第二話 規格外のふたり
薬草摘み。一見すれば地味な作業だけれど、旅の家計を支える超重要スキルだ。
傷の手当てに直結するし、ポーションの原料にもなる。何より、街で売れば確かな小遣い稼ぎになるのだから。
「いい、ベル? このギザギザした葉っぱは解毒用。でも今日は、回復効果が高いこっちの丸い葉を中心に集めてね」
私は手本を見せながら、ベルに「冒険者の基礎知識」を叩き込んでいく。
「了解した」
ベルは素直に頷くと、大きな体を屈めて黙々と草を探し始めた。伝説の槍を背負った男が、一心不乱に地面を見つめる姿はどこかシュールで、でも微笑ましい。
「こんな草原に、これほど質のいい薬草が自生してるなんて意外だわ。……ここ、元は魔王軍の領地だったんでしょ?」
「そうだな。人間の足が入らなかった分、手つかずの自然が豊かに残ったんだろう」
ベルは静かに答えた。その声には、かつての戦場を懐かしむような、淡い追憶の色が混じっている。
「俺たちは、あまりに魔力に頼りすぎていた。だから……足元に眠るこういう知恵には、疎かったのかもしれないな」
「ふーん、勿体ない。魔族の人たちって、意外と生活下手だったのかもね」
私が小さく笑いながら顔を上げると、ベルがふと一点を指差した。
「……レニー。あそこで、妙に活きよく跳ね回っているのは何だ?」
「ん? あれは――」
視線の先、背の高い草を蹴立てて不自然に跳躍する影。
「『飛びキノコ』!? ベル、お願い、捕まえて! あれは超のつく高級素材よ!!」
私の叫びが終わるより先に、ベルの姿が掻き消えた。
風を切り裂くような踏み込み。逃げ惑うキノコが再び跳ね上がる瞬間、彼の長い腕が閃いた。
「――捕まえたぞ」
一瞬。まさに雷光のようなスピード。ベルは何事もなかったかのように戻ってくると、手の中でジタバタと暴れるキノコを差し出した。
「すごっ! やったわベル、これ本当に珍しいのよ! 市場に出せば銀貨数枚は堅いし、精製すれば最高級のポーションにも化けるんだから!」
私は目を¥マーク(ギルマーク)にして、逃げようとするキノコを愛おしそうに、そしてガッチリと確保した。
そんな私の「守銭奴全開」な様子を見て、ベルは思わずといった風にクスッと笑い声を漏らした。
「……レニーは、本当にしっかりしているな。感心するよ」
「え? いまさら? これが私の生存戦略なんだから!」
少し照れくさくて、私はわざとらしく胸を張って見せた。
戦しか知らなかった不器用な兵士と、ちゃっかり者の小さな旅商人。
この旅は、きっと想像以上に面白いものになる。
高く晴れ渡った空の下、私は確かな予感に胸を弾ませていた。
◆◆◆
キャンプの焚き火がパチパチとはぜる静かな夜。私は温かいスープを啜りながら、これからの計画を「先輩」らしくベルに説いて聞かせていた。
「いい、ベル。まずは街に着いたら、何をおいても『冒険者ギルド』へ行くわよ。そこで冒険者登録を済ませるの!」
「冒険者登録……? 兵士の登録のようなものか」
ベルが不思議そうに首を傾げる。火の粉に照らされた彼の横顔は、相変わらず無駄に絵になる。
「似てるけどもっと自由よ! 一度登録すれば、世界中のギルドで依頼を受けられるし、身分証明にもなる。安く泊まれる宿の紹介や、各地域の最新情報だって手に入るわ。旅商人にとっても、冒険者の資格があるのとないのとじゃ大違いなんだから」
「なるほど、利便性の高い仕組みだな」
「でしょ? まぁ、登録には初期費用と『実技試験』が必要なんだけど……ベルなら、あくびをしながらでも合格できるわよ」
私の目から見れば、彼の強さは測定不能だ。魔王軍の残党が見ただけで震え上がる「ベル」なら、新人ランクの試験なんて、蟻を踏み潰すより簡単だろう。
「実技試験とは、具体的に何をすればいいんだ?」
「簡単よ! 街の近くの森にいる、ちょっとした下級モンスターを数体倒して、その証拠品――魔石なんかをギルドに持ち帰るだけ。言ってみれば、ただの腕試しね」
「……ただ、倒してくればいいんだな?」
「そうそう。私は昔、家族総出でやっとクリアしたけど、ベルなら一人で楽――」
言い終わるより早かった。
ベルがふっと立ち上がったかと思うと、次の瞬間には彼の姿は夜の闇に溶け、残された焚き火が突風で大きく揺らいだ。
「えっ!? ちょっ、待って! 今すぐ行けなんて言ってないわよ! 明日の朝で――!」
私の叫びが虚しく夜の森に吸い込まれていく。
……それから、少し暗闇に不安を覚える数分ののち。
森の奥から、地響きのような轟音と、この世のものとは思えない絶叫が響き渡った。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!??」
鳥たちが一斉に羽ばたき、地面が微かに揺れる。……あれ? 街の近くにいるのって、せいぜい牙ウサギとか、はぐれスライム程度じゃなかったっけ?
嫌な予感が背中を駆け抜ける。
私は、倒しすぎも「目立ちすぎる」という冒険者としての商売上のリスクであることを、まだ弟子に教えていなかったことに気づいた。
◆◆◆
翌朝、私たちは朝日を浴びて輝く冒険者の街――リュミエールの重厚な門をくぐった。
石畳を鳴らして辿り着いた冒険者ギルドは、朝から多くの依頼人で活気づいている。
「ようこそ、リュミエール・ギルドへ! 今日はご登録ですか? それともお仕事の依頼でしょうか?」
受付の女性が、事務的だが感じの良い笑みで迎えてくれる。
「まずは、二人の新規登録をお願いします」
「かしこまりました。それでは、こちらの用紙にお名前と……もしパーティーを組まれるのでしたら、チーム名をご記入ください」
差し出された羊皮紙を前に、私はペンを止めた。
「チーム名、か……」
一人なら「レニー商店」で十分だけど、これからはベルと二人三脚だ。私は隣に立つ長身の元兵士に視線を送る。
「ねぇ、ベル。何か好きな言葉とか、思い入れのある単語ってある?」
「……いや。特に思いつくものはないな」
ベルは困ったように眉を下げた。昨夜、森を半壊させてきた男とは思えないほど、今はただの大人しい青年だ。
うーん、困った。ここで「最強軍団」なんて名前をつけたら、余計な喧嘩を売りかねない。かと言って「迷子と護衛」じゃ、依頼人から舐められて報酬を買い叩かれる。商人の娘として、ブランディングは絶対に妥協できないポイントだ。
私はしばらく知恵を絞り、ふと昨日の会話を思い出した。
「ベル、あなたの名前って古代語で『鈴』っていう意味だって言ったよね? それを使って――“エコーイング・ベルズ(Echoing Bells)”っていうのはどう?」
「……どういう意味だ?」
「『響き渡る鈴の音』。一人は小さな鈴かもしれないけど、二人ならその音は遠くまで響き、誰かの心に届く……ちょっと詩的で、商売的にも『評判が広がる』っていう縁起のいい名前よ」
ベルは数秒、その言葉を反芻するように静かに目を閉じた。
そして、どこか遠くを見つめるような優しい眼差しで――
「……いいな。素晴らしいと思う。俺たちの新しい始まりに、相応しい名前だ」
「よし、決まりね!」
私はその返事を聞くや否や、勢いよく登録用紙に筆を走らせた。
こうして、かつての魔王軍最高幹部と、ハーフットの若き商人の小さなチーム――『エコーイング・ベルズ』が、このリュミエールの街に誕生した。
(――さて。あとは昨夜ベルが『ついでに』獲ってきた、あのとんでもないサイズの魔石をどう説明するかね……)
私はベルの背後でパンパンに膨らんでいるバッグを見やりながら、心の中で商談のシミュレーションを始めるのだった。
◆◆◆
「『エコーイング・ベルズ』様ですね。改めて、結成おめでとうございます。それでは、正規登録のための実技試験として、簡単なクエストの説明を――」
「あ、いえ。実はですね、もう『証拠品』は揃ってるんです」
私は、ベルが昨夜獲ってきた獲物を、カウンターへさらりと差し出した。薬草の束と、ずっしりと重い皮袋だ。
「あら、さすがは経験者のレニー様。お仕事が早いのですね。では、確認させていただきます」
受付嬢がにこやかに袋の紐を解いた。――その瞬間、彼女の笑顔が石像のように凍りついた。
「……え?」
「ちょっと……これ、見て」
「嘘でしょ……何これ? 街の近くに、こんな高密度の魔石を宿した個体なんていたっけ?」
カウンターの奥で、数人の職員が顔を寄せ合い、ひそひそと、けれど隠しきれない動揺と共にざわつき始めた。周囲の冒険者たちも、尋常ならざる気配を察してこちらを値踏みするように見ている。
(……やばい。これ、絶対やらかしたわ。冒険者としてのリスク管理のために確認するべきだった……!)
私は引きつった笑顔を浮かべたまま、隣で涼しい顔をしているベルの裾をぐいぐいと引っ張った。
「ねぇ、ベル……。あなた、昨日の森で一体何を倒したの?」
「ん? ああ。……ゴブリンの一族だったな」
ゴブリン。うん、初心者向けの定番ね。数匹なら実技試験にはちょうど――。
「って、一族ぅ!?」
「あぁ。棲家にいた連中は、一通り片付けてきたつもりだ」
(まさか……昨日のあの一瞬で、根絶やしにしたっていうの!?)
どうやらベルは、近隣の森を長年脅かしていたゴブリンの軍勢を、散歩ついでのように壊滅させてしまったらしい。しかも、一切の傷も負わずに、たった数分で。
(一族の長や親衛隊なんて、熟練のBランクパーティーが総出で挑む相手なのに……!)
私は、こみ上げてくる頭痛を抑えるようにこめかみを押さえた。ベルは不思議そうに私を覗き込んでくる。
「どうした、レニー。……もしかして、数が足りなかったか?」
「ううん……足りないどころか、過多もいいところよ……」
私は周囲に聞こえないよう、蚊の鳴くような小声で付け加えた。
「……あのね、ベル。商売も旅も、『目立ちすぎない』のが一番の安全策なの。……この男、やっぱり規格外すぎるわ……っ!」
受付嬢の手元で、深紅に輝くキングクラスの魔石が、私たちの前途多難(?)な冒険者生活を予言するように妖しく光っていた。
◆◆◆
ギルドの最奥、重厚な扉の先で待っていたのは、歴戦の猛者らしい威圧感を放つギルドマスターによる「詰問の嵐」だった。
「――どこで戦った? 敵の正確な数は? 協力者は他に何人いた?」
浴びせられる質問の一つひとつに、私は脳細胞をフル回転させて、十の言い訳を塗り重ねる。
「ええと、それはですね! ベルが譲り受けた伝説級の槍が、たまたまゴブリンの弱点にクリティカルヒットしまして!」
「そう、罠です! 全員、私の巧妙な罠にハメたんですよ。混乱に乗じて各個撃破しただけで……」
「戦乱の影響で、敵さんも食糧難で弱ってたんじゃないですかね。ええ、運が良かったんです!」
……もはや苦し紛れのデタラメ・オンパレード。
私の必死の弁明に、ベルは終始「俺、そんなことしたか?」と言いたげな顔で首を傾げていたけれど、なんとかその場を煙に巻くことに成功した。
その夜。私たちはギルド併設の宿で、ようやく人心地ついていた。
「いい、ベル? よく聞いて」
私はベッドの上に座り、隣に立つベルへ真剣な顔で諭した。
「本来、ああいう部族討伐ってのは、熟練のパーティーが何日もかけて計画的にやるものなのよ。いきなり更地にするもんじゃないの」
「ふむ……。効率的だと思ったのだが」
「効率の問題じゃないわ! 特定の部族を根絶やしにしたら、その地域のパワーバランスが崩れるでしょ? 空いた縄張りを狙って、もっと質の悪いオークやリザードマンが南下してくるかもしれないんだから」
「……す、すまない。深く考えていなかった。……俺の軽率な行動で、君にまで嘘をつかせてしまったな」
しゅん、と大きな肩を落として項垂れる姿は、叱られた大型犬そのものだ。魔王軍の残党が見たら腰を抜かすほど、今の彼は無防備で――正直、ちょっと可愛いと思ってしまった。
「……まぁ、もう終わったことだし。街の防衛隊も無能じゃないから、あとは彼らがなんとかするわよ」
私は照れ隠しにふっと笑うと、小さな輝きを放つ金属片を彼に差し出した。
銀の鎖に繋がれた、冒険者の認識票。
「はい、今日の目標達成報酬。これが冒険者の証よ。これがあれば検問もフリーパスだし、あなたが正式に『冒険者の一員』として認められたってこと」
「これが……」
ベルは、掌に乗った小さな銀のタグを、まるで壊れ物を扱うようにまじまじと見つめていた。
「……こういうものを、誰かから与えられるのは初めてだ。戦えという命令書以外の証を。……ありがとう、レニー」
不意を突かれた。
静かに、けれど心の底からの感謝が込められた彼の声に、私の頬が一気に熱くなるのがわかった。
「い、いやっ、そんな! 私にお礼なんて言わないでよ! あなたの実力で勝ち取ったものなんだから!」
柄にもなく、心臓がうるさく鼓動を刻む。私はそれを悟られないよう、早足で自分のベッドに潜り込んだ。
窓の外は静かな夜だった。
けれど、私の胸の中だけは、冷めない熱と騒がしい予感で、いつまでも静まりそうになかった。




