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復讐のダークナイト 〜愛を知った男は、再び黒い牙となる〜  作者: 筑紫隼人


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32/45

第32話 背中を預ける相手

二人になってから、動きが速くなった。

 

一人でやっていた二月分を、十日でやれた。

 

理由は単純だった。

 

一人だと、逃げ道を確保しながら動く。

 

二人だと、片方が逃げ道になる。

 

西の街で、帝国軍の兵站部に入った。

 

ヴォルフの伝手は、本物だった。

 

三年北にいた男の名は、まだ通じた。

 

門番が通す。書記が口を開く。酒を飲めば話が出る。

 

レオンはその横で黙っていた。

 

黙っているだけで、仕事が進んだ。

 

十日で、帳簿の写しが三十枚集まった。

 

 

危ない場面も、二度あった。

 

一度目は帰り道の関だった。

 

検めが厳しくなっていた。

 

「走れ」

 

ヴォルフがそう言って、逆へ走った。

 

自分が騒ぎを作って、レオンを通した。

 

半日後、別の道で合流した。

 

肩を斬られていた。

 

「深いぞ」

「浅い」

「見せろ」

「浅いと言ってる」

 

縫うのに、四十針かかった。

 

二度目は山の中だった。

 

帝国の巡回に鉢合わせた。

 

十二人。

 

二人で十二人は抜けない数ではない。

 

ただ、レオンは黒いほうを抜かなかった。

 

抜けば終わる。

 

抜かなければ、時間がかかる。

 

時間がかかれば、増援が来る。

 

そのとき、ヴォルフが前に出た。

 

「五分やる」

 

そう言った。

 

「残りは俺が持つ。お前は左の七人を片づけろ」

「七人は多い」

「お前ならやれる」

 

そのまま、五人の前へ出た。

 

一人で五人を止めた。

 

三分だった。

 

レオンが七人を倒して振り向くと、まだ立っていた。

 

一人も通していなかった。

 

「遅い」

 

ヴォルフが息を切らせて言った。

 

「三分だ」

「五分やると言ったんだ。三分で来るな」

 

そう言って、笑った。

 

レオンは、その場に立って、少し笑った。

 

笑ってから、自分で気づいた。

 

半年ぶりだった。

 

 

背中を預ける、という言い方を、レオンは信じていなかった。

 

黒い牙にいたころ、その言葉は使われなかった。

 

背後は自分で見るものだった。

 

見られなかった者が、死んだ。

 

だから、ヴォルフが後ろにいる状態を、最初は落ち着かないと感じた。

 

二月で、感じなくなった。

 

三月目には後ろを見なくなった。

 

見なくても、いた。

 

それだけだった。

 

 

集めた帳簿から、一つ分かったことがある。

 

侵攻の直前、帝国の一部門に、異例の予算が動いていた。

 

名目は「特殊装備補修費」。

 

金額は通常の部隊の十倍だった。

 

部門名は略号で書かれていた。

 

三文字の記号だった。

 

「これは何だ」

 

レオンが聞いた。

 

ヴォルフは紙を覗き込んだ。

 

「知らんな」

「三年いたんだろう」

「北にいたんだよ。皇都の部門記号なんぞ覚えてない」

「そうか」

「調べられる。時間はかかるぞ」

「頼む」

 

その記号の意味が分かるのは、それから一年半後になる。

 

 

もう一つ、分かったことがあった。

 

分からないことだった。

 

ゴードウィンの名が、どこにも出てこない。

 

帳簿にも、報告にも、金の流れにも。

 

王国内の協力者については、記述が一箇所だけあった。

 

「王国側の協力により、進路の確認を完了」

 

それだけだった。

 

名前がない。

 

階級もない。

 

「これで、将軍だとは言えないな」

 

ヴォルフが言った。

 

「言えない」

「他に、候補はいるのか」

 

レオンはしばらく考えた。

 

「いない」

「なら、絞れてるじゃないか」

「絞れているのではない。他を見ていないだけだ」

「同じことだろ」

「違う」

 

レオンは紙を置いた。

 

「同じだと思った時点で、間違える」

 

ヴォルフは、それには何も言わなかった。

 

「お前、変わったな」

 

しばらくして、そう言った。

 

「五年前のお前なら、もう首を刎ねてる」

「……そうだな」

 

 

その夜、山の中で火を焚いた。

 

ヴォルフが肩の布を巻き直していた。

 

四十針の傷はまだ塞がっていない。

 

レオンは自分の腕を見た。

 

昼、巡回の一人に斬られた場所がある。

 

もう、塞がっていた。

 

斬った七人分の力が入っていたからだ。

 

「便利だな」

 

ヴォルフがそれを見て言った。

 

「便利だ」

「羨ましくはないが」

「そうか」

「痛みがないのは、怖い」

 

ヴォルフは自分の肩を叩いた。

 

「痛いほうが、生きてる気がする」

 

レオンはその言葉を聞いた。

 

痛みがないのは怖い。

 

五年前の自分はそう思わなかった。

 

今は少し分かる。

 

火がはねた。

 

ヴォルフが枝を足した。

 

そして、言った。

 

「なあ、レオン」

「ああ」

「あれ、どうした」

「あれ」

「甲冑だよ」

 

レオンの手が止まった。

 

「黒い甲冑だ。お前が着てた」

「……壊れた」

「壊れた」

「五年前。皇都でだ」

 

ヴォルフは火を見ていた。

 

「あの晩か」

「そうだ」

「何で壊れた。魔法じゃ壊れんだろう」

「楔だ」

「楔」

「弩に似た武器だった。呪具用に作られていた。五年かけて用意したと、皇帝が言った」

 

ヴォルフはしばらく黙っていた。

 

「五年か」

「そう言った」

「……そうか」

 

枝を、火に入れた。

 

「で、今は」

「ある」

「ある」

「破片だが、ある」

「直せるのか」

「知らない」

「直せば」

 

ヴォルフはそこで言った。

 

「甲冑があれば、お前はもっと戦えるんじゃないか」

 

火が音を立てた。

 

レオンは火を見ていた。

 

「今日みたいな場面でも、抜かずに済む」

 

ヴォルフは続けた。

 

「あれがあれば、魔法は通らん。傷も塞がる。剣を抜く回数が減る」

「……」

「抜きたくないんだろう」

「抜きたくない」

「なら、甲冑のほうが安全じゃないか」

 

理屈が通っていた。

 

通っているから、危なかった。

 

レオンは口を開いた。

 

「誓った」

「誓った」

「二度と纏わないと」

「誰に」

 

答える必要はなかった。

 

答えなくてもよかった。

 

それでも、口が動いた。

 

「妻に」

 

ヴォルフは動かなかった。

 

火の音だけがしていた。

 

長かった。

 

枝が一本、燃え落ちるまで、何も言わなかった。

 

「……そうか」

 

それだけ言った。

 

顔は火のほうを向いていた。

 

「悪かった。忘れろ」

「いや」

「忘れろ。俺が言うことじゃなかった」

 

ヴォルフは立ち上がった。

 

「見張りは俺がやる。寝ろ」

「交代する」

「いい。お前は寝ろ」

 

そう言って、火から離れていった。

 

レオンはその背中を見送った。

 

気を遣ったのだろうと思った。

 

それだけだと思った。

 

 

三月目に、レオンは一度王都へ戻った。

 

セレスティアに報告する必要があった。

 

剣は三月で四回使った。

 

十九人だった。

 

数字を伝えると、彼女は紙に書き入れた。

 

「減っていますね」

「そうですか」

「四ヶ月で十一回、三ヶ月で四回です」

「……」

「よい傾向です」

 

レオンは何も言わなかった。

 

減った理由を知っていたからだ。

 

ヴォルフが前に出る回数が増えた。

 

それだけだった。

 

「陛下は」

 

聞くつもりのない問いが出た。

 

「起きておられます」

 

セレスティアは顔を上げた。

 

「今朝、庭まで歩かれました。杖をついて」

「……そうですか」

「三十歩で座り込まれましたが」

 

そう言って、少しだけ笑った。

 

「三十歩は、三十歩です」

 

 

訓練場の横を通ったのが、間違いだった。

 

「先生!」

 

声がした。

 

避けられなかった。

 

クリスが走ってくる。

 

「王都に戻っていたんですか」

「用があった」

「稽古を」

「できない」

「一本でいいんです」

「できない」

 

クリスは足を止めた。

 

そして、まっすぐこちらを見た。

 

「先生」

「なんだ」

「前に、俺みたいになるなと言いましたね」

「言った」

「意味が、まだ分かりません」

「分からなくていい」

「分かりたいです」

 

レオンは歩き出した。

 

クリスが横についてきた。

 

「あなたが何を隠してるのかは、聞きません」

「……」

「聞いても言わないでしょう。それは分かりました」

「そうだな」

「でも、一つだけ言わせてください」

 

クリスはそこで足を止めた。

 

レオンも、止まった。

 

「あなたが俺に何も教えないことと、俺が強くなりたいことは、別の話です」

「……」

「俺は、勝手に強くなります。それは、あなたに止められません」

 

そう言って、クリスは訓練場へ入っていった。

 

そして、木剣を取った。

 

一人で型を始めた。

 

レオンは柵の外にいた。

 

歩き出せばよかった。

 

歩き出さなかった。

 

クリスの型を、見ていた。

 

三本目で、気づいた。

 

四本目で、口が動いた。

 

「手首が上がってる」

 

言ってしまった。

 

クリスが止まった。

 

振り向いた。

 

そして、笑った。

 

「今の、教えたってことでいいですか」

 

レオンは答えなかった。

 

答えずに、歩き出した。

 

背中で、木剣の音がまた始まった。

 

さっきより、正確な音だった。

 

 

その夜、宿でレオンは眠れなかった。

 

考えていたのは、クリスのことではなかった。

 

甲冑だった。

 

破片は村の床下にある。

 

半年、誰も触っていない。

 

行けば、ある。

 

取りに行けば、取れる。

 

そこまで考えて、レオンは止めた。

 

何を考えているのかと思った。

 

纏うつもりなど、ない。

 

ないのに、考えていた。

 

封印してから、一度も考えなかったことだった。

 

考えなかったのではない。

 

考える必要がなかったのだ。

 

ノアが隣で寝ていたからだ。

 

レオンは寝返りを打った。

 

天井を見た。

 

消えなかった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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