19 異常性質
1
「普通」とは、人並みであることを指すのだろうか。それとも――
人は誰しも個性がある。平均値からのズレは、誰もが持つ。その個性と呼ばれるズレを備え付けているということはある意味「普通」だ。例えばあらゆる分野での平均値を求めて、全ての偏差値が50だと数値付けられる人間が居たとすれば、それは「普通」に成り得るのだろうか。否、その病的なまでに「普通」を求める精神姿勢は、明らかに「普通」とは言えない。
遠江和穂(とおとうみ・かずほ)は、滑り台の下で丸まっていた。
彼女もまた、「普通」を求めた異常者。だがその異常性は偏差値で言えば55程度のもので、「彼」の様な数値は叩き出せない。
「人だ」
「え?」
そんな「彼」に見つかってしまった少女は、この後の行動はどうするのだろう。勿論、偏差値55程度の渇望しかない彼女の脳では、この期に及んで「普通」を追い求める事は無かった。
「誰……ですかね?」
もしかしたら、知り合いかも知れない。遠江和穂はそんな希望的観測を胸に抱く。顔を上げた時、目の前に立つ細身の男は既に口を開き始めていた。
「僕にだって、分からないよ、ここが何処なのか。ねえ、この場で最も一般的な行動ってなんだろう? この殺し合いを壊すと決意して仲間でも集めることなのかな? それともルールに則って、最後の三人になるまで他人を排除し続けることなのかな? 僕には分からない。何故ならこんなの初体験だからね。だったらどうするべきだと思う? そうだよ、こんなのさっさと終わらせて、家に帰って忘れればいいんだ。そうすれば僕は、標準偏差ど真ん中の一般人、誰の目にも止まらない、誰の興味も惹かない存在へと戻れる。だよね? そこの……えーと、遠江さん?」
和穂の目には、彼の頭の上に小さな文字が浮かんでいるのが見える。
『普遍的である事への病的な固執』
2
和穂の能力は、他人の最も強い性質を読み取れるというもの。リュックの色は黄。
「ねえ、聞いてる? 僕は遠江さんに話しかけているんだよ。この距離で聞こえないなんて事があるかい? 耳が聞こえない訳でもあるまいし」
「あ、ごめんなさい。聞こえています」
「だったら返事を、人に話しかけられたら返事をするのが普通だろ?」
「そう、ですね……すみません。先刻の話は、正しいのではないでしょうか」
無難な返事を返しておいた。だが彼は満足しないらしい。
「どうしてそう思うんだ? 疑問に思ったから訊く」
「それは……」
一方的な態度、これのどこが普遍的なのか和穂には分からない。「普通」の度合いで言うのなら、自分のほうが勝っている自信がある。
「人を殺して、その記憶を封印できるのなら、可能かもしれませんね」
「そうか、成程。でもその心配には及ばないよ、記憶削除の措置は、あの女に頼むことにする。こういうゲームには普通、そう普通、優勝賞品に願いを叶える権限なんてものがありそうじゃないか」
「だと、いいですね……」
「ああ、貴重な意見をありがとう。では死んでくれ……と言いたい所だけど、今は武器がない。相手がひ弱な少女とは言え、僕の標準的な筋力ではすんなりいけるか分からないからね、でも」
でも。その逆説の接続詞に一抹の不安を覚える。
「あそこの掃除用具入れに、スコップか何かあるかもしれないから、そこで待ってて」
「はい……って、は?」
今からお前を殺すから、おとなしくして待ってろと、そう言いたいらしい。口調や抑揚に余りにも変化が見受けられず、つい肯定の言葉が口を突いた。
「いやいやいや、やめてくださいよ……」
「なんで? これは殺し合いなんだろ? 遠江さんだって武器でも能力でも探して戦えばいいじゃないか」
「そんな事……出来るわけ」
「ふむ。遠江さんは殺し合い否定派閥なんだ。だったら好都合、犠牲になるのはいつだって遠江さんみたいなか弱そうな子なんだよ、普通はさ」
和穂の言葉を途中で遮ってまで、酷く自己中心的で暴利的な持論を述べ立てる。気付けば、もう用具入れから往復してきたらしい。その手には大きなシャベルがあった。か弱い自分なら、何度か殴られれば死んでしまいそうな。
「じゃあ、そういうことで」
鈍い、重い打撃音が響いた。
3
「待てええええええええええい!」
続いて響いたのは、絶叫。高らかな叫びと共に、二つの人影が公園内へと入ってくる。
「クク、真昼間から公園で人殺しとは……随分と物騒な世の中になってしまったな。なあ、副団長よ」
「あの……その副団長っての、恥ずかしいのでやめてもらえませんか……」
「なんだよ一体、君たちは。痛いじゃないか」
木製バットの投擲。新しく現れた二つの人影の内の片方、全身黒い服のオールバックの青年が放ったらしきそれは、目の前の男の背中に直撃し鈍くて重い音を響かせたらしい。
「黙れぃ! 悪である貴様に、痛がる権利などないっ! 貴様の様な人間は俺が即刻成敗してやろう! だがまあ、今すぐ立ち去るのならば、見逃してやらんこともないぞ?」
「はいはい。一人が三人になった所で退却するような……って、は?」
男は驚愕に目を見開く。それは、入り口から入ってきた大げさな語りをする青年を見て……ではない。
その青年の後ろで、身体を小さくして様子を伺っている副団長と呼ばれた少女の方を見て、男は何かを思案していた。この場で目立つ筈なのは、圧倒的に青年の側。なのに男は、その人畜無害を体現したようなか弱そうな少女のみに視線を注いでいた。
「おいおい、うちの副団長をあまり見るのはやめてもらおう」
「ああ、そうだね。失礼した。分かった、ここは退く事にするよ。君……来栖くんには叶いそうもないからね」
「ふ、話の分かる奴は嫌いではない」
「じゃあ、また」
そう言うと、男は二人が入ってきた公園の入口へと向かっていく。青年と少女とのすれ違いざまにもう一度少女を、正確にはその背にあるリュックを見て去っていった。
「で、怪我はないか? 貴様」
「はい、ええと、ありがとうございます」
手を差し出してくれた青年の頭上に浮かぶ文字は『精一杯の正義感』
No.8 来栖慎一郎(くるす・しんいちろう) 18歳
【能力名】零
【能力】 ???
【タイプ】アクティブ
【系列】 精神変化系
No.19 天条千草(てんじょう・ちぐさ) 17歳
【能力名】自縄自縛の二律背反
【能力】 二重人格。睡眠をきっかけとして入れ替わり、片方が眠っている間もう片方の人格が身体を操作する。その人格は、対象者の普段の人格と真逆に形成される。ただし「???」
【タイプ】パッシブ
【系列】 規格外
No.20 遠江和穂(とおとうみ・かずほ)17歳
【能力名】十人十色の専売特許
【能力】 対象の最も強い性質が頭上に見える能力。
【タイプ】パッシブ
【系列】 情報系
4
「少し、安全を期し過ぎたかもしれないね」
自分が最初に目覚めた場所――商店街まで戻ってくると、結城陸海(ゆうき・りくみ)は息を整えつつ思考する。
「でも死んだら元も子もないし、普通の判断だろうね」
口うるさい青年は取るに足らなかった。問題はその隣にいた一見か弱そうな少女だ。彼女の背には、黒いリュックサックが背負われていた。
自分に支給されていた黄色のリュックサックの中にあった一枚の紙。バトルロワイヤル攻略ヒントと書かれたそれには、黒いリュックサックの持ち主には注意と書かれていた。なんでも、能力が規格外らしい。
「はてさて、今は何人生き残っているのだろうか」
別に、最後の三人になれるなら何でも良い。ただ、自分が手を下せる存在がいればやっておくかと、効率を考えた普通の判断だった。規格外能力持ちが来るのは予想外だったが。
この場での「普通」。それを確率の考え方で定義付けるなら、最後の三人まで残る事は「普通」とは言えない。だが彼はその事実を無視している。何故なら彼にとっての「普通」とはただの正当化に他ならないのだから。
勿論本人は、それに気付いては居ない。
No.37 結城陸海(ゆうき・りくみ) 21歳
【能力名】氏名看破Ex
【能力】 対象と目が合った瞬間に発動することで、その対象の氏名を知る事が出来る能力。
【タイプ】アクティブ
【系列】 情報系
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