38 狂乱の償いは
1
兵丹七葉の創り出したゴーレム。
材質土。火力50、速度30、耐久20のツッチー。
会場北部に位置する墓場から中心部へと向かっていったそのゴーレムは、会場中央の広場を抜け南側住宅街へと侵入していた。
このゴーレムへの命令も、墓場で放たれた他の二体と同じ。
『誰かを見つけ次第っ、ころせっ!』だった。
そのたった一文のみを原動力として活動するゴーレムが、一人の姿を捉えた。
2
何をするでもなく道を見ていた。
もう日は完全に落ちていた。
何故か機能しているらしい街灯の光が、辛うじて視界を確保してくれている。
【魔法鏡】千堂新が立っているのは民家の前。
そしてその家の中には三人の人間がいる。
【献身中毒】の六弦優癒。彼女が今、家の中で料理を作っているはずだ。冷蔵庫を開けてみれば、一般家庭と何ら遜色ないレベルで食材が並んでいた。謎に機能しているライフラインも含め、まだまだこの場所には謎が多い。
【剣聖の誓い】の武仲壮士は、今はまたベッドで眠っている。
同じ部屋に、【十人十色のころしかた】烏丸千尋もいるだろう。
烏丸千尋の能力を知った時は驚愕した。まさかあんな弱々しい少女に、殺意を向けられた相手を惨殺する能力が与えられていようとは。幸い武仲壮士の気遣いで、まだ千尋は自らの能力に気付いていない。新も優癒も、これは本人に伝えるべきではないと判断した。
新はなんとはなしに空を見る。
もうすっかり夜だ。外を出歩くのは危険だ。なので朝になるまではこの民家で過ごすつもりだったが、漏れ出る照明が気がかりだった。この人気の無い住宅街では、それはやたら目立つ。
だからこうして見張りに立っている訳だが、意味はあるのだろうか。もしかすると一晩中交代で誰かが立たなくてはならないが、手負いの壮士と幼い千尋には任せられない。結局、自分か優癒が請け負うしかないのだ。
まずそもそも、住宅街だというのに人気がないのはどういう理屈かも分からない。
この場所はあまりにも不自然だ、民家や電柱等は確かにどこにでもありそうなものだが、なんというか作られた感が強い。それに、地名を表すモノが何処にもないというのが、新にとって一番の疑問だった。
ふと、考えにふける新の耳に微かな足音が聞こえた。
遠く、北の方角から誰かが歩いてくるのが見える。
街灯に照らされたその人影を、新はよく知っていた。
3
「やっと、見つけました……。新さん」
「……一人なのか」
坂本神久夜。
ゲーム開始直後に出会った三人の内の一人。そして、二度程彼女に殺されかけた思い出がある。
正確には神久夜本人にではなく、彼女の言いなりになっていた獅子島慎之介にだ。だから今、単独で現れた神久夜に対しては警戒よりも疑問が強い。
「ええ。獅子島さんとはもう別れて参りました。それで、私はずっと貴方を探していましたの」
「それはまた、何故だ? その二つ共に理由が欲しい」
誰かが来れば知らせる――民家の中の三人にはそう言ってあるが、戦闘向きの能力でもない神久夜相手にそれは不要だと考えていた。それに、彼女と自分の因縁に他人を巻き込むまでもない。この場は自分で解決するべきだ。
「まずは一言、謝らせてください。本当に、申し訳ありませんでした」
と言って、神久夜は深々と頭を下げた。
それを新は、場違いだが綺麗だと思った。元々芸術的とも言える容姿の美しさを誇る神久夜だが、その動作一つ一つにも気品を感じる。
「何が有ったかは知らないが、以前のお前に戻ったらしいな」
「ええ、とある殿方に本当の意味で救っていただきました。なので、新さんと……、その、江戸川さんにも謝罪と供養をと思いまして」
その発言を受けて新は面食らった。
この女は、一体どこまで清純なのだろうか。江戸川唯介は、神久夜を殺そうとしていたというのに。それに、その事実は神久夜にも伝えたはずだ。だというのに、謝罪と供養をなどといい出すのだから驚きだ。
それほどまでの清純さが狂気を孕んだ場合にああなってしまうのか、と新は一人納得した。
「それはいらないと思うが。まあ何にせよ謝罪は受け取った。お前の狂気は理解していたから、俺は別に怒ってはいない。あの時は、敵意に敵意を返しただけだ」
「……っ、本当にありがとうございます……!」
何気なく紡いだ言葉は、神久夜にとっての救いだったらしい。
「泣くのもいいが、もう一つの質問にも答えてくれよ」
「――!」
神久夜は涙の伝う顔を見られるのが恥だと思ったのか、街灯の光が当たらない位置へと移動した。
4
「お見苦しいところを晒してしまい、申し訳ありません。獅子島さんの件ですが、彼は――端的に申し上げると狂っておりませんでした」
「なんだと?」
そんな筈はない。彼は確かに狂っていた。
坂本神久夜殺害計画を話した時の激昂こそが、彼の素ではないのか。
だが新は、その事実に若干ながら高揚した。
「何といいますか、私もよく分からないのです。ですがあのお方は、主催の人間と繋がっているとか……」
「ほう?」
「分かりません……何もかも。不遜な言い回しになりますが、あれ程流暢にお話出来る方とは思いませんでした」
「ふむ……。そう言われてみればそう思わない事もない、か」
神久夜の話す内容は極めて不明瞭だ。そして恐らく大事な内容が抜けている。
ただ彼女が、精一杯自分の見たものを伝えようとしているのは伝わってきた。
新にも心当たりはある。
獅子島慎之介の能力は、誰もが見覚えの有るものだ。
始まりの体育館でゲームマスターを名乗った女と同じ、突き攻撃の威力強化。
だがそれだけでは、完全な証拠にならない。
そして何より高揚の理由、この俺の観察眼を掻い潜って無口な男を演じていた獅子島慎之介の存在が、どこまでも愉快だ。
「あの……」
「おっと、すまない。もしかして笑っていたか?」
「ええ、とても楽しそうでしたので……」
「ふ、悪いな」
まただ。武仲壮士の行動を理解した時にも漏れ出た称賛の笑み。無意識下で生じる新の破顔が、この短期間に二度も溢れた。何にせよ、獅子島慎之介に会いたいと強く思う。
「ツウウウウ」
そしてこの女、坂本神久夜にも同じ感情を抱いている。狂化していた時には取るに足らない有象無象だったが、今こうして理性を保った彼女は中々どうして魅力的だ。異性としてではなく、人間として。
彼女には、圧倒的に年齢相応さが欠けている。
だが、その原因を見極める事は出来なかった。
「ツウウウウウウッ!」
「ん?」
「今のは一体、なん」
突如、神久夜の声が途切れる。
と、同時に別の声が耳へと入る。
「ツッツッツウー!」
言語ではない。無機質な物体が音を発しているかのような声。
そして随分と耳に響く不快な声だ。
5
「……おい、どこに行った」
新は立ち上がって神久夜へと声をかける。
だがあの透き通る様な声は返ってこず、代わりにツウウと言う音声のみが響いた。
なにせ暗い。新は車庫の電気を付けた。
「な――!?」
神久夜が先程まで居た場所に存在しているのは、こげ茶色の何かだった。
形状こそ人型だが、それは人とはかけ離れていた。その異形生物の所々から、白い手や細い足が飛び出ている。随分と気味が悪い。
「何だ、お前は……!」
明らかに尋常の者ではない。よくよく見れば飛び出した白い足が履いている黄色いヒールサンダルには見覚えが有った。あれは神久夜が履いていたもの、もしや彼女はこの異形の中に取り込まれたというのか。
「お前は人か? 変身能力……だとしたら随分と運が悪いな。相当気持ち悪いぞ、お前」
「ツウウウ?」
挑発には乗ってこない。それとも考える頭脳まで変性しているのか。
新はそれに近づき、飛び出ている白い手を引っ張ってみた。
「ツウ!? ツウウウ!」
だがいくら引っ張ってもびくともしない。中でどうなっているのかは分からないが、神久夜の救助は難航しそうだ。民家内の三人を呼んでもいいが、優癒の能力は戦闘向きではなく、壮士は怪我人。千尋には能力を使わせないと決めたところだ。わざわざ危険に晒すこともない。一人で十分だ。
新は腰の警棒を引き抜くと、思い切りそれに殴り掛かる。
だがその生物は大してダメージを受けた風でもなく、暗闇の中で身体を流動させている。
それに呼応して、飛び出した白い手足がびくびくと痙攣していた。その様が余計に不気味に写った。そもそもあの中では呼吸も出来ないのではないのか。何にせよ時間をかければまずい事になりそうだ。
「ツッツーツッー」
「中々癪に障る音を出すじゃないか。言語も理解出来ないのか、お前は」
「ツウ?」
新は、それを人ではないと判断した。何者かの能力による産物なのか、それとも元々この会場にいる生物なのか。どちらにせよ、これ以上の対話は無理と悟る。
だが新には何も出来ない。何故なら自分の能力は、相手が攻撃してこない限り作動しない。今は、飛び出る手足に当たらないよう警棒を振るってはいるが、効いているのかも分からない。
6
「はは、まずいか? これは」
別に、坂本神久夜を見捨てれば済む話だ。
次の標的が自分なら、能力で倒せる。
だがいくつか、彼女を生かしておく理由がある。
神久夜は自分に真摯に謝罪してきた。その改心に報いてやるくらいはしてもいい。それにまだ、獅子島慎之介のことで聞きたい事がある。
その茶色い流動体のような異形生物は、恐らく元は土だ。それは見た目で分かる。
「なんだ、簡単じゃないか」
冷静に考えれば、そんな生物に対して警棒で殴るのはどうかしていた。新は車庫の端にある蛇口を捻って水を出すと、隣に放置されているホースを繋げてその生物へと噴射した。
「ツウ!? ツウウツツツツツウツウツ!??!」
警棒で殴打していた時とは明らかに違う反応。
殴打よりは効いているらしい。
「ツウウウウウウ!」
怒っているのか、それともただ生物としての反撃なのか。
その生物は、神久夜を中に取り込んだまま新へと襲い掛かってきた。手に見える部分を上に挙げ、飲み込むような格好で新へと覆いかぶさる。新はホースを投げ捨て、右手を構えた。
「待っていたよ、その時を」
「ツッ――!?」
一瞬の後、仕掛けた側である異形生物がはじけ飛ぶ。新の能力【魔法鏡】、いわゆるカウンター。攻撃の威力をそのままに、効果を任意に相手へと返す能力。それをまともに受けた異形生物、兵丹七葉の産物たる土のゴーレムツッチーは、今ここに爆散した。
「おい、生きてるか」
新は水を止めつつ、異形生物が爆散した場所に転がる神久夜へと声をかける。返事はない。
「今看護師……候補を呼んでくるから待ってろ」
神久夜を車庫の中へと運び込み、壁へともたれかけさせておく。
不思議な事に、彼女の着ている白いブラウスも、その端麗な顔も全くと言っていいほど汚れていなかった。土の塊に取り込まれていたとは思えないほど綺麗なままだ。よくよく見れば、爆散した土の塊も欠片一つ残っていない。神久夜の全身は水に濡れてはいたが。
それを不思議に感じつつも新は民家へ入り、台所で調理中の優癒を呼んだ。
7
「なにがあったの?」
優癒は、涼しい顔の新へ問う。
今車庫で眠るこの女性は、先程確かに新達の敵だったはず。
「異形生物に襲われた彼女を助けた。それだけだ」
「なにかあったら、すぐに呼ぶって言ったじゃんか」
「呼んだところでどうなる? 非戦闘員が増えた所で邪魔になるのがオチだ」
「でも、結果は違ってたかもしれないね」
「どういうことだ?」
六弦優癒は看護学生。つまり将来の看護師候補だが、もう、そうはならないと決めてある。大学を休学して二年になる。医者脳の親に将来を絶望されてから長い間関わりを持っていないし、既に彼らも妹達に夢中だった。
だというのに、そんな自分に与えられた能力は【献身中毒】。他人限定だが、能力による負傷を癒やすというもの。もうそんなものは必要ないと思っていたのに、ここにきてすぐ武仲壮士の治療に役立ってしまった。
「おい、なんでもいい。早く治療してやってくれ、こいつにはまだ聞きたい事があるんだ」
だが今、優癒の能力は役に立たない。
あくまでも優癒の能力は、蘇生ではなく治癒。
だから今の自分に出来るのは、たった一言述べる事だけだ。
隣で涼しい顔しているこの男に、一人で危険を背負い込んだこの男に、たった一つの事実を伝えるだけ。
それはきっと残酷な一言になるだろう。
彼が、一人で十分だ、と、ある意味自分を過信した結果がこの始末なのだから。
だがそれは、優癒達が駆けつけていたとしても同じことだ。この男の言う通り、女と怪我人では戦闘において役に立たない。
そんなことは、この集団の誰しもが理解していた。
結局、自分に出来ることはこれしかないのだ。
「……もうね、死んでるよ」
「え――」
優癒は両手を合わせて瞑目し、祈りを捧げた。
隣の男の顔は、出来るだけ見ないようにした。
No.11 坂本神久夜退場
No.14 千堂新19歳
【能力名】魔法鏡
【能力】 相手の戦闘行為を認識している時のみ、その攻撃手段と威力をそのまま返すことが出来る能力。更に「能力による効果は付加選択可能」
【タイプ】アクティブ
【系列】 能力操作系
No.41 六弦優癒22歳
【能力名】献身中毒
【能力】 患部に手をかざすことで、能力による負傷を治癒する能力。ただし「自分の傷は治せない」
【タイプ】アクティブ
【系列】 支援回復系
残り27/42




