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復讐のダークナイト 〜愛を知った男は、再び黒い牙となる〜  作者: 筑紫隼人


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第16話 半年ぶりの我が家

「国境の視察に行け」

 

ゴードウィンにそう言われたのは、冬が明けた頃だった。

 

「お前が上げてきた地図の件だ。現地を見ないことには、上に通せん」

 

「はい」

 

「三つの束のうち、一番南を見てこい。街道沿いだ」

 

ゴードウィンは、書きかけの書類から目を上げなかった。

 

「その街道の途中に、カルム村という村がある」

 

レオンは、息を止めた。

 

「宿を取るには、ちょうどいい場所だろう」

 

「……閣下」

 

「視察だ。私情ではない」

 

ゴードウィンは、そこで初めて顔を上げた。

 

「半月やる。護衛は二人までだ」

 

「ありがとうございます」

 

「礼は要らん。仕事をしてこい」

 

部屋を出てから、レオンは廊下で足を止めた。

 

半年ぶりだった。

 

 

「行きます!」

 

護衛の話をした瞬間、ヨナスが手を挙げた。

 

「まだ何も言っていない」

 

「行きます」

 

「聞け」

 

「レオンさんの村ですよね。行きたいです」

 

エレナが、横から静かに言った。

 

「私も同行します」

 

「お前は残っても構わない」

 

「上官が国境へ行くのに、副官が王都に残る理由がありません」

 

いつもの正しさだった。

 

こうして三人になった。

 

 

街道を南へ下る道は、五日かかった。

 

途中の村で聞き取りをする。帝国の巡回が来た日。人数。装備。奪われた物。エレナが淡々と書き取っていく。

 

「話が揃いすぎています」

 

三つ目の村を出たところで、エレナが言った。

 

「どこも、来た人数がほとんど同じです。八から十。これは偵察の人数です」

 

「そうだな」

 

「あなたの読みは、正しいと思います」

 

「嬉しくない話だ」

 

「私もです」

 

ヨナスだけが、道中ずっと機嫌がよかった。

 

「村って、どんなところですか」

 

「小さい」

 

「それだけですか」

 

「川がある。水がうまい」

 

「他には」

 

「酒場が一軒。道場が一つ」

 

「道場」

 

「俺が教えていた」

 

ヨナスが目を丸くした。

 

「先生だったんですか」

 

「そう呼ばれていた」

 

「先生……」

 

ヨナスが、しばらく噛みしめるように繰り返した。

 

「似合いますね」

 

エレナは何も言わなかった。ただ、少しだけレオンの横顔を見た。

 

 

六日目の昼、丘を越えた。

 

麦畑が見えた。

 

その向こうに、屋根が並んでいる。

 

レオンの足が、自然と速くなった。

 

「レオンさん、速い」

 

「すまん」

 

止めようとしても、止まらなかった。

 

村の入口が見えた。

 

そして、そこに人が立っていた。

 

一人ではない。

 

村長。酒場の主人。道場の生徒たち。ハンス。

 

数十人が、道の両側に並んでいる。

 

「来た! 先生が来たぞ!」

 

誰かが叫んだ。

 

歓声が上がった。

 

レオンは、その場で立ち止まってしまった。

 

「……なんだ、これは」

 

「三日前から待ってたんだよ」

 

村長が笑った。

 

「知らせが来てからな。毎日、誰かが丘を見に行っとった」

 

「そんなことを」

 

「当たり前じゃ。村の誇りが帰ってくるんだから」

 

子供たちが駆け寄ってくる。腰にぶつかってくる。背が伸びた者がいる。声が変わった者もいる。

 

「先生、背、縮みました?」

 

「お前が伸びたんだ」

 

どっと笑いが起きた。

 

後ろで、ヨナスが呆然としている。

 

「……すごい人気ですね」

 

「王都と、まるで別人です」

 

エレナが呟いた。

 

 

家の前に、ノアが立っていた。

 

腹が、前に会ったときとは比べものにならないほど大きい。それでも、しっかり立っている。

 

隣に、アルブレヒトとマルタ。

 

そして、ノアの足元に、小さな影があった。

 

「ミア」

 

レオンが名を呼ぶ。

 

ミアは、ノアの服の裾を掴んだ。

 

そして、その後ろに隠れた。

 

「……」

 

「半年だからね」

 

ノアが苦笑する。

 

「毎日、父様の話をしてたのよ。それでも、こうなるの」

 

レオンは、その場に膝をついた。

 

近づかない。

 

手も伸ばさない。

 

ただ、膝をついて待った。

 

ミアが、裾の陰から覗いている。

 

しばらく、そのままだった。

 

やがて、小さな足が一歩出た。

 

もう一歩。

 

三歩目で、走った。

 

「おとうさん!」

 

腕の中に飛び込んできた重さに、レオンは息を詰めた。

 

半年前より、ずっと重い。

 

その重さが、そのまま半年だった。

 

「おかえりなさい」

 

ノアが言った。

 

レオンは、ミアを抱いたまま立ち上がる。

 

そして、もう一方の腕でノアを抱き寄せた。

 

腹が、間に挟まる。

 

その硬さに、レオンは思わず手を離した。

 

「……悪い」

 

「壊れないわよ」

 

ノアが笑った。

 

「ただいま」

 

ようやく、それだけ言えた。

 

 

その夜は、村総出の宴になった。

 

広場に火を焚き、持ち寄った料理が並ぶ。酒場の主人が樽を運んできた。

 

ヨナスは、半刻もしないうちに村人に取り込まれていた。

 

「若いのに、しっかりしとるな」

 

「春に結婚するんです!」

 

「おお、めでたい」

 

「相手の絵、見ますか」

 

「絵かい」

 

畑の絵を見せている。村人が困った顔で褒めている。

 

エレナは、輪の外で立っていた。

 

「飲まないのか」

 

レオンが杯を差し出す。

 

「任務中です」

 

「ここでは、任務は終わっている」

 

エレナは、少し迷ってから受け取った。

 

一口だけ飲んで、顔をしかめる。

 

「……強いですね」

 

「村の酒だ」

 

しばらく、二人で火を見ていた。

 

「ヴォス」

 

「はい」

 

「今日、礼を言っておく」

 

「何の礼でしょうか」

 

「同行してくれた」

 

エレナは答えなかった。

 

代わりに、広場を見た。

 

レオンの膝にミアが座っている。ノアが皿を運んでいる。村長が誰かと言い争っている。子供が走り回っている。

 

「ひとつ、よろしいですか」

 

「なんだ」

 

「あなたは、王都では一度も笑いませんでした」

 

レオンは杯を止めた。

 

「ここでは、ずっと笑っています」

 

「……そうか」

 

「どちらが本当のあなたなのか、考えていました」

 

「答えは出たか」

 

「出ました」

 

エレナは、杯を返した。

 

「こちらが本当です。だから、王都のあなたは、何かを我慢しているのだと思います」

 

それだけ言って、彼女は輪の中へ歩いていった。

 

レオンは、その背中を見送った。

 

言い当てられた、とは思わなかった。

 

半分だけ当たっていた。

 

我慢しているのではない。

 

隠しているのだ。

 

 

翌朝、レオンは庭に出た。

 

菩提樹が、思っていたより伸びていた。腰の高さを越えている。葉の数も、去年とは比べものにならない。

 

「毎日、ミアが水をやってたのよ」

 

ノアが後ろから言った。

 

「自分の木だと思ってるみたい」

 

「そうか」

 

「あなたが植えたって、覚えてるのかしらね」

 

覚えているはずがない。まだ抱っこ紐の中にいた。

 

それでも、レオンは何も言わなかった。

 

 

その日の午後、二人は縁側に並んで座った。

 

ノアの腹に、レオンが手を当てる。

 

「動くか」

 

「夜は、けっこう動く。今は寝てる」

 

「そうか」

 

「ねえ」

 

ノアが、こちらを見た。

 

「名前、決めましょう」

 

「まだ生まれていないぞ」

 

「決めておきたいの」

 

「男か女かも分からない」

 

「女の子よ」

 

ノアはあっさり言った。

 

「なぜ分かる」

 

「根拠はないけど、そう思うの」

 

レオンは、少し笑った。

 

「なら、女の子だ」

 

「そうやって、すぐ私に合わせる」

 

「合わせているんじゃない。お前の勘は当たる」

 

ノアは、腹に手を置いたまま考えていた。

 

「短い名前がいいな。呼びやすいから」

 

「ミアも短い」

 

「そう。だから、おそろいで」

 

しばらく、二人とも黙った。

 

川の音が聞こえる。

 

「リン」

 

ノアが言った。

 

「リン」

 

レオンが繰り返す。

 

「どう?」

 

「悪くない」

 

「それ、ミアのときも言ってた」

 

「本当か」

 

「悪くない名だ、って。父さんの真似でしょう」

 

図星だった。

 

「決まりね。リン」

 

ノアが、腹を軽く撫でた。

 

「聞いた? あなたの名前、リンだって」

 

返事はない。

 

それでも、レオンは腹に手を当てたままだった。

 

生まれていない娘の名前を、この日、確かに知った。

 

 

夕方、トーレスが顔を出した。

 

「帰ってきたって聞いたぞ」

 

「ああ」

 

「痩せたな。王都の飯は不味いのか」

 

「不味くはない。うまくもない」

 

トーレスが笑った。

 

「明日でも、明後日でもいい。狩りに行かんか」

 

「いいな」

 

「いつ帰るんだ」

 

「まだ半月ある」

 

「なら、そのうちだ。奥さんの腹が落ち着いてからにしよう」

 

「出産までに一度、な」

 

「決まりだ」

 

トーレスは、そう言って手を振った。

 

その背中は、いつもと同じだった。

 

 

夜、レオンは一人で村の外れまで歩いた。

 

国境の方角を見る。

 

暗くて、何も見えない。

 

六日かけて来た道を、逆に辿る。

 

街道。三つの束。一番南。

 

そして、この村。

 

考えるな、と自分に言った。

 

それでも、頭が勝手に計算する。

 

帝国の主力が街道を進めば、国境からここまで三日だ。

 

騎馬なら二日。

 

先鋒だけなら、一日半。

 

三日あれば、村人を逃がせる。

 

そこまで考えて、レオンは足を止めた。

 

やめよう、と思った。

 

家族が寝ている家から、五分の場所で、そんなことを考えたくない。

 

レオンは踵を返した。

 

家の灯りが、遠くに見えている。

 

あの灯りへ帰ればいい。

 

この夜、レオンは三日という数字を捨てた。

 

実際に与えられたのは、半日ですらなかった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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