第50話 首都にダンジョンあるじゃん
死灰の谷を抜けた先に、王国中央部へ続く古い街道があった。
道の両脇には、かつて王国軍が使っていた見張り台が並んでいる。だが、今は人の姿がない。王国軍が撤退したのか、別の場所へ兵を集めているのかは分からなかった。
クロウは、街道の先を見ながら地図を広げた。
死灰の谷を越えてから、街道を行き交う人間の数は少しずつ増えていた。王都へ向かう商人、中央部から戻る旅人、王国軍の動きを探る使者。誰もが、以前なら遠回りしていた道を使っている。
街道の脇には、簡素な見回り所まで建てられていた。レオンの下で働く者たちが、魔物の残党と盗賊を警戒しているらしい。
「ここにも人を置いたのか?」
クロウが聞くと、レオンは短くうなずいた。
「道が開いた以上、守らなければならない」
「そのうち、また仕事が増えるな」
「誰のせいだと思っている」
「俺は道を通れるようにしただけだろ」
セリアは、その会話を聞きながら帳面へ新しい項目を書き加えた。
街道の維持。見回りの交代。商人の通行順。各地の物資。王都へ向かう道が開いたことで、これまでの地方管理だけでは済まない問題が増えている。
「九十以降は、普通の狩りだと効率が悪い」
「九十になったばかりで、もう次の話をするのか?」
レオンが呆れたように言う。
「ここからは、王墓地下迷宮が一番いい」
クロウは地図上の一点を指した。
「王都の地下にある高難度ダンジョン。経験値も高いし、レア装備も出る。レベル百用の素材もある」
セリアの視線が、地図の一点へ落ちた。
「王都ですね」
「うん」
「現在、私たちが戦っている王国の首都です」
「……面倒だな」
クロウは、本当に困った顔をした。
王都へ行けば、王国軍の本隊とぶつかる可能性が高い。王墓地下迷宮は王家の禁足地であり、現地の人間にとっては、存在そのものが半ば伝説になっている場所だ。
ゲームでは、王都の中央広場にある古い石碑を調べると入口が開く。高レベルプレイヤーにとっては、最終盤へ向かうための主要な攻略地点だった。
しかし、この世界で王都へ入るということは、敵国の首都へ侵入することを意味する。
「城には用がない」
クロウが言った。
「行きたいのは地下迷宮だけだ」
「向こうは、そう思わないでしょうね」
セリアが答えた。
「王都へ向かう軍勢を、ダンジョンへ行く冒険者だと考える者はいません」
「俺たちは三人だぞ」
「あなたを含めて三人だからこそ、向こうは警戒しているのです」
クロウは、王都へ続く街道の脇に座った。
その頃、後方では別の変化が起きていた。
死灰の谷が開通したことで、王国中央部への道が大きく短縮された。レオンとセリアの勢力から派遣された見回り役が、谷の入口と橋を管理し始めている。周辺の集落からは、王国軍の動きと、今後の治安について相談が届いていた。
王国軍の撤退を見た地方の隊長が、レオンへ中立を申し出る。商人たちは、セリアへ街道の利用許可を求める。これまで王国の命令に従っていた町が、少しずつ独自に判断を始めていた。
「なんか最近、味方が増えてない?」
クロウが、後ろから来た護衛の一団を見て言った。
「増えたな」
レオンが答える。
「人望あるな、お前」
「……そういうことにしておく」
レオンは、説明しても長くなると判断した。
彼らが人を集めたのは、王国を倒すためではない。街道を守り、鉱山を維持し、避難した人々の生活を支えるためだ。だが、王国の統治が揺らいだ今、その仕事を代わりに担える者が他にいない。
結果として、レオンとセリアの勢力は、さらに広い地域へ浸透していた。
クロウは、そんなことを考えずに地図を見ていた。
「王墓地下迷宮の入口は王都の中心部にある。正門から入る必要はない。地下水路を通って、古い墓地へ出る」
「王都の地下水路まで知っているのか?」
レオンが尋ねた。
「ゲームでよく通ったからな」
「何度聞いても、理由になっている気がしない」
クロウは地図へ新しい印をつけた。
「まず王都の外にある旧水門を目指す。王国軍が街道を封鎖しているなら、地上から入る必要はない」
セリアは、地図の周囲を確認した。
「王都へ向かう前に、避難している町へ連絡を入れます。戦闘になれば、物流が止まります」
「頼む」
クロウは素直にうなずいた。
自分がダンジョンへ行くためには、道が安全である必要がある。セリアが人の動きを整え、レオンが護衛を置く。それは、これまでの攻略でも繰り返してきたことだった。
ただし、今回は規模が違う。
王国の中心へ向かう道を、三人とその周囲の人間が使おうとしている。
「王墓地下迷宮には、特殊スキルの取得条件もある」
クロウは楽しそうに言った。
「レベル百のスキルを取るなら、先に条件を確認しておいた方がいい」
「あなたは、王国の首都へ向かう話をしながら、まだスキルのことを考えているのですね」
「重要だからな」
遠くの街道に、王都の外壁が見え始めた。
高い壁の上には、王国の旗が掲げられている。城壁の内側には、王国軍の最後の主力が集まっているはずだった。
クロウは外套の襟を立てた。
「目立たずに入って、迷宮へ行く」
セリアが、静かに息を吐く。
「それができればよいのですが」
王都へ向かう準備には、思った以上に時間がかかった。街道沿いの町へ避難の連絡を送り、王国軍と遭遇した場合の退路を決め、食料と薬を積み込む。クロウはその間、迷宮の入口と内部の攻略手順を何度も確認した。
「王墓地下迷宮の入口が、王都の中心にあるのは間違いないのですか?」
セリアが尋ねる。
「ゲームではな。王家の墓の下にある。地上の墓地から入ると、最初の仕掛けで閉じ込められるから、地下水路から入る」
「現実の王墓へ、勝手に入ることになります」
「だから、なるべく人がいない入口を使う」
クロウは、いくつかの進入経路を地図へ書き込んだ。
正門は避ける。城壁の修理口は警備が厚い。地下水路なら住民のいる区画を通らずに、王墓の下へ抜けられる可能性がある。
「俺たちが欲しいのは、王都そのものじゃない。迷宮だけだ」
「その説明を、王国側にもしていただければよかったのですが」
「説明しても、信じないだろ」
「おそらく」
クロウは地図を畳んだ。
王都ではすでに、敵軍が首都へ迫っているという報告が届いていた。
クロウの目的は、地下ダンジョンだった。




