28 殺戮機械
1
彼の動機は単純明快。自分が死にたくないから他人を殺す。
その誰もが思い付く最終手段を、彼は何の感情を加味する事もなく実行できた。既に行為は過去形で、早くも二人の人間を殺している。
「少し疲れた」
鞘に仕舞われた日本刀とケースに入った果物ナイフを腰に差し、肩から黒光りする銃をかけ、背には黒いリュックサック。見るからに重装備のその男の顔は、武装とは裏腹に優しげだった。だが上半身全体に広がる血の跡と、いくらか顔にも飛び散っている血飛沫。恐らく彼のものではない。湖のほとりと神社の境内で一人ずつ。特に感情なく殺した「それら」の血が白いシャツを真っ赤に染め上げていた。
「の前に、一仕事」
視線の先に捉えた男女へと、周防龍臣(すおう・たつおみ)は音を殺して近づいていく。
2
まだ森は続いている。木々の間隔が徐々に狭くなって、頭上に鬱蒼と茂る葉も増していく。日光が少しずつ届かなくなっていくのを先程から感じていた。暑さが緩和されるのは良い事だ。
方角は合っているだろう。とはいっても、荷物にあったコンパス頼りの感覚でしかないが。
前を歩く少女は視線をキョロキョロと彷徨わせていた。湖を発ってからはずっとそうだ。あんな無残な遺体を見せられて、周囲を警戒しない方がおかしい。
「ふぅ……」
湖からの道中、二人の間に会話は殆ど無かった。警戒から来る無言なのか、それともただ単に話す事がないからか。……否、メインの理由はまた別にある。心に伸し掛かる一種の重りが、会話という行為へ気を割く事を拒否していた。
ここが殺し合いの会場という確固たる認識を、遺体を見て痛感した。それへの理解と再認識に脳を使っていると、どうしても会話に回す心の余裕が無い。と、前の少女はそうだろうなと逢坂秀都(あいさか・しゅうと)は見当をつけていた。声をかけないのは、彼なりの気遣いだ。
「暑いな……」
日光が届かなくなってから随分と経つが、歩いているだけでもそれなりに発汗する。ましてや緊張感と焦燥感が若干ながらも加われば尚更だ。
「ちょっと、さっきから独り言うるさいんだけど」
「ごめんごめん、沈黙ってあんまり好きじゃなくて」
「だからってボソボソ言うの止めてよね。今こうやって喋ってるだけでも危ないんだから!」
秀都の前を歩いていた女子高生、高坂星華(こうさか・せいか)は振り返って口を尖らす。それは可愛げのある行為ではなく、怒りを孕んだ威嚇だった。気負っても仕方ないのにと思うが、まだ突っかかってくる余裕があるだけマシだと思うことにする。
「もう……あたしは死にたくないの」
消え入りそうな声でそう言うと、星華は再び前を向いて歩き出す。
一瞬遅れて、その頭があった場所をけたたましい銃声と共に黒い何かが駆け抜けた。
「なん――敵か!?」
「どこ!? 分かったら教えて!」
「右手側だ。でもまだ姿は見えない……飛び道具持ちっぽいな」
「はあ!? そんなのってアリなの!?」
右側からの襲撃に備えて、別々の木の幹に身体を隠す。相手には次の動きが無い。
3
「もしかして、あの湖の遺体って今の奴が……」
「分かんない。だがまあ、あの子の死因は刺殺だった。でも今のは銃撃だ、同じ手段じゃないことは確かだろうね」
「そっか……うん、冷静だね相変わらず」
「慌てたって好転しないってだけさ」
木々が生い茂る森。昼間だと言うのにひどく視界が悪い。ここらは小屋付近や湖周辺よりも明らかに木の密度や樹高が段違いで、戦うにしても正常な立ち回りは困難だ。だがそれは相手も同じ。
「どうするの?」
「うーん、どうするも何も、相手次第だよね。能力の試し撃ちが偶然高坂さんの居る方向に暴発した……なんて可能性もゼロじゃないけど。……それを考えて行動するのは分が悪いな」
「じゃあ……」
「ああ、補足か無力化を第一に行こう。今回は俺も手伝うよ」
相手は沈黙を保っている。初撃以降、全くアクションを起こす気配がない。意外と冷静なのか。それを考えると、一発目が当たらなかったのは幸運中の幸運と言えた。
今現在で把握できるのは、相手が飛び道具を持っているということのみ。他は不確定要素が多すぎて断定は危険だ。即時対応の失敗は死に繋がる。秀都はリュックからメモ帳とボールペンを取り出すと、膝を机代わりにして文字を書いていく。
「生死をかけた戦闘体験か……。流石に初めてだけど、意外と心躍るな」
「は? 何言ってんの嘘でしょ、頭やられた?」
「いや……至って正常だよ。それより本当に相手いるのかな。退いてったんじゃない? 長い事動きないし……」
「そんな馬鹿な……って」
口を動かしながら、先程書いたメモを見せる。星華はコクンと頷くと、思い切り息を吸う。嫌な予感がした。
「そうだね! うん! 絶対そうだわ、殺し合いなんてあるはずないもんね! さっきの銃声も気のせいだったんだわきっと!!」
星華に見せた紙には「出来るだけ大きめの声で油断を誘う発言を」と書いた。だがこれはいくらなんでも――。
「白々しすぎる」
「は――!?」
頭上から声。その出処を判断するまでもなく落ちてきた――いや、降ってきたと言うべきか。生い茂る木々の上から、人が。
えらく中性的で整った顔立ち、そしてその面貌には相応しくない全身の赤。あれは血だ。血が上半身の白いシャツと、顔にまで飛び散っている。森の暗さと相まって、その不気味さに拍車をかけていた。
4
「高坂さん……!」
男は星華が身を隠していた木から降ってきた。もちろん、その場所に刀の刃が刺さるように。だが、星華はそれを間一髪で避けていた。恐らく身体より声が先に降ってきたからだろう、あの会話には一応意味があった。
「っ……いった……」
だが、無理な体勢で横に飛んだ為に脚を捻ったようだ。男を睨みつけてはいるが、立ち上がれていない。別の木にもたれて、左足を抑えている。
男は、そんな星華を戦力外と判断したのだろう。
刀を構えて秀都の方へと距離を詰めてきた。
「お前はあれか。殺し合いに乗ってるってやつか」
「……」
「年は俺と同じくらいだな……。まあ、お前みたいな奴が居るのも予想はしていたよ。対応策もないことはないさ」
日本刀の切れ味とはどのくらいだろうか。秀都はそれを自身で体験したことはない。戦場では敵の血と肉で切れ味が落ちるために継戦能力に欠けると聞いたことはあるが、一対一の戦いでは関係ないだろう。まあつまり、絶体絶命と言うわけだ。
「ふっ……」
万事休す。状況を表す言葉ならいくつも出てくると言うのに、それを解決する策は一つも出てこない。当然か、形勢逆転には材料が足りなさすぎる。
男は一歩ずつ近づいてくる。右足を前に出して素早く左足を引き寄せる、剣道では送り足と言うのだったか、腰の位置もしっかりと固定されている。武道の心得までありそうだ。
――全く、変な知識ばかりあるのも考えものだな。こういう時、絶望までが一手早い。
男を挟んで向こう側に位置する星華は、左足を抑えながらも歪んだ表情でこちらを見ている。その目は「逃げて」と言っている様な気がした。だが俺がここで逃走すれば、足を負傷した彼女が助かる見込みは……。
「アハハ! そんな娘、見捨てればいいじゃないッスか! 先輩。ほんと、丸くなりましたよね」
突然、森全体に響き渡ったかと錯覚するような声が、悪戯っぽい笑顔をたちまち想像できる声が、またもや落ちてきた。今度は声だけだったが、その声の主を秀都はよく知っていた。
5
人を小馬鹿にしたような声。生意気さを少しも隠す気のないその声は、まだあくまでも声だけで。
「三人纏めて殺してあげますよ! そんな狼狽している先輩、見たくなかったんスけどね!」
場に変化があったのは明白だった。視界が徐々に白くなっていく。後ろを振り返っても、左右を確認してもそれは同じ。元々薄暗かった為か、もはや完全に視覚は機能していない。
「これは……煙?」
「ご名答ご明察! この期に及んでその洞察力はやっぱり紫唯の知ってる先輩ですね! さて、じゃあここで一つ訪ねますが――」
目の前の男は、新しい声に警戒してか距離を詰めてきていない。……と思う。記憶を頼りに斬りかかってくる可能性を考えて、少し横にずれる。
「先輩は、紫唯にどうしてほしいですか?」
ストンと、今までの弾むような口調とはうってかわって沈んだ声。抑揚も強弱もないその声は、確かにいつもの灰塚紫唯(はいづか・しい)の声だった。なんと返そうか迷う。ここは異常事態たる殺し合い、果たして彼女の思考回路はいつも通りだろうかと。
「助けなくて、いいよ」
「そうですか」
この返答は賭けではない。あらゆる要素を鑑みて、確率の高い方を選んだだけだ。
「だったら了解! 少しばかりキツ目のヤツお見舞いしてあげますね! さてさて今宵はどうやって生きるんですかね! 先輩は!」
ああ、良かった。彼女はいつも通りだった。
手探りで男を回りこむように進路を取ると、木の根本でぐったりとする星華の元へとたどり着く。
「高坂さん、行こう」
「え、でも」
「いいんだよ、これで」
まだ状況を理解していない星華を半ば強制的に立ち上がらせると、肩を貸してやる。一瞬躊躇したものの、星華は体重を預けてきた。だがその預け方に、若干ばかりの違和感を感じる。
「……強かだね、君も」
「あっ、バレた? もっと近づいてきたら、首か目を取れたのにね」
ふっと星華は離れると、自分の足で立って歩く。どうやら足を捻ったのはハッタリだったようで、全く、戦闘力と戦闘技術の底が知れない。この子の胆力も相当なものだ。
6
「一刻も早くこの場を離れよう。この際方向はどちらでもいい、足元気を付けて」
「あの子はいいの? アンタの知り合いっぽかったけど」
二人は足並みを早くして、森の中を駆けていった。その道中で、星華の声に答えておく。
「いいんだよ、手元に置いておくには不安定さと危険性が高すぎる」
その言葉を言い終わった時の星華の悲しそうな顔を、秀都は見ていなかった。突如現れた襲撃者と、自身のよく知る後輩の加勢に思考を割くあまりパートナーの顔色を伺う事などしていなかったのだ。まあそれは、既にそれ程までに星華を信頼していたと言えば聞こえはいいが。
加勢者の名前は灰塚紫唯。緑山県立大学二回生、秀都の後輩だ。
その性質を一言で表すのなら、異常すぎる程の天邪鬼。
「殺し合いってのも異常だから、マイナスとマイナスで何とやら……って思ったけど、この程度の異常じゃあいつの異質さは覆らないってことかな」
「どういうこと?」
「あ、こっちの話……。っていうのも悪いかな。あいつは俺の後輩で、すごいひねくれ者なんだよね」
「へー」
聞いてきた割には興味がなさそうなので、この話はこれで終わりにする。
にしても、積極的に他人を殺し回る輩には初めて出会った。全身に浴びた返り血も、明確な殺意も隠すつもりもなく現れた襲撃者。年は近いはずだが、自分はまだあそこまで無感情に現状を処理できない。その点が不利要素だったということか。
「ていうか、高坂さん。逃げてってアイコンタクトしてた?」
「してたよ、分かってくれなかったけどね」
「……一応聞くけど、なんで?」
「だってアンタが逃げたら、あいつこっち来るじゃん。その時に目か首をこう、ぐさっと」
「……凄いな」
胆力でいうのならこの少女も相当なものだ。無感情という訳ではないが、淡々とその判断を下せる精神構造は17歳の少女のものとは思えない。次からはそれを踏まえて選択した方が良さそうだ。
木々の間をすり抜けて、開けた場所にでる。そこにつく頃には、既に視界は確保されていた。それでもまだ薄暗いが、遠目に見える鳥居から察するに無事神社に着いたらしい。
「秀都くん、それ……」
「え? あ――!?」
一難去ってまた一難、いや合理的に考えるなら能力が増えるので幸運なのだろうが。
秀都の手が、青く淡く光っていた。
7
「これは……」
先程湖のほとりで見た光と同じ。色は違えど、青い粒子が秀都の右手に集まっていく。
「相変わらず気持ち悪いね」
星華が淡々と吐き捨てる。その声には怒りが混じっていた。誰に向けたものでもない、強いて言うのならこの殺し合いの主催者にといったところか。と秀都は判断した。
何故ならこの光は、近くに遺体があるという証なのだから。
「探そう」
「だね」
小さな本殿をぐるりと回る。大して時間をかけるまでもなく、目的のものはあった。
境内に転がる一つの遺体、身に着けているのはサッカーか何かのユニフォームだろうか。程よく健康的に日焼けした全身の皮膚。引き締まるように細く綺麗な足の筋肉。一目で分かるスポーツマンだ。
だが、頸部と腹部に空いた銃槍が死亡を告げていた。その青年と言うには少し幼い顔立ちの遺体の目を、秀都はそっと閉じてやる。そしてそのまま額に、青く光る手を重ねた。
「韋駄天の脚……走行能力が強化される」
幸運だと思った。この能力なら、自分の能力が読了なのか回収なのかを判別することが出来る。秀都は立ち上がると、アキレス腱を伸ばして軽く走ってみた。
「はっや……」
星華が感嘆の声を漏らす。秀都自身も驚いていた。
およそ10メートル程の距離を、秀都は1秒もかからず走ってみせた。
「加速含めてこれか。全速力ならそれこそ世界狙えそう」
「足の回転やばかったよ、人間じゃないみたい」
「まあ、韋駄天だからね」
「あはは」
二人には既に、軽口を叩ける余裕があった。遺体を見るのも二度目で、襲撃されるのも二度目だったからか。人間の慣れとは恐ろしい、殺し合いという異常事態にかくも早く適応してしまうのか。
「さて……」
軽く伸びをする。秀都にはまだ、やるべきことがある。
「紫唯を助けに行ってくる」
その言葉に、星華が少し安心したように見えた。
8
「煙霧煙霧、煙霧っむー」
森は煙に満ちていた。だが先程とは違う、煙の色は目を覆いたくなるような紅色で、一歩先の地面すら視認出来ないほどの濃度。
そのむせ返る程の煙霧の中で、周防龍臣は両目を閉じて木に背中を預ける。右手には日本刀、左手には銃。全神経を集中させ、聴覚をフル稼働していた。
全てはあの失敗か、と龍臣は思い返す。あの失敗とは、制服姿の少女の頭を撃ちぬけなかった一発のことだ。立ち止まって会話をしていたので撃ってはみたが、どうにもタイミングを外したらしく、銃弾も外れてしまった。あそこで仕留めてさえいれば、こんな面倒な事態にはならなかったと言うのに。
「あれあれ、もう居ないんですかね? せっかくの先輩の救難信号だったのに、手応えないッスね! 赤い人!」
耳障りな声が森に響く。赤い人とは、自身の返り血をみての呼称だろう。やはり円滑な殺害にこの見た目は不利だが、まあさっさと終わらせて洗えばいい。
しかし相手の能力は恐らく煙。更にそこに何らかの付加要素を加算出来る。何故なら先程から自身を取り巻く赤い煙は、非常に熱い。火傷するほどのレベルではないが、ずっとここにいればいるほど不快指数が上がっていく。
だがそれでも龍臣は瞑目したまま動かなかった。ある一瞬を待っていたからだ。
「つまんないッスねー」
声が落胆を孕んで、煙が晴れていく。ドサリと、人が地面に降り立つ音がした。龍臣は姿勢を低くして、息を殺して視界が晴れるのを待つ。
「まあ、貸しが一つ出来ただけでも良しとしますか! こんな貴重な機会無いッスよ、あの逢坂先輩に貸しだなんて、それだけでも今回の――」
「油断は禁物」
「え――」
煙越しに見えた人影へと思い切り斬りかかる前に、一言添えてやる。その言葉への理解に意識を割いてくれたら儲けものだ。事実、その少女は驚きに目を見開いて立ちすくんでいた。所詮は煙、物理的に阻害できる手段も対応策もないのだろう。
「とおりゃっ!」
だが、突如横からの衝撃が龍臣を襲った。とっさに左腕で防いだものの、そちらに持っていた銃が吹き飛ぶ。
「あ! さっき先輩と一緒にいた娘じゃないッスか!」
「そうそう。アンタが見捨てろって進言した、か弱い女の子よ」
何事かと思って視線をやると、先程足を捻っていたはずの少女が、不敵な笑みを浮かべてそこに居た。
9
「分が悪い……」
龍臣は至極冷静に状況を判断する。何よりも銃を吹き飛ばされたのが痛い。地面付近の煙はまだ晴れきっていないので、その場所すら把握できない。更に恐らく、先程一緒に居た男もこちらへ来ているだろう。日本刀一振りと果物ナイフのみで三対一は少しばかり厳しい。
龍臣は何も、兵丹七葉(へいたみ・ななば)の創りだしたゴーレムのような殺戮マシーンではない。あくまでも冷徹に、無感情に他人を殺すだけの人間だ。思考回路がいくら人間離れしていようが、本質的に人間であることに変わりはない。つまりこの場で撤退という選択肢が選べる程度には、戦力の差を理解していた。
「あのあの、窮地に来てくれたヒロインさん。先輩と一緒じゃないんスか?」
「それ今聞く? さあね、あーアンタはもういいから下がってなさ……じゃなくて、あたしと一緒に戦ってくれる?」
「わっかりました! それではこれで! 健闘を祈ってます、是非是非惨たらしく殺されちゃってくださいね!」
「はいはい。ったく、分かってても縁起でもないわね」
女が一人、踵を返して走っていく。それでも状況はあまり好転していない。付近に来ているであろう男の姿がまだ補足できていない以上、目の前の少女との一対一にのめり込むのは危険だ。
つい先程と状況が逆転してしまった。相当な力で蹴られたのか、左腕は今も痛みを伴っている。相手は未だに何も仕掛けてくる気配はないが、意図が読めない。最も有り得る可能性としては「回避出来る戦闘は可能な限り回避したい」というスタンスだが。
もしもそうであるのなら好都合。
「退こう」
「は? 何、今更。そっちから襲って来といて、随分都合のいいこと言うのね」
「悪い」
「……きっも。なんなの」
少女はそれでもこちらから視線を外さない。警戒心を払拭することは出来なかったが、こちらの意図は伝わったはずだ。
「退いて貰えるのならありがたいな。だけどお前が背を向けて去ってでもくれないと、こっちは信用出来ないよ」
先程の男の声が、森の中から響く。どこかの木にでも姿を隠しているらしい。
「そうだな」
状況がこうなってしまった以上、今回は失敗だ。
次の機会に殺すとしよう。
龍臣は言われたとおり背を向けてその場を離れた。
背後を警戒していたが、襲ってくる気配はなかった。
10
「ふぅ……、とりあえず状況終了ってやつかな」
「納得いかないんだけど、二対一ならあのまま――」
「まあね。確かに殺人者を排除することも大事だけど、大人しく引き下がるならそれに越したことはないかなって」
「むぅ……」
星華は不満気な顔をプイと逸らすと、何やら地面をキョロキョロと見ている。煙はもう殆ど引いたようで、微かな生暖かさが足元を包むだけとなっていた。
「何か探し物?」
「銃。さっきあいつの手から吹き飛ばしたから、その辺にあると思う」
「なるほど。そいつは手に入れておきたいな」
つられて秀都も足元に視線を彷徨わせる。すると一本の木の根元にそれを見つけた。
「あったあった、これか」
持ち上げると見たことのない銃だ。形状は秀都の知る銃のそれだが、細部に関しては知識はない。名称や装弾数など以ての外だ。
「貸して」
「ん」
一瞬渡すのを躊躇ったが、その躊躇を感づかれる前に星華の手へと渡す。
「これ、あたしが持ってていい?」
「いいけど。君が前衛って事考えると俺が持ってた方が効率いいと思うんだけどな」
「……。秀都くん、銃撃つ訓練したこととかある?」
「あるわけ無いよ」
「じゃああたしが持っとく。誤射怖いし」
「ああ、なるほど」
11
星華の言うことも最もだ。戦闘時に援護射撃と意気込んでフレンドリーファイアを決めてしまえば元も子もない。かと言って前衛の彼女が持っておく意味はあるのだろうかと悩んだが、そこはそれ身体能力の異常な彼女のこと。至近距離射撃でもぶちかますのだろう。
「灰塚はもういないかな。追ってもいいけど逆戻りか……、死んでないならそれでいいか」
「ドライだね、どういう関係なの?」
「ただの先輩後輩。同じ学部ってだけで、特にそれ以上の関わりはないよ」
「ふーん。向こうは結構……。いや、なんでもない」
口を閉ざす星華を横目に今後の目的地を決める。とりあえず先程の男の去っていった方向と、小屋への道は除外。となるとやはり神社を抜けて、地図に記されていなかった南西部へと足を踏み入れるしかなさそうだ。
「行きますか」
二人は再び歩き出す。
No.1 逢坂秀都(あいさか・しゅうと)21歳
【能力名】災厄回収
【能力】 退場者の身体に触れる事で、その者の能力を自身に宿すことが出来る能力。
【タイプ】アクティブ
【系列】 規格外
No.10 高坂星華(こうさか・せいか)17歳
【能力名】戦場のヴァルキュリア
【能力】 身体能力が著しく上昇する能力。ただし「???」
【タイプ】パッシブ
【系列】 身体変化系
12
初めての敗北。
初めての逃走。
ここに来てから順調に二人を殺した龍臣にとってそれは手痛い経験となった。
そうだ、ここは殺し合いの会場で、何時何処で誰が加勢してくるのかも分からない。存在するのは自分と標的だけでなく、イレギュラーな事態も起こりうる上に、自分が標的に成り得る可能性もあるのだ。
その概念を失念していた。
いや、初めから頭になかったのだ。淡々と効率的に殺害していくビジョンのみを頭に描いていたのだが、どうやらそれは大きな間違いだったらしい。
龍臣は森の中を見渡す。周りは木だらけで、どちらが出口かも分からない。
こうして彷徨っていれば他人に会えるだろうか。会った瞬間に殺し合うのも一興だが、今後は情報収集と言う名の会話も悪く無い。
実際、あの少女は明らかに常人の脚力ではなかった。蹴られた左腕を抑えつつ回想する。
あの煙幕も能力の成せる技なのだろう。自分の能力とは違って随分と便利だ。
結果を出さなければ報酬は付いてこない。そんな当然の摂理を顕現したような自分の能力は、こと戦闘において直接は役に立たない。ならば、自分以外の能力使いがどのような力を持っているのかを見極める必要が――
「ないな」
それはひどく不合理的だ。
殺せばいい。出会い頭に斬りつければ、大体の人間はそれで死ぬだろう。それでいい。何も難しいことは無いのだから。
銃を失ったのは痛いが、日本刀が一振りあれば殺せる。次殺したら、報酬でマシンガンでも選択してやろう。最初の選択がただの銃とは早計だった。
――ああ一体、後何人殺せば帰れるのだろう。
No.13 周防龍臣(すおう・たつおみ) 21歳
【能力名】ソールドアウト
【能力】 一を退場させる毎に、臨んだ武器を掌の上に顕現させる。
【タイプ】アクティブ
【系列】 規格外
13
先輩が居た。森の中、薄暗い中遠目に見えた時は夢幻かと疑った。
ああ、しかもどうやら襲われているらしい。異常事態そして何より稀有だ。
灰塚紫唯の行動原理は破綻している。
よくも日常生活が送れているなと感嘆する程に。
逢坂秀都に、助けなくていいよと言われたから。
高坂星華に、共闘してくれと言われたから。
神永祐奈に、殺し合えと言われたから。
他人の言葉は全て紫唯の負のエネルギーだ。何が彼女をそうさせているのかと言われればそれは、精神構造の類まれなる脆弱性への対抗策という他にない。
生まれついての臆病者は、初めから不信と疑惑を振りかざすことでしか生きられない。勿論それをおくびに出すこともなく、彼女は明るく振る舞うのだが。
「いやはや本当、混沌無秩序スリル満点とはこのことッスね!」
森を抜けて湖まで到達した灰塚紫唯は一人息を吐く。ポケットを探るが、そこに愛用のタバコは無かった。
思考を放棄して他人の言葉を真逆に受け止める。
だが別に、自らの感情にまでそれが適応される訳ではない。
No.26 灰塚紫唯(はいづか・しい)20歳
【能力名】煙の姫君
【能力】 自らを起爆剤とし、周囲に様々な効果を付与可能な煙幕を発生させる能力。
【タイプ】アクティブ
【系列】 爆発系
残り29/42




