第21話 灰の中で
夜が明けた。
レオンは、それを知らなかった。
明るくなったことには気づいた。
それが朝だという結びつきが、頭の中で起きなかった。
座っていた。
自宅の前だった。
戸から三歩のところに、地面に座っている。
いつからそうしているのか、分からない。
トーレスが隣にいた。
座っている。
何も言わない。
一度も、言わなかった。
火は、消えていた。
煙だけが、あちこちから細く上がっている。
昨夜は、村が赤かった。
今は、灰色だった。
黒く焦げた柱が、何本か立っている。
屋根が落ちて、家の形が分からなくなっている。
診療所があった場所には、何も残っていない。
薬草の匂いは、消えていた。
焦げた匂いも、薄くなっている。
もっとも、匂いは分からなかった。
朝からずっと、何も匂わない。
寒くもない。
風は吹いている。
吹いているのは、頬で分かる。
冷たいという感じが、来なかった。
そういえば、と思った。
昨夜から、痛いところが一つもない。
右手に、剣があった。
握っている。
握っていることに、気づいていなかった。
黒い刀身が、朝の光を返さない。
血は、ついていない。
昨夜から、一度も鞘に入れていない。
鞘は、家の中にある。
だから、入れられない。
人の声がした。
顔を動かす。
通りの向こうに、人が歩いていた。
三人。
四人。
生きている村人だった。
一人が、瓦礫を持ち上げている。
その下を見て、また下ろす。
次の瓦礫へ行く。
名前を呼んでいた。
誰かの名前だった。
レオンは、その名前を知っていた。
知っていたが、誰なのか思い出せなかった。
昼になった。
生き残っていた村人は、七人だった。
ハンス。
年寄りが二人。
女が二人。
子供が二人。
七人で、遺体を通りへ運び始めた。
順番などなかった。
手が届くところから、運んでいる。
石の目印のところに、酒場の主人がいた。
その隣に、村長を並べた。
そうやって、並べていった。
誰かが泣いていた。
誰かは、泣いていなかった。
七人とも、レオンのところへは来なかった。
近づかない。
一人だけ、こちらを見た者がいた。
女だった。
目が合った。
すぐに逸らされた。
昨夜、この村のどこかから、広場が見えた者がいたのかもしれない。
レオンは、それについて何も考えなかった。
トーレスが、水の入った革袋を差し出した。
レオンは受け取らなかった。
トーレスは、置いた。
膝の横に置いて、また座った。
そのまま、しばらくそうしていた。
「食え」
昼を過ぎて、トーレスが初めて口を開いた。
干し肉だった。
狩りに行った日の、あの包みだろう。
レオンは、それも受け取らなかった。
トーレスは、また置いた。
「エレナとかいう女は、生きてる」
しばらくしてから、そう言った。
「傷は塞いだ。腹の中は分からんが、熱は出てない」
「……」
「あんたの部下か」
「……」
「そうか」
それで会話は終わった。
午後、ハンスが来た。
近づいてきたのは、その子だけだった。
「先生」
レオンは、顔を上げた。
ハンスの目は、昨夜よりは見えていた。
「うちの、母ちゃんが」
声が震えていた。
「いないんです」
「……」
「家にも、通りにも、どこにも」
「……」
「みんなで探したけど、いないんです」
レオンは、何か言わなければと思った。
思ったが、何も出てこなかった。
言葉が、一つも浮かばない。
怒りも、悲しみも、浮かばない。
胸の中に、何も入っていなかった。
ハンスは、しばらく待っていた。
待って、それから頭を下げた。
「すみません」
そして、戻っていった。
その背中を見ながら、レオンは初めて、ひとつだけ考えた。
俺は、あの子に何も教えられなかった。
止めろと教えて、九人殺させた。
それだけだった。
日が傾いた。
通りに並んだ遺体が、二十を超えていた。
まだ全部ではなかった。
七人の手が、足りていない。
トーレスが、立ち上がった。
「手を貸してくる」
「……」
「あんたは、ここにいろ」
行きかけて、戻ってきた。
そして、レオンの右手を見た。
「その剣、預かるぞ」
手を伸ばしてくる。
柄に、指がかかった。
引いた。
動かなかった。
もう一度、引いた。
レオンの指は、開かなかった。
力を入れて閉じているのではない。
開き方が、分からなくなっていた。
トーレスは、手を離した。
「……いい」
それだけ言って、通りへ歩いていった。
日が落ちた。
星が出た。
昨夜と同じ星だった。
その前の夜と、同じ星でもあった。
レオンは、立ち上がった。
膝が、うまく伸びなかった。
一日以上、動いていない。
それでも、立てた。
体は、軽い。
昨夜から、軽いままだった。
戸の前に立つ。
二歩で着いた。
この戸を、昨夜開けた。
開けて、中を見た。
それから、出てきた。
出てから、一度も入っていない。
中に、三人いる。
土間に二人。
奥に二人。
四人だ。
いや、五人だ。
数え間違えた。
腹の中の子を、数に入れなかった。
レオンは、戸に手を伸ばした。
右手が、上がらない。
剣が、あった。
握ったままだった。
持ち替えた。
左手に移す。
右手が空いた。
指が、まだ半分曲がっている。
その手を、戸にかけた。
かけて、そのままになった。
開けられなかった。
昨夜は開けられた。
今は、開けられない。
レオンは、そのまま長く立っていた。
やがて、手を下ろした。
通りから、足音が戻ってきた。
トーレスだった。
手と顔が、土で汚れている。
「終わってない」
レオンの隣に立って、そう言った。
「まだ、全部じゃない」
「……」
「明日も、かかる」
レオンは、戸の前に立ったままだった。
それから、口を開いた。
一日半ぶりだった。
「トーレス」
「……ああ」
「穴を掘る道具はあるか」
トーレスが、こちらを見た。
「……ある」
「借りたい」
「ああ」
レオンは、少しの間、黙った。
それから、聞いた。
「何人分だ」
「なんだと」
「何人分、必要だ」
トーレスは、答えなかった。
答えられなかった。
その数を、まだ誰も数えていなかった。
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