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【11/10完結】復讐のダークナイト 〜愛を知った男は、再び黒い牙となる〜  作者: 筑紫隼人


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第47話 語られた真実

村に着いたのは、六日目の昼だった。

 

小屋から、煙が上がっていた。

 

レオンは、焼け跡の入口で足を止めた。

 

出ていけと言った。

 

二度と顔を見せるなと言った。

 

十日前のことである。

 

それなのに、煙が上がっていた。

 

レオンは、通りを歩いた。

 

家の裏へ回った。

 

墓が六つ並んでいる。

 

盛り土は、崩れていない。

 

菩提樹の落ち葉が、その上に少し積もっていた。

 

小屋の戸が開いた。

 

ケインが出てきた。

 

薪を抱えていた。

 

こちらを見て、足を止めた。

 

薪を下ろした。

 

「……来たか」

 

レオンは、墓を指した。

 

「なぜ、まだいる」

「出ていけと言われた」

「そうだ」

 

「どこへ行けとは、言われてない」

 

ケインは、墓を見た。

 

「ここにいる分には、顔を見せずに済む」

 

「十日、ここにいたのか」

「いた」

「何をしていた」

「薪を割った。墓の草を抜いた。猪が二度来た」

 

レオンは、盛り土を見た。

 

落ち葉を払った跡があった。

 

一つずつ、払われていた。

 

一番端の小さいものも、払われていた。

 

 

「話せ」

 

レオンはそう言った。

 

ケインが、顔を上げた。

 

「……十日前は、言うなと言った」

「言った」

「三度言った」

「言った」

「今は、話せと」

「話せ」

 

ケインは、薪の束を見ていた。

 

それから、小屋の前の石に座った。

 

「座るか」

 

レオンは座らなかった。

 

立ったままだった。

 

ケインは、それを見て、少し頷いた。

 

「じゃあ、話す」

 

 

「一つ目だ」

 

ケインは、膝に肘をついた。

 

「任務の中身を言う」

「言え」

「五年前、お前が帝国を抜けた。処刑されたことになってるが、上は死体を確認していない」

「……」

「だから、探した。三月で見つかった。国境の森で倒れて、村に運ばれたという話が流れた」

「誰が流した」

「村の外で、薬を買いに行った者がいる。その者が隣村で話した。それが商人に流れた」

 

レオンは、何も言わなかった。

 

アルブレヒトが薬を切らしたのだろう。

 

傷が三つあった。血を失いすぎていた。

 

薬が要ったのだ。

 

「俺が選ばれた理由は、顔を知られていないことだ」

 

ケインは続けた。

 

「黒い牙にはいない。皇都の部門にもいない。北の出だ」

「……」

「猟師の技術は本物だ。親父が猟師だった。十四まで山にいた」

「それから」

「十五で徴兵された。二十で間者に回された」

 

ケインは、手のひらを見た。

 

「この手は、作り物じゃない」

 

レオンは、その手を見た。

 

五年前、初めて握った手である。

 

硬くて、皮が厚かった。

 

「任務は三つあった」

 

ケインは指を立てた。

 

「一つ。お前が生きているか確かめる」

「二つ。お前が王国に協力しているか確かめる」

「三つ。報告を続ける」

「それだけか」

「それだけだ」

 

「殺せとは言われなかったのか」

「言われなかった」

「なぜだ」

 

ケインは、一度止まった。

 

「それが、二つ目の話だ」

 

 

「俺は、五年目に一度、上に聞いた」

 

ケインは、地面を見ていた。

 

「三年目から、ずっと疑問だった」

「何がだ」

「お前は、剣を封じてた」

「……」

「床下に埋めて、上に石を置いた。俺はそれを知ってた」

 

レオンの指が、動いた。

 

「見ていたのか」

「見た。式の日だ。村の端から見えた」

「……」

「村で剣を教えてたが、鉄の剣は壁にかけたままだ。使うのは木刀だけ。野盗が来ても殺さない」

 

ケインは顔を上げた。

 

「危険がない。報告することもない。毎月、同じことを書いてた」

「……」

「対象、異常なし。武装の兆候なし」

 

レオンは、その言葉を聞いた。

 

五十八枚のうち、三十枚以上がそれだった。

 

「だから、聞いたんだ」

 

ケインは、また地面を見た。

 

「もう引き上げていいか、と」

「……」

「任務の意味がない。この男は、もう戻らない。そう書いて送った」

「返事は」

 

ケインは、少し黙った。

 

「返事が来た」

「何と」

「続けろ、と」

 

「……」

「理由も書いてあった」

 

レオンは、待った。

 

「待て、と」

 

「何を」

 

ケインは、答えに時間をかけた。

 

「対象が、最も幸福になる時まで」

 

通りに、風が入った。

 

落ち葉が、墓の上で動いた。

 

レオンは、その言葉を聞いた。

 

聞いたが、意味が入ってこなかった。

 

「……もう一度言え」

「対象が、最も幸福になる時まで待て」

 

「……」

「そう書いてあった」

 

レオンは、立っていた。

 

立ったまま、動けなかった。

 

頭の中で、言葉を並べ直した。

 

最も幸福になる時。

 

ミアが生まれたとき。

 

あのときは、まだだったのか。

 

道場が増えたとき。

 

酒場で、幸せ者だと叫んでいたとき。

 

あれでも、まだだったのか。

 

王都から半年ぶりに帰ったとき。

 

村総出で迎えられたとき。

 

ミアが走って飛びついてきたとき。

 

腹に手を当てて、名前を決めたとき。

 

リン。

 

そう呼んだとき。

 

その翌日、縁側で肩に頭を預けられたとき。

 

うんと、幸せになって。

 

約束する。

 

その二日後だった。

 

レオンの膝が、少し折れた。

 

折れかけて、堪えた。

 

「……待っていたのか」

「待ってた」

 

「五年」

「五年だ」

「俺が、一番幸せになるのを」

「そうだ」

 

ケインは、こちらを見なかった。

 

 

レオンは、歩いた。

 

三歩で、ケインの前に立った。

 

胸ぐらを掴んだ。

 

引き上げた。

 

石から足が離れた。

 

ケインは、抵抗しなかった。

 

手も上げなかった。

 

「なぜ止めなかった」

 

レオンの声が、低かった。

 

「五年あった」

「……」

「五年あれば、止められた」

「止められた」

 

ケインは、そう返した。

 

「じゃあ、なぜ」

「止めなかった」

 

「理由を言え」

「理由はない」

 

ケインは、レオンの目を見た。

 

「言い訳を考えたことはある。五年、考えた」

「……」

「どれも使えなかった」

 

レオンは、掴んだ手に力を入れた。

 

布を巻いた拳が、痛んだ。

 

「お前は、ミアを抱いた」

「抱いた」

「あの日の後、何を書いた」

「……」

「何を書いた」

 

ケインの喉が、動いた。

 

「第一子、出生。女子」

 

レオンは、手を離した。

 

離した瞬間、ケインが石に座り込んだ。

 

座り込んで、下を向いた。

 

 

「三つ目を言え」

 

レオンは、そう言った。

 

「誰の命令だ」

 

ケインは、顔を上げなかった。

 

「言えない」

「言え」

「言わない」

 

「なぜだ」

 

ケインは、しばらく黙っていた。

 

それから、短く返した。

 

「お前が死ぬからだ」

 

レオンは、その言葉を聞いた。

 

「舐めるな」

「舐めてない」

 

ケインが顔を上げた。

 

初めて、強い声だった。

 

「俺は、あいつを五年見てる」

「……」

「お前より長く見てる」

「俺が負けると言うのか」

「今のお前なら、負ける」

 

レオンは、その顔を見ていた。

 

嘘をついている顔ではなかった。

 

「名前だけでも言え」

「言わない」

 

「お前に止める権利はない」

「ない」

 

ケインは認めた。

 

「権利はない。それでも言わない」

「……」

「俺が言えるのは、一つだけだ」

 

ケインは、立ち上がった。

 

「近づくな」

 

「……」

「今は、近づくな」

 

レオンは、その言葉を頭に置いた。

 

今は。

 

つまり、いつかなら近づける相手である。

 

そして、名を知れば近づく相手である。

 

一介の間者が、そこまで知っているのか。

 

そう思った。

 

思って、そこで止めた。

 

今は、考える順番ではなかった。

 

 

レオンは、剣を抜いた。

 

黒い刀身が、昼の光の下に出た。

 

ケインは、動かなかった。

 

目も閉じなかった。

 

逃げる素振りもなかった。

 

ただ、立っていた。

 

レオンは、剣を上げた。

 

上げたまま、止まった。

 

四日前、ゴードウィンの前でも同じことをした。

 

あのときは、腕が下がらなかった。

 

今は、逆だった。

 

振り下ろせない。

 

上げたまま、動かない。

 

目の前に、顔がある。

 

五年、見てきた顔だった。

 

狩りの帰り道で、同じ高さにあった顔である。

 

酒場で、隣に並んでいた顔である。

 

灰の中で、二日黙って隣にいた顔である。

 

レオンは、腕を震わせていた。

 

震えが、刃に伝わった。

 

そして、下ろした。

 

振り下ろしたのではない。

 

力を抜いて、下ろした。

 

刃が、地面に向いた。

 

ケインは、そこで息を吐いた。

 

長い息だった。

 

それから、小さく笑った。

 

笑いながら、目が濡れていた。

 

「怒ってくれて、よかった」

 

レオンは、剣を鞘に戻した。

 

戻す手が、うまく動かなかった。

 

二度かかった。

 

 

レオンは、背を向けた。

 

歩き出した。

 

墓の横を通った。

 

通りへ出た。

 

背中で、声がした。

 

「レオン」

 

止まらなかった。

 

「俺は、お前を裏切った」

 

歩いた。

 

「五年、裏切ってた」

 

歩いた。

 

「だがな」

 

そこで、足が止まった。

 

止めたつもりはなかった。

 

勝手に止まった。

 

「あの日々まで、嘘だったわけじゃない」

 

通りが、静かになった。

 

風が、焼けた柱の間を抜けた。

 

レオンは、振り向かなかった。

 

振り向かずに、口を開いた。

 

言葉を選ばなかった。

 

選んだら、言えなくなる。

 

「嘘だったことにしてくれ」

 

背中で、何も聞こえなかった。

 

「本当だったら」

 

レオンは、前を見ていた。

 

「俺は、お前を殺せない」

 

答えは、返ってこなかった。

 

レオンは、歩き出した。

 

今度は、止まらなかった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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