↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
復讐のダークナイト 〜愛を知った男は、再び黒い牙となる〜  作者: 筑紫隼人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/46

第14話 仇の面影

「黒い甲冑」

 

レオンは、その言葉を口の中で繰り返した。

 

声が出ていたことに、自分でも気づかなかった。

 

「知ってるのか」

 

クリスが顔を上げる。

 

「いえ」

 

「まあ、帝国の兵なんてどれも似たようなもんだろうけどな」

 

クリスは酒杯を傾けた。

 

「でも、そいつは違ったらしい。兜から足先まで、全部黒い。夜みたいだったって」

 

レオンは、自分の指先を見た。

 

震えていない。

 

それが不思議だった。

 

 

「兄の名前は、エルンストだ」

 

クリスが言った。

 

「エルンスト・ヴァルハイト。王国軍で一番強い騎士だった。誇張じゃない。本当に、一番だった」

 

「……そうですか」

 

「六年前だ。国境の砦を取り返す戦いだった」

 

クリスは、テーブルの木目を指でなぞった。

 

「兄貴は先陣にいた。そこへ、帝国の部隊が突っ込んできた」

 

黒い牙。

 

その名を、クリスは言わなかった。知らないのかもしれない。

 

「兄貴は、指揮官同士の一騎打ちを申し込んだ。そうすれば、両軍の兵を無駄に死なせずに済む。そういう男だったんだ」

 

レオンは、酒杯を置いた。

 

置いた手を、そのまま膝に下ろす。

 

「相手は、受けたんですね」

 

「受けた」

 

クリスは頷いた。

 

「そこまでは、立派な話だ。両軍が武器を下ろして、二人が真ん中で向き合った」

 

一度、言葉が止まった。

 

「ここからは、生き残った従者に聞いた話だ」

 

「……」

 

「聞くか」

 

レオンは、しばらく答えなかった。

 

聞かないという選択が、この場にはない。

 

「聞きます」

 

「そうか」

 

 

最初の一合で、兄貴の剣が折れたらしい。

 

クリスの声が、少し低くなった。

 

「折れた剣で、それでも兄貴は構え直した。相手は待っていた。待って、兄貴が踏み込むのを見てから、右腕を斬り落とした」

 

レオンは動かない。

 

「次に、左腕」

 

「次に、両足」

 

「順番に、だ」

 

「ひとつずつ、間を置いて」

 

「両軍が見てる前で」

 

クリスの指が、テーブルの木目から離れた。

 

「殺すつもりなら、最初の一合で殺せたはずだって、従者は言ってた」

 

「そうでしょうね」

 

答えた声が、自分のものに聞こえなかった。

 

「兄貴は、それでも何か言おうとしたらしい。声は出なかったって」

 

「……」

 

「そこで、そいつは笑ったんだ」

 

 

思い出した。

 

砦の前。

 

六年前。

 

折れた剣を構え直した男。

 

無駄なことを、と思った。

 

無駄だから、少し長く遊んだ。

 

右腕。

 

左腕。

 

膝。

 

もう一方の膝。

 

順番に落とした。

 

なぜそうしたのか、理由はある。

 

両軍が見ていた。

 

見せるためだった。

 

王国軍最強が、こうなる。

 

それを見せれば、次の戦は半分楽になる。

 

合理的な判断だった。

 

だから、そうした。

 

そして最後に。

 

倒れた男の顔を、兜の奥から見下ろした。

 

何か言おうとしていた。

 

口だけが動いていた。

 

聞こえなかった。

 

聞く気もなかった。

 

そのとき、自分は。

 

笑っていた。

 

理由はない。

 

ただ、笑っていた。

 

首を刎ねたのは、その後だ。

 

 

「レオン?」

 

呼ばれて、視界が戻った。

 

「顔が、真っ白だぞ」

 

クリスが、身を乗り出している。

 

「悪い、話しすぎたな。こんな話、聞かせるもんじゃなかった」

 

「いえ」

 

立ち上がろうとして、テーブルに手をついた。

 

「少し、外へ」

 

「おい」

 

レオンは、店の戸を押した。

 

 

路地の空気は冷たかった。

 

数歩歩いて、壁に手をつく。

 

胃の奥から、一気に押し上がってきた。

 

石畳の上に吐いた。

 

二度。

 

三度。

 

腹の中が空になっても、まだ止まらない。

 

酒のせいではない。

 

自分の中から出ている。

 

六年前の自分が、出てきている。

 

そう思った。

 

拭えない。

 

吐き出せば消えるものではない。

 

それが分かっているのに、体が勝手に繰り返す。

 

「先生、大丈夫か」

 

背中に手が当たった。

 

温かい。

 

大きな手が、上下にさすっている。

 

クリスだった。

 

「ほら、水」

 

竹筒を差し出される。

 

「飲め。無理に飲まなくていい。口をすすぐだけでもいい」

 

レオンは受け取った。

 

受け取ってしまった。

 

「悪いな。俺の酒が強すぎたか」

 

違う。

 

「兄貴の話が、きつかったか」

 

違う。

 

「お前、そういう顔してるもんな」

 

クリスが笑う。

 

「見た目は怖いのに、中身は優しいんだろ」

 

その一言が、一番こたえた。

 

背中をさすってくれているのは、自分が殺した男の弟だ。

 

自分が笑いながら首を刎ねた男の、弟だ。

 

そして今、心配されている。

 

レオンは、口をすすいだ。

 

石畳に水を吐く。

 

何も言えなかった。

 

 

酒場には戻らなかった。

 

二人並んで、王都の壁沿いを歩いた。

 

夜警の松明が、遠くで揺れている。

 

「兄貴を殺した男だけどな」

 

クリスが、前を見たまま言った。

 

「呼び名は伝わってる。ダークナイトだ」

 

レオンは歩き続けた。

 

足を止めたら、気づかれる。

 

「帝国じゃ、そう呼ばれてたらしい。本当の名前は、誰も知らない。顔を見た者もいない」

 

「……そうですか」

 

「探したんだ。六年、ずっと」

 

クリスの声が、少しだけ硬くなった。

 

「でも、去年、噂が流れてきた」

 

「噂」

 

「ダークナイトは、帝国に処刑されたって」

 

レオンの足が、わずかに乱れた。

 

気づかれてはいない。

 

「叛逆罪だそうだ。皇帝に逆らって、殺されたと」

 

クリスは立ち止まった。

 

「悔しかった」

 

振り返る。

 

「俺が殺すはずだったのに。こっちが六年かけて強くなってる間に、あいつは自分の国に殺された。それも、叛逆罪で」

 

「……」

 

「兄貴のことなんて、関係ないところで死んだんだ」

 

クリスは、拳を壁に当てた。

 

強く打ちつけるのではない。ただ、当てただけだった。

 

「どこにも、ぶつける先がない」

 

レオンは、そこにいた。

 

ぶつける先は、目の前にいた。

 

言えばいい。

 

俺だ、と。

 

一言でいい。

 

そうすれば、この男は剣を抜く。

 

そして、死ぬ。

 

自分に勝てるはずがない。

 

六年鍛えたところで、届かない。

 

真実を渡すことは、この男を殺すことだった。

 

だから、言えない。

 

黙っていることが優しさだなどと、思ってはいけない。

 

これは、ただの保身だ。

 

レオンは、そう自分に確認した。

 

 

「だから、決めたんだ」

 

クリスが、顔を上げた。

 

「あいつはもういない。仇討ちはできない。なら、次だ」

 

「次」

 

「帝国は、また来る。国境の報告を見てれば分かる。次に来たとき、今度は俺が止める」

 

その目に、闘志が戻っていた。

 

「兄貴ができなかったことを、俺がやる」

 

クリスは、レオンの正面に立った。

 

「頼みがある」

 

「……」

 

「俺を、鍛えてくれ」

 

レオンは答えなかった。

 

「今日、はっきり分かった。俺はまだ全然足りてない。木の棒で三回転がされる程度だ」

 

「あれは……」

 

「言い訳するな」

 

クリスが遮った。

 

「負けたのは俺だ。そして、お前は強い。理由は聞かない。昔必要だった、それだけでいい」

 

一歩、詰めてくる。

 

「お前みたいな剣士になりたい」

 

その言葉が、胸の内側を裂いた。

 

なってはいけない。

 

絶対に、なってはいけない。

 

「……向いていませんよ、私は」

 

「教えるのが、か」

 

「人に教える資格が、ありません」

 

「資格なんて知らん」

 

クリスは笑った。

 

聞いたことのある台詞だった。

 

誰の言葉だったかを思い出して、レオンは目を伏せた。

 

「頼む。頭を下げる」

 

クリスが、実際に頭を下げた。

 

王国随一の剣士が、路地で、猟師と呼ばれている男に。

 

レオンは、その頭を見下ろしていた。

 

断るべきだ。

 

関われば、いつか知られる。

 

知られれば、この男は自分を殺そうとする。

 

そして殺されるのは、この男の方だ。

 

断れ。

 

そう思った。

 

「……分かりました」

 

口が、勝手に動いた。

 

クリスが顔を上げる。

 

「いいのか」

 

「ええ」

 

引き受けた理由を、レオンは自分の中で探した。

 

疑われたくないから、ではない。

 

断る言葉が思いつかなかったから、でもない。

 

これは罰だ。

 

そう思おうとした。

 

思ってから、それも嘘だと気づいた。

 

罰を自分で選べる立場に、自分がいるはずもない。

 

ただ、この男の前から逃げてはいけない。

 

それだけだった。

 

 

「ありがとう。師匠」

 

クリスが、屈託なく笑った。

 

その呼び名に、レオンの喉が詰まる。

 

「やめてください」

 

「なんでだ」

 

「……先生で、いいです」

 

村で呼ばれている名だった。

 

ノアが笑う声と、子供たちの声が、同じ響きで戻ってくる。

 

それを、この男の口から聞くことになる。

 

「じゃあ、先生だ」

 

クリスは頷いた。

 

「明日から頼む。朝が早くても文句は言うなよ」

 

軽い足取りで、クリスは歩き出した。

 

レオンは、その背中を見送った。

 

見送りながら、思った。

 

いつか、この男に真実を告げる日が来るのだろうか。

 

来るとしたら、その日は。

 

自分が死ぬ日だ。




 

 

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。


一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。