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【11/10完結】復讐のダークナイト 〜愛を知った男は、再び黒い牙となる〜  作者: 筑紫隼人


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25/52

第25話 静かな復帰

王都までの道は六日かかった。

 

行きと同じ日数だった。

 

だが、街道は行きと違っていた。

 

荷車が北から南へ流れていた。

 

鍋を積み、布団を積み、子供を乗せている。

 

国境の方から来た者たちだった。

 

すれ違うたび、誰かが同じことを聞いた。

 

「王都は、まだ大丈夫かね」

 

レオンは答えられなかった。

 

エレナは馬に乗れず、荷車に座っていた。

 

腹の傷が揺れに弱いらしい。

 

途中で一度、熱が出た。

 

半日休んだ。

 

その半日、レオンは街道の端に立っていた。

 

座らなかった。

 

座ると、考えてしまう。

 

 

王都の門は以前より混んでいた。

 

入る者を検めている。

 

順番を待つ列が、城壁の外まで伸びていた。

 

その列に、レオンも並んだ。

 

軍の札を出せば先に通れる。

 

出さなかった。

 

「なぜ並ぶのですか」

 

荷車の上から、エレナが聞いた。

 

「急ぐ用がない」

「ありますが」

「ない」

 

エレナはそれ以上言わなかった。

 

三刻ほどかかって、門を抜けた。

 

城壁の内側は、変わっていないように見えた。

 

市場が立っている。

 

人が歩いている。

 

半年前と同じだった。

 

それが妙に腹立たしかった。

 

 

軍の本部で、書類を出した。

 

視察の報告書だった。

 

国境の三つの束。街道の測量の痕跡。それを軍が通せるかどうか。

 

半年前に自分が読んだ通りだった。

 

読んだ通りに、なった。

 

受け取った書記官は、書類を三枚めくって、置いた。

 

「これは、もう」

 

言いかけて、やめた。

 

「手遅れという意味か」

「……申し訳ありません」

 

書記官は別の紙束を出した。

 

「先に、こちらをお願いします」

 

一枚の紙だった。

 

カルム村。

 

その下に、数字が書かれている。

 

戦災死亡者、五十三名。

 

それだけだった。

 

五十三という字は、他の村の名前の下にも並んでいた。

 

三十一名。

 

十二名。

 

七名。

 

十六名。

 

紙の上では同じ書き方だった。

 

「氏名の一覧を、確認していただけますか」

 

別の紙を渡された。

 

名前が並んでいた。

 

レオンは上から読んだ。

 

三行目にノアがあった。

 

その下にミアがあった。

 

アルブレヒト・フォルスター。

 

マルタ・フォルスター。

 

リンの名前はなかった。

 

生まれていないからだ。

 

届けが出ていないものは、数に入らない。

 

レオンはその紙の余白を見た。

 

書き足そうかと思った。

 

やめた。

 

「相違ありません」

 

そう言って、返した。

 

「ご署名を」

 

ペンを渡された。

 

レオンは自分の名を書いた。

 

家族の死亡を確認したという書類に、自分で署名した。

 

インクが乾くまで、少し待たされた。

 

待っている時間が、長かった。

 

 

ヨナス・ベルガーの名は、別の紙にあった。

 

軍属だからだ。

 

戦死扱いになっていた。

 

「ご遺族への通知は、こちらから出しますが」

「俺が書く」

「規定では」

「俺が書く」

 

書記官は少し黙ってから頷いた。

 

「では、そのように」

 

その手紙を、レオンは三ヶ月書けなかった。

 

 

ゴードウィンの部屋に通されたのは、その日の夕方だった。

 

将軍は書類の山の前にいた。

 

半年前より、山が高い。

 

「座れ」

 

レオンは座った。

 

「聞いた」

 

それだけ言った。

 

「はい」

「私が視察を出した」

「はい」

「あの村に泊まれと言ったのは、私だ」

 

レオンは顔を上げた。

 

ゴードウィンは、書類を見ていなかった。

 

「詫びはしない」

「……」

「詫びて済む話ではないからだ」

 

そう言って、初めてこちらを見た。

 

「お前が上げてきた地図は、正しかった」

「はい」

「上には通した。三度通した」

「……」

「動かなかった」

 

ゴードウィンは、書類の山を手のひらで叩いた。

 

「今、動いている。半年遅い」

 

レオンは何も言わなかった。

 

「望みを言え」

「望み」

「あるだろう。この状況で、言わない男ではあるまい」

 

レオンは少し考えた。

 

考える必要はなかった。

 

道中、六日考えていた。

 

「階級を下げてください」

 

ゴードウィンの眉が、動いた。

 

「なんだと」

「上級士官の職を返上します。一将校として、前線に出たい」

「理由は」

「前線にいたいからです」

「答えになっていない」

「それ以上は、申し上げられません」

 

部屋が静かになった。

 

ゴードウィンは、しばらくレオンの顔を見ていた。

 

半年前と同じ見方だった。

 

腰。

 

手。

 

そして、顔。

 

「復讐か」

 

レオンは答えなかった。

 

「答えなくていい」

 

ゴードウィンは、書類を一枚引き寄せた。

 

「認める」

「……ありがとうございます」

「礼は要らん」

 

書きながら、将軍は言った。

 

「ただし、一つ言っておく」

「はい」

「死に場所を探しに行くなら、余所でやれ。うちの兵を巻き込むな」

 

レオンは立ち上がって頭を下げた。

 

部屋を出るとき、背中に声がかかった。

 

「レオン殿」

「はい」

「お前は、何を知っている」

 

レオンは振り向かなかった。

 

「……何も」

「そうか」

 

それだけだった。

 

扉が閉まった。

 

 

その夜、宿舎にクリスが来た。

 

「先生」

 

戸を叩く音より先に、声がした。

 

レオンは戸を開けた。

 

クリスの顔がいつもと違っていた。

 

「聞きました」

「……ああ」

「村が」

「ああ」

 

クリスは、それ以上言葉が続かなかった。

 

握った拳が震えていた。

 

「くそ」

「……」

「帝国の連中は」

 

そこで止めた。

 

止めて、レオンを見た。

 

「すみません。今、俺が言うことじゃない」

「構わない」

「構いません。俺の話じゃない」

 

クリスは頭を下げた。

 

長く下げた。

 

上げたとき、目が赤くなっていた。

 

レオンはそれを見ていられなかった。

 

この男の兄を殺した。

 

その男の村が焼かれたことで、この男が泣いている。

 

「クリス」

「はい」

「稽古は、しばらくできない」

「分かってます」

「前線に出る」

「え」

「階級を下げてもらった。一将校で出る」

 

クリスは目を見開いた。

 

「なぜです。あなたなら、もっと上で」

「その方がいい」

「……」

 

しばらく、二人とも黙った。

 

やがて、クリスが言った。

 

「戻ったら、また見てください」

「……」

「俺は、待ってます」

 

レオンは何も答えなかった。

 

ノアの言葉を思い出した。

 

その人に剣を教えるの、やめないで。

 

あなたが逃げたら、あの人は一人で強くなろうとする。

 

「……分かった」

 

そう言った。

 

言ってから、自分に腹が立った。

 

約束を、また一つ作ってしまった。

 

 

三日後、レオンは国境へ向かった。

 

腰に、剣が二本ある。

 

一本は支給された鉄の剣。

 

もう一本は、新しく作らせた鞘に入っている。

 

出発の前、エレナが言った。

 

「一つ、決めておきたいことがあります」

「なんだ」

「黒いほうを抜くときは、見られない場所で抜いてください」

 

レオンはその言葉を聞いた。

 

「見られるとどうなる」

「噂になります」

 

エレナは迷わなかった。

 

「黒い刃で敵が老いて死ぬ、という噂が一度立てば、三日で王都に届きます」

「……」

「そして、三日で帝国にも届きます」

「そうだな」

「抜くな、とは申しません」

 

エレナはそこで初めて目を逸らした。

 

「抜かなければ死ぬ場面は、あると思います」

「ああ」

「ですから、場所を選んでください」

 

レオンは頷いた。

 

「見張るんだったな」

「はい」

「頼む」

 

エレナは頭を下げた。

 

 

最初の戦闘は、国境から二日入った砦だった。

 

帝国の一隊が、街道の関を落としに来た。

 

数はこちらが少なかった。

 

夜だった。

 

森の中だった。

 

見られない場所だ、と思った。

 

レオンは黒いほうを抜いた。

 

四人斬った。

 

黒い霧が下草の上を這った。

 

枯れて崩れる音を、味方は聞いていない。

 

離れた場所で、別の組と戦っていた。

 

戦闘が終わったとき、レオンの体には傷が一つもなかった。

 

疲れも、なかった。

 

朝まで歩けた。

 

夜が明ける頃、力が抜けていくのが分かった。

 

四人分の力が体から消えていく。

 

足が重くなる。

 

肩が下がる。

 

昨夜より弱くなっている。

 

残ったものは一つだけだった。

 

渇きだった。

 

力は消えて、渇きだけが残った。

 

レオンはその差を確かめた。

 

三日前も、そうだった。

 

四日前も、そうだった。

 

奪ったものは残らない。

 

欲しくなる気持ちだけが残る。

 

そういう剣だった。

 

そして、レオンは考えた。

 

都合がいい、と思った。

 

渇いていれば、剣を抜く理由に困らない。

 

抜く理由に困らなければ、探し続けられる。

 

探し続けられれば、いつかは見つかる。

 

だから、これでいい。

 

そう思った自分を、レオンは咎めなかった。

 

咎める相手がもういなかった。

 

 

その戦闘から、九日後だった。

 

帝国の本隊が、別の街道から王都へ迫る。

 

誰も、それを知らなかった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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