第5話 効率のいい狩り方
翌朝、俺は宿の食堂でパンをかじりながら、頭の中で今日の予定を組み立てていた。
昨日までで、この世界について最低限の確認はできた。
ゲームの地理は使える。魔物の特徴も使える。弱点も、隠されたアイテムの場所も、おそらくかなりの精度で一致している。そして魔物を倒せば、目には見えないもののレベルも上がる。
なら、今日からは本格的に利用していけばいい。
「問題は、どこまでやるかだな」
普通のプレイヤーなら、まずアルネ周辺の依頼をこなしながら少しずつ装備を更新する。
ゴブリンを倒し、ウルフを倒し、次にオーク。レベルが上がったら隣の地域へ移動して、さらに強い魔物を狩る。
だが、それはゲームを初めて遊ぶ人間の進め方だ。
俺は何年もこのゲームをやっていた。
どのレベル帯で何を狩れば効率がいいかも、どの装備を取れば途中の装備更新を飛ばせるかも知っている。
昨日倒したアイアンビートルもその一つだ。
普通なら序盤では避ける魔物だが、弱点を知っていれば簡単に倒せる。その割に得られる経験値はかなり多い。
「午前中はあいつでいいか」
食事を終え、町を出る。
昨日と同じ岩場へ向かい、途中で刺激臭のある草を集めた。
アイアンビートルはすぐに見つかった。
草を燃やす。
煙を浴びせる。
ひっくり返ったところで腹を刺す。
一体。
二体。
三体。
昨日より明らかに楽だった。
最初に戦ったときは何度も短剣を突き刺す必要があったのに、今では二度で仕留められる。
「やっぱり強くなってるな」
自分の能力を数字で確認できないのは不便だが、身体の変化は分かる。
走っても息が上がりにくい。
重い枝を簡単に持ち上げられる。
目もよくなっている。
離れた場所の葉の動きや、小さな物音まで以前よりはっきり分かる。
レベルアップで身体能力だけでなく感覚も上昇する。
ゲームでは単純なステータスとして処理されていたが、現実になるとかなり便利だった。
五体目を倒したところで、俺は狩りをやめた。
「この辺でいいか」
効率がいいからといって、一日中同じ魔物を狩る必要はない。
次へ進む。
俺が向かったのは、岩場からさらに北へ行った場所にある小さな谷だった。
ゲームでは《風抜けの谷》と呼ばれていた。
序盤のマップとしては少し危険な場所で、ウルフ系の魔物が多く出る。
だが、目的は魔物ではない。
谷の奥にある洞穴だ。
そこには序盤で取れる特殊スキルの一つが眠っている。
ゲームではスキルの大半をレベルアップや職業訓練で覚えるが、一部には特定の条件を満たさなければ取得できないものがあった。
その一つが《気配感知》。
名前通り、周囲にいる生物の気配を感じ取るスキルだ。
高レベルになれば似た能力を自然に身につけるし、上位職にはもっと優秀な感知スキルもある。
だから最終的には使わなくなる。
だが序盤では非常に便利だった。
何より、今の俺にとってはゲーム以上に重要だ。
現実では背後から襲われれば、本当に死ぬ。
「取れるものは取っとくに限る」
谷へ入る。
すぐにウルフを一体見つけた。
灰色の毛並み。
大きさは大型犬より一回り大きい。
ゲームなら大した敵ではない。
だが、実物を見ると普通に怖い。
牙を剥き、低い唸り声を上げる。
「これに噛まれたら痛いじゃ済まないな」
ウルフが走ってくる。
速い。
昨日までの俺なら少し焦ったかもしれない。
しかし今は動きが見えた。
横へ避ける。
すれ違いざまに短剣を振る。
首元に傷が入る。
ウルフが振り返る。
もう一度飛びかかってきたところを避け、今度は深く刺した。
倒れる。
「......アイアンビートルより弱いな」
相性の問題もあるだろう。
硬い敵より、普通に刃が通る相手の方が戦いやすい。
俺はそのまま谷を進んだ。
途中で二体のウルフに遭遇したが、それも問題なく倒せた。
昨日までとは明らかに違う。
強くなっている。
それも、自分が思っていた以上の速度で。
「ゲームだと、この辺でレベル十前後だったか?」
正確には覚えていない。
何度も育成したゲームなので、序盤はほとんど作業だった。
経験値効率のいい方法を使えば、数時間で通過してしまう。
この世界でも同じように進めるなら、わざわざ低レベル帯に長く留まる理由はない。
谷の奥に洞穴が見えた。
入口は狭い。
中へ入ると、すぐに石造りの小さな祭壇があった。
「これだ」
祭壇の上には透明な水晶が置かれている。
ゲームでは、これに触れれば《気配感知》を取得できた。
ただし条件がある。
周囲のウルフを一定数倒していること。
正確には五体だったはずだ。
「......三体しか倒してないな」
戻る。
さらに二体探して倒す。
そして再び祭壇へ。
水晶に手を触れた。
何も起きない。
「あれ?」
条件を間違えたか。
六体だったか。
いや、五体だったはずだ。
少し考える。
ゲームではウルフを五体倒してから祭壇を調べる。
それだけだった。
「もしかして、討伐数じゃなくて別の条件だったのか?」
ゲーム上では五体倒すことが条件として表示されていた。
だが、ここは現実だ。
システム上の数字ではなく、その裏に何か理由がある可能性がある。
祭壇を調べる。
文字が刻まれていた。
ゲームでは読めない装飾だった。
今はなぜか意味が分かる。
『獣の群れを恐れず、その気配を知る者に――』
「なるほど」
五体倒すこと自体に意味があったわけではないらしい。
おそらく、複数のウルフと戦い、その気配を理解することが条件なのだろう。
俺は谷へ戻った。
今度はただ倒すのではなく、意識して探す。
音。
足跡。
草の揺れ。
臭い。
ゲームでは必要なかったものを使う。
しばらく歩いていると、茂みの向こうに何かいることに気づいた。
姿は見えない。
だが、いる。
近づかずに待つ。
数秒後、ウルフが出てきた。
「こういうことか」
戦って倒す。
もう一度祭壇へ戻る。
水晶に触れた。
今度は反応した。
水晶から淡い光が流れ、手を通して身体の中へ入ってくる。
頭の奥が一瞬熱くなった。
「......おお」
目を閉じる。
何となく分かる。
洞穴の外。
少し離れた場所に、小さな生き物がいる。
さらに遠くにもう一つ。
目を開け、外へ出る。
気配を感じた方向を見ると、岩の陰から小さな獣が逃げていった。
「便利だな、これ」
ゲームでは画面上に敵の位置が薄く表示される程度のスキルだった。
現実ではもっと感覚的だ。
視覚でも聴覚でもない。
そこに何かいる、と分かる。
まだ範囲は狭い。
集中しないと使えない。
それでも奇襲を避けられるだけで価値は大きい。
「次は装備か」
俺は谷を出た。
今日の目的はもう一つある。
この近くに、序盤としてはかなり強い武器が隠されている。
正確には、隠されているというより誰も使っていない。
ゲームでは《朽ちた騎士の剣》という武器だった。
谷の北にある古戦場跡。
そこに埋まっている。
見た目は錆びた長剣。
そのままでは弱い。
だが特定の鉱石と一緒に鍛冶屋へ持っていけば、本来の性能を取り戻す。
問題は、その鉱石だ。
「確か、こっちだったよな」
森を抜け、岩山へ向かう。
途中で何度か魔物の気配を感じた。
気配感知のおかげで避けるのは簡単だった。
わざわざ全部と戦う必要はない。
目的地に着いたのは昼過ぎだった。
岩壁の一部に、銀色の筋が走っている。
「銀じゃない。ミスリルでもない」
序盤用の特殊鉱石、《青鋼石》。
ゲームでは採掘スキルがなくても一個だけ拾える場所がある。
岩の裂け目へ手を入れる。
硬いものに触れた。
引っ張り出す。
青みがかった石。
「よし」
これで一つ。
次は古戦場跡。
夕方までには到着できる。
そこまで考えて、俺は少し笑った。
昨日までは異世界で生きられるかどうかを考えていた。
今はもう、攻略ルートをどう短縮するか考えている。
「人間、慣れるもんだな」
もっとも、悪い気はしない。
ゲームで何度も歩いた世界を、自分の足で攻略している。
しかも知識はそのまま使える。
誰かと競争しているわけでもない。
欲しいものを先に取ったからといって、文句を言うプレイヤーもいない。
だったら遠慮する理由はない。
使えるものは全部使う。
取れるものは取る。
強くなれるなら強くなる。
それが、俺がこの世界で決めた生き方だ。
俺は青鋼石を鞄へ入れ、古戦場跡へ向かって歩き始めた。




