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復讐のダークナイト 〜愛を知った男は、再び黒い牙となる〜  作者: 筑紫隼人


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第7話 根付く芽と、守るための剣

物音に気づいたのは、真夜中だった。

 

井戸端に、人の気配。

 

夜露の中、鈍く光る刃が見えた。

 

体は、考えるより先に動いていた。

 

壁にかけていた剣を取る。

 

村で使うための、ただの鉄の剣だ。

 

床下の剣ではない。

 

一人目の腕を捻り上げ、地に組み伏せる。

 

二人目が匕首を構えたが、その手首を蹴り上げた。

 

あっさりと武器が落ちる。

 

三人目が、倉の陰から飛び出してきた。

 

「動くな」

 

レオンの声は低かった。

 

「動けば、殺す」

 

男の足が止まる。

 

それでも、震える手で刃を突き出してきた。

 

レオンは剣を振り上げた。

 

躊躇いはない。

 

振り下ろす軌道は、確かに命を絶つためのものだった。

 

「やめろ!」

 

割って入ったのは、寝間着のまま飛び出してきたアルブレヒトだった。

 

とっさに剣筋を逸らす。

 

寸前だった。

 

あと一瞬遅ければ、義父の体を自分の刃が斬っていた。

 

「なにを……」

 

「殺す気か」

 

アルブレヒトの声は静かだが、これまで聞いたことのない怒気を帯びていた。

 

「野盗です。放っておけば、また村を狙う」

 

「だからといって、命を奪う理由にはならん」

 

「……」

 

「医者は、敵か味方かで治療する相手を選ばない」

 

アルブレヒトは、震える野盗の腕を検めながら続けた。

 

「殺すより先に、傷つけないようにすることを考えろ。お前の腕なら、それができるはずだ」

 

返す言葉が見つからない。

 

かつての自分なら、迷いなく三人とも斬っていた。

 

それが正しいことだと、信じて疑わなかった。

 

だが今、剣を握る手は、初めて別の意味を持って震えている。

 

刃に映った自分の目が、どこか懐かしかった。

 

それが、何より恐ろしかった。

 

 

野盗たちは、翌朝、王国軍に引き渡された。誰も、命を落とすことはない。

 

その一件は、瞬く間に村中へ広まった。剣技だけでなく、狩りで見せていた身のこなしも相まってのことだった。村人たちの間で、ある期待が膨らむ。

 

「先生、頼む。うちの子らに、剣を教えてやってくれんか」

 

村長が頭を下げてきたのは、それから間もなくのことだった。

 

「自分には、その資格が……」

 

「資格なんぞ要らん。村を守れる腕を、若い者にも分けてほしいんだ」

 

固辞するつもりだった。過去が露見する危険を、これ以上背負いたくない。

 

「無理にとは言わん。だが、考えてはくれんか」

 

その夜、迷いを口にすると、ノアが静かに言った。

 

「あなたが教えれば、あの子たちは死なずに済むかもしれない」

 

「もし、正体が知られたら」

 

「知られたって、あなたはもう、あの頃のあなたじゃない」

 

真っ直ぐな目だった。逃げ場のない、けれど温かい言葉。

 

「引き受けなさいよ。今のあなたにできることが、ちゃんとあるんだから」

 

翌日、レオンは村長のもとを訪ね、指南役を引き受ける旨を伝えた。

 

 

道場を開いてすぐ、レオンは一つの決まりを徹底させた。

 

「殺すな、ではない」

 

木刀を構えた生徒たちを前に、静かに告げる。

 

「殺さずに、止めろ。それだけを覚えろ」

 

「先生、実戦じゃそんな悠長なこと、言ってられないんじゃ」

 

「言ってられる。止められる技を持っていれば、な」

 

普段は物静かで、口数も少ない先生だった。だが、この一線を越えた者にだけは、別人のような厳しさを見せる。

 

ある日、力任せに相手の急所を打とうとした生徒を、レオンは容赦なく叱りつけた。

 

「もう一度、同じことをしたら、道場から出ていけ」

 

有無を言わさぬ響きだった。生徒は青ざめて頭を下げた。

 

「先生……なんで、そんなに厳しいんですか」

 

稽古の帰り、別の生徒がそっと訊ねてきた。

 

「昔、教えてもらったんだ」

 

それだけを答え、レオンは道具の片付けに戻る。

 

少し離れた場所で、その一言を聞いていたアルブレヒトが、何も言わず小さく笑った。

 

 

生徒の中に、一人、うまく馴染めない少年がいる。

 

体が小さく、力も弱い。素振りを一つやるだけで息が上がる。他の子供たちに後れを取っては、いつも稽古の隅で泣きそうな顔をしていた。

 

「先生、俺、やっぱり向いてないです」

 

木刀を握る手が震えている。何度目かの、そんな訴えだった。

 

「向いてないかどうかは、俺が決める。お前は、まだ決めるな」

 

「でも……」

 

「毎日、同じ型を、百回続けろ。それだけでいい」

 

厳しい言葉に、少年は何度もくじけそうになった。それでも、来る日も来る日も、道場の隅で一人、素振りを重ねる。

 

その姿を、レオンは何も言わず、遠くから見守り続けた。声をかけない理由は、自分でもうまく説明できない。

 

数か月が経った、ある日の稽古だった。

 

型稽古の相手を任されたその少年が、初めて、まともな一撃を放った。木刀が正確な軌道を描き、相手の小手を捉える。誰の目にも分かる、確かな上達だった。

 

「……やった」

 

呆然と呟く少年の顔が、次第にくしゃくしゃに歪んでいく。

 

その姿を見た瞬間、視界がふいに滲んだ。止める間もなく、頬を熱いものが伝う。

 

「せ、先生?」

 

「なんで、泣いてるんですか」

 

生徒たちが、驚いた顔でこちらを見ている。誤魔化そうとしても、涙は止まらなかった。

 

「お前が、頑張ったからだ」

 

それだけを、震える声で絞り出す。

 

弱かった者が、諦めずに積み重ねた結果、確かに強くなる。その当たり前の事実が、これほど胸を打つとは思わなかった。

 

かつての自分は、弱さを切り捨てることしか知らなかった。今は、弱さが積み重なって強さに変わる瞬間を、目の当たりにしている。

 

「先生、また泣いてる」

 

「またって、なんだよ。これで二回目だぞ」

 

「この間の稽古でも泣いてましたよ。子供が転んで泣き止んだだけで」

 

どっと笑いが起きる。恥ずかしさに顔を背けても、涙は止まらなかった。

 

この日を境に、生徒たちの間では、レオンが涙もろいという噂が広まる。

 

 

よく晴れた午後、レオンは庭先で小さな苗木を植えていた。

 

抱っこ紐の中で、ミアが声を上げている。まだ言葉にならない喃語だったが、それでも耳を澄ませてしまう。

 

「見てみろ、ミア」

 

土に苗木を据えながら、レオンは語りかけた。

 

「菩提樹だ。まだ小さいが、いつか大きくなる」

 

答えは返ってこない。それでも、構わず続けた。

 

「広場に生えてるのと、同じ木だ。人が集まるところには、だいたいこれがある」

 

葉を一枚だけ、指で挟んでみる。

 

「花は薬になる。じいさんが、これで熱冷ましを作る。お前が熱を出したときも、たぶん飲まされるぞ」

 

土をかぶせる手を止め、幹の細さを確かめた。

 

「もし、途中で誰かに切られても」

 

言葉が、一度そこで止まった。

 

「根が生きていれば、また芽が出る。何度でも、出てくるんだ」

 

ミアが、小さな手を伸ばす。葉に触れて、くすぐったそうに笑い声を上げた。

 

その無邪気な笑いに、レオンの頬も自然と緩む。

 

奪われることなど、まだ何も知らない。守られることの意味すら、まだ分からない。

 

それでいい、と思った。この子には、ずっとそのままでいてほしかった。

 

風が、庭先を吹き抜けていく。植えたばかりの苗木が、小さく揺れていた。

 

その木が花をつけるのを、ミアは一度も見ることがない。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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