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復讐のダークナイト 〜愛を知った男は、再び黒い牙となる〜  作者: 筑紫隼人


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第20話 牙の覚醒

床板は、四枚だった。

 

一枚目は、手で外れた。

 

二枚目も外れた。

 

三枚目が、釘で止まっていた。

 

爪をかけて引いた。

 

爪が割れた。

 

構わず引いた。

 

板が鳴って、外れた。

 

四枚目を外すと、土が見えた。

 

四年前、二人でかぶせた土だった。

 

レオンは、素手で掘った。

 

土は、思っていたより硬い。

 

四年分、踏み固められていた。

 

指が入るたび、爪の割れた場所が痛んだ。

 

痛みは、どうでもよかった。

 

石の蓋に、指先が当たった。

 

重い蓋だった。

 

一人では開けられない。

 

そう言って、かぶせた蓋だった。

 

レオンは、縁に指をかけた。

 

引いた。

 

動かない。

 

腰を落とし、両手をかけた。

 

引いた。

 

石が、わずかに浮いた。

 

指の皮が剥けた。

 

血が、土に落ちた。

 

もう一度引いた。

 

蓋が、傾いた。

 

そのまま横へずらす。

 

穴が、開いた。

 

 

中に、二つあった。

 

黒い布に包まれた剣。

 

その隣に、砕けた鉄の塊。

 

甲冑だった。

 

レオンは、先に甲冑へ手を伸ばした。

 

胸当ての破片を、持ち上げる。

 

縁が焼け落ちて、半分しかない。

 

肩の部分は、粉に近い。

 

繋がるところが、どこにもなかった。

 

五年前、皇都で砕かれた。

 

そのままだった。

 

レオンは、破片を穴の底に戻した。

 

纏えない。

 

纏えないから、纏わなかった。

 

それだけだった。

 

もし纏えたなら、纏っていた。

 

自分でも、分かっていた。

 

だから、これは誓いを守ったことにはならない。

 

片方を破って、もう片方が手元になかった。

 

それだけの話だ。

 

 

布を解いた。

 

黒い柄が出てきた。

 

あの雪の夜と、同じだった。

 

あの夜は、握って、抜かなかった。

 

ノアが来て、預かってくれた。

 

今夜は、誰も来ない。

 

レオンは、柄を握った。

 

鞘が、温い。

 

四年間、土の下にあった鉄が、温かった。

 

「……」

 

鞘を、払った。

 

音はしなかった。

 

刀身が、黒い。


挿絵(By みてみん)

 

灯りのない部屋で、そこだけが見える。

 

その瞬間。

 

渇きが、消えた。

 

四年間、消えたと思っていたものだった。

 

抜けたと思っていた。

 

ノアが、抜かせてくれたと思っていた。

 

嘘だった。

 

ずっとあった。

 

ずっとあって、今、満たされた。

 

レオンは、刀身を見つめた。

 

嬉しい、と思った。

 

そう思った自分を、咎める者はもういなかった。

 

 

家を出た。

 

エレナは、柱にもたれたまま動かない。

 

「動くなよ」

 

それだけ言った。

 

返事はなかった。

 

村の通りへ出る。

 

まだ明るい場所がある。

 

火だ。

 

燃え残りが、赤く残っている。

 

その火の向こうに、人がいた。

 

帝国兵だった。

 

十人ほど。

 

まだ引き揚げていない。

 

家を検めているのだ。

 

金目のものを探している。

 

一人がこちらを見た。

 

「……なんだ、てめえ」

 

レオンは、歩いた。

 

走らなかった。

 

走る必要が、なかった。

 

 

最初の兵は、剣を抜く時間があった。

 

抜いた。

 

構えた。

 

そこまでだった。

 

レオンの刃が、肩から入って腰へ抜けた。

 

血は、出なかった。

 

代わりに、黒い霧が上がった。

 

傷口から、煙のように立ち上る。

 

兵の顔が、変わった。

 

髪が白くなった。

 

頬が落ちた。

 

目の光が、消えた。

 

数を数える間に、老人になった。

 

そして、崩れた。

 

レオンは、自分の手を見た。

 

爪の割れた指が、塞がっていた。

 

指の皮も、元に戻っている。

 

土を掘った疲れが、消えていた。

 

そういう剣だった。

 

五年、忘れていた。

 

「な……」

 

二人目が、後ろへ下がった。

 

「なんだこいつ、化け物か」

 

「黒い剣だ! 黒い牙だ!」

 

誰かが叫んだ。

 

その名を、久しぶりに聞いた。

 

レオンは、剣を横に振った。

 

刀身は、届いていない。

 

それでも、黒い刃が飛んだ。

 

三日月の形をしていた。

 

二人目の胴を、通り抜けた。

 

黒い霧が上がる。

 

同じように、枯れて、崩れた。

 

三人目。

 

四人目。

 

走った者を、追った。

 

追いつくのは、簡単だった。

 

殺すたび、体が軽くなる。

 

殺すたび、目が良くなる。

 

殺すたび、音が近くなる。

 

逃げる兵の呼吸が、背中越しに聞こえた。

 

痛みが、どこにもなかった。

 

恐怖も、なかった。

 

ただ、速くなっていった。

 

五人目を斬ったとき、気づいた。

 

口の端が、上がっている。

 

止めようとした。

 

止まらなかった。

 

 

六人目は、武器を捨てた。

 

「たす」

 

言い終わらなかった。

 

七人目は、走らなかった。

 

膝をついて、震えていた。

 

レオンは、そのまま歩いた。

 

歩いて、上から刺した。

 

黒い霧が、地面を這った。

 

八人目。

 

九人目。

 

十人目。

 

村の通りに、立っている者がいなくなった。

 

レオンは、立ち止まった。

 

息は、上がっていない。

 

始める前より、体が軽かった。

 

戦うほど、強くなっていく。

 

そういう剣だった。

 

そして。

 

足りない、と思った。

 

 

「隊長」

 

声がした。

 

レオンは、振り向いた。

 

村の広場に、男が立っていた。

 

甲冑を着ている。

 

黒い。

 

黒い牙の意匠だった。

 

ただし、飾りが新しい。

 

位が上がった者の甲冑だった。

 

その後ろに、兵が二十ほど並んでいる。

 

男が、兜を取った。

 

若い顔だった。

 

だが、五年前より肉がついている。

 

「お久しぶりです」

 

レオンは、その顔を知っていた。

 

「ディーター」

 

「覚えていてくださいましたか」

 

ディーター・ラングは、嬉しそうに笑った。

 

「光栄です」

 

レオンは、何も答えなかった。

 

「私は今、第三軍の中隊を預かっております。五年で、ここまで来ました」

 

「……」

 

「隊長のおかげです」

 

レオンは、剣を下げたまま立っていた。

 

「この村を、お前がやったのか」

 

「はい」

 

即答だった。

 

「作戦です。橋頭堡の確保。国境から最も近い集落を落とす。定石です」

 

「……」

 

「それと、もう一つ」

 

ディーターは、焼けた家並みを見た。

 

「裏切り者の元隊長が、この村にいると聞きました」

 

「誰から聞いた」

 

「上からです。私は、命じられた通りに動いただけです」

 

レオンの手が、柄を握り直した。

 

「家を探しました。一軒ずつ」

 

「そうだな」

 

「隊長の家は、どれでしたか」

 

レオンは答えなかった。

 

「まあ、もう分かります」

 

ディーターは、レオンの背後を見た。

 

「あなたが出てきた家でしょう」

 

 

「ディーター」

 

「はい」

 

「村の者は、どうした」

 

「殺しました」

 

「全員か」

 

「全員です」

 

ディーターは、姿勢を正した。

 

「捕虜は、取っておりません」

 

レオンは、動かなかった。

 

「道場のような場所がありました。子供が九人おりました」

 

「……」

 

「武器は木の棒でした。うちの兵を二人、倒しておりましたよ。腕を折って、膝を砕いて。それなのに、殺さないのです」

 

ディーターは、不思議そうに首を傾げた。

 

「なぜでしょうね」

 

「……」

 

「殺せば、勝てたのに」

 

レオンの中で、何かが鳴った。

 

「それから、医者の家がありました」

 

「やめろ」

 

「年寄りが二人。男は、うちの負傷兵の手を押さえていました」

 

「やめろ」

 

「敵の兵を、治療していたんです。妙な男です」

 

ディーターは笑った。

 

「だから、殺しました」

 

「隊長」

 

「あなたに教わった通りです」

 

「捕虜は取るな。国に戻れば牙を剥く。兵糧の無駄遣いだ」

 

「情けは、縄になる」

 

「五年間、一度も違えておりません」

 

ディーターは、まっすぐ立っていた。

 

怯えていなかった。

 

誇っていた。

 

「隊長。私は、あなたの一番の生徒です」

 

 

レオンは、歩き出した。

 

ディーターが、剣を抜く。

 

「かかれ」

 

二十人が動いた。

 

長くはかからなかった。

 

黒い刃が、広場を走った。

 

一度に三人が枯れた。

 

四人が崩れた。

 

黒い霧が、地面に溜まって動かなくなった。

 

三十を数えるほどで、立っている者は二人になった。

 

ディーターと、もう一人。

 

若い兵だった。

 

その兵が、剣を捨てた。

 

膝をついた。

 

両手を、頭の上にやった。

 

「た、たすけて」

 

声が裏返っていた。

 

「ください」

 

レオンは、その顔を見た。

 

若い。

 

十六か、十七。

 

義父が、傷を押さえていた兵と、同じくらいの年だった。

 

腹に布を当てられて、それでも死んだ兵と。

 

レオンの足が、止まった。

 

止まった。

 

頭の中で、声がした。

 

殺すより先に、傷つけないようにすることを考えろ。

 

お前の腕なら、それができるはずだ。

 

四年前の声だった。

 

土間で、両手を前に伸ばして死んでいた男の声だった。

 

レオンは、その声を聞いた。

 

聞いて、動かなかった。

 

そして、別の声がした。

 

捕虜は取るな。

 

兵糧の無駄遣いだ。

 

食わせる値もない。

 

それだけの話だ。

 

自分の声だった。

 

かつての、自分の声だった。

 

二つの声が、同じ場所で鳴った。

 

レオンは、どちらかを選んだ。

 

剣が、動いた。

 

若い兵の顔から、光が抜けた。

 

髪が白くなり、枯れて、崩れた。

 

黒い霧が、レオンの剣へ流れ込んだ。

 

体が、また軽くなった。

 

 

「素晴らしい」

 

ディーターが言った。

 

「やはり、あなたは変わっておられない」

 

レオンは、その男を見た。

 

「安心しました」

 

ディーターは、剣を構えた。

 

「隊長。手合わせ願います」

 

一合も、もたなかった。

 

刃を弾き、手首を落とし、足を落とし、そこで止めた。

 

ディーターが地面に転がる。

 

まだ生きている。

 

黒い霧が、傷口から上がっていく。

 

髪の色が、少しずつ抜けていく。

 

「……あ」

 

ディーターの声が、老いていた。


挿絵(By みてみん)

 

「……隊、長」

 

レオンは、見下ろしていた。

 

「私は」

 

「間違って、いませんよね」

 

レオンは、答えなかった。

 

答えは、自分が出してしまった。

 

たった今、若い兵の前で出した。

 

剣を下ろした。

 

ディーターの首が、離れた。

 

 

広場が、静かになった。

 

火の音だけがしている。

 

レオンは、立っていた。

 

二十九人。

 

数えていた。

 

数えていたことに、気づいた。

 

体は、軽い。

 

傷は、一つもない。

 

疲れも、ない。

 

かつてダークナイトと呼ばれていた頃の自分より、強かった。

 

そして。

 

足りない。

 

そう思った。

 

はっきり、そう思った。

 

誰も残っていない。

 

立っている者は、誰もいない。

 

それなのに、足りない。

 

レオンは、周りを見た。

 

探していた。

 

まだ動くものを、探していた。

 

そのとき、後ろから腕が回った。

 

「――もういい!」

 

トーレスだった。

 

背中から、抱きすくめてくる。

 

「もういない! 誰もいない!」

 

レオンは、振り向いた。

 

剣が、動いた。

 

トーレスの首の手前で、止まった。

 

刃が、そこにあった。

 

止まったのが、自分の意志かどうかは分からなかった。

 

トーレスは、動かなかった。

 

刃を見もしなかった。

 

ただ、レオンの目を見ていた。

 

「レオン」

 

名を呼ばれた。

 

村で呼ばれていた名だった。

 

レオンの喉から、音が出た。

 

言葉ではなかった。

 

声とも言えなかった。

 

獣が、腹の底から出すような音だった。

 

長く続いた。

 

剣が、地面に落ちた。

 

レオンは、膝から崩れた。

 

トーレスが、その体を支えた。

 

「……もういい」

 

「もういいんだ」

 

その腕の中で、レオンは同じ音を出し続けた。

 

涙は、出なかった。

 

一滴も、出なかった。

 

 

村の入口の壁に、もたれていた者がいた。

 

エレナは、そこから広場までを見ていた。

 

最初から、最後まで、見ていた。

 

誰にも言わなかった。

 

その日から、何年も。

 

 

火が、小さくなっていった。

 

トーレスが、レオンを地面に座らせる。

 

レオンは、落ちた剣を見た。

 

黒い刀身に、血は一滴もついていない。

 

以前と同じだった。

 

浴びる前に、全部終わっているからだ。

 

空を、見た。

 

星が出ていた。

 

二日前の夜と、同じ星だった。

 

同じ縁側で、肩に頭を預けられた。

 

誰かを守るためのものであってほしい。

 

約束して。

 

約束する。

 

まもって。

 

レオンは、星を見たまま、口だけ動かした。

 

声にはならなかった。

 

守れなかった。

 

レオンは、剣を拾った。

 

握り直した。

 

その手を、もう緩めることはなかった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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