第6話 誰も拾わない宝物
古戦場跡に着いたのは、日が傾き始めた頃だった。
広い草原のところどころに、崩れた石壁や折れた柱が残っている。
ゲームでは《アルネ古戦場》という名前の小さなフィールドだった。
設定上は百年以上前に戦争があった場所らしいが、序盤では特に重要なイベントもない。出現するのはスケルトンやゴーストなどの低級アンデッドで、少し不気味なだけの場所だった。
ただ、一つだけ価値がある。
朽ちた騎士の剣。
「確か、壊れた塔から南に三十歩くらい」
目印になる塔を探す。
すぐに見つかった。
半分以上崩れているが、形は記憶にあるものと同じだ。
そこから南へ進む。
ゲームなら座標を見れば一発だった。
今は自分で数える。
「二十八、二十九、三十......この辺か?」
草しかない。
しゃがんで探す。
しばらくすると、土の中から黒いものが少しだけ出ているのを見つけた。
掘る。
柄だった。
「当たり」
土をどけて引き抜く。
一本の長剣が出てきた。
錆だらけだ。
刃は茶色く変色し、ところどころ欠けている。
知らなければ武器として使おうとは思わない。
だからゲームでも、多くの初心者がただの背景だと思って通り過ぎた。
俺も最初はそうだった。
攻略情報を見て、こんなものに意味があったのかと驚いた記憶がある。
「これで武器は確保、と」
問題は町へ戻って修復できるかどうかだ。
ゲームではアルネの鍛冶屋に持ち込めばイベントが発生した。
青鋼石と銀貨を渡せば《青騎士の剣》へ変化する。
序盤としてはかなり強い。
普通に店で買える武器を何段階か飛ばせる性能だった。
長剣を布で包み、背負う。
そのとき、気配感知に反応があった。
「ん?」
後ろ。
一つ。
いや、二つ。
ゆっくり近づいてくる。
振り返る。
崩れた石壁の向こうから、人骨が歩いてきた。
「スケルトンか」
白骨死体が剣を持っている。
ゲームなら見慣れた敵だが、現実で見るとかなり不気味だ。
筋肉もないのに、どうやって動いているのか。
考えても仕方がない。
一体目が斬りかかってくる。
避ける。
短剣で腕を斬る。
刃が骨に当たり、硬い音がした。
「そうだった」
斬撃が効きにくい。
ゲームでは常識だった。
骨しかないのだから当然だ。
俺は地面に落ちていた石を拾う。
次の攻撃を避け、頭蓋骨へ叩きつけた。
砕ける。
スケルトンが崩れ落ちた。
「短剣だと相性悪いな」
もう一体も同じように倒す。
これで終わりかと思ったが、気配感知にさらに反応がある。
三つ。
四つ。
「多いな」
古戦場なので当然か。
ゲームでは一定間隔で湧いていたが、現実ではこの辺に大量に眠っているのかもしれない。
俺は少し考え、逃げることにした。
倒せない相手ではない。
だが、わざわざ相性の悪い武器で連戦する必要はない。
朽ちた騎士の剣は手に入った。
目的は達成している。
「今日は帰るか」
走る。
以前の自分なら全力疾走だった速度なのに、今は余裕がある。
スケルトンたちは追ってきたが遅い。
すぐに距離が開いた。
古戦場を抜けたところで振り返る。
もう追ってこない。
「便利だな、レベル」
改めて実感する。
現代日本にいた頃の身体とは明らかに違う。
これでもまだ序盤だ。
ゲームなら、この先に何十段階も成長がある。
「全部上げたらどうなるんだろうな」
少し楽しみになってきた。
町へ戻った頃には、すっかり暗くなっていた。
鍛冶屋は閉店間際だった。
「すまん、まだいいか?」
「買い物なら明日にしろ」
昨日の店主だ。
「修理を頼みたい」
「何をだ?」
包んでいた長剣を出す。
店主の顔が露骨に嫌そうになる。
「ゴミじゃねえか」
「まあ、今はな」
「こんなもん直すくらいなら新品買った方が安いぞ」
「青鋼石を使えば直せるだろ?」
店主の表情が変わった。
「......お前、どこでそれを聞いた?」
「知ってるだけ」
「誰にだ」
「昔、どこかで」
ゲームの攻略サイトで、とは言えない。
店主はしばらく俺を見たあと、剣を受け取った。
錆を落とし、柄を確認し、鍔の部分を布で拭う。
すると、その下から小さな紋章が現れた。
「やっぱりか」
「直せる?」
「青鋼石があればな。だが、あれはそう簡単に手に入るもんじゃねえ」
「あるよ」
鞄から取り出す。
店主が固まった。
「......お前な」
「何?」
「いや、いい」
何か言いたそうだったが、店主は諦めたらしい。
「銀貨八枚。三日かかる」
「三日?」
「嫌なら他へ行け」
「いや、それでいい」
ゲームでは一瞬だった。
当たり前だが、現実の鍛冶は時間がかかる。
銀貨八枚を支払う。
手持ちはかなり減った。
だが問題ない。
金を稼ぐ方法ならいくらでも知っている。
「三日後な」
「頼む」
店を出る。
これで武器の準備も進んだ。
次は金だ。
宿代や食費程度ならゴブリンを狩っていれば稼げる。
しかし今後、装備やアイテムを揃えるにはもっと必要になる。
ゲームならクエスト報酬やドロップ品を売れば十分だった。
この世界ではどうするか。
「素材だな」
すでに答えはある。
アルネから西へ半日ほど行った場所に、《灰色湿原》という地域がある。
そこに生える薬草の一種が、今の時期だけ大量に採れる。
ゲームではありふれた錬金素材。
だが昨日道具屋で見た限り、この町ではかなり高値で売られていた。
理由も分かる。
ゲーム設定では、数年前に湿原へ続く道が崩れて採取量が落ちている時期だった。
普通の人間は南側の街道から大きく迂回する必要がある。
だが俺は、北側の森を抜ける隠しルートを知っている。
「明日は採取だな」
強くなるだけでは生活できない。
好き勝手に生きるには金もいる。
宿へ戻り、夕食を食べる。
翌朝。
俺は夜明けと同時に町を出た。
北西へ進む。
途中で街道を外れ、森へ入る。
ゲームでは崖に見える場所がある。
実際には岩の間に細い道があり、そこを抜ければ湿原まで大幅に短縮できる。
「ここだ」
蔦を掻き分ける。
人一人が通れる程度の隙間。
進む。
途中で何度か魔物の気配を感じたが、すべて避けた。
戦う必要はない。
二時間ほどで森を抜けた。
目の前に灰色の湿地が広がる。
「早いな」
普通なら半日。
このルートなら二時間。
ゲームでは移動時間を短縮するだけの裏道だったが、現実では意味が大きい。
目的の薬草を探す。
すぐに見つかった。
細長い紫色の葉。
《紫鈴草》。
中級治癒薬や解毒薬の材料になる。
ゲームでは大して珍しくない。
だが、ここには大量に生えている。
「これ、全部金か」
笑いが出る。
採れるだけ採る。
とはいえ鞄には限界がある。
詰められるだけ詰め、昼前には切り上げた。
帰りも同じ道を使う。
午後にはアルネへ戻れた。
そのまま薬屋へ向かう。
「買い取り頼める?」
店主の老婆が鞄の中を見る。
目を見開いた。
「紫鈴草じゃないか。こんなにどこで?」
「ちょっと採ってきた」
「西の湿原まで行ったのかい?」
「まあ、その辺」
「朝から?」
「うん」
老婆が怪訝な顔をする。
普通のルートでは往復だけで一日かかる。
説明する必要はない。
「買える?」
「もちろんだよ」
薬草を一本ずつ確認する。
状態がいいものだけでもかなりの数があった。
「全部で金貨二枚と銀貨六枚だね」
「......金貨?」
思わず聞き返した。
「不満かい?」
「いや、逆」
昨日まで銀貨を数えていたのに、一気に金貨になった。
ゲームでは何度も見た素材だ。
わざわざ拾わず通り過ぎたことすらある。
それがこの世界では、かなりの価値を持っている。
金貨を受け取る。
ずしりと重い。
「これ、毎日持ってきても買ってくれる?」
「毎日は困るよ」
「だよな」
当然だ。
大量に売れば値段が下がる。
ゲームの店なら何個売っても同じ価格だったが、ここには市場がある。
その程度は俺にも分かる。
「じゃあ、しばらく間を空ける」
「そうしておくれ」
店を出る。
金は手に入った。
思った以上に簡単だった。
ただ、そこで少し考える。
この世界では、ゲームで価値が低かったものが高く売れることがある。
逆もあるだろう。
知識をそのまま使うだけでは足りない。
ゲーム知識と、この世界の事情を組み合わせる必要がある。
「でも、それが分かればもっと稼げそうだな」
将来値上がりする素材。
まだ発見されていない鉱山。
後に街ができる土地。
ゲームの記憶を掘り起こせば、いくらでも候補がある。
別に大金持ちになりたいわけではない。
だが金があれば、宿も食事も装備も自由になる。
誰かに雇われる必要もない。
つまり、好き勝手に生きやすくなる。
「金はある。武器も三日後。スキルも取った」
順調だ。
順調すぎるくらいだ。
俺は市場を歩きながら、次に必要なものを考えた。
防具。
回復手段。
そして、さらに効率のいい狩場。
今の身体能力なら、そろそろ次の段階へ行ける。
ゲーム基準では、ようやく初心者を抜け始めた程度。
まだまだ先は長い。
だからこそ、急ぐ必要はない。
死なない範囲で、一つずつ取っていけばいい。
この世界には、誰も知らない宝物が大量に眠っている。
正確には、俺にとっては誰も知らないように見えるだけなのかもしれない。
それでも先に見つけたなら俺のものだ。
誰かから奪うわけでもない。
地面に埋まっているものを拾うだけ。
「こういう好き勝手なら、誰にも文句言われないだろ」
俺はそう呟き、次の目的地を考えながら宿へ戻った。




