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【11/10完結】復讐のダークナイト 〜愛を知った男は、再び黒い牙となる〜  作者: 筑紫隼人


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54/56

第54話 慟哭の甲冑、再び

谷に着くまで、二月かかった。

 

破片は、半年前と同じ布に包んで担いだ。

 

胸当ての半分。肩。籠手。兜の縁。

 

前のときより、量が少ない。

 

王国の楔は、帝国のものより粗い。粗い分だけ、割れ方が汚かった。

 

砕けた縁を、道中で二度落とした。

 

二度とも拾った。

 

 

谷の奥に、煙が上がっていた。

 

槌の音がした。

 

半年前と同じ間で、鉄を打っている。

 

小屋の前まで行くと、音が止まった。

 

オズワルドが、顔だけこちらへ向けた。

 

布包みを見た。

 

それから、レオンの顔を見た。

 

鼻で息を吐いた。

 

「また壊したか」

 

「壊されました」

「どっちだ」

「王国の楔です」

 

老人の眉が、動いた。

 

「……王国も作ったのか」

「六年かけて、三本です」

「粗いだろう」

「粗かったです」

 

オズワルドは、槌を置いた。

 

「見せろ」

 

布を開いた。

 

板の上に、破片を並べた。

 

老人は、一枚ずつ手に取った。

 

胸当ての割れ目を、指でなぞった。

 

「違うな」

「何がです」

「帝国のは、点で割る。これは、線で裂いてる」

 

オズワルドは、破片を置いた。

 

「作りが雑な分、裂け方が広い」

「直せますか」

「直せる」

 

即答だった。

 

「だが、前と同じじゃ繋がらん」

 

 

小屋の中に入った。

 

炉に火が入っている。

 

前のときと同じ場所に、板が一枚置いてあった。

 

人が一人座れる幅である。

 

レオンは、そこを見た。

 

三日座った場所だった。

 

「座るか」

「いえ」

「じゃあ立ってろ」

 

オズワルドは、火の前に腰を下ろした。

 

「なぜ来た」

「直してほしいからです」

「そうじゃない」

 

老人は、火を見ていた。

 

「半年前、俺は言ったぞ。お前はもう纏っちゃいけねえと」

「言われました」

 

「それでも纏った」

「纏いました」

「で、壊された」

「壊されました」

「それで、また来た」

 

オズワルドは、そこでこちらを見た。

 

「なぜだ」

 

レオンは、答えを用意していた。

 

二月、歩きながら考えていた。

 

「行かないと、終わらないからです」

 

「誰がだ」

「相手が」

 

レオンは、炉の火を見た。

 

「あの男は、俺を人間でなくしたいだけです。殺す気はない」

「……」

「俺が行かなければ、別の手を打ちます」

「どんな手だ」

「分かりません」

 

レオンは、火から目を離さなかった。

 

「ですが、一つ思いつきます」

「言え」

「村の生存者が、七人います」

 

オズワルドの指が、止まった。

 

「十四の子が一人、年寄りが二人、女が二人、子供が二人です」

「……」

「北の村に移って、暮らしています」

「それを、やるというのか」

「やります」

 

レオンは、そう答えた。

 

「あの男は、五年待ちました。五年待てる男です」

「……」

「待てる男は、次も打ちます」

 

オズワルドは、火に炭を足した。

 

足しながら、聞いた。

 

「勝てるのか」

「分かりません」

「なら、何をしに行く」

 

レオンは、少し考えた。

 

考えてから、口に出した。

 

「終わらせに行きます」

 

老人は、炭を足す手を止めなかった。

 

「半年前は、あと一人殺したいと言ったな」

「言いました」

「今は、言わんのか」

「言いません」

「なぜだ」

 

レオンは、答えた。

 

「殺しても、何も戻りません」

 

「前から分かってただろう」

「分かっていました」

「今は、何が違う」

 

レオンは、火を見ていた。

 

「分かっていると、本人に言われました」

 

オズワルドが、顔を上げた。

 

「本人」

「あの男にです」

「……そうか」

 

老人は、炭を置いた。

 

「言われたのか」

「言われました」

 

「それで、止まったか」

「止まりました」

 

オズワルドは、しばらく火を見ていた。

 

それから、立ち上がった。

 

「顔が違うな」

 

「……顔」

「半年前と違う。三月前とも違う」

 

老人は、板を指した。

 

「座れ」

 

レオンは、そこに座った。

 

 

「今度の修理は、前と違う」

 

オズワルドは、鋏の先を見ながら切り出した。

 

「前は、割れ方が点だった。血と、剣が吸った命で繋いだ」

「はい」

「今度は裂けてる。裂け目が広い」

「……」

「血では、足りん」

 

レオンは、板の上で膝に手を置いた。

 

「では、何が要るのですか」

 

オズワルドは、炉の火を見ていた。

 

「この甲冑が何を喰うか、知ってるな」

「人の命です」

「それは剣の方だ」

 

老人は、首を振った。

 

「甲冑が喰うのは、着てる奴の精神だ」

「……はい」

「殺し続けなきゃ命を削る。削られながら、頭が壊れていく」

「知っています」

「じゃあ、繋ぎ方も分かるだろう」

 

レオンは、その言葉を考えた。

 

考えて、顔を上げた。

 

「……精神を、入れるのですか」

「そうだ」

 

オズワルドは、鉄鋏を取った。

 

「お前の中で一番重いものを、ここへ出せ」

「出す」

「声に出せ。順番に、全部だ」

「……」

「一つでも飛ばしたら、繋がらん」

 

レオンは、炉の火を見た。

 

「飛ばしたかどうか、分かるのですか」

「分かる」

 

老人は、鋏を火に入れた。

 

「鉄が繋がらん。それだけだ」

 

 

その夜から始まった。

 

火の前に座って、話した。

 

オズワルドは、横で槌を打っていた。

 

聞いているのかどうか、分からなかった。

 

「六年前です」

 

レオンは、そこから始めた。

 

「国境の砦で、王国軍最強の騎士と一騎打ちをしました」

 

槌の音が、止まらない。

 

「名は、エルンスト・ヴァルハイト」

「……」

「最初の一合で、相手の剣が折れました」

 

レオンは、火を見ていた。

 

「折れた剣で、構え直しました」

「……」

「俺は、待ちました」

「……」

「待ってから、右腕を落としました」

 

槌の音が続いている。

 

「次に、左腕」

「……」

「それから、膝を二つ」

「……」

「順番に落としました」

 

レオンは、両手を膝に置いていた。

 

「殺すつもりなら、最初の一合で殺せました」

「……」

「両軍が見ていました。見せるために、そうしました」

「……」

「最強の騎士がこうなると見せれば、次の戦が楽になる」

「……」

「そういう計算でした」

 

槌が、一度だけ鳴らなかった。

 

すぐに、また鳴り始めた。

 

「最後に、倒れた男の顔を見下ろしました」

 

レオンは、声を止めなかった。

 

「何か言おうとしていました。口だけが動いていました」

「……」

「聞きませんでした」

「……」

「そのとき、笑っていました」

 

火が、はねた。

 

「理由はありません。ただ、笑っていました」

 

レオンは、そこで一度、息を吸った。

 

「その男の弟に、今、剣を教えています」

「……」

「名は、クリス・ヴァルハイト」

「……」

「兄を殺した男だと知らずに、先生と呼んでいます」

 

槌の音が、続いていた。

 

 

二晩目は、村の夜を話した。

 

二十九人のこと。

 

その中の、最後の一人のこと。

 

「十六か、十七でした」

 

レオンは、そう言った。

 

「武器を捨てて、膝をつきました。両手を頭の上にやりました」

「……」

「助けてくださいと言いました」

「……」

「義父が、腹に布を当てて死んでいた兵と、同じくらいの年でした」

 

炉の火が、低くなっていた。

 

「義父の声が、聞こえました」

「……」

「殺すより先に、傷つけないようにすることを考えろ、と」

「……」

「それから、別の声も聞こえました」

 

レオンは、両手を見ていた。

 

「捕虜は取るな。兵糧の無駄遣いだ」

「……」

「五年前の、自分の声です」

「……」

「二つ、同じ場所で鳴りました」

 

レオンは、顔を上げなかった。

 

「俺は、自分の声を選びました」

 

オズワルドは、槌を止めなかった。

 

 

三晩目は、橋の話をした。

 

七十三人を老いさせたこと。

 

渡り終えたと声がかかった後に、逃げる三人を追ったこと。

 

そして、朝になってから思い出したこと。

 

「楽しかった、と思いました」

 

レオンは、火を見ていた。

 

「一晩のどこかで、確かにそう思いました」

 

四晩目は、町の話だった。

 

城門の内側で五十三人、通りで百六十四人。

 

住民が戸を閉めたこと。

 

女が子供を後ろへ押して、内側から何かで押さえた音がしたこと。

 

「その前に立って、何も思いませんでした」

「……」

「何も思わなかったことに、後で気づきました」

 

オズワルドは、鉄を火に戻した。

 

戻してから、初めて口を開いた。

 

「まだあるな」

 

レオンは、顔を上げた。

 

「一番重いのが、まだ出てない」

「……」

「四晩、聞いてた。全部、人を殺した話だ」

 

老人は、鋏を置いた。

 

「殺した話は、重い。だが一番じゃない」

「……」

「お前が一番見たくないのは、別のものだ」

 

レオンは、炉の火を見た。

 

分かっていた。

 

二月、歩きながら、そこだけ避けていた。

 

「鉄が、繋がらんぞ」

 

オズワルドは、それだけ言って火を見た。

 

 

五晩目は、何も話さなかった。

 

火の前に座って、朝まで黙っていた。

 

オズワルドも、槌を打たなかった。

 

六晩目に、レオンは口を開いた。

 

「半年前です」

「……」

「この小屋で、甲冑を直してもらいました」

「直した」

「三日、剣に触り続けました」

「触ってたな」

「幻を見ました。妻が、手を離してくれと言いました」

「……」

「娘が、木を叩いていました」

 

レオンは、膝を握った。

 

「耐えました。繋がりました」

「繋がった」

「それを、纏いました」

「纏ったな」

 

レオンは、そこで一度、言葉を切った。

 

次を言うのに、時間がかかった。

 

「心地よかったです」

 

「……」

「痛みが消えました。肩の重さが、懐かしかった」

「……」

「帰ってきた、と思いました」

 

槌が、置かれたままだった。

 

「そのとき、一つ考えました」

 

レオンは、火を見ていた。

 

「俺は、家族のためにこれを纏ったのか」

「……」

「それとも、纏いたいから、家族を理由にしたのか」

「……」

「答えを出しませんでした」

「出さなかったか」

「出そうとして、やめました」

 

オズワルドは、火を見ていた。

 

「今は」

 

レオンは、両手を見た。

 

爪の形を、確かめた。

 

五年前、この手で剣を握った。

 

四年、握らなかった。

 

半年前、また握った。

 

「……纏いたかったです」

 

声が、低かった。

 

「家族は、理由にしました」

「……」

「本当は、戻りたかった」

 

レオンは、そう言い切った。

 

「あの力が、欲しかった」

「……」

「渇きが消えるのが、嬉しかった」

「……」

「痛みがないのが、楽でした」

 

炉の火が、静かに燃えていた。

 

「ノアに、二度と纏わないと誓いました」

 

レオンは、火を見ていた。

 

「破った理由は、家族のためではありません」

「……」

「纏いたかったからです」

 

言い終わって、レオンは膝に手を置いた。

 

部屋に、火の音だけが残った。

 

 

オズワルドが、立ち上がった。

 

炉の前まで来た。

 

レオンの顔を、上から見た。

 

「それだ」

 

短い声だった。

 

「それが、一番重い」

 

「……」

「殺した話より重い」

 

老人は、鋏を取った。

 

「お前が五年、言い訳にしてたやつだ」

 

レオンは、顔を上げた。

 

「言い訳」

「そうだ」

 

オズワルドは、火に鋏を入れた。

 

「言い訳を持ってる奴が、一番危ねえ」

 

「……」

「家族のためだと思ってる限り、お前はいくらでも斬る」

「……」

「理由があるからな。理由があれば、何人でも斬れる」

 

老人は、鋏を引き抜いた。

 

先が、赤くなっていた。

 

「自分が斬りたいんだと分かってりゃ、話は別だ」

 

「……」

「斬りたいって気持ちは、止められる」

 

「止められますか」

「止められる」

 

オズワルドは、鉄を板の上に置いた。

 

「斬りたいだけなら、我慢の話だ。腹が減ったのと同じだ」

「……」

「理由があると思ってる限り、我慢する気にならん」

 

レオンは、その言葉を聞いた。

 

聞いて、動けなかった。

 

 

鍛造は、十八日かかった。

 

前のときは三月かかった。

 

今度は、形が残っていた分だけ早い。

 

レオンは、風を送り、炭を足し、水を運んだ。

 

それ以外は、何もさせてもらえなかった。

 

十八日目の夜に、形が揃った。

 

胸当て。肩。籠手。脛当て。兜。

 

繋ぎの儀式は、三日ではなかった。

 

一晩で済んだ。

 

「もう入ってる」

 

オズワルドは、そう言った。

 

「六晩、お前が入れた」

 

レオンは、火の前に座っていた。

 

剣に触る必要がなかった。

 

渇きも、来なかった。

 

来ない理由を、聞かなかった。

 

 

朝、甲冑が板の上に並んだ。

 

黒い。

 

炉の火を受けて、鈍く光っている。

 

割れた跡も、裂け目も、どこにもない。

 

レオンは、その前に立った。

 

半年前、同じ場所に立った。

 

あのときは、手を伸ばす前に一度止まった。

 

今は、止まらなかった。

 

胸当てを取った。

 

留め具を締めた。

 

肩を乗せた。

 

籠手をつけた。

 

脛当てをつけた。

 

兜を被った。

 

金属が噛み合う音がした。

 

 

馴染んだ。

 

前と同じだった。

 

肩の重さが、正しい位置に収まる。

 

胸の圧迫が、呼吸の深さに合う。

 

炉の熱が、遠くなった。

 

石床の冷たさが、足から消えた。

 

痛みが、どこにもなくなった。

 

心地よかった。

 

レオンは、兜の中で息をしていた。

 

半年前、ここで絶望した。

 

心地よいと感じたことに、絶望した。

 

今は、しなかった。

 

心地よい。

 

それを、そのまま受け取った。

 

纏いたかったから纏った。

 

纏えば、心地よい。

 

それだけのことである。

 

言い訳がないので、驚くこともなかった。

 

レオンは、自分の手を見た。

 

籠手の指を、一度握って、開いた。

 

握りたいという感覚が、どこかにあった。

 

はっきり、そこにあった。

 

場所が分かるなら、押さえられる。

 

レオンは、手を下ろした。

 

 

「鏡は、まだないんですか」

 

兜の中から、そう聞いた。

 

「ねえよ」

 

オズワルドは、炉の横から鋼の板を持ってきた。

 

磨いてある。

 

半年前と同じものだった。

 

目の前に立てた。

 

映った。

 

黒い甲冑。

 

兜の奥の目。

 

半年前、ここに映ったのは帝国最強の暗黒騎士だった。

 

今も、同じ姿が映っている。

 

形は、変わっていない。

 

レオンは、その目を見た。

 

しばらく見てから、兜を外した。

 

外した顔が、鋼に映った。

 

疲れた男の顔だった。

 

六年前、天幕の中で剣の腹に映ったものと、同じ顔である。

 

レオンは、その顔を見ていた。

 

目を逸らさなかった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。


一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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