36 日暮れ
1
「はあ……、厄日ってこういう時に使う言葉なんでしょうね」
「殺し合いに巻き込まれている時点で、全員が厄日と言えるのでは? クッ」
お化け屋敷の横を通りすぎて、ベンチの間を抜けていく。
「身も蓋も無いこと言わないでよ。その中で私が一番不幸な自信があるのよ!」
「ふっ……う……。そ、それは、亡くなった13名の方よりもですか?」
コーヒーカップを素通りして、小さなメリーゴーランドの前を通り過ぎた。
「それは……違うけど……てか13? 私が見た時は14だったわよ?」
「私が休息している間に、また一つの命が失われたと言うわけですか……。は」
遊園地も出口に差し掛かる。もうここに用はない。
【エレメンタリスト】穂高凛(ほだか・りん)と、【マジックキャンセラー】室島斬也(むろしま・きりや)は、成り行き上行動を共にしている。
「……ていうか、あんたさっきから何笑いこらえてんのよ。私の格好を見てって理由なら、殺すわよ」
「いえそういうわけでは……決して……」
「目を見て言いなさいよ!」
凛は今、魔法少女と化している。詠唱の完全暗記、四大元素をの完全支配、魔導知識の完全究明、まさに【エレメンタリスト】の完成形……。
ではなく。
「あーもう……ない……ほんとない……こんなの知り合いに見られたら死ぬわ……」
ピンクと白で構成されたワンピース型の衣装。
唯一燃えずに残っていたその魔法使い用の衣装を、凛はびしょ濡れになった制服の代わりに身に纏っていた。勿論本意ではないが、他に選択肢がなかったのだから仕方がない。
どう贔屓目にみても恥ずかしい格好。
「ヒューイ」
「あら、励ましてくれるの? どこかの誰かさんよりよっぽど優しいじゃない」
凛の周囲を飛び回る半透明の妖精は、彼女の頬へと擦り寄っていた。
服を乾かすべく詠唱した風の魔法。その結果として生み出されたのがこの手のひら程の大きさの妖精だった。淡い緑一色のその妖精には目や口はなく、ただ人型に羽が生えた影だけがそこに存在している。これが凛にどのような恩恵をもたらしてくれるのかはまだ分からない。
2
遊園地の出口へと着いた二人は揃って足を止めた。
理由は二つある。
一つは扉が閉まっている事。乗り越えられない高さでもないが、ミニスカ姿の凛にとってそれは躊躇される。
だがその理由はあくまで付加要素だった。
二人の眼前、遠目に見える森林地帯の入口、凛が先程与那城朱美(よなしろ・あけみ)に出会った場所。その場所から、二人の男女が出てくるのが見えていた。
「どうしましょうか」
「関わんない方が身のためなんじゃない? それに、あんまり人に会いたくないし……」
「ハハ、保守派ですね。では革新派たる私はこれで」
「え、ちょ、ちょっとぉ!」
言うが早いか、斬也は身軽に柵を乗り越えると緑のリュックを揺らしながら駆けていってしまった。一人取り残された凛は、ニメートル程の柵を見上げて呆然と立ちすくむ。
「あーもうっ! 行けば良いんでしょ行けば!」
周りに人がいないかを念入りに確認しつつ、凛は慣れない動きで柵へと手をかけた。
3
「ねえ、誰か来るよ」
「見えてる」
高坂星華(こうさか・せいか)が指差す先、海岸方面の道から一人の男が駆けてくる。それほど急いでは居ないようだが、徐々に距離は詰まってきている。
「うわ……スーツ着てる、暑そう」
グレーのスーツを身に纏い、綺麗に整えられた髪を全く振り乱す事もなく、男は涼しげにこちらへと向かってくる。その余りの余裕の姿勢に、逢坂秀都(あいさか・しゅうと)はしばし警戒することも忘れてその場に立ったままでいた。
だがその後方、男の更に後ろに新たな人影が見えた。同じくこちらに向かってくるその人影は、遠目に見るとまるで魔法少女のようだ。そんな突飛な発想をしてしまうような出で立ちを、少女はしていた。
「え、高坂さん。あれ見える?」
「見えてる」
位置関係的に男が追われているのか、と思ったがどうやらそうではないらしい。証拠に男は秀都と星華の前まで来ると、後ろを振り向いてその少女を待つ素振りをした。
「えっと、何か用?」
思えば、こんな間抜けな第一声はない。殺し合いが始まって既に六時間程が経過しているというのに、今更何か用などと。
「ええ、まあ。ですが役者が揃ってませんので、しばしお待ちいただけますか。あ、その前に一つ確認なのですが、貴方がたもこれですか?」
と、片手で緑のリュックサックを持ち上げて見せつけてくる男。それが意味するところは簡単だ。即ち「貴方も殺し合いやってますか?」ということだろう。
「ああ、まあ」
「ハハハ、確認するまでもなかったですね。そちらのお嬢様が背負っておられる悪趣味なリュックと、それに……。私は貴方に既にお会いしていたようだ」
男は苦笑いと共に秀都を見ると、懐かしむような目線を投げ、それ以上は何も言わなかった。
無論、秀都とて記憶にある。
かの体育館で、真っ先に起きていた自分に状況を聞いてきた内の一人だ。名前こそ聞かなかったが、その顔と丁寧な言動には覚えがあった。考えてみれば、秀都はゲームマスターの試合開始宣言前に最も多くの人物と会話している。
「ちょ、あ、あんた足速すぎだから……はあ……はあ……」
そこへ、息を切らして少女が追いついてきた。
ピンク色の衣装が目立つその風貌は、どこからどう見ても魔法少女にしか見えない。これでトンガリ帽でもかぶれば完璧だ。
その視線に感づいたのか、鋭い目線が秀都を睨む。
4
「随分と無遠慮な視線、投げて、くれる、じゃない、はぁはぁ……。何よ?」
「で、用件はなにかな」
秀都はそれには答えずに、スーツ姿の男にのみ声をかけた。
魔法少女とスーツ姿という、世界観も何もあったんものではない組み合わせには違和感しか無いが、話が通じそうなのはどちらかと言われれば明白だ。
「ちょっと! 無視してんじゃないわよ!」
「用件ときましたか。端的に言ってしまえば、特にないですね」
バッサリと言い切る男に対し、秀都は困惑を顔に出しそうになった。だがそれは抑えておく。精神的優位がどれほど状況に影響するかは先程経験したばかりなので。
「あーもうっ! やっぱ着いてこなきゃ良かったわ……もうやだ……」
「ねえねえ、名前なんて言うの?」
拗ねかける少女に声をかけたのは高坂星華。
その珍妙な出で立ちには何も触れず。
秀都はこの少女を星華に任せる事にした。見てくれから判断するに恐らく同年代、話し相手の組み合わせを決めるのなら、自分の相手はこのスーツの男だ。
「用件がないとなると、ここで話す意味はないな」
「ハハハ。あの時と同じで冷たい反応だ。用件はなくとも、私達には共通の目的があるはずでは?」
「……というと?」
「私の口から言わせますか?」
どこか小馬鹿にしたような笑顔でこちらを見つめてくる男。そういえば名前も聞いていない。そんなほぼ初対面に近い状況で、この男と自分の間に共通の目的だと。
心当たりとしてはただ一つ。
「潰し、か」
「ご明察」
「うーん……」
この男の最終目的は自分と同じ、このゲームの破壊なのだろうか。
自分がそれを目指す理由は正直言ってただの保身だ。“生き残れたからといって無事に帰れるとは限らない”から潰そうと考えているのであって、正義感に駆られたわけではない。だがこの男はどうだろう、もしも理由が正義だというであれば、そこはかとなく面倒くさい。
だがそれを口にするのは憚られる。正義を振りかざす人間相手に保身が理由とでも説けば、軽蔑されるのがオチだ。別にそれで済むのなら大した被害ではないのだが、ここが殺し合いで相手の能力が不明瞭とくれば話は別だった。
秀都は、戦闘以外にも面倒な状況が有ることを思い知った。
5
「へー、凛さんって言うんだ。いい名前だね」
「星華ちゃんも中々よ? それにその制服、桜河でしょ? 案外近所だったりするかもしれないわね!」
男共が腹の探り合いをしている時、こちらはこちらで会話に花を咲かせていた。
年が近い、家も近所とくれば話題に事欠かないのは当然だ。それに、この場で初めて出会った同年代の人間がお互い初めてだったこともあり、状況も忘れて盛り上がった。
と、凛は思っていた。
「でさ、あのスーツの人って知り合いなの? 能力とか聞いた?」
「知り合いなんかじゃないわよ! さっきあっちで会っただけ! 能力は……」
高坂星華は案外狡猾だった。
だがそれは自ら理解しての狡猾さではなく、あくまでも生存欲の裏返し。
この場で生き残る為に穂高凛と友好を深め、その延長として室島斬也の能力を聞き出そうとしていた。
「能力は……そうね、お互いにあの紙見せるってのはどう?」
「紙って?」
「え……? 能力の書かれたやつ、かばんの内ポケットに入ってたじゃない!」
「マジ?」
星華は慌てて自らの青いリュックサックを漁る。凛に言われた場所、背中側の内ポケットから出てきた一枚の紙には、確かに能力が書かれていた。
「こんなの有ったんだ……」
ゲーム開始直後、逢坂秀都と共に荷物の確認をした時には見つけられなかった。やはりあの時は、警戒心と好奇心に意識を割いてしまっていたのか。ましてや途中で口論になりかけたのだから尚更か。
「……もしかして、初めて見たの?」
「うん……」
「ふふっ。ちょっと警戒してたけど、いいわ、教えてあげる。私は【エレメンタリスト】。魔法使いよ!」
「あ、だからその格好なんだ」
「ち、違うわよ! これはほんっと何重にも不幸が積み重なっただけなんだからっ! ……ほら、見せてよその紙」
星華は、目の前の魔法少女に概要紙を渡した。先程から凛の周囲を飛び回っている緑の影も、能力によるものなのだろうか。
【戦場のヴァルキュリア】高坂星華は、ここにきて初めて自分の能力を知った。
目覚めてからずっと自分の身体の調子が良かった理由、不自然とまで言えるほどに身体が軽かった理由が今分かった。
納得した。
そして絶望した。
6
概要紙に書かれていた二文。
身体能力が著しく上昇する。
ただし「???」
“著しく上昇”してこの程度なのか。この上昇幅のみが、一般人と比較した時の自分のアドバンテージなのか。これだけが、この身体能力の優位性だけが。
目の前の少女、穂高凛の【エレメンタリスト】
そして森で出会った燻煙少女の灰塚紫唯と、殺戮機械の中性的な顔の男。
そのどれもが人を殺傷出来得る能力を有していた。煙も、魔法も、そして銃器と刀も。
不謹慎かもしれないが、どこか楽しみにしていた。
能力が分からないという状況は、未来に無限の可能性がある。この身体の軽さと、与えられた異能を駆使すれば案外生き残るのは容易いのでは……と思っていた。戦力が一つ消えた気分だ。
「星華ちゃん?」
「え、ああ、何?」
「返すわよ、これ」
返却された概要紙を受け取る。星華は、それを細かく破いて風に乗せた。
凛の周囲を飛んでいた緑の影がそれを一瞬追っていったが、すぐに戻ってきた。
「いいの?」
「いいよ、だってもういらないじゃん」
「まあ、そうかもしれないわね……」
納得と困惑が半々といった顔で、凛は目を伏せる。
「ねえ、秀都くん。リュックの内ポケット、見て」
「ん?」
スーツの男と向き合っていた秀都が、星華の言葉に反応してリュックを漁る。しばらくして、彼の手には一枚の紙が握られていた。
「ははん、なるほどね」
【災厄回収】逢坂秀都の能力は、彼自身の予想の通りだった。
退場者の身体に触れる事で、その者の能力を自身に宿すことが出来る能力。
つまりスロースターターの尻上がり型。死者が増える後半に強く、かつ意表を付ける能力。使いようによっては最強だ。それはほぼ全ての能力に当てはまる文言ではあるが。
「面白い能力ですね。もう既にどなたかから回収を?」
いつの間にか覗き込んでいたスーツの男が問う。
「いや? 知ったのは今が初めてだし、つまりまだ俺は無能力ってことかな」
「ハハハ、これは頼りにならないですね」
「言うなよ」
秀都はサラリと嘘を吐いた。これも役に立つかも分からない保身だった。
そして、先程まで持っていた中御門桜(なかみかど・さくら)の荷物を神社に置いてきた事に心底安堵した。
7
「ねえ、星華ちゃん。あなた達って森から来たんでしょ。危ない人、いなかった?」
凛はその言葉を三人に向けて言ってはいるが、目は星華だけを見ている。どうやら逢坂秀都と室島斬也は、穂高凛の中で気に食わないというカテゴリに入ったらしい。
「えっと……」
だが星華は秀都を見る。
回収能力についてはぐらかす真意がわからないので、森での出来事を言ってもいいのか迷った。
「一人居たかな、危ないやつ。君はなんで知ってるの?」
星華の代わりに秀都が答える。
「居たんだ。へえ、あいつの言ってた事は正しかったのね……」
一人で納得する凛に、秀都は若干苛ついた。形式的な会話が出来ない相手は秀都が最も苦手とするタイプだ。あの灰塚紫唯(はいづか・しい)のように、ロジックを理解するまではストレスしか貯まらない。
一方凛は、この場所で与那城朱美と出会ったことを思い出していた。
お互いに危険人物の忠告をしあって別れた彼女は、まだ生きているだろうか。
それぞれがそれぞれの思惑を抱えている。
夕日が、我関せずの顔で西の空に沈みかけていた。
No.1 逢坂秀都(あいさか・しゅうと)21歳
【能力名】災厄回収
【能力】 退場者の身体に触れる事で、その者の能力を自身に宿すことが出来る能力。
【タイプ】アクティブ
【系列】 規格外
No.10 高坂星華(こうさか・せいか)17歳
【能力名】戦場のヴァルキュリア
【能力】 身体能力が著しく上昇する能力。ただし「???」
【タイプ】パッシブ
【系列】 身体変化系
No.30 穂高凛(ほだか・りん)18歳
【能力名】エレメンタリスト
【能力】 四大元素を基礎とした魔法を展開可能。詠唱を正しく唱えた場合のみ発動する。
【タイプ】アクティブ
【系列】 物質操作系
No.34 室島斬也(むろしま・きりや)23歳
【能力名】マジックキャンセラー
【能力】 自分とその周囲を対象としたアクティブスキルを無効化する能力。
【タイプ】アクティブ
【系列】 能力操作系
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