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【11/10完結】復讐のダークナイト 〜愛を知った男は、再び黒い牙となる〜  作者: 筑紫隼人


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第49話 思い出すまなざし

西の街までは、十日かかる。

 

馬を使わなかった。歩いた方が、考える時間が長い。

 

二日目の夜、宿で紙を広げた。

 

四十八話分の調べを書いた紙である。七行あった。

 

その下に、新しく一行足した。

 

誰が、寸法を出せたか。

 

書いてから、しばらく見ていた。

 

三月前、オズワルドの小屋で聞いた話である。

 

甲冑の内側を知るには、毎日近くで見るしかない。

 

毎日近くにいたのは、黒い牙の十八人だった。

 

レオンは、紙を畳んだ。

 

畳んでから、別のことを思い出した。

 

 

半年前のことである。

 

国境から二日入った、帝国の補給の中継点だった。

 

文書庫に入るつもりで、守りが薄くなる時間を三日かけて測った。

 

四日目の夜に入った。

 

三人目で気づかれた。鐘を打たれた。四十人が起きた。

 

中庭で囲まれた。

 

黒いほうの柄に手をかけて、迷った。

 

その一瞬のあいだに、外から声が上がった。

 

西の門が破られました、という声だった。

 

帝国兵の半分が、そちらへ走った。

 

門のところに、ヴォルフが立っていた。

 

倒れた兵の上に立って、こう言った。

 

遅かったな、と。

 

レオンは、宿の天井を見ていた。

 

あの夜、あの時刻に、なぜあの男があそこにいたのか。

 

一度も聞いていない。

 

聞く必要を、感じなかった。

 

 

三日目に、歩きながら思い出した。

 

焚き火の横で、ヴォルフが言ったことである。

 

お前が生きてると聞いたからだ。

 

どこで、と聞いた。

 

帝国の中でだよ、と返ってきた。

 

王国に、黒い剣を使う男がいるという噂が流れた、と。

 

あの噂が出たのは、橋の後である。

 

橋は、村が焼かれた三週間後だった。

 

三日で王都に届き、三日で帝国に届くと、エレナは言った。

 

噂が帝国に届いたのが、村の一月後。

 

そこから国を抜けて、国境まで来る。

 

ヴォルフが現れたのは、村が焼かれた半年後だった。

 

五月ある。

 

抜けるのに三年かかった、と本人は言った。

 

今年、抜けたとも言った。

 

数字は合う。

 

合うが、ぴたりと合いすぎている気もした。

 

レオンは、街道の石を蹴った。

 

考えすぎだと思った。

 

思いながら、次を思い出した。

 

 

山の中で、帝国の巡回に鉢合わせたことがある。

 

十二人いた。

 

黒いほうを抜かずに済ませようとして、時間がかかった。

 

そのとき、ヴォルフが前に出た。

 

五分やる、と言った。

 

残りは俺が持つ、お前は左の七人を片づけろ、と。

 

一人で五人を止めた。

 

三分で戻ると、まだ立っていた。一人も通していなかった。

 

肩に四十針の傷があった。

 

あれは、本当に助けられた。

 

関の検めが厳しくなった日も、逆へ走って騒ぎを作った。

 

半日後に別の道で合流した。

 

肩を斬られていた。

 

浅いと言い張って、四十針縫わせた。

 

全部、助けられている。

 

文句を言う筋のことではない。

 

ただ、数が多かった。

 

一度なら、たまたまである。

 

二度でも、運がいい。

 

四度、五度と続くと、別の言い方になる。

 

元指揮官としての言い方である。

 

配置、という。

 

誰かが人を置くとき、こういう置き方をする。

 

レオンは、歩きながら頭を振った。

 

助けられた回数を、配置と呼んだ自分が嫌だった。

 

 

五日目の夜、宿で眠れなかった。

 

天井を見ていると、三月前の山が出てきた。

 

甲冑の話をした夜である。

 

ヴォルフが肩の布を巻き直していた。四十針の傷が、まだ塞がっていなかった。

 

痛みがないのは怖い、と言われた。

 

痛いほうが生きてる気がする、と。

 

そのあとだった。

 

あれ、どうした。

 

甲冑だよ。

 

壊れた、と答えた。五年前、皇都で。

 

楔の話をした。五年かけて用意したと皇帝が言ったことも、話した。

 

ヴォルフは、五年か、と繰り返した。

 

そして言った。

 

甲冑があれば、お前はもっと戦えるんじゃないか。

 

レオンは、寝台の上で目を開けていた。

 

その先を、順に辿った。

 

今日みたいな場面でも、抜かずに済む。

 

あれがあれば、魔法は通らん。傷も塞がる。剣を抜く回数が減る。

 

抜きたくないんだろう。

 

なら、甲冑のほうが安全じゃないか。

 

理屈が通っていた。

 

通っているから、断るのに言葉が要った。

 

誓ったと答えた。誰に、と聞かれた。妻に、と答えた。

 

そこで、ヴォルフは引いた。

 

悪かった、忘れろ、と言った。

 

俺が言うことじゃなかった、と。

 

そして見張りに立って、火から離れた。

 

レオンは、天井を見ていた。

 

一度言って、引いた。

 

深追いしなかった。

 

気を遣ったのだと、あのときは思った。

 

今、別の読み方が浮かんだ。

 

深追いする必要がなかったのではないか。

 

一度言えば、残る。

 

実際、残った。

 

あの夜から、甲冑のことを考えるようになった。

 

床下に破片があると考えた。取りに行けば取れると考えた。

 

三月後、取りに行った。

 

直した。纏った。

 

心地よかった。

 

レオンは、寝台から起き上がった。

 

座って、しばらく動かずにいた。

 

窓の外は暗かった。

 

一つの言葉を、頭の中で何度か回した。

 

言葉にすると、形が悪かった。

 

あの男が、俺に甲冑を着せたがった。

 

形が悪い理由は分かっていた。

 

根拠がないからである。

 

助言は、善意でもできる。

 

甲冑があった方が安全だというのは、事実としても正しい。

 

実際、町の城門は矢と魔法を通さずに開けた。

 

甲冑がなければ、あの日に死んでいた。

 

レオンは、また横になった。

 

眠れなかった。

 

 

七日目に、もう一つ出てきた。

 

四十話で、エレナが言ったことである。

 

西の街の兵站部の台帳に、王国の文書が入った記録がない。

 

整理されていなくても台帳はある。入ったものは必ず書かれる。

 

あのとき、書き忘れたのかもしれないと答えた。

 

エレナは、それもあり得ますと返した。

 

返したあと、紙を畳みながら、一度だけこちらを見た。

 

何か言いたそうだった。

 

言わずに、出ていった。

 

レオンは、街道で足を止めた。

 

あのとき、何を言おうとしていたのか。

 

聞けばよかった。

 

聞かなかったのは、聞きたくなかったからである。

 

誰が持ってきた紙か、思い出せば分かる。

 

 

西の街に着いたのは、十日目の夕方だった。

 

街の東に、古い水車小屋がある。

 

そこで合流する手筈だった。

 

中に入ると、人がいた。

 

ヴォルフだった。

 

痩せていた。

 

三月前より、肩の幅が落ちている。頬が削げていた。

 

顔の傷が、一本増えていた。右の額から耳へ抜けている。

 

「よう」

 

手を上げた。

 

「生きてたか」

 

「お前もな」

 

ヴォルフは笑った。

 

笑うと、新しい傷が引き攣れた。

 

火が起こしてあった。鍋がかかっていた。

 

「食え。三月、まともなものを食ってないだろう」

 

レオンは座った。

 

鍋の中身は、麦と肉だった。

 

食べた。

 

味が分かった。

 

分かったことに、少し驚いた。

 

 

「帝国の中は、どうだった」

「ひどいな」

 

ヴォルフは、自分の椀を持った。

 

「北がまだ続いてる。南に回す兵がない」

「それで、こちらが押せたのか」

「そうだ。お前の軍が強いわけじゃない」

「知っている。軍議でそう言った」

「言ったのか」

 

「幸運と記録に書けと言った」

 

ヴォルフが吹き出した。

 

「お前は、変わらんな」

 

火が、はねた。

 

「三月、何を調べてた」

 

ヴォルフが聞いた。

 

レオンは、椀を置いた。

 

「間者が、一人見つかった」

「ほう」

「村にいた男だ。五年、毎月報告を送っていた」

 

ヴォルフの手が、止まった。

 

椀を持ったまま、こちらを見た。

 

「……五年か」

「五年だ」

「誰だ」

 

「猟師をやっていた。俺の友人だった」

 

ヴォルフは、椀を下ろした。

 

火を見た。

 

しばらく、何も言わずに火を見ていた。

 

それから、短く息を吐いた。

 

「そうか」

 

「ああ」

「で、どうした」

「出ていけと言った」

「殺さなかったのか」

「殺さなかった」

 

「……そうか」

 

ヴォルフは、薪を一本足した。

 

「お前らしいな」

 

レオンは、その横顔を見た。

 

責めてもいないし、褒めてもいなかった。

 

 

「一つ、頼みがある」

 

レオンはそう切り出した。

 

「言え」

「黒い牙の十八人を、覚えているか」

 

ヴォルフは、こちらを見た。

 

少し驚いた顔をした。

 

「お前は覚えてないのか」

 

「覚えていない」

「ディーターは」

「それだけだ」

 

ヴォルフは、呆れた顔をした。

 

「隊長が部下の名を覚えてないんだぞ」

「そうだな」

「まあ、お前らしい」

 

そして、指を折り始めた。

 

「ディーター・ラング。ヘルマン・ベッツ。カール・レーヴェ。アウグスト・フィンク」

 

すらすらと出てきた。

 

「ギュンター・ザイツ。マティアス・コーラー。パウル・ヴェンゲ」

 

七人目で、レオンは手を上げた。

 

「よく覚えているな」

「一緒に飯を食ってた連中だ」

 

ヴォルフは、指を止めなかった。

 

十八人、全部出した。

 

「それで、何が聞きたい」

「誰が生きている」

「ほとんど死んだ」

 

ヴォルフは、火を見た。

 

「北へ回された。三年で十四人死んだ。ディーターは南に残った」

「残りは」

「三人だ」

「名を」

「ヘルマン・ベッツ。パウル・ヴェンゲ」

 

二人挙げた。

 

そして、こちらを見た。

 

「それと、俺だ」

 

レオンは、その顔を見ていた。

 

ヴォルフは、目を逸らさなかった。

 

「三人だな」

 

「そうだ」

 

 

「もう一つ聞く」

 

レオンは、そう続けた。

 

「甲冑の寸法を出せる立場にいた者は、誰だ」

 

ヴォルフの眉が、動いた。

 

「寸法」

「内側の寸法だ。肩の角度、胸当ての厚み、留め具の位置」

「なぜそんなものを」

「楔を作るのに、それが要る」

 

ヴォルフは、しばらく火を見ていた。

 

それから、顎を撫でた。

 

「……そうか。要るな」

「鍛冶師は出していない。俺も出していない」

「じゃあ、見てた奴だ」

「そうなる」

「毎日、付け外しを見てた奴だな」

 

ヴォルフは、指を三本立てた。

 

「ベッツ。ヴェンゲ」

 

一本ずつ折った。

 

残った一本を、自分の胸に向けた。

 

「それと、俺だ」

 

レオンは、その指を見ていた。

 

ヴォルフは、指を下ろさなかった。

 

「疑うか」

 

「……」

「疑えよ。三人しかいないんだ」

 

レオンは、火を見た。

 

疑わない、と答えるべきなのか迷った。

 

十日前、同じやり取りを別の男とした。

 

あの男は、疑えと言って、本当にやっていた。

 

「……お前が出したのか」

 

聞いた。

 

ヴォルフは、指を下ろした。

 

「出してない」

 

短く返した。

 

それから、火に向き直った。

 

「俺が出してたら、お前は五年前に死んでる」

「……」

「あの日、玉座の間で死んでた」

 

レオンは、その言葉を聞いた。

 

五年前、楔は甲冑を割った。だが一発で殺せなかった。

 

寸法が正確なら、もっと効いたはずだった。

 

胸当ての中央ではなく、留め具の継ぎ目を狙えた。

 

継ぎ目を抜かれていれば、心臓まで届いていた。

 

「……そうだな」

 

レオンはそう返した。

 

胸の中が、少し軽くなった。

 

軽くなったことに、安心した。

 

 

「残りの二人を当たるか」

 

ヴォルフが聞いた。

 

「どこにいる」

「ベッツは皇都だ。将校になってる。ヴェンゲは分からん」

「調べられるか」

「三月かかる」

「頼む」

「おう」

 

ヴォルフは、椀を取った。

 

残りを飲み干した。

 

「お前、痩せたな」

「お前もだ」

「まあ、お互い様だ」

 

火が、小さくなっていた。

 

レオンは、薪を足そうとした。

 

その手を、ヴォルフが止めた。

 

「俺がやる」

 

薪を一本取った。

 

膝で折った。

 

折る音が、小屋の中で乾いて響いた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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