第53話 せっかくだから俺は好き勝手に生きるぜ
王墓地下迷宮の最深部に、三体のボスが待っていた。
最初に現れたのは、巨大な骨竜だった。翼を広げるだけで広間の空気が動き、口を開くと黒い炎が床を這う。
「骨竜は、翼を二度振った後に首を下げる。そこが弱点」
クロウが言った。
「いつも通りだな」
レオンが剣を構える。
「ただし、三体連続だから、魔力を使いすぎるな」
セリアが杖を握り直した。
「最後まで、私たちも戦う必要がありますか?」
「もちろん。三人で攻略した方が早い」
骨竜が咆哮した。
翼が一度、二度と振られる。クロウが合図を出す前に、レオンが横へ移動した。骨竜の首が下がる。
「今!」
レオンの剣が首の骨へ入った。セリアの魔法が骨竜の動きを鈍らせ、クロウが露出した核を攻撃する。
骨竜は、これまでの敵より強かった。だが、戦い方が分かっている。三人は無駄な攻撃を避け、敵の予兆に合わせて動いた。
最後にクロウが核を砕く。
骨竜が崩れ、大きな魔石が落ちた。
「一体目、終わり」
クロウは魔石を拾った。
「まだ二体いるのか」
レオンが息を整える。
「そう。でも次は、攻撃より仕掛けを処理する」
広間の中央に、王冠をかぶった石像が立ち上がった。周囲の床に、十二個の魔法陣が浮かぶ。
「魔法陣を間違えると、味方の魔力が吸われる。正しい順番は、セリアが見てくれ」
「私が?」
「装置の流れは、俺よりセリアの方が分かる」
セリアは《戦場把握》を広げた。魔法陣の光が、王墓守の身体へ流れている。三つが強く、二つが弱い。ゲームでは固定だった順番が、現実ではわずかに変わっていた。
「最初は右端です。次は中央ではなく、左から三番目」
「分かった」
クロウは、セリアの判断に従った。
ゲームの知識だけなら、中央の魔法陣を踏んでいた。だが、現実の魔力の流れは違う。セリアの観察がなければ、仕掛けを逆に作動させていた。
「次、レオン!」
クロウが叫ぶ。
レオンが王墓守の攻撃を受け止め、その隙にセリアが魔法陣を消していく。クロウは石像の弱点を狙い、装置が止まるたびに攻撃を重ねた。
二体目も、崩れた。
最後の扉が開く。
奥にいたのは、巨大な黒い王冠をかぶった魔物だった。身体は人の形に近いが、背中に六本の腕があり、手には王墓地下迷宮の魔力が集まっている。
「最後のボスだ」
クロウは、ここへ来るまでに覚えていたすべての攻略法を整理した。
「最初の攻撃は、レオンが受ける。次に、セリアが右の装置を止める。俺は左の装置を壊す。装置が全部止まったら、胸の核を狙う」
「お前は?」
レオンが尋ねる。
「指示を出す」
「それが一番忙しそうだな」
最後のボスが腕を振り上げた。
「次、右!」
レオンが動く。
「セリア、今!」
セリアの魔法が装置を包む。
「レオン下がれ!」
黒い衝撃波が広間を横切る。
クロウはゲーム時代のレイド指揮を思い出していた。大人数の仲間へ、短い指示を飛ばす。敵の攻撃を避け、装置を止め、弱点が開いた瞬間に攻撃を集中する。
今、仲間は二人だけだ。
しかし、二人はクロウの指示を正確に実行している。
「左の装置、あと三秒!」
セリアが叫ぶ。
「レオン、持たせて!」
「任せろ!」
レオンが最後の一撃を盾で受けた。身体が後ろへ滑るが、倒れない。セリアの魔法が装置を停止させ、クロウが左側の装置へ刃を入れる。
六つの装置が、すべて止まった。
最後のボスの胸が開く。
「全員で行く!」
三人の攻撃が、黒い核へ集まった。
ボスが崩れ、王墓地下迷宮全体が揺れた。
床には、レベル百装備に必要な最後の素材が落ちている。クロウはそれを拾い上げ、静かに確認した。
「これで、装備素材は揃った」
同時に、身体の奥へ大きな変化が走った。
だが、光は一度だけだった。
「……足りない」
レオンが振り返る。
「何が?」
「経験値」
セリアが、倒れたボスを見た。
「今のを倒しても、ですか?」
「あと少しなんだけどな」
クロウは、王墓地下迷宮の奥に残る魔物の位置を思い出した。ボスを倒した後にだけ出現する高経験値の敵がいる。最後のレベルを上げるなら、そこを狩るのが一番早い。
「もう少しだけ、奥へ行く」
「まだあるのか」
「レベル百になるまで」
三人は迷宮のさらに奥へ進んだ。
そして、最後の魔物を倒した時、クロウの身体をこれまでとは比べものにならない光が包んだ。
「……来た」
クロウは、レベル百制限の装備を取り出した。
黒い鎧。翼を思わせる外套。ゲーム時代に使っていた、最終装備に近い品だ。
装備できる。
「よし」
クロウは、ようやく笑った。
「百か?」
レオンが尋ねる。
「百」
「それが最高なんですよね?」
セリアが確認する。
「一応な」
クロウは、最後に取得できるスキルの条件を満たした。魔力が一気に膨れ上がり、視界の端に新しい文字が浮かぶ。
《終端突破》を取得しました。
クロウは満足そうにうなずいた。
「これでようやく、対人でも安心できるな」
レオンとセリアは、何も言わなかった。
王墓地下迷宮から戻ると、王都は以前とは別の場所になっていた。王国の旗は下ろされ、街道と食料庫はレオンとセリアの指示で維持されている。各地から役人や商人が集まり、今後の統治について相談を求めていた。
旧王国の支配が崩れた以上、誰かがこの地域を治めなければならない。すでに軍事、治安、街道、商業、情報の大部分を担っているのは、レオンとセリアの組織だった。
「正式な統治主体になってほしい」
各地から集まった代表者たちは、二人へそう求めた。
レオンとセリアは、顔を見合わせた。
王国を征服したかったわけではない。国を作りたかったわけでもない。
ただ、クロウが自由に暮らせる環境を守るために、必要な仕事をしてきただけだ。
しかし、今となっては拒めなかった。
二人を中心とする新国家が成立した。
名は、神導王国。
レオンとセリアは、共同統治者となった。
その説明を聞いたクロウは、しばらく黙っていた。
「つまり、二人とも国の仕事をすることになったの?」
「……まあ、そうだ」
レオンが答える。
「すげえな。出世したな」
「そうですね」
セリアも笑った。
「大変そうだけど、無理するなよ」
二人は顔を見合わせた。
国ができても、三人の生活は変わらなかった。食事をし、次に行きたい場所を話し、レオンが呆れ、セリアが記録する。
「そういえばずっと気になってたのだが、クロウは神の使いなのか?」
「なんで?」
「いや、“クロウ”とは神の御使を表す言葉だから気になってたんだ」
レオンの言葉に、クロウは目を丸くした。
「いや、そんなわけないじゃん。偶然だよ。だから最初、怪訝に思われてたのか」
これまで名前を名乗った時、相手が一瞬だけ妙な顔をすることがあった。クロウは、ハンドルネームとして変わった響きだからだと思っていた。
まさか、そんな意味があるとは知らなかった。
「ゲームで使ってた名前だ。深い意味はない」
クロウは、二人の反応を気にする様子もなく、地図を広げた。
「レベル百になったから、次は装備の強化かな。それから、まだ行ってないダンジョンもある」
「国ができた直後に、もう次の攻略を考えるのか」
「せっかくだからな。好き勝手に生きるぜ」
クロウは、いつものように笑った。
神導王国の建国は、こうして始まった。
そしてその中心にいた男は、国を作ったつもりも、王になったつもりもなかった。
ただ、ゲームの世界に来たのだから。
せっかくだから、好き勝手に生きる。




