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復讐のダークナイト 〜愛を知った男は、再び黒い牙となる〜  作者: 筑紫隼人


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37/45

第37話 激突

作戦が動いたのは、十日後だった。

 

北の町。人口二千三百。帝国の駐屯は千二百。

 

王国側は三千を出した。残りは動かせない。来春に備えて置いておく分である。

 

数の上では有利だった。

 

だが相手は城壁の内側にいる。籠もられれば、三千では足りない。

 

軍議では二十日かけて囲む案が出た。

 

レオンはそれに反対した。

 

「二十日あれば、住民が減ります」

「減る」

「帝国は、人手を北へ送ります。半年間そうしてきた記録があります」

「つまり」

「囲んでいるうちに、助ける相手がいなくなります」

 

卓が静まった。

 

「では、どうする」

「一日で開けます」

 

将官の一人が笑った。

 

「城門を一日で」

「はい」

「兵を何人使う」

「使いません」

 

レオンはそう答えた。

 

「俺が開けます」

 

 

当日の朝、レオンは荷を開いた。

 

布を三重に解く。

 

黒い鉄が、朝の光を返さずに沈んでいた。

 

エレナが横に立っていた。

 

「それを着けるのですね」

「ああ」

「使用に当たります」

「そうだな」

「記録します」

「頼む」

 

胸当てを取った。

 

留め具を締める。肩を乗せる。籠手をつける。

 

三月前にオズワルドの小屋でやったのと同じ順番だった。

 

最後に兜を被った。

 

金属が噛み合う音がした。

 

エレナは何も言わなかった。

 

ただ、見ていた。

 

「ヴォス」

「はい」

「俺が止まらなかったら、どうする」

「止めません」

 

即答だった。

 

「止められないので、数えます」

「それでいい」

 

レオンは歩き出した。

 

後ろで、エレナが紙を広げる音がした。

 

 

丘の上に、天幕が一つあった。

 

そこにセレスティアがいた。

 

来るとは思っていなかった。

 

「殿下」

「見に来ました」

 

彼女は丘の端に立っていた。

 

町が見える位置である。

 

「危険です」

「三千の後ろです。危険の度合いは知っています」

「なぜ来られたのですか」

 

セレスティアは町を見ていた。

 

「決めたら、見に行け、と言われましたので」

 

レオンは、それ以上何も言わなかった。

 

言う必要がなかった。

 

「レオン殿」

「はい」

「それを、使うのですね」

「使います」

「では、私も数えます」

 

彼女は紙を持っていた。

 

「二人で数えます」

 

レオンは頭を下げた。

 

下げてから、丘を降りた。

 

 

城門までの距離は、四百歩だった。

 

途中に堀がある。幅は三歩。深さは腰まで。

 

帝国側は、城壁の上から矢を射てくる。

 

レオンは一人で歩いた。

 

三千は、丘の下で待っている。

 

最初の矢が来たのは、二百歩を過ぎたあたりだった。

 

三本。

 

一本が肩に当たった。

 

音がした。

 

跳ねた。

 

甲冑に、傷がついていない。

 

二本目は兜に当たった。

 

同じだった。

 

レオンは歩き続けた。

 

矢が増えた。

 

十。二十。

 

当たるたびに音がする。そのどれも、刺さらない。

 

城壁の上で、声が上がった。

 

「効いてないぞ!」

「術者を呼べ!」

 

 

百歩のところで、空気が変わった。

 

城壁の上に、黒い外套の男が立った。

 

暗黒魔法の術者だった。

 

手を前に出す。

 

空気が歪む。

 

来る、と分かった。

 

五年前、何度も浴びたものだった。

 

黒い塊が飛んできた。

 

レオンは避けなかった。

 

胸に当たった。

 

音がしない。

 

代わりに、甲冑が光った。

 

一瞬だけ、黒い鉄の表面が白く走った。

 

そして、何も起きなかった。

 

魔法が消えた。

 

跳ね返したのではない。

 

食われたのだと、着ている側には分かる。

 

城壁の上で、術者が後ろへ下がった。

 

「なんだあれは」

「嘘だろう」

 

二人目の術者が出てきた。

 

今度は三つ飛んできた。

 

同じだった。

 

三つとも、甲冑の表面で消えた。

 

レオンは堀に入った。

 

水が腰まで来た。

 

冷たさを、感じなかった。

 

五年前と同じだった。

 

 

城門の前に立った。

 

鉄の扉である。厚みは三寸。閂が内側に二本。

 

五年前、同じ門を一度開けたことがある。

 

レオンは剣を抜いた。

 

黒い刀身が、朝の光の中で見えた。

 

城壁の上が、静まった。

 

「……黒い剣だ」

 

誰かが言った。

 

「黒い牙だ」

 

レオンは、剣を横に振った。

 

刀身は門に届いていない。

 

三歩の距離があった。

 

黒い刃が飛んだ。

 

三日月の形をしていた。

 

門に当たる。

 

音は、重かった。

 

一度目で、閂の片方が折れた。

 

二度目で、もう片方が折れた。

 

三度目で、扉が内側へ倒れた。

 

倒れる音の下から、人の声が上がった。

 

城門の内側に、兵が並んでいた。

 

五十はいる。

 

レオンは、その中へ入った。

 

 

ここから先のことを、レオンは後で正確に思い出せなかった。

 

覚えているのは、最初の十数人までだった。

 

一人目の胴を抜いた。黒い霧が上がった。

 

二人目の首を落とした。

 

三人目が盾を構えた。盾を貫いた。

 

四人目。五人目。

 

斬るたび、体が軽くなった。

 

肩に受けていた矢の衝撃が、消えた。

 

堀で濡れた足の重さが、消えた。

 

息が深くなる。

 

目が、よく見えるようになる。

 

城門の内側は狭かった。

 

狭いほうが、都合がよかった。

 

一度に相手にするのは、三人まで。

 

三人を倒せば、次の三人が来る。

 

来るたびに、自分が強くなっている。

 

十人。

 

二十人。

 

黒い霧が、石畳の上に溜まった。

 

溜まったところに、枯れた体が積み上がっていく。

 

髪の白くなった顔が、足元に並んだ。

 

どれも、若い兵だった。

 

それを、レオンは見ていない。

 

見る必要がなかった。

 

前にまだ立っている者がいる。

 

それだけで足りた。

 

 

王国軍が門から入ってきたのは、半刻後だった。

 

そのときにはもう、城門の内側に立っている帝国兵がいなかった。

 

兵たちは、石畳を見た。

 

積み上がったものを見た。

 

そして、誰も前に進まなかった。

 

「……進め」

 

将官が声を出した。

 

進まない。

 

一人が吐いた。

 

「進め!」

 

ようやく動き出した。

 

動き出した列の真ん中に、レオンが立っていた。

 

誰も、その横を通らなかった。

 

通れる幅はあった。

 

通らなかった。

 

大きく避けて、壁沿いを進んでいった。

 

レオンは、それに気づかなかった。

 

前を見ていた。

 

町の奥から、まだ足音が聞こえていた。

 

 

町の中での戦闘は、二刻続いた。

 

通りごとに帝国兵が残っていた。

 

百人単位で散っている。

 

レオンは、通りを一本ずつ進んだ。

 

一本終わると、次の通りへ行った。

 

王国軍は、別の通りを担当していた。

 

合流しなかった。

 

する必要がなかった。

 

レオンのいる通りには、誰も来なかった。

 

三本目の通りを終えたときだった。

 

家の戸が開いていた。

 

中に、人がいた。

 

住民だった。

 

女が三人と、子供が五人。

 

半年、ここで生きてきた人たちである。

 

助けに来た。

 

そのはずだった。

 

女の一人が、レオンを見た。

 

兜の奥を見た。

 

そして、子供を後ろへ押した。

 

全員を家の奥へ押しやって、戸を閉めた。

 

内側から、何かで押さえる音がした。

 

レオンは、その戸の前に立っていた。

 

立っていて、何も思わなかった。

 

何も思わなかったことに、後で気づいた。

 

 

四本目の通りで、声がした。

 

「レオン」

 

聞こえた。

 

聞こえたが、体が止まらなかった。

 

前に三人いた。

 

一人目を斬った。

 

「レオン!」

 

二人目を斬った。

 

三人目が背を向けた。

 

追った。

 

追って、斬った。

 

通りの端まで行った。

 

そこで、腕を掴まれた。

 

振り向いた。

 

振り向く動きの途中で、剣が動いていた。

 

黒い刃が、相手の首の横で止まった。

 

ヴォルフだった。

 

息を切らしている。

 

肩から血が出ていた。別の通りで戦っていたのだろう。

 

レオンは、剣を下げた。

 

「……ヴォルフ」

「二度呼んだぞ」

 

「……」

「一度目は、聞こえてなかったな」

 

レオンは、何も言わなかった。

 

聞こえていた。

 

聞こえていて、止まらなかった。

 

それは、同じことではない。

 

「終わってる」

 

ヴォルフが言った。

 

「町は取った。残ってるのは逃げた連中だ」

「……そうか」

「お前、何人斬った」

「……」

 

数えていなかった。

 

27話では、数えていた。

 

七十三人。自分で数えた。

 

今日は、数えていなかった。

 

ヴォルフは、レオンの顔をしばらく見ていた。

 

兜の奥を、覗き込むように見ていた。

 

それから、肩を叩いた。

 

「戻ろう」

 

レオンは頷いた。

 

歩き出したとき、ヴォルフが少し後ろを歩いているのに気づいた。

 

横ではなかった。

 

後ろだった。

 

それについて、何も聞かなかった。

 

 

日が落ちる頃、町は王国の手に戻った。

 

住民の生存は、二千百人だった。

 

半年で、二百人が減っていた。

 

レオンは広場に立っていた。

 

兵が片付けをしている。

 

遺体を運び、通りを洗っている。

 

そのときだった。

 

来た。

 

力が、抜けていく。

 

腕から抜けた。

 

肩から抜けた。

 

足が、急に重くなった。

 

甲冑の重さが、戻ってきた。

 

朝は何も感じなかった三十貫が、今は肩に食い込んでいる。

 

膝が折れそうになった。

 

折れなかった。

 

壁に手をついて、堪えた。

 

息が、足りない。

 

肩に受けた矢の痕が、今になって痛み出した。

 

痛みが戻ってきた。

 

レオンは、それを確かめた。

 

力は抜けた。

 

全部抜けた。

 

朝より弱くなっている。

 

では、何が残ったか。

 

喉の奥を、確かめた。

 

渇いていた。

 

朝より、濃く渇いていた。

 

斬った数だけ、濃くなっている。

 

力は残らない。

 

渇きだけが残る。

 

それは、半年前から知っていた。

 

知っていたが、今日は量が違った。

 

 

兜を外そうとした。

 

留め具に手をかけた。

 

かけて、止まった。

 

外したくない、と思った。

 

はっきり、そう思った。

 

理由は、考えれば分かった。

 

外せば、痛みが全部来る。

 

外せば、渇きが直接来る。

 

着ているあいだは、半分遠い。

 

だから、着ていたい。

 

それだけだった。

 

それだけの、はずだった。

 

レオンは留め具から手を離した。

 

離して、壁にもたれた。

 

兜の中で、息をしていた。

 

五年前も、こうだった。

 

食事をする必要がなく、眠る必要もなく、汗もかかず、体が汚れることもなかった。

 

だから、外さなかった。

 

二度と脱げないと噂されていた。

 

噂ではなかった。

 

外す理由が、なかったのだ。

 

そして気づいた。

 

一話の自分は、こうやって作られたのだ。

 

命じられて作られたのではない。

 

毎日、少しずつ、自分で選んだのだ。

 

 

「レオン殿」

 

声がした。

 

エレナだった。

 

紙を持っている。

 

「報告を」

 

レオンは兜を被ったままだった。

 

「……数えたか」

「数えました」

「言え」

 

エレナは紙を見た。

 

「城門の内側で、五十三。通りで、百六十四」

「……」

「合わせて、二百十七です」

 

レオンは、その数字を聞いた。

 

橋のときの三倍だった。

 

「殿下も、数えておられました」

「同じ数か」

「二つ違いました。照合して、二百十七にしました」

 

エレナは紙を下ろした。

 

「レオン殿」

「なんだ」

「兜を、外されないのですか」

 

レオンは答えなかった。

 

答える言葉が、一つしか浮かばなかった。

 

外したくない。

 

それを、言えなかった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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