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【11/10完結】復讐のダークナイト 〜愛を知った男は、再び黒い牙となる〜  作者: 筑紫隼人


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第27話 橋を渡さぬ男

橋は思っていたより細かった。

 

石造りの一本橋。

 

荷車が二台並べば、もう塞がる。

 

その上を、人が渡っていた。

 

詰まっていた。

 

進んでいるのかどうか、遠目には分からない。

 

橋のこちら側に、まだ人が残っている。

 

二百は残っていると、伝令は言った。

 

見た限りではそれより多い。

 

レオンは人の流れに逆らって走った。

 

「逆だ!」

「向こうは駄目だ、戻れ!」

 

肩をぶつけながら、橋の手前まで出た。

 

そこで、見えた。

 

 

川沿いの土手に、王国の兵がいた。

 

十人ほど。

 

その十人が円を作っている。

 

円の内側に、人がいた。

 

外側に、帝国兵が並んでいた。

 

数は五十を超えていた。

 

囲みはもう閉じている。

 

円の兵が次々に崩れていく。

 

三人が倒れた。

 

七人になった。

 

そのとき、円の内側の人影が動いた。

 

女だった。

 

甲冑ではない。

 

軽い革の胴当てだけをつけている。

 

髪を、後ろで高く結んでいた。

 

戦うために結んだ形だった。

 

その手が髪に触れた。

 

結び目を、解いた。

 

髪が落ちた。

 

肩まで落ちて、風に流れた。

 

そして、腰から短剣を抜いた。

 

刃を、自分の側に向けた。

 

レオンは走った。

 

考えていなかった。

 

三度目だった。

 

四日のうちに、三度、考える前に走った。

 

 

帝国兵の後ろから入った。

 

一人目の首を、後ろから落とした。

 

二人目が振り向くのと、剣が入るのが同時だった。

 

三人目。

 

四人目。

 

囲みの外側から、内側へ穴を掘るように進んだ。

 

帝国兵が初めて後ろを気にした。

 

「後ろだ!」

「一人だ、一人しかいない!」

 

五人目を倒して、円まで届いた。

 

王国の兵が六人になっていた。

 

その六人がレオンを見た。

 

「どこの隊だ!」

「後ろを閉じろ。前は俺が持つ」

「あんた、一人で――」

「閉じろ」

 

兵は閉じた。

 

理由は分からなかったのだろう。

 

それでも、閉じた。

 

レオンは、円の内側に立っている女の前に出た。

 

短剣がまだ喉元にあった。

 

「殿下」

 

女の手が止まった。

 

顔を上げる。

 

目がこちらを見た。

 

焦点が合うまでに、少し時間がかかった。

 

「……レオン様」

 

あの森と、同じ呼び方だった。

 

「その剣を、下ろしてください」

「……」

「間に合いました」

 

セレスティアの手が、震えた。

 

短剣が指から落ちた。

 

石の上で、高い音がした。

 

 

「動けますか」

「動けます」

 

即答だった。

 

声は震えていなかった。

 

「橋を渡ってください」

「まだ、渡り終えていない者がいます」

「知っています」

「私は、最後に渡ります」

 

レオンはその顔を見た。

 

一年半前より、少し大人になっていた。

 

同じ目をしていた。

 

今は手当てをお願いします、と言ったときの目だった。

 

「殿下。橋の上で詰まれば、全員が死にます」

「……」

「先に行って、向こうで捌いてください。あなたの声なら、人が動きます」

 

セレスティアの唇が、動いた。

 

反論の形だった。

 

それを、言わなかった。

 

「……分かりました」

「行ってください」

「あなたは」

「殿を務めます」

「あなた一人で」

「六人います」

 

レオンは後ろの兵を指した。

 

「その六人も、連れていってください」

「それでは、あなた一人です」

「はい」

 

セレスティアは動かなかった。

 

「命令してください」

 

レオンはそう言った。

 

「命令があれば、この六人は下がります」

「……」

「殿下の命令でなければ、こいつらは下がりません」

 

セレスティアはしばらく黙っていた。

 

それから、顔を上げた。

 

「――下がりなさい」

 

声が通った。

 

「住民を渡らせなさい。これは命令です」

 

六人が動いた。

 

一人がレオンを見た。

 

「……すみません」

「行け」

「名前を、聞かせてください」

「いい」

「聞かせてください」

 

レオンは少し考えた。

 

「レオンだ」

「……覚えます」

 

そう言って、走った。

 

 

人の流れが橋へ吸い込まれていく。

 

レオンは橋の手前に立った。

 

石の欄干が腰の高さにある。

 

その前を、二歩で塞げる。

 

橋の幅が自分に都合がよかった。

 

「おい、あんた!」

 

後ろから、兵が叫んだ。

 

橋の上からだった。

 

「落とすぞ! 橋を落とす!」

「やめろ」

「敵が渡ってくる! 落とすしかない!」

「まだ渡り終えていない」

「あんたを残すことになる!」

 

レオンは振り向かなかった。

 

「後続が来る」

「え」

「王都から、まだ出てくる者がいる。散った者が、この街道に集まる」

「……」

「橋を落とせば、その連中が渡れない」

 

橋の上で、声が止まった。

 

「壊すのは簡単だ」

 

レオンは前を見たまま言った。

 

「だが、それをやると、後から来る者を見捨てることになる」

 

しばらく、返事がなかった。

 

やがて、声が変わった。

 

「……分かった」

「渡らせろ」

「持ちこたえられるのか」

「持たせる」

 

橋の上の足音がまた動き出した。

 

 

帝国兵が正面から来た。

 

数が増えていた。

 

土手の向こうから、列で来る。

 

五十ではない。

 

百を超えていた。

 

先頭がこちらを見て笑った。

 

「一人か」

「そうだ」

「橋の番か」

「そうだ」

「どけ」

「どかない」

 

先頭の男が槍を構えた。

 

レオンは鉄の剣に手をかけた。

 

かけて、止めた。

 

数を、もう一度見た。

 

百。

 

いや、その後ろにも動いている。

 

鉄の剣では四半刻ももたない。

 

もたなければ、橋が落ちる。

 

落ちれば、後から来る者が渡れない。

 

レオンはもう一方の柄に手を移した。

 

橋の上に、人がいる。

 

その全員がこちらを見ている。

 

見られない場所で抜け、と言われた。

 

噂になる、と言われた。

 

三日で王都に届き、三日で帝国に届く、と。

 

レオンは抜いた。

 

黒い刀身が夕闇の中で見えた。

 

「なればいい」

 

誰にも聞こえない声で、そう言った。

 

 

最初の三人は一息で枯れた。

 

槍が届く前に、黒い刃が飛んだ。

 

刀身は動いていない。

 

飛んだものが三人の胴を通り抜けた。

 

黒い霧が石の上に立った。

 

先頭の男の髪が白くなった。

 

顔が落ちた。

 

膝から崩れた。

 

橋の上で、誰かが叫んだ。

 

悲鳴だった。

 

「な、なんだ」

「化け物だ」

 

帝国兵の列が止まった。

 

止まったところへ、レオンが踏み込んだ。

 

四人目。

 

五人目。

 

斬るたび、黒い霧が流れ込んでくる。

 

疲れが消える。

 

腕が軽くなる。

 

目がよく見えるようになる。

 

橋の幅が味方だった。

 

一度に相手にするのは、三人まで。

 

三人を倒せば、次の三人が来る。

 

来るたびに、自分が強くなっている。

 

十人。

 

二十人。

 

石畳に、枯れた体が積み上がっていく。

 

積み上がると、敵はその上を越えてくる。

 

越えるときに、足が止まる。

 

止まったところを、斬った。

 

三十人。

 

四十人。

 

黒い霧が、橋のこちら側に溜まっていた。

 

腰の高さまで溜まって、風に流れなかった。

 

その中に立って、レオンは剣を振っていた。

 

痛みがどこにもない。

 

息も上がらない。

 

時間の感覚が消えていた。

 

 

どれくらい経ったのか、分からない。

 

気づいたら、暗くなっていた。

 

それから、また少し明るくなっていた。

 

夜が明けたのだと、後で分かった。

 

帝国兵はまだ来ていた。

 

来ていたが前ほど前に出てこない。

 

離れたところで、様子を見ている。

 

弓を持ってきた者がいた。

 

矢が飛んできた。

 

三本。

 

一本が肩に当たった。

 

刺さった。

 

痛くなかった。

 

抜いた。

 

穴が塞がっていくのが分かった。

 

レオンはその場を動かなかった。

 

橋を背にして、立っていた。

 

もっと来い、と思った。

 

そう思ったことを、そのときは何とも思わなかった。

 

 

「――もういい!」

 

声がした。

 

後ろからだった。

 

「渡り終えました! 全員、渡りました!」

 

レオンは前を見ていた。

 

帝国兵が五人ほど残っている。

 

まだ立っている。

 

「聞こえてますか! もういいんです!」

 

声が近づいてきた。

 

橋を戻ってきた兵がいた。

 

レオンの後ろまで来て、肩に手をかけた。

 

「来てください、もう」

 

レオンは振り向いた。

 

兵の顔がそこにあった。

 

若い顔だった。

 

その顔から、色が引いた。

 

手が肩から離れた。

 

一歩、下がった。

 

もう一歩、下がった。

 

「……」

 

何も言わなかった。

 

言えなかったのだろう。

 

その兵は、そのまま後ろへ歩いていった。

 

レオンはまた前を向いた。

 

そして、前にいる五人のところへ歩き出した。

 

五人が逃げた。

 

逃げるのを、追った。

 

追って、三人斬った。

 

残り二人が土手の向こうへ消えた。

 

追おうとして、足を止めた。

 

止めたのは、そこに誰もいなくなったからだった。

 

他に理由はなかった。

 

 

朝日が川に落ちていた。

 

レオンは橋の手前に立っていた。

 

足元に、枯れた体が積み上がっている。

 

数えようとした。

 

数えられなかった。

 

七十は超えている。

 

黒い霧が少しずつ薄くなっていく。

 

風に流されて、川のほうへ流れていった。

 

そして、来た。

 

力が抜けていく。

 

腕から抜けた。

 

足から抜けた。

 

膝が勝手に折れた。

 

石畳に、手をついた。

 

肩が上下している。

 

息が足りない。

 

肩の穴がまた痛み出した。

 

痛い、と思った。

 

痛みが戻ってきた。

 

レオンはその場に座り込んだ。

 

そして、確かめた。

 

一晩、何をしていたか。

 

橋を守った。

 

住民を渡らせた。

 

橋を落とさせなかった。

 

後から来る者のために、残した。

 

そこまでは覚えている。

 

途中から、覚えていない。

 

いつからだ。

 

どのあたりからだ。

 

思い出そうとして、出てきたのは別のものだった。

 

もっと来い、と思った。

 

あれはいつだ。

 

そして、五人が逃げたときに追った。

 

あれは何のためだ。

 

もう、渡り終えていた。

 

渡り終えたと、言われていた。

 

聞こえていた。

 

聞こえていて、追った。

 

守るためではない。

 

橋のためでもない。

 

レオンは自分の手を見た。

 

黒い刀身に、血は一滴もついていない。

 

その手が震えていた。

 

疲れのせいではなかった。

 

言葉にしなければ、分からなかった。

 

だから、言葉にした。

 

楽しかった。

 

そう思った。

 

一晩のどこかで、確かにそう思った。

 

レオンは口を押さえた。

 

胃が上がってきた。

 

石畳に吐いた。

 

二日、何も食べていない。

 

出るものはほとんどなかった。

 

それでも、吐いた。

 

十四日前だった。

 

縁側で、肩に頭を預けられた。

 

あなたの強さね。

 

誰かを守るためのものであってほしい。

 

約束して。

 

約束する。

 

レオンは、四つん這いのまま、そこにいた。

 

 

「――レオン様」

 

声がした。

 

上げた顔の先に、人が立っていた。

 

セレスティアだった。

 

橋の、こちら側に。

 

渡っていなかった。

 

いや、渡って、また戻ってきたのかもしれない。

 

護衛が四人、後ろに控えていた。

 

四人とも、レオンを見ていなかった。

 

足元の、積み上がったものを見ていた。

 

セレスティアだけが、レオンの顔を見ていた。

 

「……ご無事で」

 

そう言った。

 

声が少し掠れていた。

 

レオンは立とうとした。

 

立てなかった。

 

「そのままで」

 

セレスティアが前に来た。

 

そして、膝を折った。

 

王女が地面に膝をついた。

 

「一晩、見ていました」

 

レオンは何も言えなかった。

 

「橋の上から、見ていました」

「……」

「向こうへ渡れと、あなたは言いました」

「はい」

「渡りました。渡って、戻りました」

 

セレスティアは、レオンの目を見ていた。

 

逸らさなかった。

 

「一つ、伺ってよろしいですか」

「……はい」

「あの剣は、何ですか」

 

レオンは答えなかった。

 

「あの戦い方は、王国の剣術ではありません」

「……」

「あなたは、何者ですか」

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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