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復讐のダークナイト 〜愛を知った男は、再び黒い牙となる〜  作者: 筑紫隼人


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第41話 信望

呼ばれたのは、十日後だった。

 

副王都の税務館。二階の、棚だけが並んだ部屋である。

 

セレスティアがいた。

 

その向かいに、ゴードウィンが座っていた。

 

腿に布を巻いている。杖を膝に立てかけていた。

 

レオンが入ると、老人は顔を上げた。

 

目だけを動かした。

 

「座ってください」

 

セレスティアが口を開いた。

 

レオンは座った。

 

三人である。護衛はいない。書記もいない。

 

「ゴードウィン将軍」

 

セレスティアが口を開いた。

 

「摂政として、命じます」

 

老人は杖を握った。

 

「六年前から動かしている部隊について、説明してください」

 

部屋が、静かになった。

 

ゴードウィンは、長く黙っていた。

 

「……機密です」

「知っています」

「殿下にも報告していません」

「ですから、命じています」

 

セレスティアは机に手を置いた。

 

「父に聞きました。許可を出したのは父だと」

「……」

「意識のある日に、聞きました。覚えていました」

 

ゴードウィンの肩が、少し落ちた。

 

「そうですか」

 

それから、こちらを見た。

 

レオンを見た。

 

「この男の前で、話すのですか」

「はい」

「理由を」

「この方が、一番知る必要があります」

 

ゴードウィンは、しばらくレオンの顔を見ていた。

 

そして、杖を床に突いた。

 

 

「六年前だ」

 

老人はそう始めた。

 

「国境の砦で、王国軍最強の騎士が死んだ」

 

レオンの指が、膝の上で止まった。

 

「エルンスト・ヴァルハイト。四十年で三人しか見たことのない腕だった」

「……」

「私は、その死体を見た」

 

ゴードウィンは、床を見ていた。

 

「右腕がなかった。左腕もなかった。膝から下が、両方ない」

「……」

「首が、胴の横に置かれていた」

 

セレスティアが、少し目を伏せた。

 

「全部、別々に斬られていた。一度ではない」

「……」

「順番に落としたのだ。両軍が見ている前で」

 

部屋の空気が、重くなった。

 

「私はその日、報告書を書いた。三十枚書いた」

 

ゴードウィンは杖を握り直した。

 

「結論は一つだった。この相手には、剣では勝てん」

「……」

「だから、剣ではないものを作ることにした」

 

 

試作の話は、短かった。

 

六年で、三本である。

 

一本目は二年目にできた。杭が貫通せず、使えなかった。

 

二本目は四年目。暴発して、職人が片手を失った。

 

三本目が、五年目の終わりである。

 

「三本目は、使えた」

 

ゴードウィンはそう言った。

 

「使えたことを、四日前に確かめた」

 

レオンは、胸に手を当てなかった。

 

当てたら、分かりすぎる。

 

「予算は」

 

セレスティアが聞いた。

 

「王家の裏金です」

「どこから」

「先代の陛下が、私に預けた分です。記録には残せません」

「父は知っていたのですね」

「ご存じでした。だから許可が出た」

 

ゴードウィンは、そこで初めて少し笑った。

 

「あの方は、こう言われた。相手が人の形をしているうちに作れ、と」

「……」

「傭兵の言い方です」

 

セレスティアは目を伏せたままだった。

 

 

「人員は」

「二個小隊、二百人です」

「所属は」

「表向きは、私の直属の輸送隊です」

「任務は」

「黒い甲冑が現れたときに、動くことだけです」

 

ゴードウィンは杖を床に置いた。

 

「六年、一度も動かしていません」

「……一度も」

「現れなかったからです」

 

老人は顔を上げた。

 

「一度だけ、動かしました」

 

レオンは、そこで息を止めた。

 

「王都が落ちる日です」

 

 

ゴードウィンは、机の上に紙を置いた。

 

古い紙である。端が折れている。

 

「帝国軍の通信の写しです。傍受したものです」

 

セレスティアがそれを取った。

 

読んだ。

 

短い文だった。

 

レオンは、横から見た。

 

一行である。

 

黒い牙、確認。南方。部隊一つ、消失。

 

「日付を見てください」

 

ゴードウィンが言った。

 

「カルム村が焼かれた、三日後です」

 

レオンは、その日付を見た。

 

見て、動けなくなった。

 

「帝国の南方の部隊が一つ、消えた。生き残りがいない。周辺の村の者が、黒い剣を見たと言った」

「……」

「帝国の中で、黒い牙が動いているという話になった」

「……」

「その通信を、我々が拾った」

 

ゴードウィンは、紙を指した。

 

「私は、動かしました」

「……どこへ」

「王都の北西です」

 

レオンの喉が、鳴った。

 

「王都が攻められている最中です。北西の第三防衛線は、私の指揮下にありました」

「……」

「そこへ、黒い甲冑が現れるという情報が入った」

 

老人は、淡々と話した。

 

「私は輸送隊を呼びました。試作一本を持たせて、第三の外へ出しました」

「二百人を」

「二百人です」

「二時間」

「二時間、北西の指揮が止まりました」

 

セレスティアが、紙を机に置いた。

 

「そして」

 

ゴードウィンは、杖を見ていた。

 

「何も、出てきませんでした」

「……」

「誤報です」

 

部屋が、静かになった。

 

「第三が抜かれたのは、その二時間の間です」

「……」

「王都が落ちた理由の一つは、私です」

 

ゴードウィンは、そこまで言った。

 

言い切った。

 

「それは」

 

セレスティアが口を開いた。

 

「それは、誤報を出した者の責任では」

「違います」

 

即答だった。

 

「判断は私がしました。結果も私のものです」

 

老人は杖を取った。

 

「六年、私はあの甲冑だけを見ていました。だから、それが現れたと聞いて、他が見えなくなった」

「……」

「将軍の判断ではありません。怯えた男の判断です」

 

セレスティアは、言葉を探して見つけられずにいた。

 

 

レオンは、座っていた。

 

動けなかった。

 

計算は、すぐに済んだ。

 

半年前、村の広場で二十九人を殺した。

 

一人も残さなかった。

 

残さなかったから、誰が殺したのか帝国には分からなかった。

 

分からないから、黒い牙が動いていると報告された。

 

その報告が傍受された。

 

傍受されたから、この老人が二百人を動かした。

 

二時間、北西の指揮が止まった。

 

第三が抜かれた。

 

王都が落ちた。

 

国王が重傷を負った。

 

上層部の大半が死んだ。

 

セレスティアが殿を務め、髪を下ろした。

 

レオンは、膝の上の手を見た。

 

自分の手だった。

 

あの夜、剣を握った手である。

 

誰も残さなかったのは、残す必要を感じなかったからだ。

 

ただ、殺した。

 

それだけのことだった。

 

それだけのことが、ここに繋がっていた。

 

言うべきだと思った。

 

俺です、と。

 

口が、動かなかった。

 

言えば、この老人は納得する。六年の答えが出る。

 

同時に、この老人は自分を殺そうとする。

 

試作は、残り二本ある。

 

レオンは、口を閉じていた。

 

閉じていることを、卑怯だと思った。

 

 

「殿下」

 

ゴードウィンが立ち上がった。

 

「以上です。処分は、お好きなように」

「処分はしません」

 

「なぜです」

「あなたは、国を守るために動きました」

 

セレスティアはそう答えた。

 

「結果が悪かったことは、記録に残します。ですが、処分はしません」

「甘いですな」

「甘いです」

 

彼女は認めた。

 

「ですが、あなたを処分して、誰が将軍位に就きますか」

 

ゴードウィンは、杖を握り直した。

 

それから、戸口へ歩いた。

 

戸の前で、一度止まった。

 

そして、振り向かずに言った。

 

「レオン殿」

 

レオンは顔を上げた。

 

「四日前、私はお前に言った。何者かを話してからにしろ、と」

「……はい」

「撤回する」

 

レオンの背中が、冷たくなった。

 

「話さなくていい」

 

「……なぜです」

「六年、私は甲冑を探していた」

 

老人は、戸に手をかけた。

 

「探していたものが見つかっても、今の私には何もできん。腿がこれだ」

「……」

「それに」

 

少し間があった。

 

「探していたのは、甲冑だ。人ではない」

 

戸が開いた。

 

「甲冑は、四日前に壊れた」

 

足音が、遠ざかっていった。

 

 

部屋に、二人だけが残った。

 

セレスティアは、傍受された紙を畳んでいた。

 

「レオン殿」

「はい」

「お気づきですね」

 

レオンは膝の上を見ていた。

 

「あの通信の原因は、あなたです」

「……はい」

「私も、三日前に気づきました」

 

彼女は紙を引き出しに入れた。

 

「あなたを責める言葉を、三日考えました」

「……」

「見つかりませんでした」

 

引き出しを閉めた。

 

「責めれば、二十九人を殺さずに村を離れるべきだった、という話になります」

「……」

「そんなことを、言える人間はいません」

 

レオンは、両手を膝に置いていた。

 

「ただ、一つだけ申し上げます」

「どうぞ」

「将軍は、黒幕ではありませんでした」

 

「……はい」

「三月前、あなたは墓の前で何かを決めたのでしょう」

 

レオンは、顔を上げた。

 

言っていない。

 

誰にも言っていない。

 

「顔に出ていました」

 

セレスティアは静かに続けた。

 

「あの日から、あなたの顔は決まっていました」

「……」

「今日、それが崩れました」

 

レオンは、何も言えなかった。

 

 

三日後、レオンは王都に戻った。

 

町の奪還から、ひと月が経っていた。

 

通りに入ると、人が振り向いた。

 

振り向いて、立ち止まった。

 

一人が、頭を下げた。

 

次の一人も下げた。

 

三人目は、笑った。

 

「レオン閣下だ」

「城門を開けた人だぞ」

「北の町を取った人だ」

 

子供が走ってきた。

 

木の棒を持っている。

 

それを剣のように構えて、こちらへ見せた。

 

真似をしているのだった。

 

レオンは、その子供を見た。

 

見て、口を開かなかった。

 

軍の本部では、もっとひどかった。

 

廊下を歩くと、兵が壁際に寄った。道を譲るのである。

 

書類を出すと、若い書記が立ち上がった。

 

訓練場の横を通ると、新兵が走ってきた。

 

「閣下! 握ってください!」

 

手を差し出された。

 

レオンは、その手を見た。

 

自分の手を見た。

 

握った。

 

若い兵は、顔を赤くして戻っていった。

 

その日の夕方、エレナが報告に来た。

 

「軍内の異動願が、三十通来ています」

「どこへ」

「あなたの下へです」

 

「隊は持っていない」

「それでも来ています」

 

エレナは紙束を置いた。

 

「あなたは今、王国で最も名の通った将校です」

 

レオンは、その紙束を見た。

 

三十通ある。

 

半年前、同じことがあった。

 

二十三回戦って、三度負けて、名が通った。

 

そのときは、持ってしまったと思った。

 

今は、何も思わなかった。

 

胸の中に、何も入ってこなかった。

 

半年前は、まだ怖かった。

 

持てば失うと思えた。

 

今は、怖くもない。

 

空いている。

 

「レオン殿」

「……なんだ」

「次は、どこを調べますか」

 

レオンは黙っていた。

 

答えが、なかった。

 

三月前は、あった。

 

ゴードウィンという名前があった。

 

名前があるから、進めた。

 

今は、名前がない。

 

名前がないのに、渇いている。

 

 

宿へ戻る道で、声がかかった。

 

酒場の前だった。

 

兵が三人、外の卓で飲んでいた。

 

一人が立ち上がって、杯を上げた。

 

「英雄!」

 

声が、通りに響いた。

 

「王国の英雄!」

 

他の二人も立った。

 

通りを歩いていた者が、振り向いた。

 

何人かが、同じように手を上げた。

 

レオンは、歩いていた。

 

歩き続けた。

 

振り向かなかった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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