第五話 三年間の白い結婚の結末
婚礼の日取りが決まった頃、マルクスとフィオナから面会を求める手紙が届いた。
慰謝料の支払いを減らしてほしい。
生活が苦しい。
一度だけ話を聞いてほしい。
家令は断ることを勧めたが、私は最後に一度だけ会うことにした。
ルーヴェル荘の応接室へ現れた二人は、記憶の中にある姿とは別人のようだった。
マルクスは上等な衣服を失い、擦り切れた外套を着ている。
フィオナの頬は痩せ、手には慣れない家事によるあかぎれがあった。
二人の子どもは連れてきていない。
信託された養育費によって、乳母のいる施設で適切に世話を受けていると聞いていた。
「久しぶりだな、レティシア」
「ご用件を伺います」
マルクスは以前と同じ調子で話そうとして、失敗していることにも気が付かない。
「慰謝料の支払いについてだ。今の額では、生活が立ち行かない。私は職も制限され、まともな収入を得られないんだ」
「それは、裁定を破る理由にはなりません」
「三年間も夫婦だっただろう。少しくらい情があってもよいのではないか」
「三年間、私に情を示さなかったあなたが、今になって私の情を当てになさるのですか」
私は静かにマルクスを見つめると、マルクスが口を噤む。
「私は君を虐げてはいない。贈り物もした。社交界では妻として扱った」
「あなたが守ったのは、よい夫に見える自分の評判です」
「私は、あの頃はどうかしていたんだ。フィオナへの気持ちも、一時の」
「何ですって?私への気持ちが、一時のものだったと仰るの?」
「今はその話ではない」
「私はあなたのために家族も家も失ったのよ!」
二人は私の前で言い争い始めた。
かつて抱き合い、私さえ騙せば幸せになれると信じていた二人。
今は互いを、自分を破滅させた原因だと思っている。
「お姉様!お姉様だけ幸せになるなんて、ずるいわ。私は何もかも失ったのに、お姉様はもっと立派な公爵様と結婚するのでしょう?」
昔と同じ、フィオナが私へ縋るような目を向けた。
私が持っているものを見て、自分も欲しいと手を伸ばす。
「あなたは、私のものを奪えば、私になれると思っていたのでしょう。けれど、あなたが奪ったのは、私を愛さなかった男だけです」
「お姉様……」
「私が今持っているものは、誰かから奪ったものではありません。自分で選び、働き、信頼を積み重ねて得たものです」
フィオナの肩が揺れたのを確認すると、私は呼び鈴を鳴らす。
扉の外で待機していた家令が入ってくる。
「面会は終わりです」
「待ってくれ、レティシア!」
「子どもの養育費は、今後も信託から支払われます。けれど、あなた方の生活まで私が支える理由はありません」
「私たちは、どうすればいいんだ」
「ご自分たちで選んだ人生です。ご自分たちで生きてください」
扉が閉じる。
廊下の向こうから、マルクスの声とフィオナの泣き声がしばらく聞こえていた。
私は窓辺へ歩き、庭へ目を向けた。
子どもたちが、修理された木馬を引いて走り回っている。
その輪の中に、長い外套を翻しながら歩くレオンハルトの姿があった。
こちらに気づき、手を上げる。
私も手を振り返した。
胸の奥には、もう何の未練も残っていなかった。
結婚式の日。
王都の大聖堂には、多くの人々が集まった。
ステンドグラスから差し込む光の中、私は純白のドレスに身を包み、祭壇の前へ立った。
隣には、近衛の正装をまとったレオンハルトがいる。
「緊張しているか」
「少しだけ」
「逃げたくなったら、今ならまだ間に合う」
「レオンハルト様こそ、逃げなくてよろしいのですか」
「私は待つとは言ったが、逃がすとは言っていない」
思わず笑うと、彼も目元を和らげた。
誓いの言葉を交わし、彼の手が私の頬へ触れる。
以前の結婚式では、これから始まる生活に胸を固くしていた。
今は違う。
この人となら、喜びも不安も、言葉にして分け合える。
誰かが決めた道ではない。私が選んだ人。
唇が重なった瞬間、参列者たちの拍手が大聖堂を満たした。
結婚から一年後。
私たちの間に、子どもが生まれた。
小さな身体を腕へ抱いたとき、温かな重みが胸に触れた。
柔らかな頬。
握り返してくる細い指。
懸命に息をする音。
涙で視界が滲んだ。
「レティシア」
寝台のそばに座ったレオンハルトの声も、掠れていた。
彼は恐る恐る子どもを抱き上げる。
剣を握る大きな手が、今は壊れものに触れるように、小さな頭を支えている。
「私たちの子だ」
「ええ。私たちの子です」
私はレオンハルトの肩へ頭を預けた。
三年間、私は自分に何かが足りないのだと思っていた。
愛されないのは、自分に魅力がないから。
選ばれないのは、自分が妻として不完全だから。
けれど、違った。
私に足りなかったのではない。
見るべき相手を、見誤っていただけだ。
窓から差し込む朝の光が、子どもの髪を淡く照らしている。
レオンハルトの腕の中で、小さな口が欠伸をした。
私はその頬へ指先で触れる。
温かい。
確かに、ここにいる。
三年前の夜に閉ざされたと思っていた未来を、私は自分の手で取り戻した。
もう、誰かに譲れと言われても譲らない。
我慢しろと言われても、黙って呑み込まない。
この人と、この子と、私が築いた場所を守っていく。
それが、私の選んだ人生なのだから。
最後までお付き合いありがとうございました。
三年間も妻を欺いた代償で、夫と妹をまとめて燃やしました
レティシアには、今度こそ自分で選んだ幸せを大切にしてほしいと思います。
ブックマーク、★★★★★、よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ




