27 少年少女
1
一軒の民家に四人の人間。あの時と同じだ。
千堂新(せんどう・あらた)は一抹の不安を抱えつつも、食卓を囲う面々を見て口を開いた。
「名前は千堂新。能力は先刻見せた通りカウンター、殺し合いをする気は……今はない」
今言ったことは嘘ではない。現時点で新に、他人を殺して生き残ろうという考えは微塵もなかった。それどころか、この場に呼び寄せられた人間に興味が湧いてきたところだ。先程返り討ちにした獅子島慎之介(ししじま・しんのすけ)しかり、今この場にいる三人しかり、その本質をじっくりと見極めたい。人間観察が趣味です、とはよくいったものだ。
自嘲気味に笑いつつ、隣の椅子に座る茶髪の女へと視線をやる。
「あ、次私? えーと、なんだか恥ずいね、えへ。名前は六弦優癒(ろくげん・ゆうゆ)で、一応治癒能力持ちです。よろしくね」
ウェーブのかかった髪を弄りながら、優癒は恥ずかしそうに自己紹介を終えた。
二名の襲撃者を退けてから、場に残った四人。一先ずお互いを知ろうというのは新の提案で、真っ先に同意してくれたのがこの六弦優癒だった。残りの二人は、別々の理由で話が出来る状態ではなかったので当然と言えば当然だったが。
「それで……」
次に、食卓を挟んで対面の椅子に座る少女へと視線をやる。ここにくるまで一言も喋らずに終始俯いていたその少女は、新の視線を感じたのかびくんと体を震わせた。
「あ……私は……」
たどたどしくも言葉を紡ごうとする少女。話ができない理由というのは、発言が苦手という至極単純なものだ。
優癒が不安そうにその顔を見ている。
「烏丸千尋(からすま・ちひろ)。数歳離れた兄がいる」
「え?」
「だな?」
「あっ……はい……」
このままでは時間がかかると判断した新は、初対面の時に聞き出しておいた名前を先に言ってやった。肯定か否定かの返事程度なら返せるらしいので、そのように誘導してやれば良い。そして、新の予想通り千尋には兄が居た。それが中学時代に自分と同じ部活に居た烏丸千星(からすま・ちほ)とまだ決まったわけではないが、ほぼ確定と言っていいだろう。こんな珍しい名前は他にない。
「能力は分かるか?」
「いえ……」
「そうか、じゃあ」
と言って、窓際のベッドで眠れる少年へと視線を移した。
2
「武仲」
新はその少年へと声をかけたが、返事はなかった。
「まだ起きないか……。六弦さんは、どこまであいつの事を知ってる?」
「ん、優癒でいいよ。私はあの子とここで出会っただけだし、なあんにも知らない」
「そう、か」
烏丸千尋から聞き出した分の情報で、名前と能力は知っている。おおよその性格も、先程の一連の流れで把握した。問題は彼が執拗に千尋を戦闘に参加させまいとしていた理由だ。
満身創痍の身体を張ってまで、声が枯れるほどに叫んでまで、彼は千尋を、坂本神久夜(さかもと・かぐや)と獅子島慎之介の魔の手から守ろうとしていた。見ず知らずの人間を救助するほどの正義感の持ち主、と言ってしまえば片付く話ではあるのだが、どうにもそれはニュアンスが正しくない。正義感と言うには必死さが勝ちすぎていて、何か他に理由がある気がしてならないのだ。
どのみち、本人の目覚めを待つしか確かめる術はないが。
「二人は、これからどうするんだ?」
「んんん、私は様子見かな。てかさ新くん、名簿見せてよ」
「名簿だと? そんなものが何処に」
「あれ、入ってなかった?」
優癒は水色のリュックをまさぐると、一枚の紙を取り出した。
「これこれ」
「……俺の荷物には、そんなもの入ってなかったな」
新の荷物に入っていたのは、地図と水、そして大きめのゴミ袋と、小さめの警棒だけ。地図に関しては北側と東側に切れ目が入っており、恐らく全体の一部でしか無い。
その地図を取り出し、優癒へと渡してやる。
「へえ。私の荷物に地図はなかったなあ。みんな入ってるもの違うんだね。千尋ちゃんは?」
「えっと……」
千尋はガサゴソと黒いリュックを漁る。形状からして、殆ど何も入っていなさそうだ。予想通り、千尋はすぐに机の上に中身を並べた。
水の入った500ミリリットルのペットボトルが二本と、小さな筆箱。中にはシャープペンシルとボールペンが一本ずつ入っているだけだった。
「簡素だな」
「ね。てか、いいよね黒りゅっく。水色もなしじゃないけど、緑はわらっちゃうよね」
「……どうでもいいだろ、色なんて」
「やだ、新くんってそういう人?」
「……」
優癒の悪戯そうな笑みが向けられる。ふんわりとしたその顔は殺し合いには不釣り合いだ。まあその不釣り合いさでいうのなら、千尋の弱々しさもそうなのだが。
3
「あれ、まだ……何か……」
千尋が黒いリュックの内ポケットを右手で探っていた。新のリュックのその位置には能力概要が書かれた紙が入っていたが、先程の優癒とのやり取りで、荷物の中身は人によって違うと判明した。なので、千尋にはそれが支給されていなかったのだろうと軽く捉えていたのだが、もしかしたら概要紙の配布は全員共通なのかもしれない。
事実、千尋が内ポケットから引き抜いた右手には、一枚の紙が握られていて――
「見るな――ッ!!」
突如、鋭い声が室内に木霊する。出処は窓際。ベッドで眠っていたはずの武仲壮士(たけなか・そうし)が起き上がって、その双眸で千尋の手を睨んでいた。
「壮士、くん……?」
「見るなッ! いいからそれを戻せッ! 早くッ!」
あの時と同じように、壮士はあらん限りの声で叫ぶ。まだ千尋はその紙を見ていない。怒声に気圧されて、紙を取り出した状態で完全にフリーズしている。
能力概要を「見るな」とは、壮士には一体どういう意図があるのだろうか。もしかしたら壮士はこの場にいる全員を手にかけるつもりで、それのためには千尋に能力を知られるのは不都合だったり。
「はは、そんな訳ないよな」
新は先程の戦闘の時の壮士の必死さを見ている。
あれが演技だとは到底思えない。
「待てよ武仲。事情を聞こうじゃないか」
今にもベッドから飛び出しそうな壮士を諌めて、優癒に目配せをする。優癒は小さく頷くと、千尋の手をそっと掴んで紙を拝借した。あの目配せだけで通じるとは、雰囲気とは裏腹に意外と察しが良いようだ。千尋は完全にフリーズしていたので、その作業は滞り無く進んだ。
「それは――言えないッ!」
「まあ、だろうな。言えない理由も言えないんだろうな。……この場では、だろ?」
「……ッ!」
話が分かる人間を演じてやれば、恐らくこの少年は容易く御せるだろう。
だがそれは急ぐ必要はない。
「まあいいさ。とりあえずお前には、皆と同じことをしてもらう」
「同じこと、だとッ!? なんだよそれはッ!?」
半分怒り、半分疑問。今にもベッドから飛び出しそうな壮士へと、言葉を投げてやる。
「自己紹介だ」
言い終わった時の壮士の腑抜けた顔に、新は思わず吹き出しそうになった。
4
「俺の名は武仲壮士ッ! 青葉市立戦雅高等学校1年生だッ!」
「ちょっ、立っちゃだめ!」
壮士は少しの間を経て勢い良くベッドの上に立ち上がると、高らかにそう宣言した。慌てて優癒が寝かせにいく。
……そうか、戦雅出身だったか。
独特な喋りと見え隠れする好戦的な態度に納得が行った。あの地域ならば、今でも闘争が続いててもおかしくはない。それよりも――
「殺し合いをする気は?」
「……」
数秒の沈黙に、一同は固唾を飲む。優癒と千尋が壮士の次の言葉を待っているのが伝わってきた。それは新とて同じだが、その二人と決定的に違うのは即座に返す用意があるということ。
「無いといえば、嘘になる……ッ」
「だろうな。まあそれが普通だ、強い奴がいれば戦ってみたい。そうだな?」
また沈黙。恐らく次の言葉は肯定だろう、それにも返す準備は万端だ。
「……そうだッ」
「それだけなら、いいじゃないか。お前は殺し合いに乗っているとは言えない、こんな小さな子を守ろうとする姿勢だけでも驚嘆に値する。強敵となら、好きなだけ存分に思うがまま戦えばいいさ。……おっと、それだと先刻の俺の行為は横取りになるのか? はは、悪いことをしたな」
千堂新は、何年かぶりに他人を褒めた。獅子島慎之介への好意も、武仲壮士への感心も新にとっては新鮮なもの。今まで如何に自分の周りの人間が薄汚かったかを再認識させてくれる。
「いいや……ッ! それについては感謝の言葉も無いッ! この通りだッ」
壮士はベッドの上に正座して頭を下げた。会話の流れはおおよそ予想通りだったが、その礼節は予想外だ。これには新も少々面食らってしまった。
壮士が頭を下げたまま、再び場は沈黙に包まれる。
「あの……! こちら……こそ、ありがとう……。そしてごめん、なさい……」
静寂を破ったのは千尋だった。顔を真っ赤にして、今にも消え入りそうな声で謝礼と謝罪を口にする。それは彼女にとって、きっと大きな勇気だったのだろう。震える両手がそう物語っていた。
「優癒さん、ちょっと出ようか」
「お? そうだね」
新は優癒を連れて、そっと部屋を後にした。
5
「壮士、くん……」
部屋に残された二人の間には、なんとも言えない雰囲気が漂っていた。
壮士は頭を上げたものの、何かを喋るでもなく静かに千尋を見つめている。その視線と空気に耐えられず、千尋は俯いたまま言葉を投重ねる。
「あの……あの時は本当に……」
「もういいッ!」
「っ……ごめ……」
「さっきから一体何に謝っているんだッ! お前はッ!」
「えっ……」
千尋は思わず顔を上げる。真っ直ぐな眼が千尋を見つめていた。その眼に強さはあっても怒りはない。
「壮士くん……怒って、ないの……?」
「怒る? ふは、この俺が、一体何に怒ると言うのだッ!?」
「だ、だって……」
自分を守って大怪我をしたこと。なのに彼を置いて逃げ出したこと。更に今ここでも、舌足らずな自分。全てに置いて、怒られない要素がないと千尋は思い込んでいた。
「お前は俺の従者だろう? ならば、迷惑をかけるのは必至じゃないかッ! 怒る理由などあるまいッ!」
「っ……また……そんな……」
何度聞いても意味不明な理論だ。「従者だから」なんて不明瞭な理由で自分に良くしてくれる。だが、それを信じるのは底抜けに心地よい。
何故なら千尋は、兄以外の人間のことをよく知らなかったから。
なので、他人に対して真っ先に露わになる感情は警戒心以外にあり得ない。ましてやこの場は殺し合いの会場、心を閉ざした少女が生きるには過酷の極みだったはず。
「そういうわけだッ! よろしく頼むぞ、千尋」
「……! はい……!」
警戒心も背徳感ももうない。千尋は目の前の少年に、兄以外で初めて心を開いた。
開いて、しまった。
No.7 烏丸千尋(からすま・ちひろ) 14歳
【能力名】十人十色のころしかた
【能力】 自分に明確な殺意が向けられた時、潜在意識が具現化し、願った通りの現象が起きる。ただし「顕現可能な現象は殺害のみで、能力発動中の記憶は一切残らない」
【タイプ】パッシブ
【系列】 規格外
No.19 武仲壮士(たけなか・そうし)16歳
【能力名】剣聖の誓い
【能力】 何時如何なる時であろうとも、愛刀を瞬時に呼び出せる能力。更に「???」
【タイプ】アクティブ
【系列】 物質操作系
6
「ハッピーエンド、ってやつか?」
「新くん、盗み聞きとか、しゅみわるいよ。なんてね」
「予想通りすぎて盗み聞く価値もなかったが」
烏丸千尋と武仲壮士の居る部屋からドア一枚挟んだ廊下で、千堂新と六弦優癒は二人の会話を聞いていた。
「まあ、有耶無耶になって良かったな」
「これのこと?」
「ああ、察しが良くて本当助かる」
優癒の手には一枚の紙が握られている。
先程、壮士の叫びに合わせて千尋の手から抜き取った能力概要紙。そこには千尋の能力が書かれていた。
新は何も、空気を読んで部屋から出た訳ではない。壮士があれ程までに必死になる理由を、千尋の目の届かない所で確認したかったのだ。壮士本人も、千尋に聞かれるのは嫌がっていたから、その意思は一応汲んでやった。
「なんと書いてある?」
「これ、ちょっとえぐいね」
「見せてくれ」
新は優癒の手から紙を受け取る。そこに書かれた数行の説明文を見た時、新の中に芽生えたのは大きな衝撃と小さな納得だった。
「そういうことか……。これは隠したくなる訳だな」
「私達とはれべるが違うよね」
「ああ、それをあんな小さな奴に。……いや、だからこそかもしれないが」
壮士が坂本神久夜と獅子島慎之介から、必死に千尋を守っていた理由がようやく分かった。その二人の相手を新が受け持ったから退却で済んだものの、あのまま千尋に殺意が向けられていたらどうなっていたか分からない。
壮士は千尋の能力を知っていたのだ。あの場に転がっていた見るも悍ましい二つの遺体は、間違いなく千尋の能力によるものだ。壮士はそれを自分の仕業だと、千尋に告げた。その結果、千尋は怖くなって逃げ出したのだ。だが、逃走ならまだ良い。あんな弱々しい少女に「お前がこの二人を殺したんだ」などと現実を突き付けた場合、心が壊れてもおかしくはない。
「これは、言えないな」
「そうだね」
壮士が死にそうな状態で吐いた、たった一つの嘘。命の灯火が消えるかもしれないという極限状態で、一人の少女の心を守るために吐いた嘘。
壮士とはこの場が初対面だと、千尋は言っていた。そんな見ず知らずの少女のために健気な奴だ。ますます興味が沸くじゃないか。
7
「なにわらってんの」
「おっと、すまないな。笑っていたか?」
「うん、すっごく悪い顔してた」
「だったらそれは称賛の笑みだ。意図してないんだからな」
珍しい。誰かを陥れた時に、とどめとして笑顔を見せつけてやる事はある。だが新にとって無意識の笑みは、心の底からの興味の証。何年ぶりかの関心対象に、思わず零れてしまったようだ。
「戻るか。今後の話もしなくては」
「あっ、まだ早いってば!」
「知るか」
空気も読まず、新は思い切り部屋のドアを開けた。
No.14 千堂新(せんどう・あらた)19歳
【能力名】魔法鏡
【能力】 相手の戦闘行為を認識している時のみ、その攻撃手段と威力をそのまま返すことが出来る能力。更に「能力による効果は付加選択可能」
【タイプ】アクティブ
【系列】 能力操作系
No.41 六弦優癒(ろくげん・ゆうゆ)22歳
【能力名】献身中毒
【能力】 患部に手をかざすことで、能力による負傷を治癒する能力。ただし「自分の傷は治せない」
【タイプ】アクティブ
【系列】 支援回復系
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