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第8話 目立たないための準備

三日目の朝。


俺は鍛冶屋へ向かった。


「できてる?」


「朝っぱらから来ると思ったよ」


店主が奥から一本の剣を持ってくる。


俺が拾った錆だらけの長剣とは、まるで別物になっていた。


刃は淡い青色。


鍔には古い紋章。


柄には新しい革が巻かれている。


「おお」


思わず声が出た。


ゲームでは何度も装備した。


《青騎士の剣》。


序盤から中盤にかけて使える優秀な武器だ。


「ずいぶん古い剣だ。芯まで死んでなかったのが奇跡だな」


「使える?」


「使えるどころじゃねえ。青鋼石を混ぜて打ち直した。下手な騎士が持ってる剣よりよほどいい」


「ありがとう」


受け取る。


軽い。


いや、剣そのものは短剣よりずっと重い。


だが今の身体なら軽く感じる。


試しに振る。


空気を切る音がした。


「店の中で振るな!」


「悪い」


「お前、本当に冒険者になったばかりなのか?」


「三日前くらい」


「......そうかよ」


店主が何とも言えない顔をする。


俺は剣を鞘へ納めた。


「そういえば、防具も欲しいんだけど」


「金はあるのか?」


「ある」


紫鈴草で稼いだ金貨を見せる。


店主がさらに嫌そうな顔になった。


「三日前に銅貨も持ってなかった奴が、なんで金貨持ってんだ」


「薬草採って売った」


「......どんな薬草だよ」


「紫鈴草」


「どこまで行った?」


「灰色湿原」


「三日で?」


「近道があるから」


店主は何か言おうとして、やめた。


「もういい。防具なら向かいの店だ」


「分かった」


紹介された防具屋へ行く。


革鎧をいくつか見る。


ゲームなら防御力の数字だけ見て選んでいた。


実際に着るとなると、重さや動きやすさも重要だ。


試着する。


「これがいいな」


軽量の革鎧。


金属板が一部に入っている。


値段は金貨一枚と銀貨数枚。


高い。


だが払える。


買う。


これで最低限の装備は揃った。


次は収納鞄。


アルネから南東へ一日ほど行った場所に、小さな遺跡がある。


ゲームでは《旅人の墓所》。


中に収納能力のついた鞄がある。


容量はそれほど大きくないが、普通の鞄の十倍程度は入る。


ゲームではすぐ上位品へ交換する装備だった。


今の俺には十分だ。


「一泊になるな」


食料を買う。


水も用意する。


町を出る。


以前より歩く速度がかなり速くなっていた。


普通なら一日かかる距離を、昼過ぎには移動できた。


旅人の墓所は街道から外れた丘にある。


石造りの小さな入口。


中には低級アンデッドがいる。


青騎士の剣を抜く。


最初に現れたスケルトンを斬る。


一撃。


「おお」


骨ごと断ち切れた。


初期短剣とはまるで違う。


二体目。


三体目。


ほとんど相手にならない。


「やっぱ装備大事だな」


ゲームでは当たり前の話だ。


奥へ進む。


石棺の並ぶ部屋。


その一番奥。


壁の一部を押す。


動かない。


「こっちじゃなかったか?」


隣を押す。


石壁が少し沈む。


音を立てて横へ動いた。


隠し部屋。


中に古い革鞄が置かれている。


「これだ」


手に取る。


見た目は普通。


口を開く。


中は暗い。


手を入れる。


底がない。


「気持ち悪いな」


ゲームではただのアイテム欄拡張だった。


実物は異空間に手を突っ込んでいるようで、少し怖い。


試しに剣を入れる。


すっぽり消えた。


手を入れ、剣を思い浮かべる。


柄が手に触れた。


引き抜く。


「便利すぎる」


これなら魔物の素材も持ち帰れる。


食料や水も大量に入る。


旅の自由度が一気に上がった。


遺跡を出る。


まだ日が高い。


「これなら今日中に戻れるな」


来た道を引き返す。


途中、街道近くで騒ぎが聞こえた。


気配感知。


人間が四人。


魔物が一つ。


大きい。


「何だ?」


近づく。


荷馬車が横転していた。


その前で三人の護衛らしき男が武器を構えている。


相手は巨大な狼。


銀色の毛。


「シルバーファングか」


この辺に出る魔物ではない。


ゲームなら、もっと南の山地にいる。


レベルもそこそこ高い。


一人が倒れている。


残り三人も苦戦していた。


「逃げろ!」


護衛の一人がこちらに気づいて叫んだ。


俺は少し迷った。


関係ない。


そのまま離れてもいい。


好き勝手に生きると決めた。


正義の味方をやるつもりはない。


だが、目の前で死にそうな人間を見捨てたいわけでもない。


「まあ、倒せるか」


青騎士の剣を抜く。


「馬鹿、来るな!」


シルバーファングがこちらを見る。


速い。


飛びかかってくる。


横へ避ける。


剣を振る。


手応え。


胴体に深い傷が入る。


「お?」


思ったより通る。


シルバーファングが着地し、こちらを向く。


次の動きも分かる。


低く構える。


右へ回り込む。


ゲームと同じ。


俺は先に踏み込んだ。


首へ一閃。


銀色の巨体が地面へ倒れた。


「......弱いな」


記憶では、もう少し強かったはずだ。


ゲームでは中盤の通常敵。


今の装備とレベルなら、確かに倒せてもおかしくはない。


俺は剣についた血を払う。


振り返る。


三人の護衛が固まっていた。


「大丈夫?」


「......あ、ああ」


「そっちの人、生きてる?」


倒れている男へ近づく。


呼吸はある。


脚を噛まれている。


「治療した方がいいな」


収納鞄から回復薬を出す。


町で買っておいた普通のものだ。


傷口へかける。


出血が止まる。


「これでいい?」


「お前......何者だ?」


「冒険者」


「等級は?」


「仮登録」


「は?」


また変な反応をされた。


俺は首を傾げる。


「登録したばかりだから」


「登録したばかりの冒険者が、シルバーファングを一撃で......」


「一撃じゃない。二回斬った」


「そういう問題じゃない!」


何を怒っているのか分からない。


ゲームなら、この程度で驚くような敵ではない。


「運が良かったんじゃない?」


「運で倒せる魔物じゃない!」


面倒になってきた。


「じゃあ、俺は行くから」


「待て!」


「何?」


「名前を......せめて名前を教えてくれ」


「クロウ」


男たちの表情が微妙に変わった。


まただ。


「......クロウ?」


「そう」


「それは、本名なのか?」


「この世界ではそういうことにしてる」


余計に変な顔をされた。


「じゃあ」


俺はその場を離れた。


後ろで呼び止められたが、振り返らなかった。


助けたのだから、それでいい。


礼が欲しいわけでもない。


夕方、アルネへ戻る。


門で冒険者証を見せる。


宿へ向かう途中、妙な視線を感じた。


気のせいか。


いや。


気配感知ではなく、普通に何人かがこちらを見ている。


「なんだ?」


装備が変わったからかもしれない。


青騎士の剣は目立つ。


防具も新品。


昨日まで初期装備みたいな格好だった男が急にまともな装備をしていれば、多少は目につくだろう。


宿へ入る。


食堂でも、二人組の冒険者がこちらを見ていた。


聞こえてくる。


「......あいつじゃないか?」


「フォレストオーガを一人で五体やったっていう」


「新人だろ?」


「昨日、南街道でシルバーファングを倒したって話も......」


俺はパンを食べる手を止めた。


「......広まるの早くない?」


嫌な感じがする。


目立つつもりはなかった。


ゲームなら、この程度の攻略は誰でもやっていた。


効率のいい狩場へ行き、弱点を突き、少し強い装備を取る。


ただそれだけ。


しかし、この世界では違うらしい。


もし俺が想像している以上に強くなっているなら。


そしてゲームと同じように、もっと強い奴がこの世界にいるなら。


目立てば狙われる可能性がある。


ゲームでもそうだった。


珍しい装備を持っているプレイヤー。


高レベルのプレイヤー。


対人戦の強者。


名前が売れれば、挑んでくる奴は必ずいた。


「それは面倒だな」


俺は部屋へ戻った。


収納鞄の中身を確認する。


今日の遺跡で、目的の鞄以外にも一つ回収したものがある。


小さな銀色の仮面。


《変貌の仮面》。


装備すると、顔立ちや髪色をある程度変更できるアイテム。


能力は一切上がらない。


ゲームでは見た目を変えるだけの趣味装備だった。


だから最初は持って帰るか迷った。


「まさか、こんなに早く使うとはな」


仮面を顔へ当てる。


淡い光。


鏡を見る。


顔が変わっていた。


髪は黒から茶色。


目の色も違う。


輪郭まで少し変わっている。


別人に見える。


仮面そのものは消えている。


「便利だな」


解除する。


元に戻る。


もう一度使う。


今度は少し違う顔を意識する。


変わる。


「よし」


これから外で活動するときは、基本的にこれを使おう。


町の中まで変装する必要があるかは分からないが、狩りや遠出のときだけでも違う。


クロウという名前と顔が広まらなければ、余計な奴に目をつけられる可能性は減る。


「強い奴に絡まれるのは勘弁だからな」


今の俺は、ゲームで言えばようやく中盤へ入った程度。


この先には、今の俺ではどうにもならない敵がいくらでもいる。


少なくともクロウは、そう信じていた。


だからこそ、目立たないための変装は必要だった。


実際には、この時点でクロウと正面から戦って勝てる人間は、この地方にはすでに存在しなかった。


そして世界全体を見ても、その数はほとんど残っていなかった。


もちろん、クロウがそれを知るはずもない。


「明日は次の町へ行ってみるか」


アルネでやることはだいたい終わった。


もっと強い魔物。


もっと便利なアイテム。


もっと面白い場所。


ゲームの記憶には、まだいくらでも残っている。


俺は変貌の仮面を収納鞄へ入れ、ベッドへ横になった。


この世界へ来て、まだ数日。


それでも生活には慣れ始めていた。


金はある。


武器もある。


力もついた。


好き勝手に生きるための準備は、順調すぎるほど順調だった。


あとは、この世界を見て回ればいい。


そんな気楽な考えで、俺は翌朝アルネを発つことにした。


その旅の先で、自分の人生を大きく変える相手と出会うことになるとも知らずに。


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