【能力】 戦闘の行う意志のない複数名が一定の距離にいる時、微弱な殺害、もしくは被殺害の意志・思想を発生させる能力。能力者との距離や、時間経過と共に強くなる。

【タイプ】パッシブ

【系列】 精神操作系



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