第23話 偶然ではない
三日目に、生存者が村を出ることになった。
隣村から荷車が来た。
知らせが回ったらしい。六人が乗った。年寄り二人、女二人、子供二人。
トーレスが荷を積み、レオンが車を押した。
押すだけなら、手伝わせてもらえた。
出発の前に、ハンスが来た。
「先生は、行かないんですか」
「行かない」
「ここに、残るんですか」
「まだ、決めていない」
ハンスは、荷車の端を握ったまま立っていた。
「俺、道場を続けたいです」
「……」
「いつか。どこかで」
レオンは、その子の頭に手を置こうとした。
置けなかった。
九人を死なせた手だった。
「先生」
ハンスが、顔を上げた。
「一つ、言ってなかったことがあります」
「なんだ」
「あいつら、家を探してたんです」
レオンの手が止まった。
「逃げるとき、隠れてて。聞こえたんです」
ハンスは、思い出すように目を細めた。
「隊長の家はどれだ、って」
「……」
「何人かで、そう言い合ってました」
隊長。
その言葉が、耳の中で止まった。
「先生、隊長って、誰なんですか」
レオンは、答えなかった。
答えられなかった。
ハンスは、それ以上聞かなかった。
荷車が動き出した。
ハンスは、最後まで振り返らなかった。
その日の夕方、レオンは焼け跡に座っていた。
思い出していた。
二日前の夜のことだった。
広場で、ディーターが言った。
裏切り者の元隊長が、この村にいると聞きました。
上からです。私は、命じられた通りに動いただけです。
家を探しました。一軒ずつ。
レオンは、その言葉を頭の中で並べた。
並べ直した。
三つ、分かることがある。
一つ。帝国は、自分がこの村にいることを知っていた。
二つ。だが、どの家かは知らなかった。
三つ。それを知らせた誰かが、いる。
五年間、誰にも知られなかったはずだった。
村の外へは、ほとんど出ていない。
王都へ移ってからも、本名以外は名乗っていない。
それなのに、知られていた。
「考え込んでるな」
トーレスが来た。
手に、鍋を持っている。
「食え。今度は食え」
置かれた。
レオンは、少し迷って、手を伸ばした。
三日ぶりだった。
味は分からなかった。
それでも、飲み込めた。
トーレスは、隣に座った。
しばらく黙っていた。
そして、言った。
「俺も、考えてたんだ」
「何を」
「おかしいだろ、今回のこと」
レオンは、鍋を置いた。
「どこがだ」
「全部だ」
トーレスは、焼けた家並みを見た。
「まず、時間だ」
「時間」
「昼過ぎに来た。畑に出てる連中が一番多い時間だ。道場も稽古中。家に残ってるのは、年寄りと女と子供」
「……」
「村を潰すのに、一番効率のいい時間帯だよ」
レオンは、何も言わなかった。
その通りだった。
「次に、手際だ」
トーレスは、指を二本立てた。
「井戸を先に潰してる。見たか」
「見ていない」
「潰されてた。水を使えなくしてから、火をつけてる」
「……」
「それと、道場だ」
「道場」
「あの場所は、村の外から見えない。奥まってるからな。それなのに、真っ先に入ってる」
レオンの背中が、冷たくなった。
「知ってなきゃ、行けない場所だ」
「……そうだな」
「そして、三つ目」
トーレスは、指を三本にした。
「お前が帰ってた」
レオンは、トーレスの顔を見た。
「半年ぶりだろう。たった半月の里帰りだ」
「……」
「その半月のうちの、たった一日。お前が村を離れた日に来てる」
トーレスは、そこで一度言葉を切った。
「お前が帰ってくるのを、待ってたみたいじゃねえか」
風が吹いた。
灰が舞って、二人の間を流れた。
「レオン」
「ああ」
「これは、戦争の巻き添えじゃない」
「……」
「この村は、狙われたんだ」
レオンは、鍋の縁を見ていた。
言われる前に、分かっていた。
ディーターがそう言った。
だが、他人の口から聞くと、形が変わった。
輪郭が、はっきりした。
「誰がやった」
レオンは、初めてそれを口に出した。
「部隊の指揮官は、二日前に死んだ」
「殺したのか」
「殺した」
トーレスは、それについて何も言わなかった。
驚きもしなかった。
「じゃあ、そいつじゃない」
「命じられた、と言っていた」
「上から、だな」
「そうだ」
「その上が、誰かだ」
トーレスは、膝を抱えた。
「なあ、レオン。ここからは、俺の勘だ」
「言え」
「漏れたのは、村の中からじゃない」
レオンは、顔を上げた。
「なぜだ」
「村の人間は、全員死んでる」
トーレスは、墓地のある東を見た。
「五十三人だ。数えたのは俺だ。生き残ったのは、七人。年寄りと女と子供、それとハンス」
「……」
「あの七人が、帝国と繋がってたと思うか」
思わなかった。
「だろう」
トーレスは、頷いた。
「じゃあ、どこから漏れた」
「……」
「お前が半年ぶりに帰る。その日程を知ってたのは、誰だ」
レオンの中で、何かが組み上がった。
「軍だ」
「そうだ」
トーレスは、はっきり言った。
「王都の人間だよ」
「……」
「視察の名目を出した奴。日程を決めた奴。書類を回した奴。馬を手配した奴」
「……」
「それと、お前がこの村の出だと知ってた奴」
レオンは、立ち上がっていた。
自分で気づかないうちに、立っていた。
「レオン」
「……」
「まだ決めつけるな。俺の勘だ」
「勘は当たる」
「猟師の勘だぞ」
「お前の勘は、外れたことがない」
トーレスは、それには答えなかった。
代わりに、こう言った。
「調べるなら、王都に戻るしかない」
その夜。
レオンは、菩提樹の下に立っていた。
六つの盛り土が並んでいる。
三日前は、何も言葉が出なかった。
今も、祈る言葉はない。
だが、別のものが出てきた。
頭の中に、一つの問いが立っている。
誰が。
その問いは、形がある。
重さがある。
掴める。
三日間、何もなかった胸の中に、初めて何かが入った。
それが、悲しみではないことに、レオンは気づいていた。
冷たかった。
胸の中が、冷たい。
そして、その冷たさが心地よかった。
何もない状態より、ずっとましだった。
レオンは、腰の剣に手を触れた。
鞘は、まだ家の中にある。
だから、刀身を布で巻いてあった。
その布越しに、温かい。
四年間、土の下にあったものと同じ温度だった。
足りない。
そう聞こえた。
幻聴だと、あの夜は思った。
今夜は、そう思わなかった。
レオンは、その声に頷いた。
「ああ」
声に出して、そう答えた。
「足りない」
盛り土の前で、レオンは初めて何かを口にした。
誓いではなかった。
同意だった。
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