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【11/10完結】復讐のダークナイト 〜愛を知った男は、再び黒い牙となる〜  作者: 筑紫隼人


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第50話 狼の尻尾


ヴォルフと別れて、副王都へ戻った。

 

三月、連絡はないはずだった。

 

皇都のベッツと、行方の分からないヴェンゲを当たる。それだけで三月かかるという話である。

 

待つあいだに、できることを探した。

 

探して、一つしかないと分かった。

 

レオンは、将軍府に面会を申し入れた。

 

 

ゴードウィンは、執務室にいた。

 

腿の傷は塞がっていた。杖は、壁に立てかけてある。

 

座れとも、立っていろとも言われなかった。

 

レオンは立ったまま、本題を出した。

 

「お願いがあります」

 

老人は、書類から目を上げた。

 

「お前が、私に頼むのか」

「はい」

「三月前、私を殺しに来た男だ」

「来ました」

「それで、何を頼む」

 

レオンは、懐から紙を出した。

 

一年近く前に帝国の兵站部から持ち出した帳簿の写しである。

 

机に置いた。

 

「ここに、部門の記号があります」

 

ゴードウィンは、紙を引き寄せた。

 

「三文字です。皇都の部門です。名目は、特殊装備補修費」

「金額は」

「通常の部隊の十倍です」

 

老人は、記号を見ていた。

 

「いつのものだ」

「五年前から、毎年です」

「なぜ私に持ってきた」

「他に当たる相手が、いません」

 

ゴードウィンは、紙から目を離さなかった。

 

「六年、対呪装備を調べておられました」

「調べた」

「帝国側に、情報源をお持ちのはずです」

「持っている」

 

あっさり認めた。

 

「だが、それを教える義理はない」

「ありません」

「では、なぜ来た」

 

レオンは、少し間を置いた。

 

「義理のない相手に頼むしか、方法がないからです」

 

老人は、そこで初めてこちらを見た。

 

しばらく、顔を見ていた。

 

それから、紙を手に取った。

 

「預かる」

 

「……ありがとうございます」

「礼は早い」

 

ゴードウィンは、紙を引き出しに入れた。

 

「一つだけ聞く」

「はい」

「お前は、誰を探している」

 

レオンは、答えに詰まった。

 

名前がない。

 

三月前は、目の前の老人の名前だった。

 

今は、ない。

 

「……分かりません」

「分からんのに探しているのか」

「はい」

「そうか」

 

ゴードウィンは、引き出しを閉めた。

 

「六年、私もそうだった」

 

 

二十日かかった。

 

二十一日目の朝、呼び出された。

 

執務室に入ると、机の上に紙が三束あった。

 

ゴードウィンは、杖をついて立っていた。

 

「座れ」

 

今度は、そう言われた。

 

レオンは座った。

 

「一つ目だ」

 

老人は、一番左の束を押した。

 

「お前が持ってきた記号の正体だ」

 

レオンは、紙を開いた。

 

帝国軍の内部編制の写しだった。

 

部門の一覧が並んでいる。

 

その中の一行に、印がついていた。

 

対暗黒騎士特殊戦術部門。

 

レオンは、その文字を二度読んだ。

 

「……対暗黒騎士」

「そうだ」

「暗黒騎士を、相手にする部門ですか」

「相手にする部門ではない」

 

ゴードウィンは、杖を床に置いた。

 

「扱う部門だ」

 

「扱う」

「暗黒騎士の運用、管理、そして処分だ」

 

レオンは、紙を見ていた。

 

「設立は五年前の冬だ」

「五年前の」

「正確には、お前の処刑の告知が出た、その翌月だ」

 

部屋の空気が、少し重くなった。

 

「帝国は、お前を処分した。処分した後で、同じことが二度と起きないように部門を作った」

「……」

「暗黒騎士が強くなりすぎる前に、首輪をつける。そういう部門だ」

 

レオンは、その一行を見ていた。

 

自分が抜けた穴を埋めるために、部門ができたのだった。

 

 

「二つ目だ」

 

ゴードウィンは、真ん中の束を押した。

 

「王国の試作は、帝国の楔を写したものだ」

「存じています」

「では、何を見て写したと思う」

 

レオンは、顔を上げた。

 

「図面だ」

 

老人は、束を開いた。

 

「六年前、エルンスト・ヴァルハイトが死んだ。その翌年、私は帝国の工房から図面を一枚買った」

「買った」

「金で買った。帝国の職人を一人、抱き込んだ」

 

ゴードウィンは、一枚を引き抜いた。

 

机に置いた。

 

古い紙である。線が引かれている。

 

楔の断面図だった。

 

「これだ」

 

レオンは、その図を見た。

 

寸法が書き込まれている。

 

長さ。太さ。先端の角度。

 

そして、右下に文字があった。

 

署名の欄である。

 

四つ、名前が並んでいた。

 

三つは、知らない名前だった。

 

職人の名らしい。

 

四つ目に、目が止まった。

 

レオンの手が、紙の端を掴んだ。

 

ヴォルフ・アイゼン。

 

 

「心当たりがあるか」

 

ゴードウィンが聞いた。

 

レオンは、図面を見ていた。

 

署名の下に、小さく役職が書かれている。

 

立会。

 

その二文字しかない。

 

「……立会です」

 

レオンは、声に出して確かめた。

 

「設計者ではありません」

「そうだな」

「立ち会っただけです」

 

「書いてあるのは、そうだ」

 

レオンは、紙から手を離さなかった。

 

「五年前、黒い牙は十八人いました」

「聞いている」

「そのうち三人が、生きています」

「それも聞いた」

「寸法を知る立場にいたのも、その三人です」

 

レオンは、図面を見た。

 

「同名の別人という可能性は」

「ない」

 

ゴードウィンは、短く返した。

 

「帝国の騎士の名簿に、アイゼンはこの一人だけだ」

「……」

「三つ目を見ろ」

 

老人は、右の束を押した。

 

 

三つ目は、名簿だった。

 

対暗黒騎士特殊戦術部門の、責任者の一覧である。

 

四人の名が並んでいた。

 

初代。五年前の冬から、四年前の春まで。

 

二代目。四年前の春から、三年前の秋まで。

 

三代目。三年前の秋から、二年前の夏まで。

 

そして、四代目。

 

二年前の夏から、現在。

 

その欄に、名前があった。

 

ヴォルフ・アイゼン。

 

レオンは、その名を見ていた。

 

見ていたが、頭の中では別のことを考えていた。

 

一年近く前、山の中で焚き火を挟んで聞いた話である。

 

俺の隊が解かれた。

 

北の戦線に飛ばされた。

 

これは、そのときの土産だ。

 

顔の傷を指で叩いて、そう言った。

 

三年やって、今年、抜けた。

 

三年、北にいた。

 

レオンは、名簿の日付を見た。

 

二年前の夏から、現在。

 

北の戦線ではない。

 

皇都である。

 

二年前から、ずっと皇都にいる。

 

その二年のうち、一年近くは、自分の隣にいた。

 

 

「日付を見ているな」

 

ゴードウィンが言った。

 

レオンは、顔を上げなかった。

 

「この男は、二年前から皇都にいる」

「……はい」

「同時に別の場所にいることはできん」

 

「……」

「お前は、この男がどこにいたと聞いている」

 

レオンは、紙の上で指を動かした。

 

動かして、止めた。

 

「北です」

 

「本人がそう言ったのか」

「言いました」

「いつだ」

「一年近く前です」

「どこでだ」

 

レオンは、答えるのに時間がかかった。

 

「……焚き火を囲んでいたときです」

 

ゴードウィンは、何も返さなかった。

 

杖を取って、窓の方へ歩いた。

 

「お前に一つ教える」

 

背を向けたまま、老人は続けた。

 

「六年、私は甲冑を探していた。見つからなかった」

「……」

「見つからなかった理由は、探し方が悪かったからではない」

「……」

「甲冑の近くに、ずっと誰かがいたからだ」

 

老人は、窓の外を見ていた。

 

「私が記録を集めるたびに、何かが一枚足りなかった。出所が辿れないものが、必ず混じっていた」

 

レオンは、その言葉を聞いた。

 

三月前、密書の出所が辿れなかった。

 

西の街の台帳に、王国の文書が入った記録がなかった。

 

書き忘れだと答えた。

 

エレナは、それもあり得ますと返した。

 

返しながら、紙を畳みながら、一度だけこちらを見た。

 

「誰が持ってきた」

 

ゴードウィンが振り向いた。

 

「あの密書だ。誰が持ってきた」

 

レオンは、口を開いた。

 

開いて、閉じた。

 

答えは、一つしかない。

 

答えると、終わる。

 

それでも、口に出した。

 

「……ヴォルフ・アイゼンです」

 

 

部屋が、静かになった。

 

ゴードウィンは、杖をついて戻ってきた。

 

椅子に座った。

 

座って、三つの束を並べ直した。

 

「整理する」

 

老人は、一つ目を指した。

 

「対暗黒騎士特殊戦術部門。五年前の冬に設立。現在の責任者はヴォルフ・アイゼン」

 

二つ目。

 

「破呪の楔の図面。五年前。署名欄に、立会としてヴォルフ・アイゼン」

 

三つ目。

 

「予算の記録。五年前から毎年、通常の十倍。名目は特殊装備補修費」

 

そして、机を叩いた。

 

「ここに、お前の話を足す」

「……」

「村に五年、間者が一人固定されていた。交代なし。引き上げの具申は却下」

「はい」

「却下の理由は、対象が最も幸福になる時まで待て」

「……はい」

「そして、お前のところへ現れた戦友が、北にいたと嘘をついた」

 

レオンは、机を見ていた。

 

「間者を五年固定できる立場。楔の寸法を知る立場。王国の将軍府の書類を押収して、筆跡を写せる立場」

 

ゴードウィンは、三つの束を重ねた。

 

「全部、一つの部門で説明がつく」

 

「……」

「そして、その部門の長は一人だ」

 

レオンは、重ねられた紙を見ていた。

 

言い返す言葉を探した。

 

探して、出てこなかった。

 

立会と署名されている。設計者ではない。

 

だが、立ち会った者は図面を見ている。

 

見た者は、寸法を知っている。

 

北にいたと言った。名簿では皇都にいる。

 

密書を持ってきた。台帳に記録がない。

 

中継点で、あの夜、あの時刻に門を破った。

 

山の中で、十二人のうち五人を一人で止めた。

 

関の検めで、逆へ走って騒ぎを作った。

 

甲冑があれば、もっと戦えると言った。

 

一度言って、引いた。

 

全部、同じ男だった。

 

レオンは、両手を机に置いた。

 

置いた手が、震えていなかった。

 

震えなかったことの方が、怖かった。

 

 

「レオン殿」

 

ゴードウィンが言った。

 

「心当たりはあるか」

 

レオンは、紙から目を離した。

 

「あります」

 

「名を聞くか」

「いえ」

「なぜだ」

 

レオンは、立ち上がった。

 

「もう、知っています」

 

ゴードウィンは、何も返さなかった。

 

レオンは、机の上の三つの束を見た。

 

一つ目の束に手を伸ばした。

 

対暗黒騎士特殊戦術部門、と書かれた一行を、指でなぞった。

 

なぞって、手を離した。

 

「借りていっても」

「持っていけ」

「ありがとうございます」

「礼は要らん」

 

老人は、杖を膝に立てかけた。

 

「六年探して、見つけたのはお前だ」

 

レオンは、紙束を抱えた。

 

抱えて、戸口へ歩いた。

 

戸に手をかけたところで、背中に声がかかった。

 

「レオン殿」

 

振り向かずに、足を止めた。

 

「その男は、今どこにいる」

 

レオンは、紙束を持ち直した。

 

「三月、皇都にいると言っていました」

「嘘だろうな」

 

「はい」

 

戸を開けた。

 

廊下は、明るかった。

 

レオンは、紙束を抱えたまま歩いた。

 

歩きながら、一つだけ考えていた。

 

一年近く、背中を預けた。

 

後ろを見なくなった。

 

見なくても、いたからだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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