34 救いの言葉は切実な願いだった
1
森林地帯の中央に位置する湖。そのほとりには、一人の少女の遺体が転がっている。
ゲーム開始後まもなくして、周防龍臣(すおう・たつおみ)の襲撃によって殺害された少女、中御門桜(なかみかど・さくら)。驚きに眼を見開いたまま生命活動を終えたその少女は、その後訪れた二名の男女によって発見され、その目を閉じられ両手は胸の上で組まれている。
「うっわー……まじッスか」
そこへ現れたのは生まれついての反転主義者、灰塚紫唯(はいづか・しい)。
先程森林南部での戦闘中、高坂星華(こうさか・せいか)の共闘提案を反転して一人逃走しここまで来た。だがそれを悪く思っていない。それこそが彼女の行動原理だから。
「なんていうか、無残ッスねー。あ、タバコとか持ってないッスか?」
遺体のポケットをまさぐるも、目当てのものは出てこない。
まあ、制服を着ている事から考えれば、この遺体は未成年だろう。胴体こそ悲惨な刺し傷が目立つが、顔は綺麗なままだ。化粧気や日焼けのないその品行方正を絵に描いた様な顔で、タバコを持っているなどとは期待していなかったが。
だが、遺体の身体をまさぐるというその行為は、第三者から見れば悪質だった。
「てめェ、何してンだ」
紫唯の来た方向とは逆側の木々から姿を現したのは金髪の少年。こちらも制服を身にまとってはいるが、見るからにタチの悪そうな顔をしている。その風貌で紫唯を見据えて警戒しているというのだから笑えてしまう。
「あっ、勘違いしないでほしいッス! これやったのは紫唯じゃないッスよ! それより」
「あ? 紫唯? ……あァ、名前か。つか、死体目の前にしてンなの信用出来るかよ」
「むー、強情ッスねー。というか」
「それ以上近づくな」
金髪の少年、【ペネトレーター】こと仁科神(にしな・しん)は森林北部で木の化物と死闘を繰り広げてきたところだ。その際に、目の前で一人の人間の死を見ている。警戒して当然だった。
更にそれに加えて神の日常欠かせないとある行為がこの場では出来ない。それが余計に神を苛立たせていた。
「あーもー。話くらい聞いてほしいンスけど……」
「ンだよ」
紫唯が右の手のひらを上に向けて眼前に出すと同時に、神は身構えた。最悪の場合はここで戦闘にもなり得る。自分も右手の形状を武器に変化させるべきか。
「タバコ、持ってないっすか?」
2
「フゥー……。生き返ったわ。つーかなんだよ、それならそうとさっさと言えよな」
「だからずっと言おうとしてたじゃないッスか! 遮ってたのそっちッスよ!」
「ははは、悪ィって」
湖のほとり。中御門桜の遺体を大きく避けた場所で、二人は地面にしゃがみ込んで喫煙行為にふけっていた。
神の支給品にはタバコが有った。しかも普段から愛用しているアイスブラストの5ミリ。だが火がなかった。かといって共闘した漁火奏汰(いさりび・かなた)に頼むのはプライドが許さなかった。
あれ程疲労の溜まる戦闘をこなした後だったというのに一服も出来ず、悶々とした気持ちでここまでたどり着いていたのだ。
紫唯の支給品にはタバコが無かった。火ならば自らの能力を駆使していくらでも生み出せるのに、肝心のモノがないのでは意味が無い。
二人の利害は見事に一致していた。
「てか神くんは未成年じゃないんスかー? 悪い子ッスねー」
「関係ねェよ、クソ教師と同じこと言いやがんな。うぜー」
「お褒めに預かり光栄ッスー」
「褒めてねえンだが」
神は心底羨ましかった。隣の女、灰塚紫唯の能力は煙を操ることらしい。しかもご覧の様に小さくはあるが火や、他にも毒や蜃気楼の類まで自由自在だとか。その火の部分が神にとっては一番魅力的なのだが。
「あの子、どう思うッスー?」
紫唯は、今は遠くに見える少女の遺体を顎で指す。
「まァ、不運だよな」
神にとっては見知らぬ相手だが、それでも気の毒だとは思った。
「あはは、ちょっと意味分かんないッスー」
「なンでだよ!」
あのめった刺しの遺体はどういう過程であそこにあるのだろうか。あの場で襲われたことは何となく察しが付くが、無残な殺され方の割に目は閉じられ両手は胸の上で組まれている。殺した本人がやったのだとしたら、その思考回路が少し気になるところだ。
「さて、じゃあ紫唯は行くッスね」
一服を終えた紫唯が立ち上がる。
「あァ、ちょっと待ってくれ」
神は、立ち上がった紫唯へと右手を突き出した。
3
「なんッスか!」
「もう一本、頼むわ」
突き出した神の右手には、もう一本タバコが握られていた。
ここを逃せば次何処で吸えるか分からない。その名残惜しさが図々しくも表に出る。
「お安い御用ッスよー」
紫唯の快諾を受けて内心安心した。心の広い女で良かったと思いつつ火がつくのを待つ。
だがいつまで待っても着火行為は行われなかった。
「ンだよ? 別に嫌なら嫌でそう言ってくれりゃ……」
「一本譲って貰ったお礼っすよ! それじゃあこれでっ!」
「はァ?」
いうが早いか紫唯は歩き出してしまう。
神の頭の中に、クエスチョンマークがこれでもかというほど湧き出していた。会話が通じない部分は確かに有ったが、発言と行動が一致していないところまで来ると一大事だ。頭のネジでも飛んでいるのだろうか。
「おいおい待てよ。一体どういう……」
待てという言葉に全く待たず、紫唯はずんずん歩いて行く。
あまりの話の通じなさに、内心の苛々が加速していく。
「何だっつンだよ? ちっ、何処へなりとも行っちまえよクソが」
行ってしまえという言葉に、紫唯はピタリと足を止めた。こちらをゆっくりと振り返りつつ、屈託のない笑顔で口を開く。
「そうそう! 聞き忘れてたんスけど、神くんは殺し合いやってるんスか?」
「あ? 突然何だよ。やってるっちゃやってるが、やってねえと言えばやってねえ。クソッタレだ」
「ははーん。それは随分と面白い答えッスね! 頭がショートしそうッス!」
「意味わかんねえンだが」
神は、眼前の女の言動が全くもって理解出来ない。だが紫唯と初対面の人間は皆そうだ。常軌を逸した天邪鬼……と言って誰が理解し、そして納得するだろうか。あの逢坂秀都(あいさか・しゅうと)ですら、初めて会った時はその行動原理の把握に丸一日掛かったというのに。
「紫唯は神くんが嫌いじゃないッスよ! ところで一つ、シンプルに訪ねますが――」
数秒の間があった。
「神くんは、紫唯にどうしてほしいですか?」
ストンと、抑揚も強弱も無くなったその声に神は不気味さを覚えた。
先程までの弾むような口調は一体どこへ。
「どうするも何も……」
迷う。ここで間違えれば、この一本は吸えないのだろう。
だが相手は恐らく人間だ、真摯に頼めば成せない事など……。
「火、付けてください」
神は言葉を間違えた。
4
紫唯はポカンと神の顔を見ると、やがて何かを納得したかの様に笑い出す。
「アハハハハハ! 火、火と来たッスか! ほんと面白いッスね! ……わっかりました! なら是非是非悶々と鬱屈とした欲求不満を抱えて生き残ってくださいッス! それじゃ!」
「あ……」
灰塚紫唯は行ってしまった。
神は右手にタバコを虚しく一本持ったまま、呆然とその場に立ち尽くした。
仁科神は言葉を間違えた。
それはあくまで彼の喫煙欲求を満たそうとした場合の話。
実は、紫唯の人間性を保つ上では何一つ間違ってはいない。
灰塚紫唯の行動方針はいとも容易く更新される。いくらゲームマスターの神永祐奈に「殺し合え」と言われたからといって「殺さない」状態が続くのは極僅かだ。自らの決断すら疑ってかかるその姿勢は時間と共に濃くなっていく。
森の戦闘では、殺傷に関する言葉は得られなかった。
逢坂秀都の救助依頼と高坂星華の共闘提案は既に彼女の中で終了している。
ならば根源、このゲームでどうするかをまた誰かに貰う必要があった。
なのにまさか「火付けてください」と言われるとは思わなかった。その前の神のスタンスも参考にならない。やっていると言えばやっている、だがその逆も然りとくれば、もう何を反転して良いか分からない。
結局、また次の人物に会って決めるしかなくなった。
だが紫唯は、神の間抜けさを忘れられない。
「また会えるといいッスねー」
それは紫唯らしからぬ純粋な想いだ。
臆病故に自らの生き方を捻じ曲げてしまった彼女は、どこかで修正を望んでいる。
No.22 仁科神(にしな・しん)17歳
【能力名】ペネトレーター
【能力】 右手の形状を任意に変化させる事が出来る能力。ただし「相手を貫通する事を目的とした武器にしかなり得ない」
【タイプ】アクティブ
【系列】 身体変化系
No.26 灰塚紫唯(はいづか・しい)20歳
【能力名】煙の姫君
【能力】 自らを起爆剤とし、周囲に様々な効果を付与可能な煙幕を発生させる能力。
【タイプ】アクティブ
【系列】 爆発系
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