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第7話 中盤への近道

青騎士の剣が仕上がるまで、あと二日。


だからといって、宿で待っているつもりはなかった。


翌朝、俺はアルネの町を出ると、東へ向かった。


今日の目的地は《落陽の森》。


アルネ周辺の初心者向け地域から一段階上にあたる場所で、ゲームならレベル二十前後から訪れることが多い。


昨日までの俺が何レベルなのかは分からない。


だが、アイアンビートルを何体か倒したあたりから身体能力は明らかに上がっている。気配感知もある。ゲームと同じなら、そろそろ行っても問題ないはずだ。


「無理なら逃げればいいしな」


死なないことが最優先。


それさえ守れば、多少背伸びした狩場へ行くのは悪くない。


街道を二時間ほど歩き、途中から森へ入る。


アルネの森とは雰囲気が違った。


木々が高い。


枝葉が密集し、昼間なのに薄暗い。


気配感知を使う。


すぐに反応があった。


右前方。


一つ。


大きい。


「いるな」


足音を殺して近づく。


木々の隙間から見えたのは、黒い毛に覆われた大きな猪だった。


《ブラックボア》。


ゲームでは、この地域で最初に遭遇することが多い魔物だ。


突進力が高い。


まともに食らえば序盤のプレイヤーなら一撃でかなりのHPを持っていかれる。


だが弱点も分かりやすい。


曲がるのが苦手。


俺は少し開けた場所へ出た。


ブラックボアがこちらに気づく。


低い唸り声。


前脚で地面を掻く。


「来い」


突進。


速い。


だが、見える。


直前で横へ避ける。


ブラックボアはそのまま通り過ぎ、木へ激突した。


鈍い音。


巨体がよろめく。


「ゲームそのままだな」


首の付け根へ短剣を突き刺す。


一撃では足りない。


もう一度。


ブラックボアが暴れる。


距離を取る。


再び突進。


避ける。


今度は岩へ激突した。


三度目の攻撃で倒れた。


「この短剣もそろそろ限界か」


初期装備でここまで来ている方がおかしい。


明日には青騎士の剣が完成する。


それまでの我慢だ。


俺は森の奥へ進んだ。


目的はブラックボアではない。


この森には、ゲーム序盤から中盤へ進む際に有名だった場所がある。


通称《眠り樹》。


巨大な木の根元に特殊な花が咲いている。


その花から作れる薬を使うと、森の奥にいる《フォレストオーガ》を簡単に眠らせることができる。


フォレストオーガは普通に戦えばかなり強い。


レベル二十程度のパーティー向け。


しかし眠らせてしまえば、一方的に攻撃できる。


ゲームでは修正されるんじゃないかと言われ続け、結局最後まで残っていた有名なレベル上げだった。


「こういうの、現実だと修正されないからいいな」


誰が修正するんだという話だ。


森を一時間ほど進む。


気配感知のおかげで魔物との無駄な戦闘は避けられた。


やがて巨大な木が見えてくる。


幹の太さは家一軒分ほど。


根元に白い花が咲いていた。


「睡眠花」


必要な分だけ摘む。


ゲームでは錬金スキルが必要だったが、実際には花を潰して汁を取るだけでも効果がある。


少なくとも設定資料にはそう書かれていた。


俺は布に花を包み、石で潰した。


甘い匂いがする。


「さて」


フォレストオーガの縄張りはここから北。


気配感知を使いながら進む。


十分ほどで、明らかに大きな反応があった。


一つ。


近づく。


木の陰から覗く。


いた。


身長三メートル近い。


緑がかった皮膚。


丸太のような腕。


手には巨大な棍棒。


「でかいなあ」


ゲーム画面で見たときより、何倍も強そうに見える。


正面から戦う気はない。


俺は風向きを確認した。


睡眠花を潰した布を、オーガの近くへ投げる。


しばらく何も起こらない。


失敗か。


そう思ったところで、オーガの動きが鈍くなった。


棍棒を落とす。


座り込む。


やがて、そのまま横になった。


「効いた」


近づく。


寝息が聞こえる。


ゲームなら、ここからひたすら攻撃するだけだ。


だが現実では少し迷った。


寝ている相手を刺す。


魔物とはいえ、妙な罪悪感がある。


「いや、起きたら俺を殺す奴だしな」


割り切る。


首元へ短剣を突き刺す。


硬い。


何度も刺す。


さすがに耐久力が高い。


途中でオーガが目を覚ましかけた。


「まずい」


さらに深く刺す。


ようやく動きが止まった。


直後。


身体の奥が熱くなった。


昨日のアイアンビートルとは比べものにならない。


全身が一気に軽くなる。


視界が広がる。


遠くの音まで聞こえる。


頭の中まで澄み渡ったような感覚。


「......上がったな」


かなり。


試しにオーガの棍棒を持つ。


「お?」


持ち上がった。


太い木を削っただけの武器だが、重さは数十キロあるはずだ。


両手なら普通に振れる。


「これは結構来たな」


ゲームでフォレストオーガを倒したときの経験値は大きかった。


低レベルで倒せば、一体で複数レベル上がることもある。


この世界でも同じらしい。


俺は二体目を探した。


睡眠花はまだある。


同じ方法で倒す。


三体目。


四体目。


途中から短剣でもかなり楽に倒せるようになった。


五体目を倒したところで、俺はやめた。


「こんなもんか」


身体能力を確認する。


走る。


速い。


木の枝へ飛びつく。


以前なら届かなかった高さまで簡単に跳べる。


片手で身体を引き上げる。


「いいな」


ゲームでキャラクターが強くなるのとはまるで違う。


自分の身体そのものが強くなる。


これは楽しい。


ただし、まだ中盤にも入っていない。


ゲームではこの先、ドラゴンもいる。


巨人もいる。


悪魔もいる。


国一つを滅ぼすようなボスもいる。


フォレストオーガ程度で喜んでいる場合ではない。


「明日、剣を受け取ったら次だな」


帰ろうとしたところで、気配感知に反応があった。


人間。


複数。


近づいてくる。


俺は少し迷い、オーガの死体から離れた。


数分後、五人ほどの冒険者が現れた。


全員、俺よりまともな装備をしている。


先頭の男が、地面に転がるオーガを見て止まった。


「......なんだ、これは」


俺を見る。


「お前がやったのか?」


「そうだけど」


「一人で?」


「うん」


五人が黙った。


またこの反応だ。


「睡眠花使えば簡単だぞ」


「睡眠花?」


「そこに生えてるだろ。潰して匂い嗅がせれば寝る」


男たちは顔を見合わせた。


「そんな話、聞いたことがないぞ」


「そうなの?」


ゲームでは常識だった。


攻略サイトなら初心者向けページに普通に書いてある程度の情報だ。


「まあ、試してみれば分かる」


別に隠すほどのものでもない。


睡眠花の場所を指差し、そのまま森を出る。


後ろで何か話していたが、気にしなかった。


町へ戻る頃には夕方だった。


ギルドへ寄る。


今日は依頼を受けていないので報告することもない。


素材の相場だけ確認する。


フォレストオーガの素材は高い。


だが、解体して持って帰るには大きすぎる。


「収納系のアイテム、早めに欲しいな」


ゲームではアイテム欄へ放り込めば済んだ。


現実では運搬が問題になる。


収納能力を持つ魔法鞄。


ゲーム中盤以降なら珍しくない。


入手場所も覚えている。


「次はそれだな」


宿へ戻る。


夕食を食べながら、今後の予定を整理する。


青騎士の剣。


収納鞄。


防具。


特殊スキル。


その後は次の地方へ移動してもいい。


アルネ周辺で取れるものはだいたい取った。


「そろそろ中盤だな」


ゲーム基準では、そう思っていた。


実際にはこの日、クロウが一人で倒したフォレストオーガは、アルネ周辺の冒険者が五、六人で挑む魔物だった。


しかも、それを短時間に五体。


だがクロウにとっては、攻略法を知っていれば簡単に倒せる序盤の経験値稼ぎでしかなかった。


その認識の差に、本人だけがまだ気づいていなかった。


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