第51話 王都に用があるだけ
王都の外壁前には、王国軍の最後の主力が集まっていた。
歩兵、騎兵、弓兵。城壁の上には魔法兵が並び、門の前には王国の紋章を掲げた旗が立っている。規模だけなら、これまで三人が相手にした軍勢の中で最大だった。
クロウは、その隊列を見ていた。
王都の門前には、戦える者だけが集まっているわけではない。荷車を引く者、負傷者を運ぶ者、家族を探している者。戦闘が始まれば、彼らの逃げ道も塞がれる。
セリアは城壁の上と門の周囲を観察し、住民が集中している区画を確認した。
「正面を破るだけでは、被害が大きすぎます」
「分かっている」
レオンが答えた。
「王国軍を倒すことより、戦う意思のない者を下げる。門を抜けた後も、城内へ勝手に入らせない」
彼らは、勝利後のことまで考えていた。王都を壊せば、王国が倒れても人々の暮らしが残らない。食料庫や水路、役所を守る必要がある。
「あの城壁、ゲームだと裏側から入れる」
「今は、その話をする場面ではない」
レオンが剣を抜いた。
「だが、正門を攻める必要がないのは助かる」
セリアは、王都の周辺に避難している人々を確認した。城壁の内側にも住民は残っている。王国軍が守っているのは城と軍事施設だけではない。戦闘になれば、多くの一般人が巻き込まれる。
「まず、住民の避難路を確保します」
「頼む」
レオンが周囲の護衛へ指示を出した。
彼らの役割は、王都を破壊することではない。攻撃を受けた時に人を守り、無用な殺傷を避けること。王国軍へ降伏を呼びかけ、戦う意思のない兵士を後方へ下げることだった。
王国側から、伝令が進み出た。
「王国の命令に従い、ここで武器を置け!」
声が城壁に響く。
「あなた方は、王国の領土を侵し、軍の封鎖線を破り、王都へ進軍した。これ以上進めば、反乱軍として全力で排除する!」
レオンが前へ出た。
「我々は、王国の民を敵とするつもりはない。王国が管理していた地域の治安と生活を守ってきただけだ」
「それを王国の許可なく行ったことが問題なのだ!」
セリアが続けた。
「では、王国はこれまで放置されていた街道と鉱山を、今後どのように維持するのですか?」
伝令は答えに詰まった。
王国軍は、死灰の谷の開通と、各地の混乱で手が足りていない。地方の町から上がる報告を処理し、兵を動かし、食料を運ぶ仕組みがすでに崩れ始めている。
セリアは、それを責めるつもりはなかった。王国から見れば、急に増えた問題へ対応しているだけだ。だが、現実に人々を守れるのは、今そこにいる者たちだった。
交渉は決裂した。
王国軍が前進する。
クロウは地図を見ながら、城壁の構造を確認していた。
「正面から来るなら、門の前で止める。魔法装置が動いたら、左の塔を壊してくれ」
「王都の防御設備まで知っているのか?」
レオンが尋ねた。
「ゲームでよく通ったからな」
「その説明で納得できる自分が、少し嫌になってきた」
王国軍の魔法兵が、城壁から火球を放った。
セリアが広域の防御魔法を展開する。火球が光の壁へ当たり、勢いを失って落ちた。レオンは前衛を率いて門前の兵を押し返すが、無闇に追撃はしない。
王国軍の兵士たちも、すべてが最後まで戦うつもりではなかった。天喰らいを倒した勢力が相手だという噂は、すでに軍の中にも広がっている。命令に従って武器を構えているが、目には迷いがあった。
「南門側、降伏の合図です!」
セリアが叫んだ。
「武器を置いた者へ攻撃しないよう伝えます」
「頼む。こちらからも追撃はさせない」
レオンは、自分の部下へ同じ指示を繰り返した。
「右側、騎兵が回り込みます!」
セリアが叫ぶ。
「レオン、右を頼む。俺は装置を止める」
「分かった!」
クロウは城壁脇の古い排水口へ走った。ゲームでは、王都防衛イベントの攻略に使った地下通路だ。入口は瓦礫に埋もれていたが、石を二つ動かすと隙間が現れた。
クロウが中へ入る。
地下通路には、王都を守る魔力装置が並んでいた。装置は城壁へ魔力を送り、外部からの攻撃を防いでいる。クロウは装置の順番を知っていた。中央を止めると、左の塔へ出力が集まる。そこを破壊すれば、防御全体が弱まる。
ゲームなら、複数のプレイヤーが役割分担して行う作業だった。
クロウは一人で装置を止めた。
「セリア、今!」
地上へ戻る前に、クロウが叫ぶ。
セリアの魔法が左の塔へ集中した。塔の魔力が乱れ、城壁を覆っていた防御の光が消える。
レオンが門前の兵を押し返した。
王国軍は、城壁の防御が崩れたことで混乱した。しかし、レオンの部隊は追撃せず、降伏した兵を武装解除して後方へ送る。セリアは避難路を確保し、住民が戦場から離れるまで攻撃を止めさせた。
戦闘は長く続かなかった。
王都の内側へ入った後も、三人はすべての場所を制圧しようとはしなかった。クロウはゲームで知っている地下通路へ進み、レオンは門と兵舎を押さえ、セリアは食料庫と水路の管理者を探した。
軍事的には大きな勝利でも、町としての王都はまだ生きている。そこに住む人間が明日も食事をし、水を飲み、眠れるようにする必要がある。
セリアは王国側の役人へ、当面の業務を続けるよう伝えた。税や命令の仕組みは止めるが、食料の配給と治療、火災の確認は止めない。レオンは降伏した兵から、城内に残る危険な場所を聞き取った。
クロウはその横で、地下への入口を探していた。
「王都を落とした後に、何をしているのですか?」
「王墓地下迷宮の入口を探してる」
「分かっていました」
王国軍の主力は戦力差だけでなく、情報差によって敗北した。王都の防御設備の位置も、地下通路の存在も、クロウたちは知っている。さらに、レオンとセリアの勢力は、各地から集まった人間を無秩序に動かしているわけではなかった。
王国の最後の軍は、城壁の内側へ退いた。
その日の夜、王都の門が開いた。
王家は降伏を選んだ。完全な敗北というより、これ以上戦えば王都の住民が犠牲になると判断したためだった。
クロウは、城内へ入る人々を見ながら尋ねた。
「戦争、終わった?」
「少なくとも、戦闘は終わりました」
セリアが答えた。
「じゃあ、ダンジョンへ行っていい?」
レオンは、しばらく黙っていた。
「……行ってこい」
クロウは満足そうに王都の中央広場へ向かった。
王国の統治機構は、すでに事実上崩壊していた。地方の町はレオンとセリアへ保護を求め、王都の役人も食料と治安の維持を頼らざるを得ない。
王国を倒したい者がいたわけではない。
ただ、クロウが王墓地下迷宮へ行きたかった。
その道を塞いだ王国が、戦争になっただけだった。




