第43話 核心へ
翌朝、トーレスは山へ行った。
薪が切れていた。半日で戻ると言った。
レオンは、焼け跡に一人になった。
村の入口に立った。
そこから、歩いてみることにした。
半年前、帝国兵が入ってきた道である。
同じ順で歩けば、何か見えるかもしれない。
そう思った。
入口の石は、残っている。
半年前、酒場の主人がもたれていた石である。
そこから通りが一本、北へ伸びている。
兵はここから入った。他の道はない。村を囲む柵は、一箇所だけ切れていた。
レオンは歩いた。
三十歩で、最初の分かれ道に出る。
右へ行けば家が並ぶ。左へ行けば井戸がある。
半年前、井戸は先に潰されていた。
トーレスがそう言った。水を使えなくしてから火をつけた、と。
つまり兵は、ここで左へ曲がった。
レオンは左へ曲がった。
井戸まで、二十歩。
井戸の跡に立った。
石積みが崩れ、埋まっている。
ここから見えるものを、確かめた。
家が三軒。広場の端。そして、道場。
道場は、井戸の裏にある。
井戸の前に立てば、見える。
街道からは見えない。
だが、井戸まで来れば見える。
レオンは、その位置を覚えた。
道場の跡へ歩いた。
戸があった場所に、柱の根元が残っている。
中に入った。
九人がいた場所である。
半年前、ここに立ったときのことを思い出しそうになって、やめた。
今は、別のことを考えていた。
兵は、ここへ入った。
入り口は一つである。
入った兵は二人倒された。手首を折られ、膝を砕かれて、生きていた。
その後ろから来た兵が、九人を殺した。
つまり、兵は一度に全員入っていない。
先に入った組があり、後から来た組がある。
後から来た組は、中の様子を知らずに入った。
知らずに入って、倒れている仲間を見て、斬った。
そういう順番だった。
レオンは、入り口に立ち直した。
そして気づいた。
兵は、ここを探していない。
迷っていない。
入口から真っ直ぐ、ここへ来ている。
場所を知っていた。
次に、自分の家へ歩いた。
道場から、通りを二本。
焼け落ちた柱が四本、立っている。
その中に入った。
土間の跡。奥の部屋の跡。
そして、床板を剥がした場所。
穴は、まだ開いていた。
レオンは、そこを避けて立った。
思い出すべきことがあった。
半年前、ハンスが言ったことである。
街道で荷車が出る前だった。
あいつら、家を探してたんです。
隊長の家はどれだ、って。
何人かで、そう言い合ってました。
レオンは、その言葉を頭の中で繰り返した。
家を、探していた。
井戸の場所は知っていた。
道場の場所も知っていた。
それなのに、俺の家は探していた。
レオンは、焼け跡の中に座った。
そこで、整理を始めた。
知っていたこと。
村の位置。入口。井戸。道場。家屋の並び。
知らなかったこと。
俺の家が、どれか。
この二つは、両立するか。
考えた。
長く考えた。
答えは、一つだった。
村の中に入って、観察した者がいる。
井戸も道場も、入れば見える。
だが家の中までは見えない。
どの家に誰が住んでいるかは、外から見ても分からない。
出入りを見れば分かる。
だが五十七戸である。全部の出入りを把握するには、長く住む必要がある。
長く住んでいれば、俺の家は分かる。
つまり。
長く村にいたが、俺の家を特定していなかった。
そんな立場があるのか。
レオンは、膝を握った。
一つだけ、あった。
村にいて、村人ではない者である。
村の構造は分かる。毎日歩くから分かる。
だが、誰がどの家に住んでいるかには、興味を持たなかった者。
あるいは。
知っていたが、報告しなかった者。
レオンは、そこで手を止めた。
なぜ報告しなかった。
報告すれば、襲撃は確実になる。
報告しなかったから、兵は家を探すことになった。
探したから、時間がかかった。
時間がかかったから。
ノアが生きていた。
レオンは、その考えに辿り着いて、動けなくなった。
俺が帰るまで、息があった。
あと四半刻早ければ、間に合わなかった。
あと四半刻遅ければ、言葉を聞けなかった。
あの四半刻は、兵が家を探していた時間だった。
家の場所が、報告されていなかったからだ。
レオンは、焼け跡に座っていた。
長いあいだ、座っていた。
それから、別の可能性を探し始めた。
ハンスである。
あの子は村にいた。長く村にいた。
九つのときから、レオンを知っている。
父が、国境の森でレオンを見つけた。
道場に、最初から通っていた。
そして、生き延びた。
一人だけ、血まみれで街道に転がり出てきた。
レオンは、その可能性を検討した。
検討して、三つの理由で消えた。
一つ。十四歳である。帝国へ連絡する経路がない。
二つ。母が死んだ。遺体が見つかっていない。空の墓に木刀を入れて、土をかぶせた。
三つ。そして何より。
隊長の家はどれだ、と兵が言っていたと、証言したのはハンス自身だった。
売った者が、その証言をするわけがない。
あの証言が、今の自分を導いている。
レオンは、その可能性を捨てた。
捨ててから、気づいた。
安堵していた。
ハンスではないと分かって、安堵している。
次に、生存者の六人を考えた。
年寄り二人。女二人。子供二人。
一人ずつ顔を思い出した。
年寄りの一人は、二年前に足を悪くした。歩くのに杖が要る。
女の一人は、ノアと親しかった。出産の支度を手伝っていた。
もう一人は、酒場の主人の妻である。夫がその日に死んだ。
子供は、六歳と九歳だった。
全部、消えた。
消えてから、また安堵した。
レオンは、そこで自分の手を見た。
手が、動いていなかった。
探している、と思った。
俺は今、可能性を探しているのではない。
消えてほしい名前を、先に数えている。
ハンスを調べたのは、違っていてほしかったからだ。
生存者六人を数えたのは、全員違っていてほしかったからだ。
そして。
数えていない名前が、一つある。
最初から、数えていない。
昨夜、条件を整理した。
四つ揃う立場は二つあると書いた。
軍にいて、村に来た者。
村にいて、軍の日程を知った者。
軍は洗った。百十一人、該当なし。
では村側である。
昨夜、五人の名を並べた。
ノア。ミア。アルブレヒトとマルタ。
そして、もう一人。
自分からそう言った男がいる。
レオンは、その名を頭の中で発音しなかった。
発音せずに、別のことを考えた。
考えようとして、できなかった。
胸の中に、別のものがあった。
半年前から、ずっと冷たかった場所である。
今、そこが熱い。
冷たさではなかった。
これは、怒りでもない。
レオンは、その感情に名前をつけようとした。
つけるのに、時間がかかった。
怖い、と思った。
怖かった。
二十九人を殺した夜も、怖くなかった。
橋で七十人を老いさせた朝も、怖くなかった。
四日前、将軍の試作兵器を胸に受けても、怖くなかった。
今、怖い。
レオンは、自分に問いを立てた。
俺は、真実を知りたいのか。
それとも。
友を、失いたくないのか。
答えは、出なかった。
出なかったことが、答えだった。
日が傾いた。
レオンは焼け跡を出て、家の裏へ回った。
墓が六つ並んでいる。
菩提樹の下である。
その前に立った。
ノア。
もし、あの日に家の場所が報告されていたら。
お前は、俺が帰る前に死んでいた。
おかえり、と言えなかった。
けがは、ないの、と聞けなかった。
まもって、と言えなかった。
言えたのは、家を探す時間があったからだ。
その時間を作ったのは、報告しなかった誰かだ。
レオンは、盛り土を見ていた。
礼を言うべきなのか。
分からなかった。
分からないまま、しばらく立っていた。
山の方から、足音がした。
薪を担いだ影が、丘を降りてくる。
トーレスだった。
半日で戻ると言って、半日で戻ってきた。
レオンは、その影を見ていた。
影が小屋に入った。
少しして、火が灯った。
煙が上がり始める。
夕飯の支度だろう。
今夜も、薄い汁が出る。
食えと言われる。
顔が悪いと言われる。
レオンは、その火を見ていた。
確かめる相手が、そこにいた。
歩いて三十歩である。
戸を開けて、一つ聞けば済む。
あの日、なぜ俺を狩りに誘った。
その一言で済む。
レオンは、足を動かした。
動かした足は、小屋の方へ向かなかった。
街道の方へ向いていた。
歩き出した。
一歩、二歩。
十歩歩いて、止まった。
振り向かなかった。
背中で、火の匂いがしていた。
レオンは、もう一度歩き出した。
小屋には戻らなかった。
街道に出て、北へ向かった。
目的地は、決めていた。
近隣の村である。
ハンスがいる村だった。
確かめることは、一つだけだった。
あの日、村に残っていた者の中で、よそ者が何人いたか。
それを、あの子に聞く。
聞けば分かる。
聞く必要が、本当はないことも分かっていた。
答えを、もう持っていた。
それでも、レオンは北へ歩いた。
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