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復讐のダークナイト 〜愛を知った男は、再び黒い牙となる〜  作者: 筑紫隼人


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第2話 捨てられた兵器

皇都の門をくぐった瞬間、何かがおかしいと気づいた。

 

出迎えの民衆がいない。

 

旗も、歓声もない。

 

門番の目がいつもと違う。

 

挨拶もなく、そそくさと視線を逸らしていく。

 

隊長は、静まり返った大通りを一人で進んだ。

 

砦での戦果は、王国軍を大きく退けるものだった。

 

本来なら、凱旋の列に花が投げられる。

 

今日は、誰の姿も見えない。

 

窓という窓が固く閉ざされていた。

 

商店の並びも静かだ。

 

人の気配だけが、隠れるように潜んでいる。

 

宮殿の門をくぐるとき、顔なじみの衛兵が目を合わせなかった。

 

詫びるような、小さな会釈だけを残して。

 

嫌な予感は、玉座の間に入った瞬間、確信に変わる。

 

左右に並んだ近衛の兵が、剣を抜いていた。

 

皇帝は玉座に深く腰掛けたまま、微動だにしない。

 

「陛下。参上いたしました」

 

跪こうとした隊長に、声が降ってきた。

 

「反逆者を、討て」

 

低く、平坦な声だった。

 

隊長は顔を上げた。

 

「……は」

 

聞き返す声が、自分でも驚くほど掠れる。

 

「お前の力は、もはや制御できぬ」

 

皇帝が初めて隊長の目を見た。

 

そこにあるのは憎しみではない。

 

もっと冷たい、計算だけの色。

 

「これ以上生かせば、いずれ帝国そのものを脅かす。それだけの話だ」

 

「私は、命じられるままに戦ってきただけです」

 

「知っている。だからこそ危険なのだ」

 

皇帝の声に、揺らぎはなかった。

 

「お前ほどの力を持つ者が、もし帝国に牙を剥けばどうなる。考えるだけで、夜も眠れぬ」

 

くだらない、と思う暇もない。

 

弁明の余地は与えられなかった。

 

近衛の兵が一斉に間合いを詰める。

 

隊長は反射的に剣を抜いた。

 

甲冑がいつものように淡く光る。

 

矢も剣も、届かないはずだった。

 

だが、一人の兵が構えていたのは剣ではない。

 

弩に似ている。

 

弓の部分が異様に短く、代わりに胴が太い。

 

番えられているのは矢ではなかった。

 

黒く鈍い、太い楔だ。

 

放たれた瞬間、空気が軋んだ。



挿絵(By みてみん)


 

甲冑が光る。

 

跳ね返すために光ったのだ。

 

跳ね返らなかった。

 

衝撃が骨まで響く。

 

初めて、痛みを感じた。

 

甲冑の表面に、亀裂が走っている。

 

「なに……」

 

驚く暇はない。

 

別の兵が二本目を番えていた。

 

撃たれる前に潰す。

 

そう判断した足が、思うように出ない。

 

肩口に、鈍い打撃。

 

甲冑の一部が砕けて散った。

 

隊長は片膝をつく。

 

治るはずの傷が治らない。

 

流れ出る血が床にひろがっていく。

 

「破呪の楔という」

 

皇帝の声に、わずかな愉悦が滲んでいた。

 

「お前のような化け物のために、十年かけて用意した」

 

十年。

 

耳の奥で、その数字が反響する。

 

自分が最も強かったころから、この国は処分の道具を作り始めていた。

 

化け物。

 

その一言が続けて耳に残る。

 

これまで、その呼び名を誇りだとさえ思っていた。

 

誰よりも強い証だと。

 

今、初めて意味を知る。

 

強すぎる駒は、いずれ処分される。

 

それだけの話だったのだ。

 

隊長は、歯を食いしばって立ち上がった。

 

視界の端で、兵たちが取り囲んでいく。

 

数は十を超えていた。

 

ここで終わるわけにはいかない。

 

理由も分からぬまま、殺されるわけにはいかない。

 

床を蹴る。

 

一人目の喉を斬り、二人目の腕を落とす。

 

動きに迷いはない。

 

三人目の剣を弾き、返す刀で胴を薙ぐ。

 

いつもの自分なら、これで終わっていた。

 

だが、甲冑はもう守ってくれない。

 

四人目の剣が脇腹を掠めた。

 

熱さの後に、鈍い痛みが追いかけてくる。

 

それでも足を止めない。

 

血を吐きながら、五人目、六人目と斬り伏せる。

 

楔が再びこちらを狙った。

 

その一撃だけは紙一重でかわす。

 

窓を割り、外へ躍り出た。

 

三階からの落下は、いつもなら何でもない。

 

今は着地の衝撃だけで息が詰まる。

 

その瞬間から、彼を隊長と呼ぶ者は、どこにもいなくなった。

 

 

追手の声が背後で膨れ上がる。

 

男は路地から路地へ駆けた。

 

夜市の屋台が行く手を塞ぐ。

 

跳び越えざま、商人の悲鳴が背中を追いかけてきた。

 

角を曲がるたび、松明の明かりが迫る。

 

数はまるで減らない。

 

血の匂いを辿られぬよう、川に飛び込んで流れに身を任せた。

 

冷たい水が傷口に染みる。

 

声を上げそうになるのを、奥歯を噛んで堪えた。

 

夜になるころ、皇都の灯りは遠く小さくなっていた。

 

それでも、足は止められない。

 

森に入ってからも、歩みは続く。

 

甲冑はもはや原形をとどめていない。

 

焼け焦げた鉄の欠片が、体にまとわりつくだけだった。

 

腰の剣だけが、変わらず鞘に収まっている。

 

ネメシスだけは、誰にも奪われなかった。

 

鞘越しに伝わる重みだけが、唯一変わらないもの。

 

黒い牙の仲間は、あの場に一人もいなかった。

 

囲んでいたのは近衛の兵だけ。

 

それが救いなのか、もっと悪いことの前触れなのか。

 

今は判断がつかない。

 

歩を進めるごとに、傷が悲鳴を上げる。

 

視界が何度も暗く滲んだ。

 

なぜだ、という問いが、繰り返し浮かんでは消える。

 

命じられるままに戦ってきた。

 

捕虜を斬れと言われれば斬る。

 

仲間を蹴落とせと言われれば蹴落とした。

 

裏切ったことなど、一度もない。

 

それなのに。

 

功績を、皇都で祝いたい。

 

あの一文は何だったのか。

 

考えても、答えは出ない。

 

恨みを買うことは、数え切れないほどしてきた。

 

だが恨みなら、正面から刃を向けてくればいい。

 

今回は違う。

 

念入りに仕組まれた罠だった。

 

祝いの言葉で誘い出し、逃げ場のない場所で仕留める。

 

十年かけて用意した、と皇帝は言った。

 

ならばあの楔には、図面を引いた者がいる。

 

試した者がいる。

 

完成させた者がいる。

 

自分の甲冑を、内側まで知っている誰かが。

 

そこまでできるのは、皇帝か、それに近い誰かだけだ。

 

ひとつだけ、はっきり分かることがあった。

 

この国にとって、自分はもう道具でしかない。

 

使い終えた道具は捨てられる。

 

それだけの話だった。

 

 

森を彷徨って、幾晩が過ぎただろう。

 

三晩か、四晩か、もう数えられない。

 

傷は膿み、熱に浮かされる時間が増えていく。

 

木の実と川の水だけで、体はとうに限界だった。

 

それでも、足は止めなかった。

 

止まれば終わりだと、体の奥のどこかが知っている。

 

生きて何をするのか、まだ何も決まっていない。

 

それでも、こんな場所で終わるのは違う気がした。

 

国境の標が、月明かりの下にぼんやり見える。

 

越えれば、隣国ローレンス王国の土地だ。

 

安全とは言えない。

 

だが、皇都からは遠ざかれる。

 

男は、最後の力を振り絞って標を越えた。

 

その先で、足がもつれた。

 

膝が地面に崩れ落ちる。

 

立たなければ、と思う。

 

体が動かない。

 

血を失いすぎている。

 

意識が少しずつ遠のいていく。

 

このまま、誰にも知られず朽ちるのか。

 

それでも構わない、と頭のどこかで思う自分がいた。

 

生まれてこの方、誰かに必要とされた覚えがない。

 

価値がなくなれば終わり。

 

最初から、そういう命だったのかもしれない。

 

土の匂いがやけに近い。

 

頬が湿った落ち葉に触れている。

 

薄れる視界の隅で、何か白いものが揺れた。

 

人影か。

 

それとも、木々の合間から差す月の光か。

 

確かめる前に、意識は完全に途切れた。

 

死ぬ、と思った。

 

だが男は、この日を境に一度も死ねなくなる。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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