14 小さな決意を高らかに
1
「やだよ……殺し合いなんて……」
歯の根が合わない。全身の震えと共にガチガチと音が鳴る。
黒い髪をおさげにし、制服をその身にまとった少女、天条千草(てんじょう・ちぐさ)は、二つの住宅街に挟まれた小学校の一室に居た。「飛ばし」の地点は丁度ここで、黒いリュックを漁って能力の確認を済ませて以来彼女はここから一歩も動いていない。いや、動けなかったといったほうが正しいか。教卓と小さな机と椅子が並ぶ教室の隅で、千草はぶるぶると震えていた。
基本的に臆病な千草は、日常生活を送る事にすら精神をすり減らしていた。それが、殺し合いをしろなんて言われれば、身動き一つ取れなくなるのは自然だったのかもしれない。
コツコツ。追い打ちをかけるように、震える彼女の耳が足音を捉えた。
その足音の忍ぶ気の無さが、余計に千草の恐怖を煽る。
「やだ……こないで……」
机の陰に精一杯身を隠す。何事も無く、このまま通りすぎてくれればいいのに、と。だが千草の祈りは届かず、その人物は無遠慮に扉をガラガラと開けて教室内へと入ってきた。
「ふ……ククク、この俺から逃れられると思ったか!? 貴様がそこに居たのは、俺がこの世に生まれた時から知っていたさ!」
「……へ?」
あまりにも大げさで、あまりにも場違いなその高らかな声。思わず千草は顔を上げてしまった。
2
この俺が目覚めたのは、この小学校の運動場の片隅だった。全く、この俺を野外に放置するなど無頓着にも甚だしい。しかも部屋着のままじゃないか。だがそれでも、状況をいち早く理解するのは容易だったさ。何故なら常日頃から、異常事態に巻き込まれた時のシミュレーションは欠かしていないからな。唐突に始まる殺し合い? だからなんだ、そんなものとうに想定済みさ。……なのになんだろうな、この両足の震えは。
「チッ……まずは」
こういう時は他人に接触するに限る。人を探そう。何? 相手が殺し合いに乗っていたらどうするかだと? そんなの決まっているだろう。制圧すればいい。この俺がそこらの人間に負ける事などあり得ないさ。あの女は能力がどうとか言っていたが、手から火を吹くとか、水の上を歩けるとかそんな類だろ? 気に留めるまでもないな。足が震えているじゃないか? だと。……武者震いだよ。
「ふっ……おあつらえ向きな物が入ってるじゃないか」
紫一色の薄気味悪いリュックサックの中には探知機が入っていた。説明書を見ると、どうやら他人が近くにいると方角と距離を示してくれるようだ。いいものを得た。既に二つ、赤い丸が表示されている。一つは中心にあるので自分だろう。もう一つはここからすぐ近くに表示されている。
どれどれ、手始めにこの微動だにしない人間の顔を見に行ってやるか。
運動場から校舎内へ土足のまま入り、探知機を見ながら距離を詰めていく。足音はあえて隠さなかった。ここであろうという教室の前に立つと、探知機をリュックの中へをしまいこんで、扉に手をかける。……もしも、罠だったらどうしようか。こうやって誰かが来るのを待ち構えて、来た人間を狩っているのでは? ……いや、それがどうした。そんなふざけた人間は、俺が成敗してやろう。
すべての弱気を振り払うかのように、思い切り扉を開けた。
「ふ……ククク、この俺から逃れられると思ったか!? 貴様がそこに居たのは、俺がこの世に生まれた時から知っていたさ!」
大袈裟に、精一杯声を張って、高らかに叫んでやる。例え相手がやる気であろうとも関係ない。少しでも臆してくれれば儲けものだ。
だがそこに居たのは、人畜無害を体現したような弱々しい少女だった。
3
「時に貴様は、この殺し合いをどうみる?」
「……嫌、です……」
「ふ、まあそんな顔をしているな。だがもしも、誰かに襲われたらどうするんだ?」
「それは……」
黒いズボンに黒いTシャツ、黒いオールバックの黒ずくめで突如現れたこの男はどうやら悪人ではないらしい。……見た目とは裏腹に。だが千草にとって、それは大きな救いだった。会話自体は得意ではないが、話の主導権を持ってくれる相手は比較的楽なので。
「答えにつまるか。まあ当然だろうな。だが、そういう人間の為に! 俺がいる!」
「それは、どういう……」
「守ってやると言っているんだ! 決めていた、あのふざけた女の語りを聞いている時から決めていた。あの場で動かなかったこの足への罰だ、俺は一人でも多くの人間を守ってやるさ」
「おお……」
千草は素直に感嘆した。殺し合いなんて馬鹿げた単語から想像するに、誰も彼もが血眼になって襲ってくるものだと思っていた。
どうして自分がそんなゲームに選ばれたのかすら疑問だったほどだ。だが、彼女は悟る。そういう臆病な人間が居たほうが、きっと盛り上がるし、見ている側としては面白いんだろうと。それは自分の想像だったが、そう思うと主催者への怒りが湧き上がってくる。
「だから貴様は、俺のギルメンの第一号だな!」
「ギ、ギルメン?」
「ああ、バッド・レジスタンス……。悪への反逆者という意味だ」
「いや、あの、それだと悪者みたいに……」
「ふ……細かい事はいい! とにかく貴様は仲間だ、これからよろしく頼む」
「は、はぁ。こちらこそ、よろしくお願いしますね。……ふふふ」
……きっと、悪い人ではないんだろう。千草は思わず笑った。
だがこの人は、私の能力を知っても態度を変えずに居てくれるだろうか。
No.19 天条千草(てんじょう・ちぐさ) 17歳
【能力名】自縄自縛の二律背反
【能力】 二重人格。睡眠をきっかけとして入れ替わり、片方が眠っている間もう片方の人格が身体を操作する。その人格は、対象者の普段の人格と真逆に形成される。ただし「???」
【タイプ】パッシブ
【系列】 規格外
No.9 来栖慎一郎(くるす・しんいちろう)18歳
【能力名】零
【能力】 ???
【タイプ】アクティブ
【系列】 精神変化系
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