第4話 ゲームと同じで、ゲームではない
翌朝、俺は冒険者ギルドの掲示板の前にいた。
「さて、どれにするか」
昨日は町に入るだけで終わった。
今日は、この世界でゲームの攻略知識がどこまで使えるのかを確認する。
掲示板には大量の依頼が貼られていた。
薬草採取。
ゴブリン討伐。
街道周辺の警戒。
荷物運び。
家畜探し。
ゲームにもあった依頼と、見覚えのない依頼が混ざっている。
当然だろう。
ここでは人間が実際に生活している。
毎日同じ依頼が同じ場所に湧くわけではない。
「ゴブリン五体で......銅貨六十枚か」
安いのか高いのか、まだ分からない。
宿代が食事付きで銅貨二十五枚だったことを考えれば、二日分程度だ。
命をかけて五体倒す報酬として考えると、あまり割がよくない気がする。
ゲームでは序盤の定番依頼だったが、今の俺に積極的に受ける理由はない。
俺は別の紙を見る。
薬草採取。
指定された薬草十本で銅貨二十枚。
「こっちの方が楽だな」
ただし今日の目的は金ではない。
戦闘能力の確認だ。
結局、ゴブリン討伐の依頼を一枚取って受付へ持っていった。
「こちらを受けられますか?」
「そのつもり」
昨日とは別の受付嬢だった。
彼女は俺の仮冒険者証を確認し、少し困った顔をする。
「昨日登録されたばかりですよね」
「そうだけど」
「お一人ですか?」
「うん」
「ゴブリンは一体なら新人でも対処できますが、複数になると危険です。可能なら他の冒険者と組むことをお勧めします」
まともな忠告だ。
ゲームなら最初から一人で五体くらいまとめて狩っていたが、現実ではそうはいかないのだろう。
「昨日、一体倒した」
「すでに?」
「森で襲われたから」
「討伐部位は持ってきましたか?」
「討伐部位?」
「右耳です」
「......知らなかった」
ゲームでは倒した瞬間に討伐数へ加算される。
死体から耳を切り取る必要などなかった。
こういうところだ。
やはりゲームと同じ感覚だけで動くと失敗する。
「次から持ってくる」
「お気をつけください」
俺はギルドを出た。
町を出る際、昨日の門番とは別の兵士に冒険者証を見せる。
今度は入市税を取られなかった。
身分証を持つ意味は大きいらしい。
街道を歩きながら、昨日見つけた蒼風の指輪を装備する。
身体が軽くなる。
今日はこれに加えて、もう一つ試したいことがあった。
「ステータス」
何も出ない。
「メニュー」
何も出ない。
「能力表示」
やはり何もない。
「だよなあ」
昨日も少し試した。
ゲームのような画面は出ない。
レベルが存在すること自体は、ギルドでそれらしい話を聞いた。
ただし数値として見えるわけではないらしい。
現地の人間は、魔道具や神殿などで大まかな能力を測るという。
ゲームでは画面一つで済んだものが、現実ではそう簡単ではない。
俺は街道を外れ、森へ入った。
目的地は昨日ゴブリンと遭遇した場所より少し北。
ゲームではゴブリンが多く出現する区域だ。
ただし、正面から探すつもりはない。
ゴブリンには習性がある。
昼間は水場へ集まりやすい。
特にアルネ北側の森では、ある種類の赤い実を好んで食べる。
ゲームでは攻略サイトに載る程度の小ネタだった。
モンスターの出現率を上げるために利用されていた。
この世界でも同じなら、探し回るより遥かに効率がいい。
小川沿いを歩く。
しばらくすると、赤い実をつけた低木を見つけた。
「これこれ」
少し離れた場所で待つ。
十分。
二十分。
「来ないな」
ゲームなら数分で湧く。
だが、現実に魔物が地面から出現するわけではない。
さらに待つ。
三十分ほど経ったところで、草むらの向こうから声が聞こえた。
ゴブリンだ。
一体。
その後ろに二体。
「三体か」
昨日なら逃げていた。
今日は戦う。
ただし、まともにはやらない。
俺は赤い実をいくつか拾い、小川近くの開けた場所へ置いた。
そのまま木の陰へ隠れる。
ゴブリンたちは警戒しながら近づき、実を見つけるとそちらへ寄っていった。
「ここも同じか」
食性までゲーム知識が通用する。
なら次。
俺は石を拾い、少し離れた茂みへ投げた。
音に反応して一体がそちらへ向かう。
二体と一体に分かれた。
ゲームでの釣りと同じだ。
「便利すぎるな、知識」
単独になったゴブリンへ近づく。
気づかれた。
棒を振り上げる。
昨日と同じ。
だが、今日は動きがよく見える。
蒼風の指輪の効果もあるだろう。
振り下ろされた棒を避け、短剣で腕を切る。
ゴブリンが怯んだところで首を狙う。
一体目。
耳を切り取る。
気分は悪い。
だが昨日ほどではない。
「慣れるの早いな、俺」
嬉しくはない。
残り二体も同じように分断する。
二体目。
三体目。
危なげなく倒せた。
戦闘そのものは、ゲームより遥かに生々しい。
しかし魔物の動きにはゲームと共通する癖がある。
ゴブリンは右手で武器を振るう個体が多い。
大きく振りかぶる。
攻撃後に一瞬止まる。
知っていれば対処は難しくない。
さらに森を移動し、二体を追加で倒した。
依頼達成。
「思ったより簡単だったな」
ただし、これで強くなったのかは分からない。
ゲームなら経験値が入り、一定値に達すればレベルアップの表示が出る。
今は何もない。
身体の感覚を確認する。
「......少し違うか?」
気のせいかもしれない。
足が軽い。
視界も妙にはっきりしている。
試しに近くの石を持ち上げる。
昨日なら重かったはずの石が、思ったより簡単に動いた。
「レベルは上がってるのか」
表示がないだけで、成長そのものは存在するらしい。
これは大きい。
ならばゲーム知識を使ったレベル上げもできる。
俺はそのまま別の場所へ向かった。
アルネの森の北東部。
ゲームでは初心者があまり近づかない場所だ。
出現する魔物のレベルが少し高い。
だが、そこには有名な攻略法がある。
岩場に生息する大型の甲虫型魔物。
正式名称はアイアンビートル。
硬い外殻を持ち、序盤の武器ではまともにダメージが通らない。
その代わり、腹側は極端に柔らかい。
さらに一定の匂いを嫌う。
近くに生えている刺激臭の強い草を燃やすと、ひっくり返って動きが鈍くなる。
ゲームでは序盤の経験値稼ぎとして有名だった。
ただし、それを知らずに正面から戦うとかなり強い。
「まず見るだけだな」
死んだら終わり。
知識が通用することを確認してから戦う。
一時間ほど歩き、岩場へ到着した。
いた。
黒い甲虫。
全長は一メートル以上。
「画面で見るより気持ち悪いな......」
近づく気が少し失せる。
だが、目的の草も見つけた。
葉を潰すと強烈な臭いがする。
「これも同じ」
乾いた枝を集め、火をつける。
火起こしには苦労した。
ゲームではアイテムを選ぶだけだった。
現実は面倒だ。
ようやく煙が出始める。
刺激臭のある草を投げ込む。
煙が岩場へ流れた。
アイアンビートルが反応する。
動き回り、やがて身体を大きく持ち上げた。
そしてひっくり返る。
「本当に効くのかよ」
知っていたことなのに笑ってしまった。
近づく。
六本の脚を激しく動かしているが、起き上がれない。
腹側には外殻がない。
短剣を突き刺す。
一度。
二度。
三度。
動きが止まった。
その瞬間だった。
身体の奥から熱が広がった。
「うお?」
明確に分かった。
力が増した。
視界が鮮明になる。
耳に入る音が増える。
頭まで妙にすっきりする。
「これがレベルアップか」
表示も音もない。
だが感覚で分かる。
ゲームでは数字が一つ増えるだけだった。
実際に体験すると、まるで別物だ。
俺は拳を握る。
力が強くなっている。
軽く走る。
明らかに速い。
「なるほど」
笑いが込み上げる。
この世界でもレベルは存在する。
魔物を倒せば上がる。
ゲームの弱点も通用する。
そして俺は、その効率的な方法を大量に知っている。
これならやれる。
俺はもう一体、アイアンビートルを探した。
同じ方法で倒す。
さらに一体。
三体目を倒した頃には、最初より明らかに身体能力が上がっていた。
「これ、普通にゴブリン狩るより何倍も速いぞ」
ゲームでは当たり前だった。
効率のいい敵を、効率のいい方法で倒す。
ただそれだけ。
しかしこの世界の冒険者は、この方法を知っているのだろうか。
ギルドで聞いた限り、アイアンビートルは新人が近づくべき魔物ではない扱いだった。
弱点が知られていないのか。
あるいは知られていても、一般的ではないのか。
「まあ、わざわざ教える必要もないか」
俺は正義の攻略サイト運営者ではない。
自分で見つけたわけではないが、使える知識は使う。
好き勝手に生きると決めたのだから、こういうところで遠慮する必要はない。
夕方、町へ戻った。
ギルドでゴブリンの耳を提出する。
「五体、確かに確認しました」
受付嬢が報酬を出す。
その横で、別の冒険者がこちらを見ていた。
「一人でやったのか?」
「そうだけど」
「昨日登録したばかりだろ?」
「そうだな」
「......よく無事だったな」
「ゴブリンだぞ?」
男が妙な顔をする。
俺も首を傾げた。
ゴブリンは最弱クラスだ。
ゲームでは。
「まあ、運が良かった」
余計なことは言わない方がいい。
俺は報酬を受け取り、ギルドを出た。
宿へ戻る途中、昨日とは違う店で夕食を買う。
焼いた肉を挟んだパン。
銅貨四枚。
意外とうまい。
歩きながら食べる。
「これならいけそうだな」
今日でほぼ確認できた。
ここはゲームそのものではない。
ゲームに存在しなかった生活がある。
社会がある。
人間がいる。
死ねば、おそらく終わり。
だが、ゲーム知識は通用する。
地形。
アイテム。
魔物。
弱点。
レベル。
攻略法。
全部だ。
少なくとも今のところは。
なら、この世界で生きていける。
いや、生きていくだけではない。
かなり自由にやれるはずだ。
俺はゲームの先を知っている。
どこに強い装備があるか。
どの敵を倒せば効率がいいか。
どんなスキルが強いか。
何が後で高騰するか。
どこで大きな事件が起きるか。
それらを全部使える。
「まずは強くなるか」
金も必要だ。
装備も欲しい。
だが、何をするにも力があった方が便利だ。
この世界には、ゲーム後半で散々苦労した化け物がいるはずなのだから。
今の俺など、ゲーム基準ならまだ始まったばかりだ。
強くなりすぎて困ることはない。
目立たないようにだけ気をつければいい。
俺はパンの最後の一口を食べた。
明日から、本格的に攻略を始める。
この世界で誰かの英雄になるためではない。
世界を救うためでもない。
ただ、自分が好き勝手に生きられるだけの力を手に入れるために。
それで十分だった。




