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オリジナル・バトルロワイアル  作者: 八緒藤凛
一日目
35/54

32 孤独じゃない

1



 繁華街を抜けた先にある南側住宅街を歩くのは奇抜な見た目の女。

 髪は紅、やたら露出の高いオレンジのタンクトップに白いハーフパンツ。そして白いリュックサック。彼女は特に警戒をするわけでもなく横柄に歩を進めていた。



 彼女、与那城朱美(よなしろ・あけみ)には、守るべきモノがない。


 守るべき人も、守るべき物も、そして守るべき法もない。 

 恋人や家族の類が居たことはあるし、差し障りの無い付き合いはしてきた。だがもしこの殺し合いの場にそれらが居たとしても、朱美にとっては特に障害にはならなかっただろう。



 自分。



 彼女の存在はそれ一つで完結している。何かの決断を迫られれば、他のすべてを投げ打ってでも自分を優先することが出来る。実は、それを成すのは案外難しいというのに。


 ところで朱美は、未だに殺し合いに乗っていない。自己優先の考え方を持ちながら、未だに他者を殺す事を決断していなかった。それは朱美の心に残る一欠片の良心が……というわけでもなく、ただ単に危機感を感じてないからだ。


 朱美に与えられた【唯我独尊の極み】という能力は、生存することにおいて最善だ。一対一の戦闘において生存が確約される能力。これで死ねという方が難しい。


 まあそれでも特に乗らない理由にはならないのだが、未だに殺し合いの全体像を把握しきれていないのも大きい。


 朱美が最初に出会った人間は立浪瞬(たつなみ・しゅん)。善性。込み入った会話をするまでもなく殺されてしまった。

 次に出会った人物は周防龍臣(すおう・たつおみ)。悪性。立浪瞬を殺した男。

 森の入口で出会った少女が穂高凛(ほだか・りん)。善性。軽い情報交換をして別れる。

 繁華街で出会った男が新田豪生(にった・ごうき)。悪性。返り討ちにしてやった。


 朱美にとっては名の知らぬ4人だが、善悪がくっきりと分かれている。

 この会場に分布する41人とやらは、一体どのような人物達なのか。それを知りたい。


 差し当たって、次に出会った人物の良し悪しで決めようか――と思いふけっていたところであった。


「あらまあ。救いを求めるお方がここにも一人」


 出会ったのは――。



2


 朱美の前に現れたのはおよそこの場に似つかわしくない少女。白いブラウスに黒い長髪が似合う。だがその目はどこか遠くを見ているようだ。


「救い……? なんだって?」

「そう、救いです。私、このような哀れな場所から救われる方法を知っていますわ」

「へえ、なんだいそりゃ。教えてくれよ」

「簡単なこと。死ぬことですわ」

「ははっ……」


 真面目な口調で言い切る少女に対し、思わず朱美は笑ってしまう。


「そりゃ、別の意味で救われてねーよ」

「と、申しますと……?」

「あん? 気狂いかアンタ。死んだら元も子もねーだろ?」

「何を言っているんですか……? この場所から救われるというのに、なにか問題でも?」

「……問題しかないだろ」


 どうやら話の通じる相手ではないらしい。

 これ以上の対話は無駄だと悟り通り過ぎようとするが、次の瞬間朱美の脳内に警鐘が鳴り響いた。


「おっと……もう一人いたのか」


 角から姿を現したのは筋肉質の大男。立ち位置から見るに少女と手を組んでいるようだ。これで二対一、朱美の能力は作動しない。


「うふふ。今救ってあげますよ」


 男がこちらへと距離を詰めてくる。

 少女の方は戦う気がないらしいが、この場合能力は発動するのだろうか。


 まあどちらにせよ、朱美の取る選択肢は決まっている。


「不確定要素に賭けるほど慌てる状況でもねーからなっ」


 反転して、元来た道を走って逃げた。





「あらあら、またですか?」


 去っていく女を見て、坂本神久夜(さかもと・かぐや)は首を傾げた。

 先程の千堂新(せんどう・あらた)を含む四人組といい、今の女といい、救いを拒否するとはどういう了見だろうか。


「まあ、別のお方を探しましょう。私達のことを必要としてくださる人が、どこかにきっと居るでしょうから」


 神久夜は、女の去っていった方向へと歩を進めた。



3


「大丈夫かな……来栖サン」

「どうでしょうね、運動神経は悪くないらしいですけど」

「オレのが絶対良いけどね! それは!」

「そうですか……」


 同じ頃、遠江和穂(とおとうみ・かずほ)と十河蒼空(そごう・そら)は住宅街を練り歩いていた。来栖慎一郎(くるす・しんいちろう)の決定により溶解少年討伐を決めた後、情報の少なさを危惧してまずは本人の姿を確認しようと方針を決めた。だが決して接触はしてはいけないということも固く約束した。


 危険だからだ。例え目の前で別の人物が溶かされていようと飛び出すな――と言ったのは慎一郎だが、本人が一番守れなさそうだなと和穂は思った。その時は黙っておいたが。


「千草サンは大丈夫かな?」

「まあ、絶対出歩くなと言ってありますから」

「そっか、そうだよなー」


 天条千草(てんじょう・ちぐさ)は学校に残してある。一人で残る危険よりも出歩く危険の方を重視したためだ。蒼空と和穂、そして慎一郎の二チームに分かれて散策し、最長でも一時間で一旦戻ってくるとの取り決めをした。


「もうすぐ時間ですね」

「早いなっ! てか和穂サン時計無事だったの? オレの付けてた腕時計外されてたんだよな……、返ってくるのかな……」

「私のも無くなってましたよ、これは支給品です」

「ああ、道理で男っぽいと思った!」

「そうですか……」


 そろそろ時刻は午後四時を示す。だがまだまだ日は高く、汗ばむ制服が気持ち悪い。カーディガンだけでも脱いでくれば良かったかと若干後悔し始める。


「一旦戻りますか」

「そうだなっ!」


 二人は何の収穫もなく、学校へ向かって戻り始めた。



4


「ほおう……! 良い! 良いじゃないかっ! もっと見せてくれ、その全身の美しい器具をこの俺の視界に分けてくれっ……!」

「アヒャ、ならこれはどうだあ!」


 住宅街の入口、繁華街の出口。

 そのつなぎ目の部分で、二人の男が狂宴していた。


 片や全身黒服のオールバック。片や全身が拷問機械の拷問マニア。

 来栖慎一郎(くるす・しんいちろう)と新田豪生(にった・ごうき)である。


 かれこれ三十分程、彼らはこの場で盛り上がっていた。

 そしてようやく、その熱も冷めてきたようだ。


「ふぅ……堪能させてもらった。感謝しよう、何か俺に出来る事があれば手を貸してやらんこともないぞ? 新田……だったか?」

「ケ、ヒヒ。俺も能力の確認ついでだ……アヒュ。それに、男に興味がなくてなぁ。お前が女なら……ヒヒ」

「ほお? つまり無償と言うわけか。これはありがたい! ならば男に生まれた自分に感謝しておこう」

「ヒヒヒ」


 二人は随分と意気投合した。

 慎一郎は未だに豪生のスタンスを知らず、豪生もまた慎一郎のスタンスを知らないからだ。善性と悪性が相容れるのは、お互いのことを知らないが故。


「うっわ、またアンタか……」


 そしてその場に現れたのは未だ中立を保つ女、与那城朱美。

 先程繁華街では、豪生に襲いかかられるも能力の作動により返り討ちにしたところだ。だが今は、先程とは状況が違っている。


「お、お前はぁ! イ、イヒヒヒ、会いたかったぜぇ!!」


 豪生の様子がおかしくなる。


「なんだ? 知り合いなのか?」

「長年の知己ってヤツだぁ! なぁ??」

「ちげーよ、クソが」

「あぁん!? 寂しいこと言うなよぉ! 俺はあの後ずっとお前の事を考えてたんだぜぇ……!」

「そりゃどーも」

「ほおう……成程成程! 理解したぞ我が友よ! その願いの成就、この俺来栖慎一郎が片棒を担いでやろうじゃないかっ!」

「いいのかぁ!? 恩に着るぜ同胞よぉ……ケケケケケ」

「あン……? アンタも同じ穴のムジナってわけかい、厄介だね」

 

 慎一郎は二人の因縁を知らず、また朱美も慎一郎の人となりを知らない。

 だから、人助けを重ねて自尊心を高めることを至福とする慎一郎は、至極純粋な理由で豪生に協力すると決めたのだ。



5


 来栖慎一郎の加担。それは朱美にとっては最悪の状態だった。ただでさえこの場に第三者がいるという事実が朱美にとっては悪条件だというのに、どうやら敵性人物のようだ。


 与那城朱美の存在。それは豪生にとっては最高の状態だ。この女が目の前に居るというだけで、復讐、拷問が出来るチャンスになる。そして今は心強い味方まで居るのだ。


 新田豪生の本性。それは慎一郎にとっては知る由もないことだ。彼にとっての新田豪生とは、世にも珍しい肉体を惜しげもなく披露してくれた唯の「良いヤツ」なのだ。そんな豪生が追い求めたと語る女が目の前に現れたのだから、それに協力しない理由がない。豪生がその女に何を求めているかを、慎一郎は知らないのだから。


「で、貴様は何故この男を拒否するのだ?」

「拒否も何も、ソイツは――」

「おおっとぉ! もう俺は我慢出来ないぜぇ! 話してる暇はないなぁ!」


 豪生が朱美へと一目散に走って行く。未だに豪生の身体の形態は普通の人間と変わらない。彼は抱きつく直前にアイアンメイデンを顕現させるつもりであった。


「ふは、旺盛なヤツだな。俺の協力なんて必要ないんじゃないか?」


 慎一郎は未だに状況を傍観している。それもそのはず、彼は豪生が朱美を捕縛し拷問しようとしているとは露程も思ってない。


「チッ……クソが」


 朱美は身体を反転させ、元来た道を戻ろうとした。

 繁華街への道は豪生が走ってきているし、学校方面への道には慎一郎が立っているので、朱美に取れる選択肢はそれしかないのだ。


 だが。


「あらまあ、やはり救いが必要ですのね?」

「なっ……」


 なんと運の悪いことか。

 朱美が逃げようとした方向からは、坂本神久夜と獅子島慎之介(ししじま・しんのすけ)が向かってきていた。



6


「何だよ、こりゃあ……」


 逃げられない。文字通りの八方塞がりだ。三方向全てに敵が居る。


「観念しなぁ!」


 豪生が朱美に迫る。抱きつく直前に豪生の前面がぱっくりと割れ、中には縦横無尽に棘が並んでいた。


「まあ……!」


 坂本神久夜はそれを見て、思わず口元を抑えた。薄ピンクの体内に立ち並ぶそれはグロテスクとしか言いようが無い。脈動する各部が朱美を求めるように蠢いている。


「気持ちわりーんだよ! ボケ! あー……っつーかやっぱりか、こりゃ死ンだな、アタシ」


 朱美はそれを転がるように躱すと、ガチンと閉じた豪生の身体を見てため息を付く。先程の繁華街での戦闘の際は、あの技は完結していなかった。身体が閉じられる事もなく、その隙を突いて睾丸に蹴りを入れたのは記憶に新しい。それが出来たのは、朱美の能力が作動していたからだ。

 だが今はどうだろうか。

 どうやらこの状況は、朱美の能力の作動不備を見るに一対一ではないらしい。


「救いを与え合っているのですね、うふふ、良いじゃあありませんか」

「うるせーよ」


 坂本神久夜は、前に出ようとする獅子島慎之介を制して状況を見ていた。他人が他人を「救う」という光景が、彼女のスタンスの肯定となり一種の幸福感を与えるようだ。


 続く第二撃、豪生の右手から投げられた石が朱美の頬へと直撃した。拷問方法に準ずる物ならば、どんなものでも顕現可能らしい。近中遠距離全てに隙がない。全く、厄介な相手だ。

 第三撃の杭も躱すことが出来ず、右足の大腿に突き刺さる。


「いってぇなクソ……」


 朱美は半ば諦めていた。簡単な格闘術でこの全身機器男をどうにか出来るとは思えない。それにコイツをどうにかしたところで、第二第三の相手が待ち構えている。


「おいおい……、やり過ぎではないのか?」


 だが、次の攻撃へ移ろうとする豪生の後ろから声をかける人物がいた。


「あぁ!? んだよぉ! そうだ、お前コイツを捕まえといてくれよぉ! そうすりゃラクに拷問出来るってもんだぁ!」

「拷問だと? 何を言っているんだ。お前のその全身は魅せるものであって使うものではないだろう」

「あぁ!?」



7


「なんだぁお前ぇ……、俺に協力するんじゃないのかよぉ……?」


 豪生は攻撃行動を一旦止め、慎一郎に向き直った。


「恋路の成就の協力はするが……。お前の願いというのは、一体なんだ?」

「あぁん?! 決まってんだろぉ! この女とっ捕まえてめちゃくちゃに犯してぐちゃぐちゃに拷問してやんだよぉ! 終わった後ならお前に貸してやってもいいぜぇ……アヒャヒャ」

「なっ……」


 慎一郎の顔が驚愕に歪む。


 豪生はそれに満足したのか、次の攻撃へ移ろうと朱美へと向き直る。

 慎一郎はそれを止めるべく、走った。だが遅すぎた。気付くのも、走りだすのも。


「アヒャヒャ! 次はここだぁ!」

「おい、待てっ!」


 豪生の手に生成されし太い針。

 人体程度なら軽々しく貫通してしまいそうなその長針が、次は朱美の左の大腿へと迫る。


「させるかああああああっ!!」

「あぁん?」


 慎一郎は間一髪それに間に合った。


 朱美が慎一郎を庇うのに、間に合った。


「はっ……なんなんだ、アンタは……」


 朱美の身体が崩れ落ちていく。彼女には見えていた。豪生の股越しに、こちらへとスライディングしてくる慎一郎の姿が。


 針は振り下ろされる、このままなら、それは自分の左大腿を貫くだろう。

 だが慎一郎のスライディングは早すぎた。そして何よりも綺麗すぎた。巧すぎた。運動神経の良さが見て取れる程に。


 だがだからこそ、朱美には先が見える。慎一郎がここに滑り込んできたら、私の足を押しのけて、彼の身体に針は突き刺さってしまうだろう。そんな事は許されない。


 朱美は滑りこんでくる慎一郎の身体をブロックするように、位置を変えた。

 そして振り下ろされた針が、朱美の胸を貫いたというわけだ。



8


「なんでだよおお!?」

「なんでだよぉ!?!?」


 二人の絶叫が響く。


「なんでだっ! お前、今! なんでっ……!」

「なんでだぁ!? これじゃすぐ死んじまうじゃねぇか!? まだまだ足りないってのによぉ!?」


 地面にドサリと倒れた朱美を前に、二人の男がむせび泣く。


「アンタの……せいだ……、私の能力なら、アンタさえいなければあの二人が来る前にここを突破できたん、だよ……死ねよ、クソ」

「それはどういう……!」


 慎一郎が持ち上げた朱美の頭は、石のように重い。胸から溢れでていく血が、そのまま生命を流し出しているように見えた。


 与那城朱美は死ぬ。


 今彼女の脳裏に思い浮かんでいる自嘲は、誰にも伝わらないだろう。




 ――自分は、自分でしかなかったはずだ。他者の存在で行動が変化することなどなかったはずだ。それこそが自分の行動原理だったはずだ。なのにどうして、見ず知らずの青年を助けたのだろう。

 効率。既に右足を貫かれた自分では、生き残る事が難しいからか。いや、そこには他者の存在が加味されている。だとしたら――。


「ハッ……」


 嬉しかったのか。八方塞がりの状況で、自分を助けようと命まで張ろうとした青年の存在が。そんな馬鹿な。たったそれだけの理由で身体が無意識に動くなどと。違うな。だったらやはり。


 自分は、他人が理由で死にたかった。

 死ぬ理由に、思い切り他人を使ってやりたかった。

 それが、自己で完結していた自分の最後の願い。それが一番しっくりくる。


 だとしたら、この青年には悪いことを言った。


 わりぃな……さっきのはウソ、だ……。


 だがその言葉は声にならず、気付けばもう指の一本すら動かない。



9


「終わりましたか?」


 誰かの声が聞こえる。

 透き通るようなその声は、だが慎一郎の脳にまでは届かない。


「うふふ、では次は私が救ってさしあげましょうか。どなたがいいかしら?」


 与那城朱美が最期の最後に呟いた声が慎一郎の頭を埋めている。脳髄に絡みついて離れない「アンタのせいだ」という文言が。


 慎一郎は知らなかった。新田豪生の本性を。だというのに、軽々しくも協力するなどと申し出て、遠回しに彼女の退路を絶ってしまっていた。


「貴方、どうですか? ひどく辛くて哀しい顔……救われたくはないですか?」

「あぁ……あぁぁああ! うるさい! 今は……静かにしていろ!!!」

「あら……。お取り込み中ですのね……」


 自分のせいだ。この女性の死は、自分のせいだ。

 今自分の膝の上で息絶えている女性の亡骸は、自らの軽率な行動の結果だ。


「どけよぉ……この際死体でもいいなぁ……! おい、死にたくなかったらどけよお前ぇ!」

「黙れ」

「あぁん?」

「黙れよ……人殺し」


 豪生は、慎一郎の凄みに一歩たじろぐ。


 慎一郎は豪生を見もせずに、女性の遺体をそっと地面に置いて両目を閉じてやった。その目は何か言いたげに、どこか申し訳無さそうに慎一郎を見ていたような気がしたが、恐らく気のせいだ。謝りたいのはこっちだというのに。


「では、貴方……どうですか? 怪異な身体をお持ちですが、それからも解放されますよ?」

「あぁ? 何言ってんだぁ!? 俺のこの芸術とも言える肉体に……アヒャ、よく見たらお前もいい顔してんなぁ!? どうだ? 俺の作品になる気はないかぁ!?」

「その言葉、了承と判断しても?」

「勝手にしろぉ!」


 死んだ人間よりも生きた人間。対象物を半殺しの生殺しにしてこそ豪生の欲望は刺激される。

 与那城朱美への興味喪失と、来栖慎一郎への一種の畏怖。それが、新田豪生に坂本神久夜への標的変更を余儀なくさせた。だがその前に、一人の巨漢が立ち塞がる。


「邪魔者は排除させてもらうぜぇ! お前があの子とどういう関係かは知らねぇが、あの子はもう俺のもんだぁ!?」

「……やってみろ」


 【剛腕】獅子島慎之介と、【拷問機会】新田豪生の戦闘が始まった。



10


 どこか遠い。


 豪生が距離を詰め、右手に発生させた杭を慎之介の額に打ち込もうとするも、手首を弾いてそれを防ぐ。慎之介は返す右腕で豪生の腹部へと突きを繰り出したが、それは鉄板と貸した腹部によって防がれる。


 全身拷問器具の豪生はなんでもありだ。拷問方法に準ずるものならば、身体のいかなる場所であっても変化可能。それについては先程、来栖慎一郎と共に確認済みだった。


「やるなぁ!? おぉい!」

「……」


 豪生の投げた石は軽く受け止められる。

 それを握った状態での慎之介の突きも、棘だらけにした右腕を返され、突きを止めざるを得ない。



 遠い。

 そんな激しい一進一退の攻防が間近で行われていると言うのに、慎一郎にとってはどこか遠い。視界が遠い、聴覚が遠い、感覚としてもどこか遠い出来事のように感じていた。


「……すまない」


 思わず口から出た言葉は純粋な謝罪。

 ここが殺し合いの場所だというのは理解していた。だがまさか自分が、間接的であろうと人殺しに加担するとは。


 慎一郎はそっと自分の右腕を見る。今、自分の心は正常ではない。

 【零】、この能力を使えば、それすらも沈静化されるのだろうか。

 この女性の死なせてしまった罪悪感や背徳感は、綺麗サッパリ零になるのだろうか。


「違うな」


 違う。たとえそうだとしても、それを使うのは許されない。自分が犯した罪をなかった事にするなどあってはならない。これは俺が乗り越えるべき問題で、二度と同じ過ちを繰り返さないための糧にしなければならない。

 だから、この能力を自らに使うなど以ての外だ。


「本当にすまなかった。心から詫びておく」


 モノ言わぬ女性の遺体に手を合わせ、慎一郎は心からの黙祷を捧げた。



11


 近い。戦闘音が近い。

 急激に周囲の感覚が戻ってきた。


「あれは……」


 慎一郎の位置から見えたのは、静かな目をした巨漢と、その巨漢に馬乗りにされて今まさに殴られようとする新田豪生の姿。そしてそれをこちらに背を向けて見守る清楚な少女の姿だった。


「あははははは! 救い、救いです! やってさしあげてください! 慎之介さん!」


 高笑い。

 だがそれすらも高貴に聞こえる程、その少女の声は美しかった。内容とは正反対に。


 狂っている。慎一郎は掛け値無しにそう思った。

 声から漏れ出る狂気の香りが嫌でも鼻につく。あの少女は、十河蒼空以上に狂っている。ならば、自分が成すべきことはたった一つ。


「おい、貴様っ!」


 その少女、坂本神久夜が振り向く前に慎一郎の手が彼女の背に触れた。


「なにを――!」


 少女の背を起点に白い風が渦巻く。空気が周囲を巻き込んで振動する。

 豪生も慎之介も、思わず動きを止めてこちらを見ていた。


「私は……一体……」


 その震えが収まったとき、神久夜の目には綺麗な輝きが戻っていた。



12


「ここは……」


 随分と長い間狂化していたのか、意識がハッキリとしていない。

 だが【零】の能力はあくまでも心の沈静化、記憶に関してはキッチリと残っているはずだ。


「っ……、私は……なんてことをっ……!」


 神久夜は、両手で顔を抑えてその場に崩れ落ちた。

 自らの行いを思い出した。今までの事を全て思い出した。

 何が「救い」だ、何が「哀しい場所」だ。本当に哀しいのは自分の行いじゃないのか。


 彼女本来の清廉潔白で汚れの無い心では、その所業を思い出すだけで吐き気がする。 


 だが彼女にとっての「救い」がある。

 それは、直接的には誰も殺さなかったということだ。


 獅子島慎之介をけしかけて何人もの人間を殺そうとした。

 だが武中壮士(たけなか・そうし)や千堂新、そしてこの場での新田豪生も含めて結局誰一人殺せてはいない。


 神久夜は慎一郎へと向き直ると、両手を合わせて深くお辞儀をした。


「貴方が、私を正してくださったのですね。……何とお礼を言ったら良いか……」

「気にするな。貴様には改心の余地がある……それで良い。生きてさえいればやり直せるさ……」

「ありがとうございます……! すみません、よろしければあのお方もお救いくださると、嬉しいのですが……」


 神久夜が指差す先、戦闘を一時停止し、静かな目でこちらを見据える獅子島慎之介の姿があった。



13


「あいつも、貴様と同じだというのか?」

「そのようです……、私の記憶が正しければですが」

「ふむ……名は?」

「獅子島慎之介さんと仰ったかと……」

「ヤツではないっ! 貴様の名だ」

「私ですか? 坂本神久夜と申します。以後お見知りおきを」


 固い。一体どのような育ち方をすれば、こうまで礼儀正しい少女が出来上がるのか。それにも興味があるが、今は解決すべき問題が別にある。


 獅子島慎之介は、こちらを見据えたままだ。明らかに警戒している。

 坂本神久夜の狂化が解けたということを認識しているのだろうか。だとしたら、こちらを警戒する理由はないはずだ。狂化状態を維持しようとする彼の行動原理にはいささか疑問を感じてしまう。


 だがまあ、背に触れてやればいいだけだ。


「新田あ!」

「なんだよぉ!?」

「もしも貴様に一欠片でも良心が残っているのなら、手伝え! その男の動きを止めろ!」

「あぁん? なんでお前に命令されなくちゃならねぇんだぁ!? もしも見返りにその女をよこせといったらどうする!?」


 豪生は下劣な笑みを浮かべて、品定めをするように神久夜を見る。

 その視線に耐え切れず、神久夜は震えながらも慎一郎の背後へと隠れた。


「論外だな」


 使い物にならない。

 そして、恐らくだが純粋な戦闘力で言えば慎一郎はこの場にいる男の中で誰よりも弱い。能力も戦闘向きでなく、体躯を見ても最も貧相だ。

 だが、そんなことは退く理由にならない。何故ならこの少女が助けを求めている。あの男、獅子島慎之介を救ってくれと、今度は純粋な想いで自分に頼っている。だったらもう、取るべき選択肢は決まっているじゃないか。


「獅子島とやら! 今から俺が貴様を闇の中から救ってやるっ! 抵抗しても構わない。その全てを凌駕して、貴様を――」

「その必要はない」


 だが、獅子島慎之介の口から発された言葉はあまりにも予想外。


「俺は初めから。狂ってなどいない」

「なっ……そんなはずは」

「ふ、いや、狂っていると言えば狂っている。だが存外、戦闘狂に身を落とすのも悪くないものだ。坂本神久夜。随分と世話になった。そして名も知らぬ小僧、貴様の能力では俺の狂化は解除出来ん。なんせこの身は、既にヤツらに捧げたのだからな」


 その唐突な弁舌に、一同は押し黙るしかなかった。



14


 坂本神久夜の記憶。

 獅子島慎之介という男は、ただただ無口で静穏な男だと思っていた。

 正義感に駆られた怒りから江戸川唯介(えどがわ・ただすけ)を殺害してしまったことが彼の心を壊したのだと、そう思っていた。


 事実、自分の能力【叙情読了(-)】を何度行使しても、何も流れこんではこなかった。だがそれは、心の損壊による無感情の賜物だと思っていた。だからしょうがないものだ、むしろ当然だと。そう思っていたのに。

 この能力では、マイナスの感情しか読み取れない。つまり彼は、初めから楽しんでいたという訳だ。


「ヤツらとはなんだ……?」

「それは、口にしても良いものか躊躇われる。業腹だが、俺の口には発言制限が掛かっていてな。余り詳しいことは言えないが、察せ。俺の能力は――」


 そう言うと、慎之介は近くの塀を思い切り殴りつけた。


 痛いだろう。コンクリートの壁をその勢いで殴るというのは。

 そんな慎一郎の杞憂は、塀と共に突き破られた。慎之介の殴った場所は大きく穴が空き、その周囲は微かにひび割れている。塀を崩壊させるわけでもなく、一点集中型の突き。それは確かに、どこかで見た。

 全ての始まり、あの体育館で、確かに……。


「それはっ……!」

「そういうことだ、小僧。さて、待たせて悪いな拷問男。貴様との闘いを再開しようか」

「待てっ! 可能な限り説明しろ!」

「これ以上は無粋だぞ。俺はとある条件と引き換えに戦いに生きると決めたのだ。先にヤツらと繋がっていた不平は、先ほどの情報で容赦せよ。それとも何だ、力付くで来てみるか、小僧」

「くっ……」


 慎一郎はたじろぐ。自分ではこの男に勝てない、拳を交わす前からわかる圧倒的な力の差。能力如何の話ではなく、単純な戦闘力で完敗している。

 だが、退くわけには……。


「俺はお前と戦う理由はないからなぁ! ここらで引かせてもらうぜぇ! おい! その女はいつかもらいに来るからなぁ、大事にしておけよぉ!」


 これに機を見た豪生は、背を向けて離脱していった。

 元々坂本神久夜を手に入れるために獅子島慎之介と戦っていた彼にとって、これ以上の戦闘は意味がないということらしい。


 その場には、三人の男女が残された。



15


「さて、どうする? 小僧」


 決まっている。奴の魂胆とこの殺し合いの真相を暴くためには、この男に立ち向かう以外の選択肢はない。覚悟を決めなければ、何も成せない。

 

 今にも飛び出しそうな慎一郎の背を、神久夜はそっと掴んだ。


「やめておきましょう?」

「なっ、だが……!」

「大丈夫、今はまだその時ではありませんもの、それに私は貴方とお話ししたい。獅子島さん、どうか今は」

「俺はそれでも構わんぞ。ではな小僧、そして坂本神久夜。また生きて相見えたなら、その時は是非手合わせ願おう」


 獅子島慎之介は去っていった。

 その背を悠々と晒し、離れていく。隙だらけにも見えるその振る舞いは決して油断などではない。余裕、両者の力量差が生み出すその答えが慎一郎の胸をえぐる。


 色々あった。

 全身が拷問器具の男と出会った。女性が一人殺された。一人の少女の狂化を解き、さてもう一人と思ったらそいつは初めから狂っていなかった。本当に色々あった。


「はっ……今は何時だ!?」

「時刻ですか? すみません、わかりかねます」


 忘れていた。遠江和穂と十河蒼空、そして天条千草との約束の時間はとっくに過ぎている。それを忘れるほどの色濃い時間だった。


「悪いが、俺には行くところがある。神久夜はどうする? 共に来るか? それと、話というのは……」

「せっかくのお誘いですが、私には行かねばならないところがありますので。貴方は、千堂新という名に聞き覚えはありますか?」

「そうか……。千堂? いや、すまないがないな」

「そうですか。ありがとうございます。でしたら私はこれにて失礼いたします。このお礼はいつか、必ず」

「ああ……。また生きて会おう」

「ええ」


 そうして坂本神久夜は去っていく。獅子島慎之介と同じ方角だ。


 彼女は行かねばならないところがあるといった。それはきっと、その後に訊かれた質問と無関係ではないだろう。何か縁のある相手かもしれない。


「おっと、こうしてる場合ではないな。俺も行かねば……」


 ギルメン達との約束を思い出し、慌ててその場から立ち去ろうとした。


 いや、来栖慎一郎は一度は立ち去ったのだ。

 そうして後に何も残らない住宅街の一角には、寂しく眠る一人の女性の遺体があった。



16


 一旦小学校へと戻った慎一郎は、運動場の片隅の用具入れへと向かった。目的のものを見つけ出してそれを持って出ると、外に三つの人影。


「遅いですよ」


 言葉も出ない。人影の内の一つである遠江和穂のその指摘は、まったくもってその通りだ。


「どこに行ってたんだよ!? オレ、てっきりやられちまったのかと……」


 もう一つ、十河蒼空のその心配にも、その言葉に呼応してコクコクと頷く最後の一つ、天条千草にも返す言葉はない。無理もなかった。ここを出る時に時間厳守を謳ったのは自分だ、何があってもこの時刻に帰ってくるように言ったのは自分だ。


「それに、そんな物を持ってまたどこに行こうっていうんですか」


 和穂が、慎一郎が用具入れから引っ張り出した手押し車を指差して呆れ気味に言う。


「何があったかは必ず話す。だから今は……目を瞑ってくれ」


 押し殺す様な声。慎一郎の尋常ならざる雰囲気に、三人は一度押し黙った。


「時間を守れなかったのは謝ろう。ギルマス失格だ……だが、だがこれだけは信じてくれ。俺はお前たちを裏切ったわけでは……」

「はあ」


 和穂が大きくため息をついた。

 わざとらしすぎただろうか。信用を失っただろうか。だがたとえこの場に居られなくなったとしても、これだけはやり遂げなければ……。


「分かってますよ、そんなこと」


 ふふ、と和穂が笑う。

 蒼空も千草も、同じように笑みを浮かべていた。


「だってオレ達、仲間じゃんっ!」

「そう……だよ……!」

「貴様ら……」

「ほら、行きますよ。どうせまた一人で何かをしようとしてたんでしょう?」

「はは、来栖サンらしいや。ああ、オレ。この先かるーく偵察してくるよ!」


 和穂が先頭に立って歩き出す。

 蒼空は一足先に飛び立っていった。


 いまだにうまく言葉が出ない慎一郎の裾を、千草がそっと引っ張った。


「行こ……?」


 そのあどけない顔を見て、思わず涙がこぼれそうになる。


「ふは」

「ん?」

「ふは、ふはははははは! そうか、この俺と共に道程をっ……同じ運命に喝采をっ……! つくづく、馬鹿な奴らだっ……!」

「何言ってるんですか、早くして下さい」


 和穂の涼しげな言葉を受けて、慎一郎は歩き出す。

 なぜか天を高らかに見上げたまま、全く顔を下げようとせず。


 その目にキラリと光る滴。それを、二人の少女は見て見ぬふりをしてやった。



17


 会場の南側住宅街と北側住宅街に挟まれるように位置する小学校。

 その校庭の片隅、小さな小さな膨らみがあった。


 人一人分ほどのその小さな膨らみの前には、一本の木の板が立てられている。そこには「偉大な戦死者」と書かれている。


 一体それを誰が作ったのか。

 この殺し合いの場で、一体誰がそれを弔ったのか。

 地面の下で眠る与那城朱美を、一体誰が。


 答えは、見上げられ続けた天だけが知っている。



No.38 与那城朱美(よなしろ・あけみ)21歳 退場


残り28/42


No.8 来栖慎一郎(くるす・しんいちろう) 18歳

【能力名】零

【能力】 対象の心を沈静化させる能力。

【タイプ】アクティブ

【系列】 精神変化系



No.15 十河蒼空(そごう・そら)15歳

【能力名】天狗の翼

【能力】 飛翔能力のある翼を自分の体の一部として使役できる能力。

【タイプ】パッシブ

【系列】 身体変化系



No.19 天条千草(てんじょう・ちぐさ) 17歳

【能力名】自縄自縛の二律背反

【能力】 二重人格。睡眠をきっかけとして入れ替わり、片方が眠っている間もう片方の人格が身体を操作する。その人格は、対象者の普段の人格と真逆に形成される。ただし「???」

【タイプ】パッシブ

【系列】 規格外



No.20 遠江和穂(とおとうみ・かずほ)17歳

【能力名】十人十色の専売特許

【能力】 対象の最も強い性質が頭上に見える能力。

【タイプ】パッシブ

【系列】 情報系



18


 謝罪と謝礼は素直にすること。

 

 坂本神久夜の生まれ育った家は非常に厳格だった。

 生まれ落ちてから15年、一度も逆らった事はない。


 その年にして素直に謝礼と謝罪が言えることは、人間性の完成度の高さを如実に表している。先ほどの青年にはもう言った。あとは。


「千堂さん……!」


 千堂新と出会い、過去の全てを清算しなければ。

 そして出来る事ならば、彼と共に江戸川さんをちゃんと弔おう。


 たとえ狂気がほぐれても、信念に準ずる行動力は変わっていない。



No.15 坂本神久夜(さかもと・かぐや) 15歳

【能力名】叙情読了(-)

【能力】 他人の背に触れる事によってその心を読み取ることが出来る。ただし「読み取れるのは負の感情のみ」

【タイプ】アクティブ

【系列】 情報系




「追ってこないか、当然だな」


 ある程度歩いて後ろを見るも、最早誰の姿も見えない。

 途中まで坂本神久夜の気配を感じていたが、何処かで曲がったようだ。


「言葉は発してみるものだな。ここまで流暢に話せたとは、いささかばかり損をしてきたか?」


 獅子島慎之介はその場にドカリと腰を下ろすと、腕を組んで誰かが通るのを待つ。


 慎之介には戦う意味はない。

 戦闘を愉しむという意義はあれど、この殺し合いに参加した時点で目的は達成されている。だから自分がここで生き残ろうが死に絶えようが、特に意味はなかった。


「ふ、新たなる戦士の往来を待つとするか。次は歯応えのあるヤツならば良いのだが」


 そうして瞑目、座して士を待つもののふなり。



No.12 獅子島慎之介(ししじま・しんのすけ)20歳

【能力名】剛腕

【能力】 素手による突きの威力が強化される。

【タイプ】パッシブ

【系列】 身体変化系




「アヒャ、イイ……イイヒヒヒ……」


 良い。この場所は非常に良い。標的に事欠かない。

 現代社会で内に燻ってきた拷問衝動をすべて発散させよう。


「あの女は不完全燃焼だったからなぁ! 次こそはぁ……フヒ」


 考えるだけでも愉悦。

 それが何の法にも囚われず実行出来るのだから、この場所は最高だ。



NO.23 新田豪生(にった・ごうき)22歳

【能力名】拷問機会

【能力】 自身の身体を拷問器具もしくは拷問方法に準じたものへと変化させる。

【タイプ】アクティブ

【系列】 身体変化系

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