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【11/10完結】復讐のダークナイト 〜愛を知った男は、再び黒い牙となる〜  作者: 筑紫隼人


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第52話 嫉妬という名の刃

三日、考えた。

 

座って聞く気になったら呼べ、と言われた。

 

呼び方は、簡単だった。

 

西の街の水車小屋に、紙を一枚置いた。

 

場所と日付だけ書いた。

 

カルム村。十日後。

 

それで通じると思った。

 

通じた。

 

 

十日後の昼、レオンは墓の前にいた。

 

菩提樹の下である。

 

盛り土が六つ、並んでいる。

 

ケインの小屋は、空だった。

 

十日前に来たときから、人の気配がない。

 

薪が積んだままになっていた。

 

火を使った跡は、半月以上前のものだった。

 

出ていったのだろう。

 

レオンは、墓の前に剣を置いた。

 

鞘ごと、地面に置いた。

 

そして、座った。

 

石の上ではない。土の上に、直接座った。

 

 

足音が来たのは、日が傾いてからである。

 

ヴォルフは、通りから歩いてきた。

 

焼けた柱の間を抜けて、家の裏へ回った。

 

墓を見た。

 

六つの盛り土を、一つずつ見た。

 

一番端の小さいものを、少し長く見た。

 

それから、レオンの横に立った。

 

「剣を置いたか」

「置いた」

「座ってるな」

「座っている」

 

ヴォルフは、地面を見た。

 

座る場所を探している動きだった。

 

やがて、レオンから三歩のところに腰を下ろした。

 

胡座を組んだ。

 

墓の方を向いていた。

 

 

「どこから聞きたい」

「五年前からだ」

 

レオンは、そう答えた。

 

「なぜ、俺を処分させた」

 

ヴォルフは、菩提樹の葉を見上げた。

 

「つまらん話だぞ」

「聞く」

「本当につまらん」

 

そう前置きして、話し始めた。

 

「十四のときだ」

「……」

「施設で、お前と並んで寝てた」

 

レオンは、その話を知らなかった。

 

寝床の並びを覚えていない。

 

「隣じゃない。三つ向こうだ。お前が覚えてるわけがない」

「……覚えていない」

「だろうな」

 

ヴォルフは、膝に肘をついた。

 

「俺とお前は、同じ年に拾われた。同じ飯を食って、同じ型をやった」

「……」

「十六で、二人とも暗黒騎士に選ばれた」

「そうだったな」

「十八で、お前が隊長になった」

 

そこで、少し間が空いた。

 

「俺は、副長にもならなかった」

 

レオンは、その言葉を聞いた。

 

「理由は分かってる。お前の方が強かった」

 

ヴォルフは、淡々と続けた。

 

「それは認める。今でも認める」

「……」

「問題は、そこじゃない」

「どこだ」

「剣だ」

 

ヴォルフは、レオンの横に置かれた剣を指した。

 

「それと、甲冑だ」

「……」

「世界に一つしかない。それをお前に渡した」

「俺が選んだわけじゃない」

「知ってる」

 

ヴォルフは、頷いた。

 

「お前は選んでない。選ばれただけだ」

「……」

「俺が嫌だったのは、それだ」

 

葉が、風で動いた。

 

「同じ場所で、同じ飯を食って、同じ型をやった。それなのに、片方にだけ渡された」

「……」

「理由を聞いたことがある。上の連中に」

「何と」

「適合した、と言われた」

 

ヴォルフは、乾いた笑い方をした。

 

「それだけだ。適合した。それ以上の説明はなかった」

 

レオンは、剣を見た。

 

五年前、なぜ自分だったのかを考えたことがない。

 

考える必要を、感じなかった。

 

「お前は、考えたこともないだろう」

「……ない」

「だろうな」

 

ヴォルフは、膝を抱えた。

 

「十年、その顔を横で見てた」

「どんな顔だ」

「当たり前だって顔だ」

 

 

「それで、処分させたのか」

 

レオンは、そう聞いた。

 

「させた」

「十二枚の紙を書いて」

「書いた」

「あれだけの理由でか」

 

ヴォルフは、こちらを見た。

 

初めて、顔をこちらへ向けた。

 

「あれだけ、と言うか」

「……」

「十年だぞ」

「……」

「十年、毎日見てた」

 

レオンは、その目を見ていた。

 

怒っている目ではなかった。

 

「国民が、お前の名を叫んでた。軍が、お前の背中を見てた」

「……」

「名前も知らんくせに、ダークナイトと叫んでた」

「……」

「俺は、同じ部隊の中にいた」

 

ヴォルフは、視線を墓に戻した。

 

「お前の隣にいる男の名は、誰も覚えてない」

 

レオンは、口を開きかけた。

 

言う言葉がなかった。

 

「だから、消した」

 

ヴォルフは、そう締めた。

 

「それが五年前の話だ」

 

 

日が、さらに傾いた。

 

菩提樹の影が、墓の上に伸びた。

 

「ここからが、長い」

 

ヴォルフは、そう言ってから、話を続けた。

 

「処分の後、お前の死体が出なかった」

「……」

「俺は、探した」

「部門を作ったのも、お前か」

「作らせた。俺は三番目に入った」

「……」

「三月で、お前がこの村にいると分かった」

 

ヴォルフは、焼けた柱の方を見た。

 

「間者を入れた。ケインだ」

「……」

「最初は、殺す機会を待ってた」

「待てばよかっただろう」

「待った」

 

「なぜ殺さなかった」

 

ヴォルフは、答えるまでに少し置いた。

 

「報告が、変わっていったからだ」

 

 

「一枚目は、こうだ」

 

ヴォルフは、空に向かって読み上げた。

 

「対象、生存。カルム村に滞在。負傷により行動不能」

 

レオンは、その文を知っていた。

 

五十八枚の一番上である。

 

「二枚目。対象、回復傾向。歩行可。武装の兆候なし」

「……」

「三枚目。対象、村娘と同居。武装なし」

 

ヴォルフは、指を折らなかった。

 

数えずに、続けた。

 

「対象、婚姻」

「対象、第一子出生。女子」

「対象、村の自衛指導を開始。木刀使用。殺傷を禁ずる方針」

「対象、酒場に通う。発言に警戒要素なし」

 

レオンは、その声を聞いていた。

 

同じ紙を、自分も読んだ。

 

副王都の机の上で、一枚ずつめくった。

 

「全部、覚えているのか」

「覚えてる」

 

ヴォルフは、膝を抱え直した。

 

「五年、月に一度だ。他にやることもあった。それでも、あれだけは全部読んだ」

「……」

「読んで、最初は腹が立った」

「……」

「こいつは、全部手に入れたのかと思った」

 

葉が、また動いた。

 

「だが、三十枚を越えたあたりで、別のことを考え始めた」

「何をだ」

 

ヴォルフは、しばらく黙った。

 

それから、短く言った。

 

「俺にも、できるかもしれない」

 

レオンは、その言葉を聞いた。

 

意味を取るのに、少しかかった。

 

「……何が」

「人間に戻ることだ」

 

ヴォルフは、墓を見ていた。

 

「同じ場所で始まった男だ。同じ施設で、同じ型をやって、同じ剣を握った」

「……」

「その男が、村で木刀を振ってる。酒場で幸せ者だと叫んでる」

「……」

「それを毎月読んでた」

 

レオンは、何も返せなかった。

 

「十四のときから一緒だった男が、できるなら」

 

ヴォルフは、顔を上げなかった。

 

「俺にも、できるんじゃないかと思った」

 

 

「試したのか」

 

レオンは、そう聞いた。

 

ヴォルフは、頷いた。

 

「試した」

 

「いつだ」

「四年前だ。北の戦線だ」

「何をした」

 

ヴォルフは、顔の傷に手をやった。

 

右の額から耳へ抜けている、古い方の傷である。

 

「村を焼けと命令が来た」

「……」

「北の、小さい村だ。四十戸くらいだったか」

「焼いたのか」

「焼かなかった」

 

ヴォルフは、手を下ろした。

 

「焼かずに済ませようとした。住民を逃がして、形だけ火をつけて、報告を偽った」

 

レオンは、その話を聞いていた。

 

「どうなった」

「ばれた」

 

短い答えだった。

 

「監視がついてた。俺の部隊に、別の間者が入ってた」

「……」

「十一人死んだ。俺の部下だ。処分された」

 

ヴォルフは、膝を抱えた。

 

「村も、結局焼かれた。別の部隊が来て、全部焼いた」

「……」

「逃がした住民も、半分は追われて死んだ」

 

風が、菩提樹を鳴らした。

 

「俺が助けようとしたせいで、増えた」

「……」

「放っておけば、村だけで済んだ。四十戸だ。俺が余計なことをして、部下が十一人死んだ」

 

レオンは、その言葉を聞いた。

 

返す言葉を探した。

 

探して、見つからなかった。

 

「それで、分かった」

 

ヴォルフは、淡々と締めた。

 

「俺には無理だ」

 

 

「お前には、できた」

 

ヴォルフは、そう続けた。

 

「お前は、村に来て一年で剣を置いた」

「……」

「置いて、四年持った。誰も死ななかった」

「……」

「俺は、一度やって、十一人殺した」

 

レオンは、墓を見ていた。

 

六つの盛り土が、影の中にある。

 

「違いは何だ」

 

ヴォルフが、そう聞いた。

 

レオンに向けた問いだった。

 

「……分からない」

「俺は分かる」

 

ヴォルフは、こちらを見た。

 

「女だ」

 

レオンの指が、動いた。

 

「お前には、あの女がいた」

「……」

「俺には、いなかった」

 

「……」

「それだけの差だ」

 

ヴォルフは、墓の一つを指した。

 

一番大きい盛り土である。

 

「俺は、五年探した。北でも、皇都でも」

「……」

「いなかった」

「……」

「いなかったんだ」

 

その声が、初めて低くなった。

 

「探し方が悪かったのかもしれん。そういう顔をしてないのかもしれん」

「……」

「理由は分からん。ただ、現れなかった」

 

レオンは、何も言えなかった。

 

言えることが、一つもなかった。

 

 

「それで、決めた」

 

ヴォルフは、膝から手を離した。

 

「お前から、取ることにした」

「……」

「俺に来ないなら、お前にもあってはいけない」

「……」

「それだけだ」

 

レオンは、墓を見ていた。

 

見ていたが、目に入っていなかった。

 

「幸福の絶頂を待て、と書いたのは」

「そうだ」

「なぜ、待った」

 

ヴォルフは、答えるのに時間をかけなかった。

 

「一番高いところから落とさないと、意味がないからだ」

 

「……」

「三月で殺したら、お前は何も持たずに死ぬ」

「……」

「五年待てば、持つものが増える」

「……」

「増えたところで、全部取る」

 

レオンは、両手を土の上に置いた。

 

爪が、土に入った。

 

「なぜ、俺を殺さなかった」

 

そう聞いた。

 

「村の日に、俺も殺せばよかった」

 

ヴォルフは、首を振った。

 

「殺したくない」

 

「……」

「一度も、殺したいと思ってない」

 

レオンは、顔を上げた。

 

「……何だと」

「殺したら、お前は人間のまま死ぬ」

 

その言葉が、墓の前に落ちた。

 

「女を持って、娘を持って、村で木刀を振ってた男として死ぬ」

「……」

「それは、許せない」

 

ヴォルフは、こちらを見ていた。

 

「お前には、元に戻ってもらう」

「……」

「俺と同じところまで戻ってもらう」

 

レオンは、動けなかった。

 

「だから、全部やった」

 

ヴォルフは、指を折り始めた。

 

「村を焼いた。お前は剣を取った」

 

一本。

 

「半年で二十九人殺した。王都が落ちた。お前のせいだ」

 

二本。

 

「橋で七十三人老いさせた。お前は楽しいと思った」

 

三本。

 

「甲冑を直せと言った。お前は直した。三日耐えて、自分で纏った」

 

四本。

 

「町で二百十七人殺した。住民が戸を閉めた」

 

五本。

 

ヴォルフは、五本の指を開いたまま、こちらへ向けた。

 

「どうだ」

 

「……」

「もう、人間じゃないだろう」

 

 

レオンは、墓の前に座っていた。

 

剣が、横に置いてある。

 

鞘ごと置いた剣である。

 

その剣が、温かいのを感じた。

 

触れていないのに、分かった。

 

ヴォルフは、立ち上がった。

 

土を払った。

 

「甲冑を直せ」

 

「……」

「三月やる。三月経ったら、北の砦に来い」

「……」

「場所は、後で送る」

 

レオンは、顔を上げなかった。

 

「ヴォルフ」

「ああ」

 

言うべき言葉があった。

 

十四のときから並んで寝ていた男に、言うべきことがあった。

 

喉まで来ていた。

 

出てこなかった。

 

ヴォルフは、しばらく待った。

 

待って、何も来ないと見ると、背を向けた。

 

歩き出した。

 

焼けた柱の間を抜けていった。

 

菩提樹の葉が、風で一枚落ちた。

 

盛り土の上に落ちた。

 

レオンは、それを拾わなかった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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