再会
用心棒を名乗るその男。
仲間の1人をたやすくあしらったその姿にそれまで余裕めいた態度だった男達は一転緊張に包まれた。
しかし、男・・・鉄馬の様子は相変わらず変わらない。
「何やら揉め事の御様子。用心棒はご入用ではないでしょうか?」
周囲の緊張など気にも留めず、世間話でもするように自身の用件を地主である山岸へと伝える。
まるで、周囲の男達など気に留める価値もないとでも言うかのように。
その様子に周囲の男達の半分は戸惑い、もう半分は怒りを募らせた。
最初に動いたのは後者側の男である。
鉄馬の横合いに立っていたその男は突如現れて我が物顔で振舞う鉄馬に対し怒りを燃え上がらせ、声もかけぬままその拳を振るった。
数日前、芳樹の試合相手だった男である。
技巧の程はともかくその腕力は仲間内でも随一のものだった。
突如現れた闖入者に目に物見せてくれようと自慢の豪腕をフック気味に振るう。
しかし、その拳も先程の男の言葉と同様、最後まで振りぬかれることはなかった。
「あ・・・ガッ・・・」
山岸も周囲の男達も皆、次の瞬間響くのはこの自称用心棒への殴打音だと信じていた。しかし、実際に響いたのは殴りかかった男の呻き声であった。
その原因は鉄馬の片腕。
無造作に掲げられたそれが、男の拳をしっかりと受け止める。
それだけであればただの受けである。しかし男の拳を捕らえていたのは鉄馬の肘だった。
日々の稽古によって培われた「型」と全身の「締め」。
それを用いた時、鉄馬の体は一個の強固な構造体と化す。
たかが腕一本、しかしその瞬間の鉄馬の腕は全身と繋がっている。いわば男は人間大の石像に自らの拳を叩きつけたに等しい。
その痛みはどれほどのものか?
男は拳の痛みに耐えかね、たまらずへたり込む。まがりなりにも痛みに慣れている筈のボクサーがである。おそらくは叩きつけた瞬間、指の骨の1、2本はへし折れている。拳の激痛は勿論、頼みの武器である拳を破壊されたという事実が屈強な筈のその男から戦意をたちまち奪い去っていた。
「さっきの男はいいことを言っていた。取り込み中だ。出直してもらおうか。」
鉄馬はへたり込む男を一瞥すらしない。
徹底した無関心。足元で絶叫するその男の惨状すら今の鉄馬の気を引くには至らない。
その姿が他の男達にも火を点けた。
仲間を打ち倒された怒り、そしてそれ以上にこの正体不明な男への恐怖が男達の凶暴性に火を点けたのだ。
鉄馬は目の前に立っていた山岸を家の中へと突き飛ばす。
その勢いを利用して背後へに向けて転身。
半ば予想していた背後からの襲撃に対し、前蹴りでそれに応じる。襲撃した男は鉄馬より体格で勝っていたがそれでも腕と足、間合いという意味では明らかに後者は前者に勝る。
彼もまた自慢の拳を当てること叶わず胃液を吐き出しながら地面へと沈む。
続いて襲ってきた男。
これは蹴りを打った鉄馬の隙を狙ったらしい。ボクサーらしからぬ行動ではあるが、鉄馬の胴目掛けてタックル気味に掴みかかった。
悪くない手であった。確かに蹴りの撃ち終わりは安定性に欠ける。
うまくタックルが決まれば充分に地面へと押し倒せる。仮に押し倒せずとも、動きを封じることさえできればあとは多勢の強みがある。動きを封じたまま数に任せて袋叩きにすればいい。
全くもって悪くない手であった。ただ、惜しむらくはこの状況そのものが鉄馬の「誘い」であった・・・その事実である。
前蹴りを打った足を納めきらぬまま、掴みかかる男の顔目掛け膝をかち上げる。
胴を狙っていたことが災いし、低い位置にあった男の顔は鉄馬の膝で強打される。
顔への激痛と吹き出した鼻血で阻害された呼吸。
その瞬間、男の動きが一瞬止まる。無論、その隙が見逃される筈もない。
すかさず打ち下ろされた肘が男の後頭部を襲う。
今度は痛みを感じることも無い。衝撃を感じるや否や、男の意識は闇へと飲まれた。
最初の男から数えて4人。
瞬く間にボクサーである男達が降された。
厳密に言えば、最初に転ばされた男に関してはさしたる傷を負っているわけでもない。しかし、次々と倒れていく仲間の姿に圧倒され、既に立ち上がる気力さえ失っていた。
田鍋を除いても取り巻きのボクサーはまだ5人いる。
数では勝っている。しかし、男達はそれきり攻めあぐねた。それは目の前の用心棒に対する恐怖の為だ。
用心棒――鉄馬は強かった。
力強い拳足。澱みない身のこなし。それらは確かに驚異的だ。
だが、男達を真に恐れさせたのはそこではない。
それは鉄馬の態度だった。
この期に及んでも鉄馬は男達に対して極めて無関心であった。だが一方で、繰り出されるその迎撃には奇妙な苛烈さがあった。
その苛烈さはどこか機嫌を損ねた幼子に似ている。胸に抱いた玩具を苛立ちのまま叩きつける幼子の激情。
徹底した無関心とそんな激情がこの時の鉄馬には同居していた。
声をかけなければ、触れようとしなければ、おそらく鉄馬はそのままそれをいないモノとして扱うだろう。しかし、一度触れればたちまち潜んでいた激情は牙を向き襲い掛かる・・・そんな印象を男達に与えていた。
声を荒げるわけでもない。
唸りを上げて襲い掛かるわけでもない。
しかし、素っ気無いようですらあるその姿の中には煮詰めたような怒りが沸々と沸いている。それを感じずにはいられなかった。
一体、この男は何にそこまで怒っているのか。
男達には鉄馬の怒りの矛先がわからない。
それでもその苛烈な牙は確かに男達を恐れさせ、彼らから自ずと次の行動を奪っていくのだった。
「だらしねぇ!てめぇら何やってやがる!」
唯一、その空気に影響されていないのは田鍋だった。
守られているという安心感と自身の立場に対する驕り。それが彼から危機感を奪い去っていたのだ。
「おう、テメェもいつまで突っ立ってやがる!さっさと行って働きやがれ!」
そう言って田鍋は傍らに立っていた男に声を掛ける。
ただ一人、家に押し入ろうとせず、鉄馬を襲おうとしなかった男だ。
男はのそのそと鉄馬の方へと歩む。
その接近に気付き、無関心な様子だった鉄馬がようやく視線をその男の方へと向ける。
鉄馬と男はおよそ三歩の距離を隔てて対峙する。
鉄馬の視線が男を真っ直ぐと射抜く。
「・・・・・・・・・・・・」
だが言葉は発しない。口を真一文字に引き結び、ただただ視線だけを強く向けている。
「・・・よお・・・」
沈黙に耐えかね口を開いたのは男の方だった。
「妙な・・・ところで会っちまったな・・・」
男の口からは気まずげな言葉。
どこか明るさを取り繕おうとしているが、それも現状無駄な努力で終わっている。
「あんたが押し売りするほど仕事熱心だったなんて・・・ハハッ・・・初めて知ったよ。」
明るさを装うその声音はどこか痛々しい。
鉄馬より体格で勝っているはずのその男が今はうんと小さく見えた。
「・・・・・・怒って・・・いや、軽蔑してるかい?鉄さん・・・?」
鉄馬と芳樹
数ヶ月ぶりの再会であった。




