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届かぬ拳

 数ヶ月ぶりに対面した鉄馬ゆうじん。芳樹は気まずげに声をかける。

 その声にかつての明るさはなかった。


 あの日、夢を目指し、成功を誓って別れた友人。しかし、再会した今の自分たるやどうか?

 変わり果て、ヤクザまがいの身の上にまで落ちぶれた今の姿。果たして鉄馬はそんな自分をどう思っているのか?怒っているだろうか?軽蔑しているだろうか?それを思えばまさに身も縮む思いだった。

 声をかけたものの二の句をつげない。そして鉄馬からの言葉もまたない。

 沈黙が2人を支配する。

 一体自分は何を望んでいるのか。

 今の自分への糾弾の言葉か?

 それとも、自分を宥める許しの言葉か?

 芳樹自身、何を望んでいるか自分でも判断がつかない。

 だから、押し黙る。

 顔を見ることすら恐ろしく、芳樹はひたすら黙り続けた。



「いいえ。」


 唐突に放たれた一言が沈黙を壊す。

 その一言は鉄馬のものだった。

 声に反応し、芳樹が視線を上げる。

 鉄馬の顔は依然として変わりがなかった。

 口元を引き結び、表情には如何なる感情も浮かんでいない。

 糾弾の熱さも許しの温かみも・・・その表情には如何なる熱も感じられなかった。

 

「あなたは自分の道を進んでここにいる。俺は用心棒としてここにいる。俺がこの場にいる理由はそれだけ・・・別に俺には怒る筋合いも軽蔑する筋合いも無い話です。」


「・・・鉄さん・・・」


「・・・強いて言うなら八つ当たりのようなものです。」


 最後に不可解な言葉を漏らして鉄馬は再び沈黙する。

 芳樹もその言葉に眉をひそめるがやはり鉄馬からその続きが語られることはなかった。


「芳樹!何グズグズしてやがる!早くそいつをやっちまえ!」


 苛立った田鍋から再び声が掛かる。

 その声を聞き、再び芳樹は鉄馬の顔を窺う。

 しかし、やはりその表情に変化はない。感情の読み取れぬその顔はどこまでも固く、そして冷たく感じさせた。

 加えて、鉄馬は先程から自然体の立ち方を崩していない。

 芳樹は知っている。これが空手屋 本部 鉄馬にとっての構えであることを。

 けっして崩すことのない構え。それは鉄馬の芳樹に対する戦意を何よりも強く物語っていた。


 それを見て、芳樹も構えを取る。

 もはや鉄馬に対する恐れもなかった。

 身体が軽い。いや、自身の存在そのものが空虚に感じられる。

 芳樹は心の中で自嘲する。


 とどのつまりは見放されたのだ。


 どこか晴々とした心地で芳樹はそれを悟る。


 夢を目指すと別れた芳樹じぶん


 試合でつまらぬ勝負を演じる芳樹じぶん


 ヤクザまがいの片棒を担ごうとしている芳樹じぶん


 そんな芳樹じぶんを鉄馬は見放したのだ。

 もはや怒るにも軽蔑するにも値せずと徹底的に・・・

 

 わかってしまえば単純なことだった。

 今感じている軽さはまさに自分が心底落ちぶれたという証左だろう。

 芳樹はそんなことを感じる。

 そうなればもう怖いものはなかった。

 かつての友人と戦うことももはや苦痛ではない。

 落ちぶれたというならばもはや落ち続ければいい。

 変に考えるより田鍋の怒声に従う方がずっと楽だった。


 構えから高速の踏み込み。いつかの仕合の時のような加減はない。

 かつての自分、それを全て断ち切らんと芳樹は全力のストレートを鉄馬目掛けてあびせかけた。




 ステップインからの右ストレート。

 体捌きから拳の速さ。そのどれをとっても先程までの男達とは比較にならぬほど速い。

 振り抜かれれば人の頭蓋すら砕ける神速の突き。

 しかし、それが鉄馬に当たることはなかった。

 理由は芳樹の右肩。

 パンチの要となる肩を鉄馬の掌が押さえている。

 ストレートを放つ瞬間、いち早く動いていた鉄馬がその右肩を押さえ、パンチの動作を途中で止めさせたのだ。

 如何に威力を持つパンチとはいえ、振り抜かれて初めてそれは威力を発揮する。

 中途で止められれば、その威力もたちまち霧散し相手に伝えるには至らない。

 

 芳樹は驚愕した。

 相手の肩を押さえ、パンチの出鼻をくじく。それ自体は別段珍しい技術でもない。

 相手が格下であれば、芳樹もたやすくやってのけるだろう。

 しかしそれが芳樹じぶんのパンチならばどうか?

 鉄馬と芳樹。総合的に見てどちらがより優れているかは判断できない。

 しかし、こと拳の速さ、フットワークに関しては芳樹じぶんが勝っている筈だった。

 そのパンチを鉄馬は呆気なく止めて見せたのだ。

 その事実に芳樹は驚愕し、そして闘志を燃やした。


 己の拳はそんな簡単に押さえられるほど遅くない。弱くない。

 何かのマグレだ。


 そんな思いを抱き、芳樹はすかさず第二打を放つ。

 次は返しの左フック。

 鉄馬の視覚の外、遠心力を充分にきかせた拳は決して止められない。

 そんな確信と共に芳樹は拳を放つ。

 ・・・が、これもまた事前に差し出された鉄馬の掌によって動きを中途で止められた。

 芳樹の全身から冷や汗が吹き出した。

 一歩退き、再び立て続けに拳を繰り出す。

 ストレート フック アッパー ボディーブロー・・・

 それらも全てあるものは中途で止められ、あるものは間合いを外され虚しく空を切った。

 それは芳樹にとって悪夢のような光景だった。

 人生を賭して磨いてきた拳が全く通じない。いや、通じないどころか勝負にすらなっていない。拳を乱打する芳樹とは対照的に鉄馬からの反撃は未だない。ただただ無造作に動きを制し、かわし続ける。友人に対する配慮などではない。まるで、まともに相手するまでもない・・・とそう言わんばかりの様子だった。

 どれほどの拳を芳樹が繰り出したか。

 さしもの芳樹も肩で息をし始めた頃、唐突に鉄馬は動いた。

 芳樹が放ったストレートにかぶせるようにして繰り出された鉄馬の拳。

 ボクシングで言うところのクロスカウンターである。

 だが、鉄馬は空手家である。ご丁寧にボクシング風に模して繰り出されたその拳は本来の鉄馬が修めた流儀とは大きく異なる。空手の要訣もボクシングの要訣も満たしきらない中途半端な拳打。されど、タイミングだけは的確に放たれたその拳は見事に芳樹の攻撃の後の先を取る。

 鉄馬の拳が芳樹の頬へと命中する。

 しかし、半端なフォームで放たれたそれの威力は普段の鉄馬や芳樹の拳とは比べ物にならないほど弱い。

 だが、芳樹はその拳を受け、とうとう膝から崩れ落ちた。

 肉体的なダメージのせいではない。

 こんな不完全なパンチにすらカウンターを取られたという事実が芳樹の心を完全に打ちのめしたのだ。



 呆然と座り込む芳樹。

 座り込んだままうわ言のように呟く。


「・・・・・・何だよ・・・あの仕合の時は手を抜いてたってわけかい・・・」


 その一言には絶望、屈辱、怒り、悔しさ・・・芳樹の持つありとあらゆる感情が凝縮されていた。

 自分を嘲笑うようにあしらった鉄馬を、何よりそれに負けた芳樹じぶん自身を心底憎悪する響きがそこにはあった。


「別に手を抜いた覚えなどありません。・・・ただあなたが弱くなっただけだ。」


 芳樹の一言に答えるように鉄馬が呟く。

 呟かれたその言葉に芳樹は怒りを覚えた。怒りのまま鉄馬を睨みすえようとして、芳樹は気付いた。

 自分を見る鉄馬の目に。


 口元は引き結ばれ、表情そのものは相変わらず無表情に近い。

 しかし、冷たく乾いた表情の中で、その目だけが沸々と芳樹以上の怒りで煮えていた。

 取り巻きの男達と対峙しているときもそうだったが、今芳樹を見つめる鉄馬の目はその時とは比較にならぬほどに濃く、強い。

 芳樹はその視線に思わず気圧される。


 何故?一体この男は何故これほどまでに怒っているのか?


 鉄馬の正体不明の怒りが芳樹の背筋を冷たくする。

 座り込んだまま言葉を失う芳樹。


 八つ当たり


 鉄馬が述べた不可解な言葉が不意に芳樹の脳裏をよぎった。


 

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