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【11/10完結】復讐のダークナイト 〜愛を知った男は、再び黒い牙となる〜  作者: 筑紫隼人


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33/49

第33話 将軍の密書

ヴォルフが戻ってきたのは一月後だった。

 

西の街で別れて、帝国の内側へ入っていった男だ。

 

「生きてたか」

「死ぬかと思った」

 

そう言って宿の卓に荷を置く。袖が切れていた。

 

「追われたのか」

「二度な」

 

ヴォルフは水を一杯飲んだ。飲み干してから懐に手を入れる。

 

「持ってきた」

 

一枚の紙だった。四つに折られている。折り目が古い。

 

「読め」

 

レオンはそれを広げた。

 

 

宛先はなかった。署名もない。

 

本文は十二行だった。

 

一行目に村の名があった。

 

カルム村。

 

二行目に位置。国境から南南東、街道沿い、三日。

 

三行目に人口。五十七戸、二百十四名。

 

四行目から防衛の状況だった。

 

常設の兵はない。自衛の組織が一つ。指導者は剣術の教授者で、元帝国兵の疑いあり。

 

六行目にこう書かれていた。

 

自衛の教習所は村の南寄り、井戸の裏。街道からは見えず。

 

レオンの指がそこで止まった。

 

道場の位置だった。

 

外から見えない場所だった。

 

半年前、トーレスがそう言った。知ってなきゃ行けない場所だと。

 

七行目に井戸の位置。

 

八行目に家屋の並び。

 

十行目にこうあった。

 

対象は当該期日に不在の見込み。

 

十一行目。

 

期日、及び不在の時刻は追報する。

 

十二行目の下に印があった。

 

朱の印影だった。

 

レオンはそれを知っていた。王国軍将軍府の印である。

 

 

「どこで手に入れた」

 

声が自分でも硬かった。

 

「帝国の兵站部だ」

 

ヴォルフは椅子に座った。

 

「西の街の倉に、王国の紙が混じって置いてあった」

「なぜ倉に」

「押収品と一緒にされてた。整理されてないんだ」

「見せろ」

「今、見せてる」

「他にも紙はあったのか」

「三十枚ばかり持ってきた。残りは要らんものだ」

 

ヴォルフが荷から紙束を出す。雑多なものだった。補給の記録。兵の異動。街道の報告。

 

その中にこの一枚が混じっていた。

 

「気づいたのは印だ」

 

紙の下を指で叩く。

 

「王国の印が押された紙が帝国の倉にある。それだけで妙だろう」

 

レオンは印影を見た。見覚えがあった。ゴードウィンから受けた辞令に、同じ印が押されていた。

 

 

その夜、エレナを呼んだ。

 

紙を渡すと灯りの下で長く見た。十二行を二度読む。それから印影に顔を近づけた。

 

「印は本物です」

「確かか」

「将軍府の印は縁に欠けがあります。三年前に落として欠けたもので、写しでは再現できません」

「では本物か」

「印は本物です」

 

エレナはそう繰り返した。

 

「筆跡は」

「閣下の私信を二通持っています。照合します」

 

半刻かかった。

 

その半刻、レオンは部屋の中を歩いていた。座れなかった。

 

「一致します」

 

エレナが顔を上げる。

 

「字の癖が三箇所。特に、期日の日の字の跳ね方が同じです」

 

レオンは息を吐いた。長く吐いた。

 

半年だった。半年、何も掴めていなかった。

 

「レオン殿」

「なんだ」

「一点だけ、引っかかります」

「言え」

「この密書は、あまりに」

 

エレナが言い終わる前だった。

 

「印も筆跡も一致したと言ったな」

「言いました」

「では、それでいい」

「……」

「引っかかるのは何だ」

 

エレナは少し黙った。それから首を振った。

 

「いえ」

「言え」

「今、申し上げても、聞いていただけないと思います」

 

レオンはその言葉に苛立った。苛立ちが消えないまま、紙を取り上げた。

 

「勝手にしろ」

 

 

翌日、副王都へ行った。

 

セレスティアは執務室にいた。紙を見せると、一行ずつ読んだ。読み終えるのに時間をかけた。

 

「エレナが印と筆跡を照合しました」

「一致したのですね」

「しました」

「そうですか」

 

セレスティアは紙を机に置き、手を膝に戻した。

 

「これだけでは、動かせません」

 

レオンの喉が一度動いた。

 

「一致したと申し上げました」

「聞きました」

「では、なぜ」

「将軍位の者を告発するには、これでは足りません」

 

静かな声だった。

 

「宛先がありません。署名もありません」

「印があります」

「印は盗まれます。将軍府には毎日、十人が出入りします」

「筆跡は」

「筆跡は根拠になります。ですが、これ一枚では」

「一枚で十分です」

 

声が大きくなった。自分でも分かった。

 

セレスティアは驚いた顔をしなかった。それがかえって痛い。

 

「レオン殿」

「……」

「私は、あなたを疑っていません」

「……」

「この紙も偽物だと申し上げていません」

 

紙の縁に指を置く。

 

「ただ、これで将軍を捕らえれば、軍が割れます」

「割れても構いません」

「構います」

「なぜです」

「今の王国で、将軍位はあの方一人です」

 

レオンは口を閉じた。

 

「他は死にました。あなたが四ヶ月前に立て直した軍は、まだあの方の名で動いています」

「……」

「今、あの方を捕らえたら、どうなるか」

 

分かっていた。分かっていて、それを聞きたくなかった。

 

「あなたが望むなら、私は動かします」

 

セレスティアは続けた。

 

「命令を出します。あなたが望むなら」

「……」

「ですが、それは私の判断ではありません。あなたのためにする判断です」

 

レオンは紙を見ていた。

 

「それでよろしいですか」

 

答えが出てこなかった。

 

「もう少し、待ってください」

 

セレスティアが頭を下げる。

 

「集めてください。あと一枚でいい。宛先か、署名か、金の流れ。何か一つあれば、私は動かせます」

 

レオンは紙を四つに折り、懐に入れた。

 

「……分かりました」

 

そう返して部屋を出た。

 

出てから廊下で足を止めた。

 

政治だ、と思った。軍が割れるのが困るから動かないのだ。

 

思いながら、違うことも分かっていた。

 

彼女は正しい。正しいことを言われて苛立っている。

 

半年前、アルブレヒトに同じことをされた。

 

そう思い出して、レオンは歩き出した。

 

 

その足で村へ向かった。

 

理由は自分でも説明できない。

 

六日かかった。着いたのは夕方だった。

 

村は半年前のままだった。誰も片付けていない。焼けた柱がそのまま立っている。麦畑だった場所に雑草が伸びていた。

 

家の裏へ回った。

 

菩提樹が葉をつけていた。半分焦げていた枝からも新しい葉が出ている。

 

その下に六つの盛り土があった。一番端の小さいものだけ、少し崩れている。

 

レオンはそれを手で直した。

 

「来てたのか」

 

声がした。

 

トーレスだった。小屋を一つ建てている。焼け跡の材木で組んだ粗いものだった。

 

「住んでるのか」

「半年な」

「なぜ」

「誰かいないと、猪が墓を掘る」

 

トーレスは盛り土の横に座った。レオンも座った。

 

しばらく二人とも黙っていた。風が吹いて、菩提樹の葉が鳴った。

 

「進んだか」

 

レオンは懐から紙を出して渡した。

 

トーレスはそれを読んだ。読むのに時間をかけた。

 

「……道場のことが、書いてあるのか」

「書いてある」

「井戸も」

「井戸もだ」

 

紙を膝に置く。

 

「半年前、俺が言ったことだ」

「覚えている」

「道場は外から見えない。知ってなきゃ行けない」

「言った」

「井戸を先に潰してた」

「それも言った」

 

トーレスは紙をもう一度見た。

 

「全部、ここに書いてあるじゃねえか」

 

レオンは盛り土を見ていた。

 

「印は本物だ。筆跡も一致した」

「じゃあ決まりだな」

「殿下は足りないと言った」

「そりゃ言うだろうな」

 

トーレスは鼻で笑った。

 

「王女様には国がある。将軍を捕まえたら軍が揉める。当たり前の話だ」

「……」

「だが、お前には国がないだろう」

 

レオンは顔を上げた。

 

「お前が守るもんは、そこに埋まってる」

 

盛り土を指す。

 

「殿下の都合と、お前の都合は違う。それだけだ」

 

レオンはその言葉を聞いていた。

 

胸の中にすっと入ってきた。入ってきたことに抵抗がなかった。

 

「返すぞ」

 

紙を渡された。レオンは受け取り、四つに折った。

 

 

日が落ちた。

 

トーレスが小屋に入って火を起こす。

 

レオンは墓の前に残った。

 

半年前、ここで何も言えなかった。誓う言葉が一つもなかった。仇を討つと言えば形になったが、誰を討つのか知らなかった。

 

今は知っている。

 

名前がある。顔がある。階級がある。

 

レオンは口を開いた。

 

「ノア」

 

盛り土は答えない。

 

「見つけた」

 

そう言うと、体の中に何かが通るのが分かった。

 

半年、胸の中が冷たかった。その冷たさが今は形になっている。

 

楽になった。

 

そう思った瞬間、レオンは自分で気づいた。

 

楽になっている。

 

なぜだ。

 

まだ何も終わっていない。家族は戻らない。村も戻らない。

 

それなのに、半年で一番楽になっている。

 

理由は一つしか思いつかなかった。

 

殺す相手が決まったからだ。

 

レオンはそこで考えるのをやめた。考えたら進めなくなる。

 

「ゴードウィンを殺す」

 

墓の前でそう言った。

 

半年かけて、レオンが初めて口にした誓いだった。

 

そして、それは間違っていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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