第22話 埋葬
朝、トーレスが道具を持ってきた。
鋤が二本。
鍬が一本。
どこかの物置から掘り出してきたらしく、柄が焦げていた。
「使えるのは、これだけだ」
レオンは、それを見た。
そして、自分の右手を見た。
まだ、握っていた。
一晩、持ち替えたまま眠った。
眠ったのかどうかも、はっきりしない。
レオンは、左手で右手の指にかかった。
人差し指を、外した。
中指を、外した。
一本ずつだった。
一度に開かなかった。
薬指と小指を外すと、柄が手のひらから離れた。
手の形が、そのまま残っていた。
窪みが、指の形をしている。
レオンは、その手を二、三度握り直した。
やがて、開いた。
剣を、家の壁に立てかけた。
戸の横だった。
そこに置いて、鋤を取った。
場所を決めた。
村の墓地は、村の東にある。
石が並んで、柵が立っていた。
柵は焼けていたが、墓地は残っていた。
村人は、そこへ。
家族は、そこへ運ばなかった。
庭にした。
自宅の裏の、菩提樹が立っているところだった。
木は、焼けていなかった。
家の陰にあったせいだ。
葉が、半分だけ焦げている。
ミアが毎日水をやっていた木だった。
その下を、レオンは掘り始めた。
鋤が、土に入る。
一度。
二度。
土は硬かった。
昨夜、床下を掘ったときと同じ硬さだった。
それでも、入る。
深さの目安は、体で知っていた。
戦場で、何度も掘った。
味方を埋めるためではない。
塹壕を切るためだった。
同じ技術を、今使っている。
昼までに、六つ掘った。
六つで止めた。
ノア。
ミア。
アルブレヒト。
マルタ。
ヨナス。
六つ目は、小さかった。
一番小さく掘った。
リンの穴だった。
そこに入れるものは、何もなかった。
それでも、掘った。
トーレスが、来た。
「代わる」
「いい」
「二日はかかるぞ。村のほうも、まだ全部じゃない」
「いい」
「あんた、昨日から何も食ってないだろう」
レオンは、手を止めなかった。
腹は減っていなかった。
疲れも、なかった。
朝から六つ掘って、息も上がっていない。
昨夜、床下を掘ったときに割れた爪は、もう元に戻っていた。
指の皮も、塞がっている。
普通なら、こうはならない。
普通の人間なら、六つ掘る前に手が動かなくなる。
レオンは、鋤の柄を見た。
なぜ動けるのか、分かっていた。
昨夜、二十九人殺した。
その命が、今、体の中にある。
その力で、穴を掘っている。
家族の墓を、昨夜殺した兵たちの命で掘っている。
レオンは、その事実を頭の中で一度並べた。
並べて、そのまま鋤を下ろした。
運んだ。
一人ずつ、自分で運んだ。
土間から、アルブレヒトを。
体は、思ったより軽かった。
老人の体だった。
その両手は、まだ前に伸びた形で固まっていた。
穴に下ろすとき、その形が崩れなかった。
崩さないように置いた。
マルタを、その隣に置いた。
手を、繋がせた。
握ったままだった手を、そのまま合わせるだけでよかった。
ヨナスを運んだ。
若い体だった。
重かった。
穴に下ろす前に、上着を直した。
血で固まっていて、うまく直らなかった。
それでも、直した。
「春に、式だったんだ」
レオンは、口に出した。
誰にも言っていない。
「ハンナという名前らしい」
土をかける手が、一度止まった。
ハンナに、何を書けばいいのか。
考えようとして、やめた。
今は、まだ考えられない。
奥の部屋に入った。
昨夜から、二度目だった。
ノアは、同じ姿勢だった。
腕の中に、ミアがいる。
ミアの手が、まだノアの服を握っている。
レオンは、その手にもう一度触れた。
一日経っても、指は開かなかった。
外そうとして、やめた。
ノアの言葉を思い出した。
そのままで、いい。
いっしょに、いるから。
レオンは、二人をまとめて抱え上げた。
重かった。
一人分より重い。
だが、離さなかった。
離さないまま、庭へ出た。
二つ掘った穴のうち、大きいほうへ下ろした。
小さいほうは、空のままになった。
ミアの穴が、余った。
レオンは、その穴を見た。
それから、埋めた。
何も入れずに、埋めた。
夕方までに、村の墓地に十四。
翌日、三十九。
合わせて五十三だった。
数えたのは、トーレスだった。
レオンは、掘っていた。
二日で、五十九の穴を掘った。
誰も手を貸さなかった。
貸そうとした者はいた。
年寄りの一人が、鍬を取ろうとした。
レオンは、何も言わずに掘り続けた。
その年寄りは、鍬を置いて離れた。
離れるとき、一度だけ振り返った。
その目に、何が入っていたのかは分からない。
分かろうとも、しなかった。
ハンスの母親は、見つからなかった。
二日、探した。
家の下も、川も、麦畑も見た。
出てこなかった。
「先生」
夕方、ハンスが来た。
「穴を、一つください」
レオンは、掘った。
一つ。
何も入らない穴を。
ハンスは、その穴に、自分の木刀を入れた。
「母ちゃん、これ、いつも磨いてくれてたんです」
そう言って、土をかけた。
自分で全部かけた。
終わってから、しばらく座っていた。
泣いていなかった。
その子も、泣かなくなっていた。
エレナは、生きていた。
焼け残った納屋に、寝かされている。
熱は下がっていた。
二日目の午後、レオンはそこへ行った。
エレナは、起きていた。
目は開いている。
だが、レオンの顔を見なかった。
顔の横を、見ていた。
「傷は」
「塞がっています」
「歩けるか」
「三日あれば」
短い返事だけだった。
以前のような、余計な一言がない。
経歴書がどうだとか、川沿いは湿るとか、そういうものが出てこない。
レオンは、それについて何も聞かなかった。
聞いたら、答えが返ってくる。
返ってきた答えを、受け止められるとは思えなかった。
「休んでいろ」
「はい」
出ていくとき、背中に視線を感じた。
振り向かなかった。
二日目の夜。
庭に、六つの盛り土ができていた。
大きいのが一つ。
その隣に、四つ。
一番端に、小さいのが一つ。
墓標はなかった。
木を削る時間が、まだない。
トーレスが、隣に立った。
「終わったな」
「ああ」
「何か、言うか」
レオンは、盛り土を見ていた。
何か言うべきだと思った。
誓うべきだと思った。
村では、そうしていた。
誰かを埋めたら、村長が何か言った。
祈りのようなものを、皆で唱えた。
レオンは、その言葉を覚えていなかった。
覚えようとしたことが、なかった。
そして、それとは別に。
言うべき言葉が、一つもなかった。
必ず仇を討つ。
そう言えば、形にはなる。
だが、それは違った。
誰を討つのかを、まだ知らない。
村を守る。
もう、守るものがない。
幸せになる。
言えるわけがなかった。
約束を守る。
昨夜、破った。
「……いや」
レオンは、そう言った。
「何もない」
トーレスは、頷いた。
何も聞き返さなかった。
二人で、しばらく盛り土を見ていた。
風が吹いて、菩提樹の焦げた葉が落ちた。
一枚が、大きい盛り土の上に落ちた。
レオンは、それを拾わなかった。
やがて、背を向けた。
家の戸の横に、剣が立てかけてある。
二日、そこにあった。
誰も触らなかった。
レオンは、その前で止まった。
置いていける、と思った。
そう思った時間が、確かにあった。
それから、手を伸ばした。
柄を握った。
手のひらの窪みに、そのまま収まった。
誓う言葉を、レオンは持っていなかった。
持っていたのは、これだけだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。
一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。
次話もお付き合いいただければ嬉しいです。




