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復讐のダークナイト 〜愛を知った男は、再び黒い牙となる〜  作者: 筑紫隼人


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第31話 新たな戦友

村が焼かれてから、半年が過ぎていた。

 

レオンは国境にいた。

 

隊は持っていない。

 

一人で動いていた。

 

探しているのは紙だった。

 

ゴードウィンと帝国の間に、何か一枚でもあれば十分だった。

 

命令書。報告の写し。金の動き。何でもいい。

 

王国側の記録はエレナが洗っていた。

 

穴は見つかるが、繋がるものが出てこない。

 

なら、帝国側を見るしかなかった。

 

 

目をつけたのは、国境から二日入った補給の中継点だった。

 

帝国は、前線と後方の間に文書を溜める場所を作る。

 

五年前はそうだった。

 

今も変わっていなければ、そこに紙がある。

 

三日、外から見た。

 

守りは四十人ほど。

 

夜の見張りは八人。

 

交代は三度。

 

そのうち一度だけ、六人になる時間がある。

 

四日目の夜、そこに入った。

 

 

最初の二人は声を出させずに済んだ。

 

三人目で、気づかれた。

 

「敵だ!」

 

明かりが上がった。

 

レオンは走った。

 

文書庫は中庭の奥にある。

 

そこまで三十歩。

 

途中に、五人。

 

鉄の剣で四人まで倒した。

 

五人目が鐘を打った。

 

四十人が起きた。

 

中庭に出た瞬間、正面から十五人ほど来た。

 

背後からも、足音がした。

 

囲まれた。

 

レオンは黒いほうの柄に手をかけた。

 

かけて、迷った。

 

ここで抜けば、数は問題にならない。

 

だが、夜が終わるころには自分が変わっている。

 

橋のあと、それを覚えていた。

 

迷ったのは一瞬だった。

 

一瞬でも、迷ったのは進歩だった。

 

そしてその一瞬のあいだに、外から声が上がった。

 

 

「――西の門が破られました!」

 

帝国兵がそちらを向いた。

 

中庭の半分が走っていった。

 

門のほうで、悲鳴が上がった。

 

金属が擦れる音。

 

倒れる音。

 

数が減っていく音だった。

 

レオンは残った八人を倒した。

 

鉄の剣で足りた。

 

そして、門のほうへ走った。

 

そこに、男がいた。

 

黒い装束の男が一人。

 

倒れた兵の上に立っていた。

 

五人か、六人。

 

その男がこちらを見た。

 

「よう」

 

そう言った。

 

「遅かったな」

 

レオンは剣を下げたまま立っていた。

 

声を知っていた。

 

十年、聞いていない声だった。

 

「……ヴォルフ」

「おう」

 

男は剣を肩に担いだ。

 

「久しぶりだな、レオン」

 

 

文書庫から、二束の紙を持ち出した。

 

中継点には火を放った。

 

二人で、山へ入った。

 

追われはしなかった。

 

追う者が残っていなかった。

 

夜明け前、沢のそばで火を焚いた。

 

ヴォルフが干し肉を焼いていた。

 

その手つきが昔と同じだった。

 

「痩せたな」

「お前は太った」

「肉がついたと言え」

 

ヴォルフは笑った。

 

顔に、五年前にはなかった傷がある。

 

左の眉から、頬へ抜けている。

 

「その傷は」

「三年前だ。北の戦だよ」

「深いな」

「深い。だが生きてる」

 

ヴォルフは、焼けた肉をこちらへ寄せた。

 

「食え」

 

レオンは受け取った。

 

二口食べて、止めた。

 

「食えよ。お前、その体でよく動くな」

「……慣れた」

「慣れるもんか」

 

ヴォルフはそれ以上言わなかった。

 

火がはねた。

 

 

「なぜここにいる」

 

レオンが聞いた。

 

「お前が生きてると聞いたからだ」

 

ヴォルフはあっさり答えた。

 

「誰から」

「帝国の中でだよ。半年前だ」

「……」

「王国に、黒い剣を使う男がいるって話が流れた」

 

レオンは火を見ていた。

 

橋で抜いた。

 

七十三人斬った。

 

三日で王都に届き、三日で帝国に届くと、エレナは言った。

 

その通りだった。

 

「あの噂が出たとき、俺は笑ったよ」

 

ヴォルフは膝を抱えた。

 

「あいつ、生きてやがったのかと」

「五年前に、処刑されたことになっている」

「なってるな。式まで挙げたぞ」

「式」

「お前の処刑の告知だ。皇都の広場で読み上げた。人形を吊るした」

 

ヴォルフは笑っていなかった。

 

「俺は、その場にいた」

「……」

「見ながら、おかしいと思った」

 

火がまた跳ねた。

 

「あの日、黒い牙は一人も呼ばれていない。近衛だけだった」

「そうだ」

「部隊長を処分するのに、部隊を呼ばない軍があるか」

 

レオンは答えなかった。

 

「俺は、それを上に聞いた」

 

ヴォルフは肉を裏返した。

 

「答えはなかった。代わりに、俺の隊が解かれた」

「……解かれた」

「北の戦線に飛ばされた。これは、そのときの土産だ」

 

顔の傷を、指で叩いた。

 

「三年やって、今年、抜けた」

「抜けた」

「帝国を出た。手は切ってきた」

 

ヴォルフはレオンを見た。

 

「お前を売った連中の下で、まだ働けると思うか」

 

レオンはその言葉を聞いた。

 

何も返せなかった。

 

返す言葉が見つからなかった。

 

 

焚き火が小さくなった。

 

ヴォルフが枝を足した。

 

「聞いていいか」

「言え」

「村に、いたんだろう」

 

レオンは火を見たままだった。

 

「五年、辺境の村にいたと聞いた」

「……ああ」

「半年前に、焼かれたと」

「ああ」

 

ヴォルフはそれだけ聞いた。

 

それ以上、何も聞かなかった。

 

誰が死んだか。

 

何人死んだか。

 

何をしていたのか。

 

一つも聞かなかった。

 

「そうか」

 

そう言って、枝を折った。

 

火に入れた。

 

「なら、いい」

 

レオンは少し驚いた。

 

「聞かないのか」

「聞いて、何か変わるか」

 

その言い方を、レオンは知っていた。

 

半年前、別の男に同じことを言われた。

 

この世界には、そういう男が二人いるらしい。

 

そう思った。

 

そう思ったことを、レオンは後で何度も思い出す。

 

 

夜が明ける前、レオンは紙を広げた。

 

奪ってきた二束だった。

 

火の明かりで、一枚ずつ見ていく。

 

配給の記録。

 

兵の異動。

 

街道の補修の報告。

 

どれも、探しているものではなかった。

 

三十枚目まで見て、レオンは紙を置いた。

 

「ないな」

「何を探してた」

「王国の将軍の名だ」

「王国の」

「ゴードウィン。うちの将軍だ」

 

ヴォルフは少し眉を上げた。

 

「内通を疑ってるのか」

「疑っている」

「証拠は」

「記録の穴が二つ。それだけだ」

「それは薄いな」

「薄い」

 

レオンは紙束を火の横に放った。

 

「半年、これをやっている」

「進んでないのか」

「進んでいない」

 

言ってしまってから、自分で驚いた。

 

誰にも言っていない言葉だった。

 

エレナにも言っていない。

 

セレスティアにも言っていない。

 

半年、何も掴めていない。

 

そのことを、認めたのは初めてだった。

 

「なあ、レオン」

「……」

「やめる気は、あるか」

 

レオンは顔を上げた。

 

「ない」

「即答だな」

「ない」

「じゃあ、続けるしかないだろう」

 

ヴォルフはあっさり言った。

 

「王国の記録に穴があるなら、帝国の内側を見るしかない。逆から見るんだ」

「入れるか」

「入れる」

 

ヴォルフは笑った。

 

「三年いた。伝手は残ってる」

「危ないぞ」

「お前が言うか」

 

火がまた跳ねた。

 

「一つ聞くが」

 

ヴォルフはこちらを見た。

 

「お前、自分の判断を信じてないな」

 

レオンは黙った。

 

「さっき、中庭で迷ってた」

「見ていたのか」

「見てた。手が、柄にかかって止まった」

「……」

「抜けば楽だったろう」

「抜かなかった」

「なぜ」

 

レオンは答えるのに時間をかけた。

 

「抜くと、戻れなくなる」

「そうか」

「一度、戻れなかった」

「橋か」

「……そうだ」

 

ヴォルフは、しばらく何も言わなかった。

 

それから、言った。

 

「お前なら、大丈夫だ」

 

「……」

「迷ってるやつは、まだ大丈夫なんだよ」

「根拠がない」

「ある」

 

ヴォルフは指を立てた。

 

「十八のとき、お前は迷わなかった」

「……」

「命じられて、迷わずに斬った。俺も斬った」

「そうだ」

「今、迷ってるんだろう」

「迷っている」

「じゃあ、変わったんだ」

 

そう言って、ヴォルフは肉の最後を口に入れた。

 

「変わったやつは、大丈夫だ」

 

レオンはその横顔を見ていた。

 

半年、誰にもこの話をしていなかった。

 

できなかった。

 

エレナには見張られている。

 

セレスティアには、報告している。

 

クリスには言えない。

 

どれも、隠すことがある相手だった。

 

この男にはない。

 

十八のとき、隣で同じことをしていた男だった。

 

黒い牙のことを知っている。

 

呪具のことを知っている。

 

自分が何をしてきたかを、全部知っている。

 

その男が大丈夫だと言った。

 

レオンは口を開いた。

 

「ヴォルフ」

「ああ」

「昔から、お前だけは信用できる」

 

ヴォルフは火を見ていた。

 

「……そうかよ」

 

短くそう言って、それだけだった。

 

顔はこちらへ向けなかった。

 

レオンはそのことを気にしなかった。

 

照れているのだろうと思った。

 

昔から、そういう男だった。

 

 

朝になった。

 

沢の水で、二人とも顔を洗った。

 

「これから、どうする」

 

レオンが聞いた。

 

「帝国の内側だ。西の街に知り合いがいる」

「俺も行く」

「来ると思ってた」

 

ヴォルフは荷を担いだ。

 

「歩けるか」

「歩ける」

「食ってないくせに」

「歩ける」

「ああ、そうだったな」

 

ヴォルフは笑った。

 

「お前は昔から、腹が減っても黙ってた」

 

そう言って、先に歩き出した。

 

レオンはその背中を見た。

 

半年ぶりに、前を歩く背中を見ていた。

 

村ではトーレスがそこにいた。

 

今はこの男がいる。

 

「これからは、二人だ」

 

ヴォルフが振り向かずに言った。

 

レオンは頷いた。

 

その朝、レオンは一つのことを考えた。

 

考えて、少しだけ楽になった。

 

この男の前では何も隠さなくていい。

 

半年ぶりに、そう思えた。

 

そう思えたことが、どれほど危ういかを、レオンはまだ知らない。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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