31 誰がための願い
1
「眠いですね」
「甘えるな、この世全ての欲望は人間を堕落させる! つまりだな、それらを支配下においてこそ真の人間たる……」
「そうですね……」
一を投げると十が返ってくる。私は眠いと言っただけなのにこれだ。
ここは小学校の一室。パソコンの並ぶ情報室で、遠江和穂(とおとうみ・かずほ)はパソコンを前に座っている。唯一稼働したこの機器から、多くの情報を得ることが出来た。
隣に座る少女、『人畜無害の体現者』こと天条千草(てんじょう・ちぐさ)はうつらうつらしてはいるものの本格的に眠る気配はない。「大丈夫ですか」と聞けば、「私は絶対寝るわけにはいかないんです」と返ってきた。意味が分からない。
そして、腕を組み窓の外をひたすら眺めている男、『精一杯の正義感』の性質を持つ来栖慎一郎(くるす・しんいちろう)。ここまで一緒に行動したが、痛々しい言動が目立つ。典型的な自信過剰型の厨二病というやつだ。
だが私は先程、公園でこの男に助けられているので何も言えない。
「なあ……我がギルメン達よ」
「なんですか」
「貴様らは、人が飛ぶのを見たことがあるか?」
「はい?」
何を言い出すのかと思えば突飛なことを。
和穂はパソコンを弄っていた手を止めて、窓の方へ振り返る。
「何を言っているんですか? そんなこと、ないでしょ……」
「だったら、アレはなんだ! 俺達と同じ人間じゃないのか!? 何だあの翼は、何だあの高度は! ククッ……この殺し合いの狂乱具合もここまできたかっ……! 迎えにいってやらない手はないだろうなぁ!」
慎一郎が慌ただしく部屋を出て行く。
和穂が窓の方へと目をやると、白い制服姿の少年がこちらへと飛んで来るのが見えた。背に漆黒の翼を生やして。
2
「頼むっ! 手伝ってくれ!」
来栖慎一郎と共に部屋へと入ってきたその少年は、名前を十河蒼空(そごう・そら)と言うらしい。頭の上に浮かんでいる文字は『ハイブリッド中学生』。謎だ。
「オレはっ……あいつを倒さなきゃいけない……! あんな残酷な行為をやってのける同年代がいるってだけで居ても立ってもいられないんだよ!」
口から唾を飛ばして喋る少年は、今にも崩れ落ちそうだった。心も体も。
和穂には分かる。自分とてこの殺し合いに巻き込まれた時点で半ば生きることを諦めていた。何かの幸運で無事に帰ることが出来たらいいなと、ほぼ絶望的な希望的観測でしかなかった。来栖慎一郎という男に出会えて、今それが緩和されているだけだ。
だがこの少年は、その上に更に枷を追加しようとしている。
聞けば、相手を溶かす能力を持った奴を殺したいと。それが自分に与えられた役割だと、狂信的に語り始めた。
「なんで……なんでそこまでやるんですか……?」
声を出したのは、和穂の隣で黙って話を聞いていた天条千草だった。
会話に入りたいがめの発言というわけでもなく、それは純粋な疑問に見える。
「託されたからだよ……!」
蒼空は唇を噛んで、何かを思い出すように答えた。今にも泣き出しそうだ。
「オレは見てたっ! オレよりも何歳も年上の、頭の良さそうなお兄さんがそいつにやられるところを……! でもオレは何も出来なかった、ただ震えて見てることしか出来なかった。なのにその人は、オレに最後に情報までくれたんだ。だから……」
「だから? だからなんだ? お前はその恩義に報いてその溶解少年とやらを殺そうというのか? ふは、ククククッ、笑わせるのにも程があるだろう!」
「なんだと!?」
慎一郎が蒼空を馬鹿にするように笑い出す。流石にそれは言い過ぎではないかと思ったが、口を出す気はさらさらない。黙って成り行きを見守る。
「他人に植え付けられた目的意識を振りかざして協力を求めるとは……実に愚直、実に滑稽だな! 清々しいじゃないか」
「おまえ……!」
千草が隣でおろおろしている。自分の発言がきっかけで一触即発なのだから無理もない。
和穂はそっとその背中を撫でてやった。
3
「違うだろう?」
慎一郎の試すような視線が蒼空に突き刺さる。
「なにが……、なにがだよ!」
蒼空には分からない。
この男が自分に何を求めているのか分からない。
「ふ、ならば特別に教えてやろう! まず手始めに一つ、俺は……そんな依頼は受けない!」
「なっ……」
絶望。
商店街から飛び立って、長時間飛び回ってようやく見つけた人間だと言うのに。流石の蒼空も疲弊している、断られた事実も重く心にのしかかった。
「そうかよ……! そうだよな、他人を溶かすなんてヤツ、怖いもんな! だろうな、はっ、期待した俺が馬鹿だったよ!」
「違う、そうじゃない。俺は、貴様の様な傀儡に興味がないだけだ!」
「かい、らい……? なんだってんだよ!」
「は、傀儡も知らんのか。貴様は我がギルドに加入するにも値せんなあ!」
「意味分かんない事ばっか言ってんじゃねえ!」
舌戦を繰り広げる二人を前に、和穂の疑問は膨らんでいった。
果たして、来栖慎一郎はこんな男だっただろうか。
何の戦力にもならない千草を保護している事。
何の関わりもなかった自分を救助した事。
二つの慈善事業と、彼の頭に浮かんでいる性質『精一杯の正義感』を考えればいささか今の彼は冷たい。
「違うっ! 貴様は、その年上の男とやらに言われたから殺すのか?」
「それは……まずその人にはそんなこと言われてないし……でも!」
「そうかそうか! なら我が真の能力を耐え切って、それでも決意が変わらんと言うのなら付き合ってやろう!」
「は?」
一瞬、慎一郎は蒼空の背後に回りこむ。そしてその背に手を押し付けた。
「喰らえぃ! 我が漆黒の両腕……溢れうるかの感情を鎮静せよ! 【零】――!」
「っ……」
空気が震えた。十河蒼空の背中を起点にして白い風が渦巻く。
和穂は思わず目を閉じた。
4
十河蒼空は傀儡だった。自分自身の心の傀儡。
強大すぎる敵と、何も出来なかった自分。
殺された二人のことを思うと、15歳の少年の心は耐え切れなかった。
だから、自分が殺すと決めた。
それは一種の罪滅ぼしで、助けに入らなかった自分への言い訳でもある。「オレが殺すから許してください」と、もうこの世にはいない二人への一方的な謝罪。
【零】とは、そんな心の在り様をリセットし、本来の人間性を取り戻す能力。
来栖慎一郎によって心の枷を取っ払われた蒼空の心に残ったものはそれでもやはり、あいつを殺すという決意だった。だがもう、それは重圧ではない。彼の心に本来存在していた勧善懲悪の倫理観がその決断を下すのだ。
「さて……では今一度貴様に問おう! 未だにその溶解少年とやらを殺したいと思うのか!?」
「ああ……!」
「ほおう?」
目を開けた和穂は見た。
瞳に爛々とした闘志を宿し、決意の篭った顔で慎一郎と向き合う蒼空の姿を。
先程までの蒼空は、どこか狂っていた。
まるでそれを成すことだけが今ここに存在する意味だというかの如く。
だが今は違う。
端正な顔立ちから見て取れる意思は恐らく本物。
「一体何をしたんですか、来栖さんは」
「ああ、そう言えば伝えてなかったか! この神に選ばれし俺の能力名は【零】――! 乱れた心を沈静化させる……だったか? 他人の心を意のままにするとは、この俺に相応しいとは思わんか? ふははははははは!」
「そうですね……」
うるさい。この男は本当にうるさい。
だがその一片の迷いもない自信過剰さを、和穂は嫌いになれない。
「それで……!」
「ああ、いいだろう。この俺の精神阻害を受けて尚その決意表明、気に入った。我がギルドバッド・レジスタンスが、その溶解少年討伐に協力しようではないかっ! ふははははは!!!」
慎一郎は両手を広げると、不敵な笑みを浮かべて一同を見渡した。
天条千草の怯えた目線と、遠江和穂の呆れた目線を満足気に受け流す。
そして蒼空へと向き直り、その眼の輝きをみて表情を曇らせた。
5
蒼空を動かす強い意志。
それはかつて自分にもあったはずの物だ。
幾千幾万の現実を突き付けられて、腐っていった今の自分にはないものだ。
来栖慎一郎は知っている。自分の言動、行動の根底にあるものは虚勢だと。
他人の視線、他人の評価、他人の価値観全てを跳ね除けてきた。
挫折するのが嫌だから、何も成せないと思われるのが嫌だから。
だからこの少年が、殺したいほどに羨ましい。
No.8 来栖慎一郎(くるす・しんいちろう) 18歳
【能力名】零
【能力】 対象の心を沈静化させる能力。
【タイプ】アクティブ
【系列】 精神変化系
No.15 十河蒼空(そごう・そら)15歳
【能力名】天狗の翼
【能力】 飛翔能力のある翼を自分の体の一部として使役できる能力。
【タイプ】パッシブ
【系列】 身体変化系
No.19 天条千草(てんじょう・ちぐさ) 17歳
【能力名】自縄自縛の二律背反
【能力】 二重人格。睡眠をきっかけとして入れ替わり、片方が眠っている間もう片方の人格が身体を操作する。その人格は、対象者の普段の人格と真逆に形成される。ただし「???」
【タイプ】パッシブ
【系列】 規格外
No.20 遠江和穂(とおとうみ・かずほ)17歳
【能力名】十人十色の専売特許
【能力】 対象の最も強い性質が頭上に見える能力。
【タイプ】パッシブ
【系列】 情報系
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