第九話 語り合うふたり
朝、港を見下ろす丘の上。
水平線の向こうへ小さくなっていく姫の船を、ベルは言葉もなく見送っていた。その背中に漂うかすかな憂いを感じながらも、レニーはあえて深くは追求せず、彼の隣に並んで北を指差した。
「さあ、出発よ! 目指すは『チェルノボ連邦』!」
「竜の背骨」と称される険しい山々が連なるその国は、かつて魔王軍の最前線基地が置かれていた占領地だ。今はかつての威容もなく、寂れた北国となっている。
二人は街で厚手の毛皮や防寒具をたっぷり買い込み、白銀の頂を目指して歩みを進めた。
しかし、北へ向かうにつれ、異変は顕著になった。
雪が混じり始めた冷たい風の中で、ベルの顔色がみるみるうちに土色に変わっていく。
「ちょっとベル、大丈夫? 風邪でも引いた? さすがのあんたも、この寒さは堪えるんじゃない?」
「……いや、違う。大丈夫だ。ただ、少し……体が重いだけだ」
ベルは途切れ途切れに答えるが、その足取りは明らかに乱れていた。
いつもならレニーの三歩先を泰然と歩く彼が、今は一歩踏み出すごとに膝が震えている。
「本当に大丈夫!? 無理しないで、一度休んで……」
レニーが駆け寄ろうとした、その時だった。
「ぐっ、……あ、あぁぁああッ!!」
ベルが呻き声を上げ、雪の上に崩れ落ちた。
激しい苦悶に顔を歪めるベルを抱き起こそうとすると、信じられない光景が目に入ってきた。
「これ……一体、何なの……!?」
ベルの両腕が、服を突き破らんばかりに膨れ上がっていた。
右腕はどす黒い鮮血を固めたような赤黒さに、左腕は凍てつく死体のような青黒さに変色し、異様に肥大化している。それはもはや人間の腕ではなく、おぞましい「デーモンの腕」そのものだった。
「離れろ、レニー……ッ! こいつが……喰おうとしている……!」
ベルが歯を食いしばり、自分の腕を抑え込む。
すると、その肥大化した腕の肉が波打ち、皮を裂いて「悪魔の目」がギョロリと開いた。意志を持った邪悪な瞳が、獲物を探すように周囲を睨みつける。
ベルの咆哮が響く。彼は自らの胸に手を当てると、その奥底にある「魂」を無理やり引きずり出すように光らせた。
青白い魂の輝きが、飢えた悪魔の目へと流れ込んでいく。
自身の命を削り、化け物に分け与えることで鎮める――あまりに危うく、壮絶な光景。
「……はぁ、はぁ……っ」
魂を食らった悪魔の目は、満足げに瞼を閉じ、肥大化した腕も徐々に元の形へと萎んでいった。
やっと治った……。安堵したレニーが彼の肩を掴んだ瞬間、ベルは糸が切れた人形のように、真っ白な雪原へと倒れ伏した。
「ベル!? ベル、しっかりして!!」
叫び声は冷たい風にかき消される。
最強の護衛が、今、レニーの腕の中で静かに意識を失っていた。
◆◆◆
パチパチ、と爆ぜる薪の音。
ベルが意識を取り戻すと、そこは冷たい雪原ではなく、連邦の小さな村にある宿の一室だった。
使い古された暖炉が部屋を橙色に染め、すぐ傍らの椅子では、毛布にくるまったレニーがこっくりこっくりと船を漕いでいた。
「……レニー」
掠れた声で名を呼ぶと、彼女は跳ねるように飛び起きた。
「ベル!? あんた、大丈夫? あの時のこと覚えてる? 急に倒れて……本当に、心臓が止まるかと思ったんだから!」
「ああ……すまない。俺のせいで、また苦労をかけた」
ベルが申し訳なさに目を伏せると、レニーはわざとらしく肩をすくめて、腰に手を当てた。
「まったくだわ。あんな雪山で動けなくなるんだから、近くにいた冒険者を4人も雇って運んでもらったのよ。一人銀貨2枚! 合計8枚の、超手痛い出費なんだからね! ちゃんとお小遣いから引いておくわよ」
軽口を叩きながら、レニーはいつも通り「私は平気」と言わんばかりの明るい笑顔を見せる。ベルはその不器用な優しさに胸を締め付けられながら、弱々しく苦笑した。
「ああ……すまない。護衛が倒れていては、面目も立たない。……すぐに良くなるはずだ」
「ねえ、ベル。……あれは、一体何だったの?」
レニーの瞳が、真剣な光を帯びる。ベルは自分の、今は元に戻っている両腕をじっと見つめ、重い口を開いた。
「……俺も、ここまでなったのは初めてだ。おそらくこの腕……魔王軍が作り上げたこの肉体が、ここ最近、戦いから遠ざかっていたせいで『栄養』が足りず、勝手に覚醒してしまったらしい」
「栄養……? 戦いが、栄養なの?」
「ああ。こいつは元来、魔力を食って力を発揮する。ただ、俺の腕に入ってからは相手のエネルギーを糧にしていた。それが枯渇し、周りにある命を、俺自身の魂を喰らおうとした……あの『目玉』を介して」
ベルが語った言葉に、レニーの顔色がサッと変わる。
「あの目玉……まさか、あれって……」
「そうだ。俺の肉体に埋め込まれた兵器の核……呪われしアーティファクト、《バロールの魔眼》だ」
「バロールの魔眼!? あの、古の大戦で覇王が使ったっていう、一睨みで軍勢を灰に変える伝説の……!?」
商人の娘として古今東西の歴史や文献を読み漁ってきたレニーにとって、その名はあまりに衝撃的だった。ここ数百年、世界の表舞台から消え失せ、今や空想上の御伽噺だと思われていた「神を殺す瞳」。
それが、今、目の前で静かに横たわっている不器用な男の腕に埋め込まれている。
「魔王軍は……なんてことをしたのよ……」
レニーは震える手で、ベルの腕をそっと、壊れ物に触れるように撫でた。
最強の盾であり、最強の矛。
けれどその実態は、自分自身さえ喰らい尽くす呪いに満ちた「諸刃の剣」だったのだ
◆◆◆
暖炉の火が爆ぜ、部屋に影を落とす。ベルは天井を仰ぎ、重く、淀んだ記憶を絞り出すように語り始めた。
「……時は、二百年ほど前に遡る」
彼の父は、魔王直属の生物研究者だったという。無機物である魔道具と、生身の生物。その相反する存在を融合させる禁忌の研究に没頭していた。
「父は、魔性に取り憑かれていた。魔剣と魔獣を掛け合わせ、魔道具と精霊を混ぜる。研究が進むにつれ、その狂気は『最強の生物を生み出す』という執念へと変わっていった」
そしてある夜。父は王宮の奥深くに封印されていた禁断の聖遺物 《バロールの魔眼》 を盗み出し、魔法で深く眠っていた実の息子――ベルの肉体に埋め込んだのだ。
「……魂を直接、剣で抉られるような激痛だった。俺は悲鳴を上げる暇もなく飛び起きた。気づいた時には、俺の両腕は自分のものではなくなっていた」
ベルが視線を落としたその腕は、かつて少年の細い腕だった。それが、肉を裂き、骨を組み替え、別の生き物のように脈打ち、暴走を始めたのだ。
「父はそれを見て、狂喜乱舞していた。『成功だ! ついに神をも殺す兵器が完成した!』と。……だが、その喜びが父の最期だった」
制御の効かない異形の腕は、歓喜に震える父を迷わず掴み――。
ベルは、その瞬間の嫌な感触を思い出すかのように、拳を固く握りしめた。
「……父を、真っ二つに引き裂いた。腕に宿った呪いの瞳が父の魂を啜り、満足したようにおとなしくなった時、そこに残っていたのは、返り血で染まった俺と、無惨な肉塊だけだった」
それが、魔将ベルゼルガが産声を上げた瞬間。
愛する肉親を殺し、その魂を最初の「糧」として捧げることで、彼は最強の兵器として完成してしまったのだ。
「俺は生まれながらの戦士ではない。……父を食らい、戦場を食らい、殺戮でしか己を保てぬように作られた、哀れな怪物なんだ、レニー」
静まり返った部屋の中で、ベルの告白が冷たく響く。
レニーは、彼が背負ってきた二百年の孤独と絶望の深さに、言葉を失って立ち尽くしていた。
◆◆◆
ベルの独白は、さらに暗い檻の奥底へと潜っていく。
「……父を殺した後、俺は『制御不能な危険生物』として、王宮の地下にある魔導の檻に閉じ込められた。兵器としての価値を計るため、そして……残酷な見せ物にするために」
毎日、檻の中には飢えた魔獣や凶暴な悪魔たちが投げ込まれた。まだ華奢で小柄だった少年ベルは、自分を喰らおうとするそれらを、呪われた腕でただ無心に屠り続けた。
返り血に塗れ、毎日痛みに悶えて泣き叫ぶ少年。その凄惨な光景を見て、鉄格子の向こう側の貴族や兵士たちは、超兵器の誕生に、そして至高の暇つぶしに大いに沸き返ったのだ。
「……だが、そんな狂った熱狂を、ひどく退屈そうに見ている者がいた」
それが、若き日の第3王子、ベリアスだった。
「おい、お前。毎日毎日、メソメソといつまで泣いてやがる」
ある日、ベリアスは傍若無人な足取りで、周囲の静止を振り切り、魔導の檻の中へと足を踏み入れた。
「王子様、いけません! 近寄れば食い殺されますぞ!」
お付きの者たちの叫びを、「うるせえ」と力で黙らせ、王子はベルに近づく。
その瞬間、痛みと空腹、そして極限の恐怖で正気を失っていたベルが、咆哮とともに襲いかかった。
「うう……うわぁぁぁあああッ!!」
化け物の腕が、王子の喉笛に迫る。だが、ベリアスは眉一つ動かさなかった。
衝撃が走り、王子の肩から血が噴き出す。しかし、彼はびくともしない。それどころか、攻撃を受けた直後、ベリアスはベルの鳩尾に鋭い一撃を叩き込み、無理やり正気に戻したのだ。
「……っ、がは……っ!」
激痛とともに、視界が晴れる。ベルの目の前には、肩を深く抉られながらも、獰猛に笑う少年の顔があった。
「お前、面白いな。……今日から、俺の所有物になれ」
ベリアスは流れ落ちる自分の血を無造作に拭うと、圧倒的な覇気を纏ってベルを見下ろした。
「お前は俺の『右腕』だ。泣くのはやめろ。俺が、お前に戦場という名の餌をたっぷりとくれてやる」
それは、最悪のスカウトであり――ベルにとって、初めて「人間」として、あるいは「対等な戦士」として向けられた言葉だった。
こうして、呪われた兵器と野心溢れる王子の、奇妙で強固な絆が始まったのだ。
「……ベリアス様がいたからこそ、俺は檻の中から出ることができた。あの方に魂の糧を捧げ続けることで、俺は今日まで理性を保ってこられたのだ」
暖炉の火が消えかかり、ベルの横顔を深い影が覆う。
レニーは、そのあまりに壮絶な「絆」の始まりに息を呑み、静かに自分の手を、震えるベルの手に重ねた。
それからの日々は、地獄のような「檻」から、厳しくも温かい「修練」へと変わった。
ベルの両腕には、古の呪文が刻まれた封印符が包帯のように幾重にも巻き付けられ、その上からさらに拘束具が嵌められた。
「暴走させるな。その力を、お前の意思の下に置け」
ベリアスの命に従い、ベルは来る日も来る日も力の制御に没頭した。ある時は静寂の中で数日間に及ぶ瞑想を行い、またある時は、手加減を知らないベリアスの組み手相手として、泥と血にまみれながら拳を交わした。
いつしか二人の間には、主従を超えた、年の近い兄弟のような絆が芽生えていた。
そして、運命の日は訪れる。
ベリアスの妹、イシュタル姫が誕生したのだ。
「おいベル、行くぞ。新しい妹の顔を拝みに行く」
「……しかしベリアス様、王宮の奥へ無断で入ればまた叱責を……」
「固いこと言うな。俺たちの妹だぞ?」
ベリアスに半ば引きずられるようにして、二人は警備の目を盗み、王宮の深奥へと忍び込んだ。
ゆりかごの中で眠っていたのは、透き通るような肌と、まばゆいばかりの魔力を纏った美しい赤子だった。
ベルは息を呑んだ。
あまりにも繊細で、あまりにも尊い。自分のような、血に汚れた化け物の腕で触れれば、瞬時に壊れてしまいそうなほど、それは儚い命の塊だった。
「……柔らかいな。おいベル、お前も触ってみろ」
ベリアスが愛おしそうに赤子の頬を撫で、ベルに促した。
「……いえ。私のような者が、そのような真似は……」
ベルが怯えて手を引こうとした、その時だ。ベリアスがベルの腕をぐいっと力強く引っ張り、無理やりその指先を赤子の柔らかな頬へと導いた。
「っ……!」
指先に伝わったのは、今まで知っていた「鉄の硬さ」でも「肉を裂く感触」でもない、言葉にできないほど温かく、柔らかな生命の感触だった。
初めて知る、慈しみの感覚。
「いいかベル。俺たちは、こいつを守っていくんだ。この温もりを壊さない世界を作る。……そうだろう?」
ベリアスの言葉に、ベルは震える指先を丸め、深く、深く頷いた。
最強の兵器として生まれた少年が、初めて「守りたいもの」を見つけた瞬間だった。
「――こらあああッ! 王子、またベルを連れ出してこんな所に!」
「あ……」
感動の余韻に浸る間もなく、背後から雷のような怒声が響いた。
駆けつけた執事やメイドたちに、二人は首根っこを掴まれる。
「お前ら二人とも、晩飯抜きだ!」とこっぴどく説教を食らいながら、二人は顔を見合わせて、悪ガキのように小さく笑った。
◆◆◆
月日は流れ、二人の少年は逞しい青年へと成長した。
ベリアスは王族の義務として将軍の位を授かり、ベルはその「右腕」として、ついに本物の戦場へと投入されることになった。
ベルの戦闘能力は、もはや一国の兵器という枠を越えていた。彼がひとたび呪われた腕を振るえば、鉄壁の陣は紙細工のように裂け、押し寄せる敵軍は一瞬で塵へと変わる。一兵卒でありながら、ベルは独力で戦況を、ひいては歴史を覆すほどの武功を挙げていった。
当初、ベリアスはその成果を自分のことのように喜んでいた。
「見たか! あれが俺の自慢の右腕だ!」
だが、皮肉にもその「実力」が、二人の間に見えない楔を打ち込んでいく。
次期王位継承者候補であるベリアスは、王宮の政治的な思惑から、命の危険が伴う最前線への出撃を制限されるようになった。対してベルは、その圧倒的な破壊力を買われ、死地とも言える過酷な戦場を次々と転戦。そのたびに、彼は人外の武勲を積み上げていった。
いつしか、二人の立ち位置は逆転していた。
さらに、ベルの「生真面目さ」が彼を孤高の存在へと押し上げていく。
彼は敵軍を屠るだけでなく、自軍の規律を乱す者にも容赦がなかった。恐怖に負けて敵前逃亡を企てる兵士、混乱に乗じて略奪や犯罪に手を染める兵士――。
「規律を乱す者は、平和を壊す毒だ」
ベルは、かつてベリアスと誓った「温もりを守る世界」を愚直に信じていた。だからこそ、その世界を内側から腐らせる裏切りを、断じて許さなかった。
慈悲なき断罪を繰り返す彼に、いつしか兵たちは畏怖を込めてこう呼んだ。
「処刑人ベルゼルガ」
冷徹なまでの軍紀の体現者となった彼は、ついに魔王軍の最高幹部である「四天王」の地位を、実力のみで手に入れた。
気づけば、隣で肩を組んで笑い合っていたベリアスの姿は、遥か遠く、王宮の奥底へと霞んでいた。ベルの隣にあるのは、ただ返り血を吸って赤黒く輝く《バロールの魔眼》と、数多の骸だけだった。
「……それが、俺の物語だ。レニー」
宿の暖炉の火が、ついに消えた。
暗闇の中、ベルは自分の肥大した過去を、静かに、そして寂しそうに締めくくった。
◆◆◆
「なるほどね。ベルがそれだけ強い理由、ようやく納得がいったわ」
毛布にくるまったレニーの言葉に、ベルは意外そうに瞳を揺らした。
「……俺が怖くないのか? 父親を殺し、数多の同胞を処刑してきた、呪われた兵器なのだぞ」
「うーん、別に? だって、今目の前にいるベルが本物でしょ? 私は自分の目で見たものしか信じない主義なの。それに、あんたが本当にただの冷血漢なら、今頃私はとっくに置いて行かれてるわよ」
レニーはベッドから身を乗り出して、ずっと気になっていたことを口にした。
「でも、一つ聞いていい? 四天王なんて大層な地位にいたなら、もっと伝説級のギラギラした装備を持ってたはずじゃない。どうして今、そんな継ぎ接ぎだらけの粗末な鎧を着ているの?」
ベルは一瞬黙り込み、それから自嘲気味に、けれど愛おしそうに胸当ての傷跡を指先で撫でた。
「これは……あの大戦で死んでいった、俺の部下たちの鎧の破片を集めたものだ。軍が崩壊し、主も仲間も失った後、戦場に残された彼らの遺品を一つずつ紡いで……この形になった」
「……だから、そんなに大事に手入れしてたのね」
レニーは思わず、その無骨な鎧に手を触れた。冷たいはずの鉄が、心なしか温かく感じる。
「やっぱり、ベルは優しいじゃない」
「え……? 優しい、だと?」
「そうよ。彼らのことを忘れたくなくて、ずっと一緒にいたいからそれを着てるんでしょ? つまり、彼らの死を無駄にしたくないっていうベルの『優しさ』が、その鎧の正体なのね」
「優しさ……。人殺しの道具として作られたこの手に、そんなものが宿っていると……?」
ベルはじっと自分の大きな掌を見つめた。かつて血に染まり、敵やモンスターだけでなく、父や部下たちの命を幾多も奪ってきた手。けれど今は、その手が亡き戦友たちの想いを繋ぎ止めている。
「そういえば、そのベリアス王子はどうなったの? 今の魔王軍、跡目争いでめちゃくちゃだって聞くけど」
「ベリアス様は……本戦が始まる少し前、次期魔王に必要とされる『四つの試練』を受けるため、暗黒大陸へと向かわれた。去り際、『俺はお前に負けられない』と言い残してな。俺に負けるところなど、一つもないお方だというのに」
ベルの言葉に、レニーはふっと鼻で笑った。
「そうかな。……なんか、わかる気がする。自分は何もせず、血筋だけで将軍の立場にいるのに、弟分はどんどん実力で出世して、自分を追い越していく。きっと、先を越されたみたいで悔しかったのよ。男のプライドってやつね」
「……王子の誇りが、俺のような者に向けられていたというのか?」
「そうよ。絶対そう。王子様はあんたを認めていたからこそ、焦ったのよ」
断言すると、ベルは少しだけ困ったように、けれどどこか救われたような様子で、消えかかった暖炉の灰を見つめていた。




