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オリジナル・バトルロワイアル  作者: 八緒藤凛
一日目
28/54

26 異常事態

1


 十河蒼空(そごう・そら)は今、とある人影を上空から追っている。

 海岸で見つけた赤黒いシミと、その上に被さる人一人分の衣服。そしてそこから立ち去っていく人物。あの場所で一体何が起きたのか確かめなければ気が済まない。一度は恐怖に押しつぶされかけたが、結局蒼空は追跡を決行した。


 その人影はゆらりゆらりと商店街へと入っていく。会場に二つある住宅街の内、海に近い方の南側住宅街に併設されている寂れた商店街だ。半分以上の店がシャッターを閉めている。いや、ここが殺し合いの会場とするならシャッターの空いた店がある方がおかしいか。


「ああ、怖えな」


 蒼空は息を殺して状況が動くのを待っていた。海からここまで翔び続けてきたが、疲労感は特に無い。初夏の日差しによる暑さこそあれど、それも蒼空にとっては慣れっこだ。能力【天狗の翼】による飛翔能力、それが蒼空に与えられた能力だった。


「おや? おやおやおや。なんだい君は」


 新たな人物の登場に、蒼空は一瞬たじろぐ。電気屋から出てきた細身で長身の男が、蒼空が追っていた人影へと声をかけていた。自分が気付かれた訳ではないという事に安堵する。蒼空は二人に見えないようにゆっくりと近くの店の屋上に降り立って、成り行きを見守ることにした。


 感づかれないかと思うほど、自らの心音が大きくなっていった。


2


 結城陸海(ゆうき・りくみ)は電気屋で見つけたその店内で唯一稼働しているパソコンから、一連の情報を入手していた。少し前に森の小屋にて逢坂秀都(あいさか・しゅうと)と高坂星華(こうさか・せいか)が入手したものと同じ内容だ。


 会場地図のページは画面が真っ白で情報にはならなかったが、退場者リストと能力系列については大いに参考になった。自らの荷物に入っていたバトルロワイヤル攻略ヒントと銘打たれた一枚の紙に書かれていた「黒いリュックサックの持ち主には注意」という文言は、恐らく規格外持ちの能力者なので注意せよ、という事なのだろう。だがパソコンで得た能力系列についての情報によると「⑩規格外 上記のどれにも当てはまらないもの。予測不可能」とのこと。


 つまり「他の能力系列に当てはまらない」故に「予測不可能」なだけであって、殺し合いに有利なほど「規格外の強さ」を持っている訳ではないと推測出来る。事実自分の能力は【氏名看破Ex】で、ただ単に対象の名前が分かるだけというものだった。自分のリュックの色は黄色だったが、戦闘に役立たない能力の存在から鑑みるに、例えリュックが黒くても戦闘に強いとは限らないのではないか。


「普通だよね」


 思ったよりも、この殺し合いとやらは御しやすいのかもしれない。パソコンが会場に十台しかないと考えると、この情報を得れたことは大きな強みだ。一度くらい、黒いリュックの持ち主と接触してもいいかもしれない。


 そう考えて電気屋を出ると、海側から誰かが歩いてくるのが見えた。ゆらゆらと歩いてくるその人影は、白を基調とした制服を身にまとった少年だった。だがどこかおかしい。幼さを残したその顔に、生気が感じられないのだ。


「なんだろうね、あれは。全く普通じゃないな。……って、はは、丁度いいな」


 よく見ると、その少年の背には黒いリュックサックが背負われている。接触してもいいかもしれないと思った途端にこれだ。


「おや? おやおやおや。なんだい君は」


 陸海はなんとはなしに声をかけた。



3


その少年から返事はなかった。

 向こうも自分に気付いたのか歩みを止めたものの、口を開く素振りはない。気のせいかこちらの口元を凝視しているように感じる。


 その品定めをするような視線に、微かに苛つく。


「ねえ、聞いてる? 僕は君に話しかけているんだ。ええと、これはなんて読むのかな? れんくん……で合ってる?」

「……」


 少年の名前は連秀次(れん・しゅうじ)と言うらしい。目を合わせた瞬間に発動すれば他人の名前が分かる自分の能力は、戦闘に役立たないがファーストコンタクトにおいてペースを掴むのには持って来いだ。初対面の相手に名前を呼ばれて驚かない相手はいない。


 だがその少年は驚く素振りは一切見せず、黙ってこちらを凝視したままだった。


「はあ。連くんは返事も出来ないのかな、普通じゃないな。普通じゃないのは良くないことだよ、この普通に最も近い僕が君を教育してあげようか」


 電気屋から出る時に、何か武器になりそうなものでも持ってくれば良かったなと思いつつ、自分の右手を見る。拳一つで他人を殺せるだろうか。まあ、気絶させるなりなんなりすればその後はどうとでもなるな。なにせ相手は小柄な少年で、今にも死にそうな雰囲気を纏っている。ここで数を減らしておくのは普通だよね。


 と、そこまで考えた。人間の思考能力は驚くべき速さだ。視線を少年から右手に移すまでのたった一瞬でそれだけ考えることが出来るのだから。


「は?」


 だが視線が右手へと移った瞬間、陸海の思考は停止した。

 陸海の右手は綺麗サッパリ無くなっていた。



4


 目に見えぬ速さで切られたのかと思った。だが切断面は無く、痛みも無い。右腕の先から地面に垂れる液体は、血と形容するには少し違った。


「なんだ、これは」


 一瞬止まった思考を慌てて引き戻す。だがいくら考えても意味がわからない。

 気付けば右手だけでなく、左手も同じペースでなくなっていった。過去形ではなく、進行形。今も陸海の両手は先から順になくなっていった。そして今ある腕の先端から垂れるのは血ではなく、液状化された肉体と形容したほうがしっくりくる。それでも意味は分からないが。


「連くん、君の仕業かい? これは」


 少年は黙ってこちらを見ている。その表情に驚きはなかった。まるでそうなることを知っていたような顔で微動だにせずそこにいる。

 身体が溶けているというのに、不思議と痛みはない。なので、陸海はまだ冷静だった。


「返事くらいしてくれよ。なあ、僕はこのまま死ぬのかな? それはどうなの? ははは、規格外ってそういうことだったのか。こりゃ叶わないな」


 突如視界が下がった。気付かなかったが、足も先端から溶けている。立ってはいられず、膝から地面に崩れ落ちた。


「普通じゃない。全くもって普通じゃない。君クラスの人間が他に何人もいるのか? 勝てるわけないじゃないか、何を考えているんだあの女はさ」


 体育館での出来事を思い出す。だがその回想は無意味と悟ってすぐに振りほどいた。だがこの時点で何を考えれば有意義なのだろう、普通の人間ならどうするのだろう。現状自体が異常すぎて、見当がつかない。


 ふと、陸海の視界に新たな人影が映った。目の前の無表情な少年とは正反対に、その程よく日焼けした少年は、斜め前の店の屋上から驚愕に目を見開いてこちらを見ている。それもそうか、他人が溶かされているだなんて普通じゃない。その異常事態に対して驚くというのは普通の反応だ。気に入った。


「君、気付いてるよね、ええと、十河くん? 君に言うよ。電気屋の中にパソコンがあるんだ。それはきっとこの殺し合いで役に立つ。能力の時点で運ゲーだなんて、気に入らないよね。君のリュックは青いから、この情報をあげるよ」


 日焼け少年が小さく頷くのを確認すると、陸海は安心して目を閉じた。


「全く、この僕がここで退場とはね。まあ逆にこのくらいの方が普通かもしれないな」


 普通でさえあれば、生死はどちらでも良かった。



5


 最期の言葉は正しく届いただろうか。目の前の無表情少年にも聞かれただろうか、別にそれはいい。何らかの手段であの日焼け少年がパソコンを見つけてくれれば。その辺りはもう彼次第だ。


 ああ、死に際に誰かに何かを遺すだなんて、実に普通じゃないか。創作物でよく見る光景だ、普通すぎて僕らしい。


 にしても気に入らないな、あの女。これだけの人数を集めておいて、能力は不平等だなんて普通じゃない。まあもう僕に出来ることはないんだけど。今ならもう何を思考しても無意味にしかならない。どのみち助からないんだろう。だからせめて、恨みと地縛をこの場所に少しでも置――。


 脳まで溶けきってしまったら、もう考えられない。



No.37 結城陸海(ゆうき・りくみ)21歳 退場

【能力名】氏名看破Ex

【能力】 対象と目が合った瞬間に発動することで、その対象の氏名を知る事が出来る能力。

【タイプ】アクティブ

【系列】 情報系



「……」


 目の前の細身で長身の男を溶かしても連秀次れん・しゅうじの好奇心は満たされなかった。海岸で溶かした男とほぼ同じだったからだ。しきりに何かを喋ってはいたが、秀次の耳には届かなかった。少し頑張って口の動きから読み取ってみようともしたけれど、急に出来るわけがない。


「まあいいや、次……」


 好奇心が渇く。ただこうして溶かし続けることだけが、この場における自分の存在意義なのだろうか。分からない。




No.40 連秀次(れん・しゅうじ)17歳

【能力名】メデュー酸

【能力】 目が合った瞬間に発動することで、その対象の全身を痛みなく溶解させる能力。ただし「一度でも発動すれば聴覚を失う」

【タイプ】アクティブ

【系列】 規格外



6


「はあっ……はあっ……」


 十河蒼空は全てを理解した。

 海岸で見た赤黒いシミも、人一人分の衣服が置いてあった理由も。


 もしもあの時、もっと強くあの人影を呼び止めていたらどうなっていただろうか。考えるまでもない、自分もこうして液体になっていただろう。


 溶解者たる少年はゆらりゆらりと商店街の奥の方へと歩いて行った。一度も後ろを振り返ることはなかったが、それでも姿が見えなくなるまで息を殺して、見えなくなっても更に十分ほど待ってから、店の屋上から道路へと降り立つ。


「お兄さん……う……うおえぇぇぇえ」


 最期に自分へと情報をくれたその男性はもういない。遺体すらもない。あるのはこの赤黒い液体のみ。この人が背負っていた黄色いリュックサックはもう赤い液体で染まってしまっている。そのリュックをそっと持ち上げて、滴る液体が落ちきるまで自分の身体に触れないように手を伸ばして持つ。


「オレが……あいつを……」


 殺さなければならない。あんな無表情で無感情で他人を殺す人間を野放しにしてはおけないと、確かにそう思った。だが、自分の能力では――


「どうしろってんだよ……!」


 蒼空は拳を握りしめて、自分の無力を恨む。溶解少年の去っていった方角を静かに見つめてから、電気屋へと入っていった。



No.15 十河蒼空(そごう・そら)

【能力名】天狗の翼

【能力】 飛翔能力のある翼を自分の体の一部として使役できる能力。

【タイプ】パッシブ

【系列】 身体変化系



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